17話 Sランクの冒険者達
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【とある街の冒険者達】~『聖域』の外で~
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「可能性があるとしたら……『神々の雫』しかねぇだろうな……」
ギルドマスターのゼオンが重々しく口を開いた。
かつて、世界を創造した女神の一柱であるアルティレーネの名を冠した『セリアルティ王国』は、いずこから現れた魔神との戦いにより滅ぼされてしまったという、お伽噺でよく知られる『魔神戦争』である。
その『魔神戦争』から辛くも逃げ延びた者達。その彼等を祖先に持つ人々が暮らすこの『セリアベール』という街は、冒険者の街としてよく知られている。
と言うのも、『セリアベール』から見て、南にある素材の宝庫たるダンジョン。『悲涙の洞窟』の存在が大きいからだ。他にも、少し北に行けば先の『セリアルティ王国』の跡地が遺跡としてみられ、更にその先には、世界の中心とも言われる『魔の大地』がある。ここは内海に囲まれ、周囲を火山と険しい岩山に覆われている大きな島であり、『魔神戦争』以降、常に高濃度の魔素が霧となり人を寄せ付けぬ魔境として有名だ。
「そんな……あるかどうかもわからない伝説の神薬じゃあないですか……」
エルフであり、私達のパーティーの命綱である魔法使い、サーサがガックリと項垂れる。
「はは、お伽噺通りなら『魔の大地』に行かなきゃいけねぇってことだな……いやいやマジか……」
顔をひきつらせ、冷や汗を流すのは斥候を務めるハーフエルフのゼルワ。
お伽噺では『魔神戦争』の結末は、神々の長である主神の加護を受けた勇者達が遣わされ、激戦の末、その命と引き替えに魔神を討伐したのだと言われている。そんなお伽噺の一節に、どのような怪我や呪いもたちどころに治癒させる神秘なる妙薬、『神々の雫』という薬が勇者達の戦いを助けたとあるのだ。
「『魔の大地』……かつては神々とその使い達が暮らす『聖域』なんて呼ばれてたらしいが……」
自慢の髭を撫で、『魔の大地』のかつての呼び名を呟くドワーフの戦士、ドガ。
「あの魔素霧じゃあ近付けもしないわ、ギルマス……なにかないの? アイギスの腕を治さない事には次のスタンピートを抑えられないかもしれないのよ?」
ダークエルフの弓士、レイリーアがゼオンに詰め寄る。
そう、私達のパーティー『白銀』は今、窮地に立たされている。
『セリアベール』から南に三日程進んだ先に『悲涙の洞窟』と呼ばれるダンジョンがあるのは先に述べた通りだが、何を隠そうこのダンジョンの存在こそが『セリアベール』を冒険者の街としている理由である。
『悲涙の洞窟』は定期的にスタンピートを発生させており、その度に我々冒険者が力を合わせてなんとか凌いできたのだ。そう、今までは……
「そうは言ってもな、お前だって知ってるだろうレイリーア? 失われた腕を復元させる程の魔法なんぞ誰が使えるってんだ? 薬だってそうだ、一体何処にあるよ?」
「……そうだけど」
場を重々しい空気が支配する、原因は私……アイギスにある、人間で騎士の私は『白銀』のリーダーを務めさせてもらっている、直近の『悲涙の洞窟』のスタンピート鎮圧戦にも勿論先陣を切って参加していた。
「まさかホーンライガーが出てくるなんて……」
サーサが悔しそうに歯を食いしばる。そう、稀に起きるイレギュラー。スタンピートとはダンジョンから何らかの原因で棲息する魔物達が溢れ出てくる現象で、普段ならばそうそう強い魔物が溢れ出すような事はないのだが……
「一体あの洞窟の何処にあんな化物がいたのだろうな……?」
ホーンライガー……額の大きな一本角に六足の脚を持ち、素早い動きとその角に集束させた魔素で様々な魔法すら操るSランクパーティー推奨の恐るべき魔物だ。『悲涙の洞窟』はC~Bランク相当の魔物が大半だったのだが……私はホーンライガーに食い千切られた無き左腕を見やり、疑問を口にしていた。
「……もしかしたら未踏領域があるのかもしれねぇな」
「そんなまさか!? 『悲涙の洞窟』は『セリアベール』の冒険者なら誰でも知ってるダンジョンだぜ!?」
