どうやら異世界転移した私は重たいモノが持てないらしい……。仕方ない!冒険者になることを諦めて武器屋さんで働くことにします!
「……………………」
私はリヴァーノ。転生前の名前は花柳紅羽。
転生前は一八歳のどこにでもいるような女子大学生。
そして転生後は一五歳、青髪ロングの女の子。
トラックの衝突事故で私は異世界に転生してしまったらしい。
「嬢ちゃん……決まったかい」
そしてこの異世界いや【パールチャイン王国】に来てはや二ヶ月。乗り移った(?)身体にはもう馴染んだ。
これは転生というより転移と呼んだ方が表現としては適切かもしれない。というか、そっちの方が正しい。
「どんなものがいいんでしょうか」
パールチャイン王国では十六歳から『ギルドの義務』というものがあり、ギルドに入団し、冒険者として活動しなければならない。
「そうだなぁ。確かお嬢ちゃん、魔術適正はBなんだよね?」
不服なことに、転移後の私は転移前よりも可愛くて、おっぱいも大きくて。
そして何より強い。
「じゃあ、こんなのはどうだ」
呪文を唱えると攻撃が出来るし、回復だってできちゃう。
「……うわ、重……。こんなの持てませんよ……」
脳内の記憶は乗り移る前の彼女のモノなのかは分からないが、言語は分かるし、最低限の知識は備わっていた。
「ははは、そうか、これが一番軽い杖なんだがな!」
しかし、私には一つの弱点がある。
「……そ、そうなんですね」
重たいモノが持てない。
「……いやぁしかし困った。この杖を持てないようじゃなぁ……。冒険しに行くってなったら、プラス他の荷物も持たなきゃならんし」
どうやら私の乗り移った身体は筋力がないらしい。
「…………では、私は冒険者を諦めなければいけないのでしょうか」
しかし、魔術自体杖など無くても撃てる。
ただ魔力の消費が激しく、三、四発撃てば一日分の魔力を消費してしまう。杖はそれを軽減するモノだ。
「……うーん。役割の少ないヒーラーに役職希望をチェンジするか。いやしかし、いざとなったらヒールが一番重要だし……」
要はギルドメンバーがピンチになったとき、ヒーラーが一番重要、ということを言いたいのだろう。
「……なんだ、店長。うるさくて本も読めねぇ」
控え室から、私と話していた『店長』と言われる人物と同じく、むさ苦しい男が二人出てきた。
雰囲気は擾々としていて、汗臭い匂いがつん、と香る。
「いや、この杖が持てない、っていうんでな」
一人は興味がないのか颯爽と控え室に戻った。
「はっはっ!こんな杖一つ持てねーのかぁ!?そんなんじゃ、【ロバニワ】一人で歩けねーぞ!?」
残った一人が高笑いして、思いっきり馬鹿にする。
ロバニワとは、パールチャイン王国の首都。
冒険者の聖地【パールルチアナイト】。宮殿【パールロバニワ宮殿】などがある、いわば冒険や政治の中心地。
そして人がとにかく多い。
都会の人間は、田舎者に対して『ロバニワ歩けねーぞ』と馬鹿にするのが主流で王国民なら周知の事実だ。
この場合、私はこの店員に弱いと判断されているので強者が集うロバニワには恥ずかしくて歩けないよ、という感じの意味だ。
「おいコラ。仮にも客だ。売り上げ下がるからそういう発言は止めろ」
この国には日本のようなお客は神様、といった文化はなく、侮辱や暴力、詐欺や逆強盗など常識の範疇で考えられない行為なんてものは、この国では日常茶飯事だ。
「はっはっ!笑いが止まれねぇーぜ!」
確かにこの杖はカルシンという物質でできた【白馬の耐久杖】と云われるモノで杖一本五kgもしない。
自分で言うのもアレなんだが、その重さすらも持てないのははっきり言って重症だ。
「……すみません。この白馬の耐久杖は返しておきます」
状態は何だろうが、侮辱されることは傷つく。
「ん?嬢ちゃん、杖の名前詳しいね」
なにか思い立ったのか、店長は杖の収納庫へ向かう。
「嬢ちゃん、この二本の杖分かるか?」
店長はほぼ区別のつかない杖を二本差し出す。
