27話 魔女と楽しい食卓
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【ブイヨンから】~コンソメスープ~《アリサview》
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「いや~また派手にぶっ壊したわねぇ~?」
「「本当に申し訳ありません!」」
お風呂場前の廊下、お風呂場に続く脱衣所の扉。それらを貫通してボッコリとでっかい穴が空いている。言わずもがな、さっきアイギスがバルガスに吹っ飛ばされてぶち破った穴だ。そのままにしておく訳にもいかないので修理しに来たとこなんだよね。
「直ぐに直せるからそんなに気にしなくていいよ、はい。元通りっと」
このくらいもうお手のものだ。初日の朽ち果てた姿に比べればなんて事ないって! アイギスとバルガスが申し訳なさそうにしてるけど、いつまでも暗い顔されちゃ気が滅入るからね。
ちゃちゃっと壁を直して、私はキッチンに入る。夕食のシチューを作るのだ。白虎の大地から解体済みの鶏を丸ごと、フェンリルのリンからこちらも解体済みの豚、青龍の爽矢からお酒……なんと米酒だったよ! をお裾分けしてもらったので、ドガも喜んでいるし。私も料理に気合いが入るってもんよ!
「さ、とにかく量を作らないといけないからね! 頑張ろうかな♪」
「アリサ様の料理楽しみです! お手伝いさせて下さいね」
「私に出来ることでしたらなんなりとお申し付け下さい!」
「えへへ、ユニもいるよぉ~♪」
うんうん、サーサ、アイギス、ユニと頼もしい助っ人もいてくれるし、楽しく作れそうだね♪
今屋敷にいるのは、私含めた女神姉妹五人とユニ、バルガス一家四人、『白銀』の五人にエスペル達モコプー六羽、そしてミーナの十五人と六羽と一匹だ。今はリビングで私が用意した数々の遊具で遊んでいる。
ノッカーくん、ブラウニーちゃん、ヘルメットさんはティターニアと一緒に一度国に帰り、他の妖精達にレウィリリーネが創った魔除けの指輪と、私が追加で作ったプリンを配って協力をあおぐらしい。アルティレーネが外交で一緒に赴いた事もあって反応は上々って話なので期待できるだろう! 楽しみだね♪
「さて、まずはブイヨンにしてから、コンソメを作るよ。アイギス、玉ねぎ、ニンジン、セロリを持ってきてちょうだい」
「了解ですアリサ様!」
「サーサ、鶏のガラとか平気? 流水で洗ってほしいんだけど?」
「大丈夫です! 冒険者ですからね、馴れています!」
頼もしいこと頼もしいこと~♪ アイギスは見るからに力持ちだろうし、重い野菜のかごを運んでもらう。意外だったのがサーサで、動物の内臓とか見ても平気らしい。そりゃあ冒険者なら日常茶飯事か、納得。
「ユニはお鍋を~大きめのを取り敢えず二つ並べて置いて。それからザルも用意。できるかな?」
「はーい♪ 任せてアリサおねぇちゃん!」
ふふっ、可愛いな♪ 流石に包丁持たせるのは早いからね。そこは私がやるとしよう。
「アリサ様、ご用意出来ました。ご確認下さい」
「どれどれ……うん、オッケー! ありがとね、じゃあ玉ねぎの皮を剥いて半分に切ってくれる?」
アイギスに玉ねぎの皮を剥いてもらい、半分に切った物を切り口を下にして四等分にカット。
「うっ! 目が……滲みる……」
「擦るともっと酷い目見るわよ~? 男なら我慢しなさいな」
やると思ったよ、私もちょいと痛い。でも、料理してるって実感がわいてきて嬉しくもあるね。懐かしい痛みだよ。
「玉ねぎを流水でさっと洗ってみて、多少良くなるから」
「はい、サーサ済まないがちょっといいか?」
「はいはい、ぷぷっ涙目アイギスとか珍しいですね♪ 笑えます」
あはは! サーサってば意外と容赦ないね。まぁ、それだけ気心知れた仲間ってことなんだろう。
「アリサ様、こちらは洗い終わりましたが……」
「はいはい、うん、いいよ~じゃあユニと一緒にお鍋に水を張って、白っぽくなるまで茹でてくれる?」
「「はーい♪」」
ふふっ、ユニと揃っていい返事だね。さぁ、ジャンジャン行こう!