ゼオンの言葉にゼルワが反応する、確かにその通りだ。『悲涙の洞窟』は『セリアベール』の冒険者の稼ぎの場でもある。パーティーを組めばDランクの者でも上層までなら入る事が許されているくらいなのだから。
「落ち着かんかゼルワ、今はアイギスの腕を治療する方法を見つける事が先決じゃ」
「ドガの言う通りね……幸いなんとかホーンライガーも倒せて、今回のスタンピートも終息したし……次回までになんとかしないとね!」
「あぁ、そうだな……おっし! 『悲涙の洞窟』の調査は俺達の方でなんとかする! お前達『白銀』は一刻も早くアイギスの腕を治す方法を見つけてくれ。Sランクのお前達が抜けると流石に次は凌げねぇ……」
ドガが冷静に現在の問題の優先度を指摘し、レイリーアにゼオンが同意する。
ふふ……ドガは武骨な武人でありながらも、平時はパーティーの皆を見守ってくれている頼もしい存在だ。
「ってなると、話が振り出しに戻っちまうなぁ~どうするよアイギス? 覚悟決めて『魔の大地』行ってみるか?」
「……虎穴に入らずんば虎児を得ず……とも言うしな、サーサ。あの魔素霧を防ぐ手立てはないか?」
次のスタンピートまでにはまだまだ時間はあるはずだ、ゼルワの言うように『神々の雫』の手掛かりである『魔の大地』に向かうことが、私の腕を治す為の最短の道であると信じよう。
「少々値が張りますが魔装具があります、値が張りますが!」
二回言った……つまり「少々」ではないのだな……?
「使い捨てでないのなら今後も役に立つじゃろうて、サーサよ頼むぞ?」
「はぁ~仕方ありませんね、わかりました」
「んじゃ、俺はいつも通りルートの策定だな! 船も……へへ、アレの出番だな」
「アタシはドガと入り用な物を買い出ししてくるよ! ドガ、荷物持ちよろしくね?」
「やれやれ、老人は労るもんじゃぞレイリーアよ」
……いい仲間達だ、誰も『魔の大地』に向かうことに反対しない。腕を失ったのは私の落ち度だと言うのに。
「ありがとう皆……今更かもしれないが、皆に巡り会えた事に心から感謝したい」
「はは、ホント今更だなぁ~良いって事よ!」
「そうですよ、私達は仲間なんですから!」
「うふふ♪ アイギスはアタシのダーリンを助けてくれた、それだけじゃないわ。他にも沢山の恩があるんだから……ここいらで少しは返させてよね!」
「ワッハッハ! まったくじゃ……儂の家内も助けてもらったしのぅ、もらってばかりではいられん。なんぼでも頼るとよいぞ!」
ゼルワとサーサが少し呆れ気味に苦笑すると、他の皆も笑い出す。私は、本当に良い仲間に巡り会えた……『魔の大地』で何が待ち受けているかはわからない。もしかすると……そこが私の死地となるかもしれない……だが、何があろうとこの仲間達は守り通して見せる!
「おぉ、そうだ! 確かこのファイルに……あったあった! 『魔の大地』の調査。こいつも手が付けられずにいたクエストだ……ついでに受けていけアイギス」
「ゼオン……」
皆がギルドマスターの執務室から出ていった後、残された私の背をゼオンが軽く叩き、一枚の羊皮紙を見せてくる。『魔の大地の調査依頼書』、魔素霧のせいで大抵の冒険者は近付く事も出来ないその地には何があるのかを調査するSランクパーティー限定の超高難易度のクエストだ。
必ず生きて帰り結果を報告しろ……言外にそう言っているのだな……ゼオンなりの不器用な励ましだ。私はその依頼書を懐にしまい、ゼオンに礼を言う。
死ぬんじゃねぇぞ。執務室を後にする私の背にゼオンのそんな呟きが聞こえた。
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【親しまれる騎士】~アイギスview~
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「はぁっ!? 肩に盾を装着させてくれだって!?」
冒険者ギルドを出て、私が向かったのは『白銀』の御用達でもある武器・防具を主に取り扱う鍛治店『酒と鍛治』だ、とんでもない名前の店ではあるが、店主のギドはドガの朋友であり、その鍛治の腕は間違いなく『セリアベール』一番だろう。
「あぁ、確かに私は左腕を失いはしたがこうして肩は無事だ。出来れば今までよりも大きめに頼みたい」
「はぁ~無茶苦茶言いやがる……腕がねぇと踏ん張り効かねぇぞ?」