「えーっと、左が【クリアアルファ】で右が【トリアストノジー】でしょうか?」
店長と私を馬鹿にした店員は目を見開く。
「おー、詳しいね。勉強したのかい?」
「え、多分……」
「多分ってなんだ!多分って!勉強したなら勉強した、って自信持って言うのが常識だ!……お、これは?」
調子に乗り始めたのか、杖を両手で六本持ち、ニヤッと笑う。
「左から【純愛の槍杖】、【サエストシンフォニー】、【ミドルスエンパ】、【ジュニアキングエントラント】、【猛進の耐久杖】、【リトルアニアバーン】ですね?」
店長がまた一回り大きく、目を見開く。
「スゴい!リトルアニアバーンとかマニア用語だぞ!」
私がこの世界に来る前後、私は杖の名前の勉強なんて一切していない。
私は自然と口に出していたのだ。
やっと、この私が乗り移る前の身体の持ち主の正体が分かった。
私はーーーー。
「……あはは」
れっきとした杖オタクだったのだ。
「……ケッ、気持ち悪い。女のクセに役立たねぇ知識覚えやがって。もう少し家事とかにスキル使った方がいいんじゃねーか!?あんっ!?」
店員が客に対して女性差別発言。
現代日本なら一瞬にしてSNSで問題になってただろう。
「でもーー」
『あのお店気味悪りぃー。入りたくねぇ』
『あんな店に女の子一人?大丈夫かな、あの娘?』
風通しをよくする為に開けていた扉の向こう側からドス黒い声が聞こえる。
この店には私以外の客は見当たらない。
恐らくこの店のことを指しているのだろう。
「……んだと!?待てお前ら!」
私のことを馬鹿にした【店員】は履いていた革靴を脱ぎ捨て、玄関口にあったスポーツシューズを履き、急いで店を侮辱した人たちを追いかける。
「……えぇーと、すまん。話に戻るが、今の状態じゃお前は冒険者にはなれない」
謝りなのかは分からない『すまん』を語頭に付け、話を戻す。
「けど、冒険者が全てじゃないからな。【ギルドの義務】というのは、ギルドに入ることがもちろん一番ふさわしいが、手助けする側も適応される」
俺みたいにな、と親指で自分のことを指し、話を続ける。
「……そこで、提案なんだが。お前の杖に関する多大な知識は良く分かった。ウチで働かないか?」
店長は告白をするかのように手を差し伸べる。
確かにこのままいけばどこも雇ってくれず、無職。そして義務の違反で一生奴隷として働く、この国ならではのオリジナル刑罰、『勤労罪』となってしまう。
そんなものは死んでも御免だ。
だから私は決意する。
「…………では、よろしくお願いしまーー」
「……チ、逃げられた!クソ!……あ?まだその女いたのかよ」
言葉を遮るようにして怒鳴り声を撒き散らしながら、此処に戻ってきた。
「……コイツは俺の店で働くことになった」
その報告が癪に触ったらしく、舌を噛み、近くにあった剣の収納ボックスを思いっきり蹴る。
「は?白馬の耐久杖も持てないようなクソ無能に何言ってんの?武器屋で何の仕事できるんだよ?……口先に脳みそつけてんじゃねーぞ!あぁん?」
「黙れ。俺はいつだってお前をクビにできるぞ。ま、女遊びして、捕まって、ギルド追い出されて、ムショ上がったお前が働けるところなんてそうそうねーわな」
お互いキレ気味でピリピリと火花を散らしている。
店員は私のことをまた馬鹿にし、店長は店員の罪状を公開。
「チッ、好きにしろ」
意外にもすぐに折れ、反抗期の中学生みたいに大きな足音を立てて控え室へ戻る。
「……安心しろ。アイツとは同じシフトにならないよう調整する」
「あ、えーと。ありがとうございます」
感謝の意を告げ、私はまた差し出された手を握った。
「そうだ、お前の名前を聞いてなかった。名前は?」
思いついたように名前を尋ねる。
そう言えば私は店長の名前も知らないし、あの店員の名前も知らない。
「リヴァーノ。リヴァーノ・フラッシンです!」
× × ×
私は、その後【パールチャインWORKロバニワ店】で、就職の願書を申し込んだ。