「次はニンジンの皮剥きだけど、これ使うといいよ?」
玉ねぎの処理を終わらせ、続いてニンジンに取り掛かる。ヘタと先っぽをカットして皮剥きだ。ここで猛威をふるうのが何を隠そうピーラーである!
「こう持って、ニンジンに刃をあてて~こう!」
「おおっ!! これは凄い! 皮剥きがこんな簡単に!?」
スイスイ剥ける皮に感動するアイギス、わかるよ、楽しくなるよねぇ。って、私は私でニンジンをカットしていかなきゃね。一口大に斜めに交互にトントントン♪
続いてセロリだ、こちらは約三センチくらいに切って行く。
「アリサおねぇちゃん~白っぽくなったよ~?」
「はいはい、じゃあザルにあけて、洗いながら残った汚れ落とすの。こうやってね? じゃあこれをサーサ、お願い。ユニはもう一個お鍋を用意してくれる?」
「はい! あっつぅーい!?」
おぉ、大丈夫かねサーサ? ザルに鶏ガラをあけてる時に少し湯が跳ねて掛かっちゃったみたい。患部が少し赤くなっているので軽く治癒魔法をほいさっと。そうしてると、トテテっとユニが新しいお鍋を持ってきてくれた。
「はい、アリサおねぇちゃん。これでいい?」
「うん、オッケー! ありがとユニ♪」
一生懸命お手伝いしてくれるユニの頭をなでなで……したいけど、今は食材触ってるので我慢。
「さぁ、野菜をいれてくよ~アイギス、玉ねぎ!」
「はい!」
「ニンジン!」
「はい!」
「パセリ!」
「はい!」
「アイギス!」
「はい! って、えぇ!?」
ぷふふっ! なんかリズム良くて冗談かましたくなったのだ。
「えぇ~アイギスなんていれたら食べられる物も食べられなくなりますよアリサ様?」
「アイギスおにぃちゃんは美味しくないんだね!」
「だねぇ~見るからに固そうだし!」
「私は食べられませんよ?」
あははは!! って場に笑いが巻き起こる、真面目に返さんでもいいのに! アイギスってば面白いな。サーサが洗ってくれた鶏ガラを加えて水を入れ、ローリエを一枚半分にちぎって入れたら煮立たせる。アクを取り除いて弱火で一~二時間。だけど、今回は少し魔法で時短する。
「さて、その間にコンソメスープの準備だね。アイギス、あんた包丁使える? 野菜をみじん切りにしてほしいんだけど?」
「え? みじん切り? とにかく細かく切れば良いのでしょうか?」
あ、駄目っぽい。
「サーサは?」
「えっと……その……」
うん、わかった。
「この際だし二人とも覚えようか?」
「んぅーっ! アリサおねぇちゃんユニも!」
「ユニも? 包丁だよ~危ないんだよ~?」
うーってほっぺ膨らませるユニが可愛い~♪ でも、流石に包丁使わせるのはまだ早いね。今回は私が実演して三人は見学してもらおう。
「わーん! 目が痛いよぅーっ! 玉ねぎさんきらーい!」
あはは、ユニが涙目だ。料理するうえで避けては通れない道だからね。ちゃんと覚えてもらわないと!
「あらら、ユニってば料理嫌になっちゃった? 玉ねぎさんは色んな料理に使われるんだよ~? 嫌いになっちゃったら私と料理できないね~おねぇちゃん寂しいなぁ~」
「そんなぁ~アリサおねぇちゃんは痛くないの?」
痛いよ~まぁ、慣れた痛みだから我慢できるんだけど。ほら、アイギスおにぃちゃんもサーサお姉ちゃんも我慢できてるよ~?