そんなことは重々承知している。騎士たる私の強みはその強固な護りにある、そしてその要になるのが盾だ。私が敵の攻撃を鉄壁の護りで防ぎ、斥候のゼルワが撹乱、戦士のドガが痛烈な一撃を叩き込み、弓士のレイリーアが牽制、魔法使いのサーサは攻撃・回復・補助を務める。欲を言えば回復役を加えサーサの負担を減らしてやりたいが……女神が姿を消した今の時代僧侶の数が減り、神聖魔法に属する回復魔法を使える者が少ないのだ。
「ドガから話は聞いたぜ、『魔の大地』に行くんだってな?」
「あぁ、あるかはわからないが『神々の雫』を求めにな……ついでだが調査クエストも受けてきた」
「そうか……出発はいつだ?」
「ゼルワ次第だ」
「ふん、三~四日後ってとこだな……三日後に来い、最高のモン仕上げてやらぁ」
短い会話だがそれで察してくれるギド。それだけ付き合いが長いということであり、私達『白銀』の事をよく知ってくれているのだ。私はギドに礼を言い、『酒と鍛治』を後にすると家へと足を向ける。
(剣の手入れをしておかねば……『魔の大地』に向かう以上万全の状態に……)
そう思ったところでふっと苦笑する……腕を失っておいて何が万全かと……皮肉なモノだ、『魔の大地』に行こうと思えばいつでも行けたのに、魔素霧を理由に近付こうとも考えなかったのが、今や藁にもすがる思いで僅かな希望を求めている。
「アイギス、『酒と鍛治』の帰りか?」
「バルド、あぁこんな腕でも使える盾をな」
街道でそう話しかけてきたのは、私達『白銀』と双璧をなすSランクのパーティー、『黒狼』のリーダーであるバルドだ。彼はこれからギルドに向かうところなのか、愛用の大剣を背負い、自慢の黒鎧に身を包んでいる。
「ふっ、また無茶を言ってギドを困らせたのか?」
「ふふっ、そうだな。今回は特にそう思うよ」
ついつい、左腕に視線が行ってしまう。それを察したのかバルドは私に向かって深々と頭を下げ、謝罪してきた。
「済まないアイギス……うちの新人がとんだ迷惑をかけてしまった。そして、あの二人を助けてくれたこと……心から感謝する」
「バルド、頭を上げてくれ。腕を失ったのは私が未熟であったからに過ぎない」
『黒狼』の新人。と言っても既にDランクまで育っており、スタンピート鎮圧戦が初めてだったと言うだけだ。初のスタンピートに初のイレギュラーが重なり、新人の魔法使いの少女が恐怖で固まってしまったのを、同じく新人の剣士の少年が助けるために彼女を突き飛ばし庇ったのだ。
「そこにアイギスが割って入ってくれたお陰で、新人……ブレイドの奴は命を落とさずに済んだ……しかしアイギス、貴様は……」
「そうか、彼はブレイドと言う名か、少女の方は?」
「あ、あぁ……ミストも無事だ。あの二人もお前に礼を言いたいと言っていてな、もしよければ会ってやってくれ」
相変わらずの気遣いに心地よくなる、彼は戦闘ともなればその大剣で豪快な戦いを見せるが、普段はパーティーメンバーや、街の住人達を気にかけるなんとも気持ちの良い青年なのだ。
「それは構わないが、バルド、君はギルドに用事があったのではないのか?」
「いや、貴様の行先をギルマスに聞こうと思っていただけだ、さっきも言ったようにブレイドとミストがいてもたってもいられずに飛び出してしまいそうでな……一応謹慎させているつもりなんだがなぁ」
はははっ! 若いな、元気があっていいじゃないか。だが丁度良い、『白銀』が『魔の大地』に行っている間は『黒狼』に負担がかかってしまうからな。その件もしっかりとお願いしておきたいので『黒狼』の家へとお邪魔させてもらおう。
「おやおやおや~そこを行くのは~片や名高き『白銀』のリーダー、アイギス。片や気高き『黒狼』のリーダー、バルドではないかぁ~♪」
突然私達の背中から大袈裟な身振り手振りで登場する、中年男性。
「「デール……」」
「あーっ! バルドさん! アイギスさんを見つけてくれたんですね!?」
「バルドさんごめんなさい、ブレイドったら謹慎中なのに聞かなくて!?」
おや、振り向いて見れば中年男性の左右に、つい先程バルドと話していた、少年剣士ブレイドと、魔法使いの少女ミストも同伴しているじゃないか。
「ブレイド、お前は謹慎していろと言っただろう? 仕方のない奴だな」