首都ロバニワは遠い存在に見えたかもしれないが、実は隣町で、汽車で二駅だ。
さて、これは後で知ったことなのだが、元の体の持ち主、本当のリヴァーノ・フラッシンは三kg以上のものが持てない奇病【ブランセトゥルナジマーラ病】の発症を受けて、首吊りによる自殺未遂を図ったそうだ。
大好きで憧れの杖を握ることが出来なくなったから。
それがあの武器屋に訪れた日の二ヶ月前。
丁度私が転移した時だ。
ここからは私の推測だが、私がトラックによる衝突事故で死んでこの世界に転移したのなら、本当のリヴァーノ・フラッシンは首吊りでもうとっくに自殺していて、私、花柳紅羽の身体に乗り移った、のではないだろうか。
つまり身体の入れ替わり。
もしそうだとしたら、私の身体は無事なんだろうか。
もしそうだとしたら、本当のリヴァーノ・フラッシンは日本という異郷の地で生活できているのだろうか。
しかし、結果がどうあれ、一つだけ言えることがある。
私は本当のリヴァーノ・フラッシンの夢を叶えたのだ。
確かに杖は握れないかもしれない。
けれども、大好きな杖に関わる仕事に就けたのだ。
それがどんなにラッキーで幸運なことか、そんなことは本人に聞かなくちゃ分からない。
もしかしたら、それは実は不幸で堪らなく嫌な気持ちになるかもしれない。
しかし、私は【生】の不幸は【死】という不幸にどう足掻いても勝ることはできない、と考えている。例外は探ればあるかもしれないが、そんなの普通に生きてれば通ることは無い。
つまりその持論でいくと、私は本当のリヴァーノ・フラッシンに少なくとも【死】より、遥かに大きな幸せを与えたのだ。
このために神様は私を転移させたのかもしれない。
× × ×
どうやらあの武器屋はチェーン店らしく、全国各地にあるそうだ。
つまり願書はあの店に送られる訳ではなく、その武器屋を経営している本社に送られるわけだ。
私はあの街の店舗を第一希望と出したが、残念ながら通らず。
しかし、どこに配属されてもこの身体をそして、仕事を任せられたからには全力で働くつもりだ。
× × ×
武器屋の朝は早い。
私は重いものを運べないから、担当は注文と接客だ。
品薄の商品を注文。そして、店にきた人の相手をする接客。
忙しそうに見えるが、品薄補充なんて一日に一本あるかないか。接客に関しては、看板娘と部屋の案内までだ。
ハンデを追ってるからには人一倍、この仕事に対して魂を注ぎ込まなければならない。
当然のことだ。
とはいえ、まだ開店してから間もない時間だ。
客が来る気配もない。
このまま私が死ぬまで働き続けなければいけないのか。
そもそもこの世界はどうなっているのか。
まだこの世界に関して知らないことが多すぎる。
時は滝のように流れ、年は十六歳半ば。
この世界に来てからもうじき一年経つ。
もしかしたら、元の世界に戻れるかもしれない。
もしかしたら、またお父さんやお母さんに会うことができるかもしれない。
そんな希望と、本当のリヴァーノ・フラッシン、そして今私が持っている身体はどうなっているのか、という不安。
それらがごちゃ混ぜになった感情を常に抱いている。
推測通りが一番理想。
ただ、こんな未知数なもの、無限にパターンは存在する。
杞憂かもしれない悩み事。
この目の前に広がる光景に抗うことができない、そして指をくわえたまま、時が過ぎるのを待つしかない、という事実に対しての悔しさを噛み締め、この世界で生きている。
開店から十五分、ようやく一人目の客だ。
辛かったら。
過去も未来も見てはいけない。
見るのは【今】だけだ。
唇を噛んだ後、自分なりの精一杯の笑顔を作る。
さて、業務開始といこうじゃないか。
「ようこそ!武器屋『MAKE YOUR DREAMS COME TRUEロバニワ本店』へ!」
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