「うぅ……ユニも我慢する! おっきくなったらアリサおねぇちゃんにお料理作ってあげるんだもん! がんばる!」
「ユニ~♪」
あぁぁぁー!! もうもうもーうっ! なんて嬉しいこと言ってくれるの!? もう好き好き! 大好き♥️ 嬉しくて涙出そう~♪
「その意気ですユニ殿! 共に頑張りましょう!」
「ユニちゃん! なんていい子なんでしょう!? 私もユニちゃんのような妹がほしいです♪」
そんなほっこりしちゃう一幕を挟みつつ、野菜のみじん切りを済ませて、今度は鶏のひき肉だ。ここはアイギスに頑張ってもらおう。むね肉を切り分けて包丁でひたすら叩いてもらう。
トントントントントントントントントントントントントントントン……
「ふぅ、如何でしょうアリサ様?」
「お、出来た? どれどれ~」
アイギスにひき肉を作ってもらっている間、ブイヨンの状態を確認していた私に声がかかる。見れば見事なひき肉が出来上がっているじゃないの。うん、バッチリ!
「十分だね。お疲れ様アイギス!」
「お役に立てて何よりでした。他にもあれば、どうぞなんなりと!」
他にもか……ふむ、ちょっと考える。ブイヨンにせよ、コンソメスープにせよ出来た後は結構な量の野菜とお肉が残る。これをどうするかでいつも悩むんだけど、今回はどうしようか?
「そうね、あんた達パン持ってない?」
「パンならありますよ? ただ、スープに浸けないと固くて……とてもそのままでは食べれないのですが……」
そんな話をしてるとサーサがドガのリュックから実物を持ってきた。
「これがそのパンです、アリサ様」
「ありがと、ほほ~マジにカッチンコッチンだねぇ、こりゃひどい」
前世のパンを知っている私から見れば、とても信じられないような固さのパン。スープに浸して食べるって言っても、限度ってもんがあるでしょうよ……まぁ、今ほしいのはパン粉だからこれを上手いこと使ってみよう。
「よし、じゃあ使わせてもらうね。アイギスは今度豚肉を、さっきみたいに細かくトントンしてくれる?」
「了解しました!」
ブイヨンとコンソメスープの残ったお肉と野菜は、更に細かくして豚のひき肉に合わせてハンバーグの種、じゃがいもすりつぶしたのに少量混ぜてコロッケ等に使おうと思う。カレーが作れるなら一発解決するんだけど、まぁ……色々足りないし今はしょうがない。
「さて、ブイヨンはもう良いかな。ザルでこしてっと」
ブイヨンの鍋の火を止めてザルにこしておく、もう一方の鍋に鶏のひき肉、卵白を入れ、みじん切りにした玉ねぎ、セロリ、ニンジンを入れる。
「さぁ、サーサこれを粘りが出るまでよく混ぜてくれる?」
「はい! 頑張ります!」
ムニュウゥゥン
「ううぅわぁぁー……このムニュムニュした感触、すごく変な感じですね!」
あはは、確かに手でひき肉混ぜるとくるよね、ムニュムニュが馴れないとうおぉ? ってなるんだあれは。
粘りが出たところでブイヨンを入れてっと。
「じゃあ、ユニ。これを肉だねが浮いてくるまで混ぜながら軽く煮立たせてくれる?」
「はーい♪ おたまおたま♪」
ふふっ踏み台に乗って上機嫌で鍋を手にしたおたまでゆっくり混ぜるユニ。楽しいな、気の合う仲間達と一緒に料理するなんて前世じゃ考えられなかった。こういう穏やかな時間って素敵だなぁ~♪ 本当にこの世界に来れてよかった。妹達に感謝しよう。
「アリサ様、豚肉はこんなものでどうでしょう?」
「どれどれ? うん、大丈夫だね! 疲れたでしょアイギス? ありがとね、座って休んでて」
鶏に続いて豚肉もひき肉にしてもらったからね、だいぶ疲れた筈だしアイギスには休んでてもらおう。
「いえ! まだまだやれますよ、お気遣いなく!」
「ふふっ、頼もしいね。でも、後はそんなに大したことないからね。こういうとき男はのんびり眺めてて良いの♪」
キッチンは女の戦場! なんて言うつもりはないけど、アイギスはお客様だしね。沢山手伝ってもらったし後は任せてゆったりしててほしい。
「そうね、まだ結構時間かかるから男衆でお風呂入って来なよ? 身綺麗にしてから一緒に食べましょうね」
「あ、ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
律儀にお辞儀してリビングに向かうアイギス。ゼルワとドガ、バルガスにパルモーを連れてお風呂してもらおう。
「ふふっ、アリサ様なんだか新婚の若奥さんみたいですね」
「えっ!? ちょっとサーサ? いきなり何言い出すの!?」
新婚……若奥さん? 私が!? え……アイギスと!? や、やだ! 馬鹿なこと言わないでよ? うぅ……なんか恥ずかしいぃ~!