「す、スイマセン! でも、じっとしてるとおかしくなっちまいそうで!! アイギスさん!」
ブレイド少年が大声で私の名を叫んだと思ったら、ボロボロと大粒の涙を流し始めたではないか。
「うぅっ! スイマセン! スイマセン! アイギスさん! 俺を庇ったせいで、うっ、腕をっ腕ぇぇーっうおおぉーっ!!!」
「ちょっとブレイド!! 泣かないでよぅっ! ぐすっ、あたしがあたしが! 怖くて動けなかったせいで!! うぅぅ、うわわぁぁーん! ごめんなさいごめんなさい! アイギスさんごめんなさい!!」
少年につられるように少女ミストまで泣き出してしまった! これは困った、道行く者達も何事かと視線を投げてくる。
「落ち着けお前達! こんな街道の真っ只中で迷惑だろうが!」
「そうだぞ~二人とも、アイギスだって謝罪の言葉より感謝の言葉の方が嬉しいと思うぞ?」
バルドが慌てて二人を窘め、デールがフォローに入った。そうだな、デールの言うように謝られるよりは感謝される方が余程嬉しいものだ。私は二人の頭を交互に撫で大丈夫だと伝える。
「ブレイド、よくミストを守るために動いたな。その勇気はきっと将来お前を強くするだろう。ミスト、今の悔しい気持ちや、不甲斐なさを忘れるな。バルド達の教えを受け止めいずれ皆を支える立派な魔法使いになれ」
「「アイギスさん……」」
そうだ、私達の次代を担うであろうこの少年と少女を失わずに済んだのは私達の誇り。
「「はい! ありがとうございますアイギスさん!!」」
二人は涙を拭い、力強く頷いてくれた。あぁ、そうだそれでいい!
「ふぅ、俺も改めて感謝するぞアイギス、俺ではこう上手くこいつらを諭すことができなくてな……」
「ふはは、バルドは相変わらず口下手のようだな~うん、将来が楽しみなお尻だ」
「きゃあぁっ! デールさん! どさくさに紛れてお尻を触らないで下さい!」
「おいっ! デールのオッサンなにしてんだコラァ!!」
出た、デールの悪い癖が……彼は私達と同様に冒険者なのだが、とある事件を切っ掛けに自身の冒険者としての活動よりも新人を育成することに注力している。実際、彼の指導のお陰で新人達の死亡率は激減し、ギルドにもこの街にも大きな貢献をしている。
「ははは、私の教えを守らず前に出てしまった罰さぁ~♪」
「うぅっ、それはそうですけどぉ~!」
「ぬあっ! くっそこのオッサンめぇ、離せよ~!」
……貢献している、のだが。女性冒険者に挨拶と称してお尻を触るという悪癖があるのだ。
デールは片手でブレイド少年の頭を掴み押さえる、悪癖さえなければAランクなのは間違いない実力の持ち主なのだが……いや、もしかすると敢えてBランクにあまんじているのかもしれないな。
「ふっ、つまりは反省しろと言うことだ。ほら、わかったのなら家に戻って謹慎していろ」
「ちぇっ! 覚えてろよオッサン! アイギスさん本当にありがとうございました!」
「はい、わかりましたバルドさん……アイギスさん、ありがとうございました」
私達に一礼し去っていく二人を見送り、バルドと一緒にデールと向き合う。
「私からも礼を言わせてほしいねぇアイギス、あの二人が無事でいられるのは君のおかげだからね」
「デール……新人を失いたくないのは私達とて同じだよ、気にしないでほしい」
かつて少年だった私とバルド、青年だったデール……そして……
「……ブレイド少年を見ていると、どうしても彼を思い出してしまうねぇ……バルド、しっかり守ってくれよ?」
「あぁ……」
当時、デールを師として私達は一緒だった……そう、私とバルドは同期の桜。そして、もう一人。
「久し振りにロッドの墓参りにでも行くか」
ロッド……かつて、師であるデールに世話になっている礼がしたいと言い出し、贈り物を作ろうと、一人で素材を集めている際に魔物に襲われ……その命を落としたもう一人の同期。彼は本当に心優しい少年だった。ブレイド少年はどことなくロッドの面影があり、デール同様に私も思い出してしまう。
「そうだねぇ、アイギス。『魔の大地』に向かう前に君も一緒にどうだい?」
「あぁ……元よりそのつもりだったよ」
「アイギス、初耳なんだが? 貴様『魔の大地』に行くのか!?」