ニコニコと微笑むサーサから目をそらして、なんだか火照る顔を気のせいだって言い聞かせて豚のひき肉に卵黄、ブイヨンの残った野菜をみじん切りにして加える。
「もーっ! 変なこと言ってないで、ほら! これも混ぜてよ!?」
「ふふっ、はーい♪ テレるアリサ様可愛いです!」
やーん! からかわないで~!
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【シチュー】~コンソメと牛乳、薄力粉~《アイギスview》
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「あー……めっちゃ気持ちいいなぁ~!」
「むぅぅ~老骨に沁みるわい……これは良いもんじゃなぁ~」
「あぁ、凝った体がほぐされていくようだ……」
私達はアリサ様のご厚意に甘え、風呂を馳走になっている最中だ。風呂なんていつ以来だろうか……幼少のおりに両親と入った時くらいか? いや、やめよう過去はあまり思い出したくはない。
「いや~それにしても……フェリアちゃんマジ強えぇ~触れるどころか掠りもしねぇ~自信なくすぜぇ~」
「何を言うんじゃゼルワ? 儂なんぞ何度パルモー殿の魔法で吹っ飛んだかわからんわい!!」
先程の模擬戦でゼルワはフェリア殿に、ドガはパルモー殿、私はバルガス殿にとそれぞれにお相手して頂いたのだが……結果はさんさんたる有り様であった。
まずゼルワだが、フェリア殿を相手に斥候らしく、その身の軽さを活かし素早い攻撃を仕掛けるも「遅い」の一言の下に地面に叩き付けられた。ならばっ! と、今度はフェイント等、技術を織り込むも、やはり「遅い」と一刀両断された。
そしてドガだが……パルモー殿の魔法の前に為す術もなく一方的にやられていた。近付こうとするも、蕀の足枷で動きを封じられ、間髪入れずに放たれた魔力弾の的になる。なんとか蕀の足枷を回避しても、今度は泥沼に引っ掛かり、やはり近付けない。
「ボク達とあんちゃん達じゃ地力が違うってのはあるけどさ。ドガじいちゃんはもっと魔法抵抗ってのを鍛えた方がいいと思うよ~?」
「い、今からでもいけるもんじゃろか? 儂結構ジジイなんじゃが?」
「ふっ、ドワーフから見ればまだまだ若いであろう? 問題あるまい」
「パルモー、俺は俺は?」
「ゼルワはそのまま地力を上げてけばいいんじゃね? フェリア姉ちゃんに遅いって言われたんだろ~? 後、全員に言えることだけど魔法に弱すぎるぜ?」
パルモー殿がズバリ指摘してくる。確かに私達は魔法に対して弱い部分があるのは否めない。
「今まではあのサーサと言う魔法使いがサポートしてくれていたのだろう? 違うか?」
うっ!? 私達三人はバルガス殿の一言に何も言えなくなる。確かにその通りだ、サーサが魔法の盾や、魔法抵抗等でサポートしてくれていたからこそ戦えた。と言う場面も多い。
「あ~あ、サーサの姉ちゃん苦労してんなぁ~そこんとこ彼氏としてどーなのゼルワ?」
「な、なんもいえねぇ~今度マジに奢ろうと思う」
「ふぅ……まぁ、その辺りはうぬ等に任せるが……」
バルガス殿が溜め息をつく、こころなしか少し顔色が悪いように見えるが?
「アリス様、超怖い……」
パルモー殿の一言で風呂場に長い沈黙が訪れる。あぁ……思い出しただけで鳥肌が、おかしい、暖かい湯につかっているのに寒気がする。そうか、バルガス殿も同じく思い出してしまったのだな……アリス殿が乱入されたあの時を。
「その、済まなかったな……アイギスよ」
「い、いえ……私こそ……」
「あぁ、ヤバかったな……アリスさん……」
「本当に一瞬じゃったのぉ」
私がやらした後の事だ、激昂されたアリス殿に吹き飛ばされ庭に戻された後……弁明しようとしたところで全身に焼き付くような痛みが走ったと思ったら、私は地面に血溜まりを作り倒れていた。
「我も同じよ。何が起きたかも知り得なんだ……」
「うん、ボクもアリス様が消えたって思ったら父ちゃんとあんちゃんがぶっ倒れてた」
「俺も俺も」「儂もじゃ」
そのまま私とバルガス殿はアリス殿に、文字通り引き摺られてアリサ様の前に連れてこられていたのだ。
「は、はは……まぁあれだ! アリサ様も許してくれたし良かったじゃねぇか! なっ?」
「う、うむ……そうであるな!」
ハハハ……風呂場に乾いた笑いが響く。顔がひきつる……正直今日ほど生きていると言う実感を感じたことはないかもしれない。いやいや、アリス殿を越えられる日など本当にくるのだろうか? まぁ、諦めるつもり等毛頭ないが……いずれ私はもっと強くなり、アリサ様の隣に並び立てるようになってみせる!
「でさぁ~アイギスのあんちゃん。アリサ様、どうだった?」
「ぶっ!!? ぱ、パルモー殿なにを!?」
「おー! そうだぜアイギス! てめぇ、サーサのまで見たんじゃねぇだろうな!?」
パルモー殿がニタニタして私にとんでもない事を聞いてくる。ゼルワにまで詰め寄られ、思わずどもってしまった。いやいや、待ってくれ!
「ふほほ! どうだったんじゃアイギスよ? アリサ様はさぞお美しかったのではないか?」
「ドガまで、待てゼルワ! サーサがいたことすら今知ったぞ!?」
「ほへーん? そうか……つまりアリサ様しか目に入ってねぇって事か……で、どうだったんだよ?」
「いや、それが……アリス殿にやられたショックで忘れてしまったんだ……」
嘘だ。あの時のアリサ様のお姿はくっきりと私の眼に焼き付いた……あまりの美しさにまるで女神かと錯覚しそうに……いや、私にとってアリサ様は女神そのものだ! 白い天使の衣のような清楚な下着を身に付けたアリサ様……あぁ、私はもう……貴女以外考えられない!
「お前、ホントむっつりだよなぁ?」
「なぁっ!? ゼルワ!?」
「バレバレだってばよあんちゃん?」
「まったくじゃな……」
「ふふっ若い……」
うぐぐ! 私がおかしいのか!?
「ふぅん、『コーチョ』って言うのか、じゃあ、もしかして生姜とかニンニクとか……醤油に味噌、みりんに酢とかも言い方違う?」
「ううん、生姜、ニンニクはそのまま通じるよ? でも、醤油? とかみりん? って加工品っしょ? 多分だけどまだこの世界にないんじゃないかな?」
私達は風呂からあがり、レウィリリーネ様がご用意下さった下着と服を、ネヴュラ殿が持ってきて下さったので、ありがたく着用させていただきリビングに戻ってきた。
そのリビングには出来上がったであろう数々の料理がテーブルに並べられ温かそうな湯気をあげている。
「うほぉ~滅茶苦茶いい匂い!!」
「だね! 美味しそうだよ!」
「なんと言うご馳走じゃ! 腹が鳴るわい!」
ゼルワ、パルモー殿、ドガの三人は並べられた料理を目にするなり、歓喜に満ちる。確かにとても美味しそうだ、私も早く食べてみたい。そう思うと……
ぐうぅぅぅーっ!