出発までにはまだ日もある、口にすれば皆に「縁起でも無いことを言うな!」と怒られてしまいそうなので言わないが……『魔の大地』に行って生きて帰れる保証はどこにもない。なので、身辺整理もしようと考えていたのだ。
無論、ロッドにも挨拶はしておくつもりだった。バルドには『黒狼』の家でしっかりと伝えるつもりではいたのだ、『白銀』不在の間、『セリアベール』を頼むと。
「そうか……『神々の雫』を求めて……なら、アイギス。貴様は死んでは駄目だ、必ず帰って来い! でなければアイツ等が自責の念に潰されてしまう」
「バルドの言う通りだぞアイギス、自分達のせいで腕を失った君が、その腕を治す為に命を落としたらあの少年と少女はきっと立ち直れない程の傷を心に負ってしまうよ?」
君は死んではならない。二人の言葉が有難い……勿論死ぬつもりなど毛頭無いが、覚悟だけはしておこうという話だよ。そう伝えると、納得してくれたようだ。
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【エルフとハーフエルフ】~サーサview~
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『神々の雫』なんて本当にあるのでしょうか? 確かに『魔の大地』は前人未踏の未開領域ですが、『神々の雫』の記録はそれこそお伽噺、『魔神戦争』の絵本に登場するくらいしかないのです。
私は『魔の大地』へ向かうための道のりを調べるゼルワと一緒に、『セリアベール』を出て、『セリアルティ王城跡地』へと向かっています。
「まさに雲を掴むような話です……」
「そうだな、その魔装具だってそんなに期待できねぇんだろ?」
私が手に持っているのは、大枚はたいて購入した魔素避けのレストクリスタル。それを見てゼルワが厳しい指摘をしてきます。
「そうですね……精々気休め程度にしかなりませんね、休憩中にしか使えない結界の魔装具ですから」
「はぁ……じゃああの魔素霧の中を動き回って調子悪くなったら、その結界の中で休むってなるのか」
「はい、そうなりますね……」
はぁ……私達は二人揃って重々しいため息をつきます。お互い考えていることは同じかもしれません……そう、『魔の大地』が私達の死地となるかもしれない……と。
「サーサ、いざって時はお前だけでも生きろよ?」
「ゼルワ!?」
彼の言葉に驚きを隠せません。だって私達は死ぬときは一緒にと誓い合った仲なのですよ!?
思わず泣きそうになり、彼の胸に顔をうずめます。
「約束した筈です、私と貴方は常に共にあると……そう、約束したじゃないですかぁ……」
「サーサ……」
嗚咽を漏らす私をゼルワが優しく抱きしめてくれます、あぁ……彼のこの温もりを失いたくない。
幼なじみで共に育った私達、ハーフエルフであることが発覚し、穢れた子だからと里を追い出されたゼルワ。私はそんな閉鎖的で排他的な故郷に嫌気が差してゼルワと里を飛び出したのです。
「サーサ、俺はアイギスに数え切れねぇほどの恩義がある。アイギスの為になるっていうなら命を賭けることも厭わねぇ。だがそれにお前まで付き合うことはねぇんだぜ?」
うぅ、私の知らないところで彼とアイギスは絆を深めていたようです。私と里を出るときに誓った約束すら反故にするほどに……悔しい、悔しいです。そんなに義理と仁義が大切ですか? あまりに悔しいので頭をぐりぐりゼルワの胸に押し付けます。
「酷いですゼルワ……アイギスに嫉妬してしまいます、悔しい……」
「すまねぇ……だけど不義理だけはしたくねぇんだ、ひたむきで真っ直ぐなアイツには誠意を持って応えなきゃ男じゃあねぇぜ?」
「ゼルワは私を愛してくれないのですか?」
もう……なんですか。アイギスのことばかり! 確かに左腕を失うという大怪我ですから助けたい、より力になってあげたいという気持ちはわかりますけれど。
「サーサ……愛してるよ、誰よりも……だからこそお前には生きてほしいんだぜ?」
「ゼルワ……」
あぁ……駄目です泣きそうです……月並みな台詞なのに、こんなにも心に響くなんて……
「冒険者なんて命の軽い職業だ、特に男達の命は短い……でもな、女は子を産み次代へと繋げていくって言う大事な役目があるだろ?」
「馬鹿言わないで!! 私に貴方以外との子を産めって言うんですか!?」
酷い! 酷すぎます!! なんて勝手な言い分ですか!?