「あっ! いや、こ、これは……」
「ふははは!! 言ったそばから随分と大きい腹の音だな!」
は、恥ずかしい……美味しそうな料理、立ち込める食欲をそそる匂いにあてられ私の腹が素直な反応を見せてしまい隣にいたバルガス殿に笑われてしまった。フォレアルーネ様とアリサ様が話していた口を止めて私達の方を見ては、二人とも笑みを浮かべている。
「おっかり~いいお湯だったっしょ?」
「いいタイミングだよみんな、ご飯出来てるから食べようね♪」
食卓に並べられたのは、白いとろみのあるスープに食べやすいサイズにカットされた野菜と肉が浮かぶ……
「それがシチューだよ。いや~私がコショウない~って聞いたら、何でも『コーチョ』って言うんだって? それをフォレアが隠し持ってたから味付けはバッチリだと思うよ」
コーチョとは確か私達冒険者の間では、薄く破れやすい袋にその粉末を入れ、魔物に投げつけ目潰しに使われる木の実だった筈だが……あの刺激臭は催涙作用があり、くしゃみを伴う。まさか料理にまで使われるとは思いもよらなかった。
「で、これがハンバーグ。アイギスがお肉を細かくしてくれたので作ったやつ、好みでこのソースかけて食べて。ありあわせで作った試作品だけどないよりマシだからさ」
アリサ様がそう言ってご用意されたのが今も尚、ジュウジュウと音をたてる鉄板の上にのった大きな肉の塊。側には長方形にカットされたニンジンと朝にも食べた半月状にカットされたあの芋が添えられている。
「うっは~♪ このお肉の匂いにヨダレでそう~!」
(美味しそうです~えっ! わたし達の分もあるんですか!? ありがとうございます~♪)
「ぷー」「ぷっぷー♪」
漂う香りにレイリーアがたまらず口元を拭う、エスペル殿達も嬉しそうだ。私も自分が手伝った料理がどのような物か知りたくて仕方ない。
「アリサお姉さん、食べよ?」
「先に食べてていいわよ~? ちゃんといただきますしてね?」
どうやらアリサ様はまだ何かしら料理をしているようで、厨房から声がかえってきた。お手伝いすべきか、そう思い席に座ろうと思って椅子を引いた手を止める。
「えへへ~もうすぐ焼き上がるって♪ ユニもみんなと食べる~!」
厨房の扉からアリサ様と入れ替わりユニ殿が出てきた。もう二~三分程で焼き上がるから、と、ユニ殿もこちらに戻されたらしい。
「アリサ姉さんが作ってくれたせっかくの料理よ。冷めないうちにいただきましょう♪」
「はい、それでは。いただきます」
「「「いただきまーす!」」」
ティリア様の最もなお言葉にアルティレーネ様が同意し、彼女の号令のもと、料理を頂く。
「ん! 美味しい!!」
「こ、このシチュー!? なんと深い味わい……」
レウィリリーネ様とフェリア殿がシチューを一匙口に運び感想をもらす。私もならい、同じようにシチューを頂いたが……絶句してしまった。そう、フェリア殿が言うように深いのだ、味が!
「凄い……私、お側で終始見ていましたけどこんなに見事な味になるんですね!」
「ヤベェ、ヤベェって!! こんな美味すぎるスープ知ったら俺達、街の飯じゃ絶対満足できなくなっちまうぞ!?」
ゼルワの言う通りだ……街で出される料理など遥かに超えたこの深みのあるシチュー! 今までの鍋に湯を沸かし塩と食材を放り込んで煮るだけの物とは比べ物にならない! サーサは終始見ていたと言うが、これを再現できるのだろうか?
「サーサよ! お主、見てたんじゃろう!? 同じ物を作れるかの?」
「え……えぇ、大丈夫だと思いますけど。時間はかかりますよ?」
「マジ!? サーサ、マジにこれ作れるの!? アタシにも教えて!」
おぉ、素晴らしい!! 私の疑問をドガが代弁しサーサに確認してくれたが、作れるのか!? うむ、喜ばしい事だ。どうせなら皆で覚えるべきか、サーサとレイリーアだけに任せきりと言うわけにもいくまい。
「ボクはこのハンバーグが最高に美味しいって思う!」
「うちも~♪ 柔らかいし、そのままでもいいけど、このソースかけて食べるとまた!」
「私もですわね……なんて素晴らしいのかしら、ワイン等あればもう言うことありませんね」
パルモー殿、フォレアルーネ様、ネヴュラ殿が絶賛するのはハンバーグなる肉料理。私が細かくした肉を、おそらく野菜と混ぜ合わせては丸め、焼いたのだろうが。果たして……
「!!??」
な、なんと言う柔らかさだ!? 添えたナイフがなんの抵抗もなく入り、フォークで頂いたその一口。口内でほぐれては肉だけでなく様々な味を舌に届けるではないか!
「なんと言う美味さよ……まさに神の作りし逸品、このバルガス感服致しましたぞ!」
「ハンバーグ美味っ! 色んな旨味がぎゅって詰まってるわね!」
これは……凄すぎる!! バルガス殿の言う通りだ、これぞ神の料理! ティリア様も絶賛しておられる。肉など塩を振って焼くだけではないのだな……あの細かく切り刻んだ事にこれほど重要な意味があったとは!!
「お待たせ~♪ 焼き立てのロールパンだよ! 食べてみて~?」
「うわぁ~♪ なんていい匂い! アリサ様お手製のパンですか!?」
ハンバーグとシチューの美味しさを堪能しているとアリサ様が厨房から沢山のパンを乗せたトレイを運んでこられた。一見すると巻き貝のような形のパン。ロールパンと言うそうだが。
「やっぱり焼き立てはちょー美味しいわぁ♪ オススメの一品是非召し上がれ!」
「ふわふわ~♪ 美味しいー!!」
「ぬあっ!! なんだこりゃ!? これがパンっ!?」
「し、白い……そしてなんて柔らかいのでしょう!?」
アリサ様がおすすめするそのパンを手に取ったユニ殿が満面の笑顔で頬張り、ゼルワとサーサはちぎって見てはその柔らかさと、白さに驚く。どれ、私も頂こう。ロールパンを一つ手に取り、同じように二つにちぎって見た。ドガとレイリーアもだ。
「ほ、ホントだわ……こんなパン初めて見たわよ……」
「美味いのぅ~ほんのりとした甘さがたまらん!」
「今までのパンをもうパンとは呼べんなこれは……いくらでも食べられそうだ!」
温かく柔らかくほんのりと甘いロールパン。この香りは何だろうか? 牛の乳を熱したのだろうか……わからないがとにかく美味い! 美味すぎる!!
「ふふっみんな良い食べっぷり♪ 頑張った甲斐があったよ」
「アリサ様! シチューのおかわりを頂いても良いですか!?」
「あっ! サーサずるい! アタシもアタシも!」
「俺もーっ!」
アリサ様がとても嬉しそうだ、本当にこの御方は料理がお好きなのだな。沢山の感謝の気持ちを込めてしっかり味わって食べなくては……と、思っていたらサーサにレイリーア、ゼルワがおかわりを求め始めた、図々しいぞお前達!
「はいよ~まだまだあるから遠慮なく食べんさい、欠食冒険者達よ~♪」
「お主等、まったく恥ずかしげもなく……済みませんのぅ~アリサ様」
「ドガの言う通りだぞ三人共、もっと味わって食べたらどうだ?」
「何言ってんだ!? こんな最高に美味い飯食えるだけ食わなきゃ損だぜ!?」
「そうです! 二人の分も私達で食べます!」
「そうよ! 感謝してめいっぱい食べるわ!」
おいおい……こんな三人は初めて見るぞ。私は呆気にとられてドガと顔を見合わせる。
「アイギスとドガはもういらない? ハンバーグもあるわよ?」
「「いただきます!!」」
感謝してめいっぱい食べる。確かにレイリーアの言う通りかもしれない、それに私達ももっと食べたい! 気付けばアリサ様の問いに迷わず返事を返していた。
「ちぃっ! もう食い終わりやがりましたか!?」
「アリス、なんか静かだなって思ったら……それ何杯目なのよ?」
そう言えば、視界の端で黙々と食べていたアリス殿だが、私達のおかわりに反応を示して毒づいてきたのは何故だろう?
「アリスさんはこれでもう三杯目のシチューです。あ、アリサお姉さま私も頂きたいです♪」
「うちも~♪」
「あたしも、ハンバーグとセットで」
「私も!」
「んぐっ、ユニも両方~♪」
「ボクも! ハンバーグと一緒に!」
「我もセットで頂きたい」
「私もよろしいでしょうか?」
「母上に同じく!」
(わたし達もお願いしたいでーす♪)
「「「「「ぷー♪」」」」」
「うなぁーん!」
「全員かーい! そんなに美味しい? 私としてはハンバーグがイマイチかなって思うんだけど? ソースがありあわせだし。シチューは良い出来だと思うけど」
三杯目!? いつの間に……いや、それよりアルティレーネ様がおかわりを求めると便乗するように全員が全員おかわりを求め始めた。流石にこれではあっという間になくなってしまうのではないだろうか?