「そんなの死んでもごめんですよ! もう怒りました、ゼルワの言うことなんて聞いてあげません!」
「サーサ……いや、参ったな……どうすりゃ許してくれる?」
そんなの決まっています。でも……
「自分で考えて下さい……女性の口から言わせるなんて駄目です……」
私は流れる涙を優しく拭うゼルワの手に自分の手を添えて彼を見つめ……静かに瞳を閉じます。彼の吐息が近付いて……唇が重なりました。
「「……」」
言葉なく抱きしめあう二人……どのくらいそうしていたでしょうか……一瞬のような永遠のような、大切な時間です。
「……悲観的に考えんのはやめるか~! 要は死ななきゃいいだけの話だからな!」
「ふふっ、そうですね! きっと私達なら大丈夫ですよ。なんと言っても『セリアベール』一のSランクパーティー『白銀』なんですから!」
「おう! その通りだ! 『魔の大地』がナンボのもんだってんだ、やってやるぜ!」
不思議です、キス一つでこんなにも勇気が湧いて来ます。それはゼルワも同じのようで、彼本来の明るさが戻って来たみたいですね!
「さぁ~『セリアルティ王城跡地』に急ぐぜサーサ! 船着き場がある筈だからな!」
「はい! その後は上陸地点の選定ですね?」
お互いに活力が漲り、歩みも速まります。『セリアルティ王城跡地』からは『魔の大地』を間近に見ることが出来ますから、しっかりと進行ルートを確認しなければいけません。出来る限り安全なルートがあると良いのですが。
「ですが肝心の船はどうするつもりなんですか?」
「へっへっへ~実は今まで黙ってたんだけどな、腹いせとして里出る時に『魔導船』くすねておいたのさ!」
「えぇ~……とんでもないことしますね貴方……」
『魔導船』とは、私の故郷のエルフの里の技術の粋を惜しみ無く結集させた、名の通りの魔法の船です。帆船のように風任せではなく、魔力で動き、思いのままに移動できる。更に凄いのが持ち運びも可能だと言うことでしょうか?
「ほら、これだ!」
そういってゼルワは私に手のひらサイズの模型のような船を見せてくれます。あぁ、確かにこれですね。この模型に魔力を込めると、私達が乗れる程の大きさになるのです。
「里の秘宝ではないですか……こんな物無断で持ち出して、はぁ、追っ手でも仕向けられたらどうするんですか?」
「ん? あぁ、大丈夫だぜ! 実は長老に見つかってな、「我々には無用の長物だから構わん」とか言って他の奴等には黙ってくれてるんだ」
へぇ、少し意外です……あの堅物の偏屈ジジイ、あぁ、失礼。あの掟に厳しい頭でっかちの長老がハーフエルフのゼルワがやらかした事を容認するなんて。
「……サーサ、相変わらず、お前里の事になると容赦ねぇな」
「あら、ふふっ♪ 口に出してしまいましたか」
「いや、顔にモロ出てるってーの」
おやおや、いけませんね……ですが仕方ないじゃないですか。只種族が違うというだけで手のひらをひっくり返し、共に育った仲間……家族を追い出すような連中の事なんですから、態度も辛辣になりますよ……
「はははっ! 俺は正直あんま気にしてねぇぜ? あのまま里にいたら『白銀』に入る事もなかったんだしな!」
「そうですね……私もあの狭い里で閉じこもっていたら、皆に会えませんでしたから……うーん、何だか癪ですが感謝すべきなんでしょうかねぇ?」
まぁ、しませんけどね!
そうして、私達は二人で笑いあい、『セリアルティ王城跡地』に向かうのでした。
《白銀》
アイギス:人間 騎士
ドガ:ドワーフ 戦士
サーサ:エルフ 魔法使い
ゼルワ:ハーフエルフ 斥候
レイリーア:ダークエルフ 弓士
《黒狼》
バルド:人間 剣士
ブレイド:人間 剣士
ミスト:人間 魔法使い