「あ、そうだハンバーグに目玉焼きつけてあげるよ。あれもまた美味しいからね♪」
「新たな料理! お手伝いします! させて下さい!」
サーサと一緒に再び厨房に入って行くアリサ様を見送り、私達は食事をすすめる。
「ふと思ったんでっすけどぉ~、そこなむっつりさんは随分とテーブルマナーが様になってやがりますけど、どこでパクってきたんでっす?」
パクってとはなんだろう?
「流石に失礼よ~あんたこそ、そのバグった言葉なんとかならないのアリス?」
「やぁだ~ごっめんちゃぃでっすよぉ♪ アリスはまだ許してないんでぇ~ティリア様はマスターの下着姿ガン見した男を簡単に許しちゃうんです~?」
うっ! それを言われると辛い……何も言えなくなってしまう。
「それはそれ。「礼を返してもらいたければ自ら礼を示しなさい」って、アリサ姉さんが言ってたわよ? なんかゲームのセリフらしいけど」
「うっ! マスターが!?」
おぉ、流石はアリサ様だ……なんと含蓄のあるお言葉だろうか。倣わねば!
しかし、私がテーブルマナーを修めている訳、か……
「あー、コイツ元貴族なんですよ」
「今は勘当されてる状態でしてな」
うむ、そうなのだ……私は元、とある国の貴族……だった。
「ふぅん、そうなんだ。それでアイギっちってそんな堅いんだね」
「そーいやアイツ「環境のせいで堅物になってる」って言ってたわね、道理で~」
「ん? どうでもいいし、アイギスも気にする事ない」
「Sランクともなれば貴族からの依頼を受ける事もあるでしょうし、その時礼儀作法がしっかり出来ていないと不況を買うかもしれませんから、テーブルマナーも身につけておいて損はありませんね」
ゼルワとドガが話した私の素性をものともしないのは神故か、どこ吹く風と受け流してくれるのが嬉しい。正直思い出したくない過去だからな。アルティレーネ様が言う「貴族の依頼」もないわけではない。事実過去に何度か受けたことはある、ゼルワとレイリーアは嫌がるが報酬が良いのも確かだからな。
「貴族ってあんま良いイメージないなぁ~実際どうなの? この世界の貴族共って?」
「ピンキリですよ、アリサ様。善人も悪人もいます。基本的に悪い噂がある貴族の依頼は受けないよう、事前に情報集めておくのも大事な自衛手段になっていますね」
アリサ様とサーサが戻ってきた。途中から話が聞こえていたのか、サーサに貴族の事を伺っている。おや、ハンバーグに何か乗っているが……あれが目玉焼きだろうか?
「ほいほい、お待っとさん♪ 崩して一緒に食べてみてね。でもアイギスが元貴族か~なんかぽいなって思ってたけど」
「……申し訳ありません、その……黙っていて」
「ん? なんで謝るのん? 誰にだって言いたくない過去ってあるもんでしょーよ。というかアリス~あんたは反省すること! デリカシー持ちなさい、明日もご飯食べたいならね!」
「あGyaOぉっ!? りょりょっかいでっす! マスター!!」
有難い……アリサ様はこちらの意を汲んで下さる。いずれ、私自身この問題に整理をつけお話せねばな。今は皆様の厚意に甘んじよう。
アリサ「冒険者が野宿とかするときってどんなの食べてるの(´・ω・`)?」
アイギス「そうですね、干し肉とパン、塩スープでしょうか(-_-;)」
ゼルワ「その塩スープも塩辛い干し肉入れて、適当に野菜ぶっこんだだけですよ……( ノД`)…」
ドガ「川沿いや海辺近くなら魚がおるでな……あれはご馳走じゃったのぅ(*-ω-)」
レイリーア「森の近くなら動物を狩って現地調達とか出来るわ(^o^)v」
サーサ「それに木の実や山菜もありますね。キノコは毒があったりしますけど(’-’*)♪」
アリサ「たくましいね( ゜ー゜)うーん……保存食とか考えてたけどいらないかな(-ω- ?)」
冒険者達「「「「「それは欲しいです!!Σ(*゜Д゜*)」」」」」
アリサ「あれま、じゃあ缶詰めでも考えてみますかね(人´ з`*)♪」




