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原始の娘  作者: 日和純礼
白昼の冥、闇夜の光
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05. 君が為

 世界からすべての音が消えた。


 シージュの目の前にいるクーゲルは口をパクパクさせて、あれこれ叫んでいるようだが、まったく聞こえない。


 クーゲル隊の面々は一瞬浮き足だったものの、クーゲルを見て、煩そうな顔をしている。口唇の動きで言葉を拾っているのだろう。


 ――しかし、おかしいな。


 シージュは首を傾げる。


 自分を過信するわけではないが、大抵の異変は気づける自信がある。

 やはり、あのヴェスカニーチェが何も言わなかったこともおかしい。


 ヴェスカニーチェとシージュは、魔力量に関しては比べようもなくかけ離れているが、《似通った箇所がある》。


「……《声》と関係あるのか?」


 今日に限って、今朝方からよく聞こえるあの――

 シージュは呟く。


 同時に周囲が驚いた顔でシージュを見た。


「何?」


 クーゲルが口をパクパク動かす。


「そうだな、俺は《影響を受けない》」


 さらにクーゲルが口をパクパクしている向こう側で、窓から見える空の異変に気がつく。


 白い記号で空が半分以上埋め尽くされている――


 誰もがその光景に言葉を失っていると、シージュは紫黒の目を二、三瞬き、踵を返した。

 とっさにクーゲルがシージュの肩をつかむ。


「うん。模擬戦自体はさすがに中止だ。全隊に通達。城砦から速やかに退避。伝令はお前が走れ。以上」


「うん?大丈夫だ。あれは我々に危害を加えるものではないよ。多分」


「……多分としか言いようがない。勘だ」


 バタバタするクーゲルに告げる。


「何だ、まだあるのか?……仕方ないだろ、適材適所だ」


 頼りにしているよ――とクーゲルの肩を軽くたたき、シージュは《跳んだ》。


 後には微妙な顔をしたクーゲルと、クーゲルの肩をたたくクーゲル隊が残されていた。





 ね、君――


 我々は過去の末裔ではないよ

 未来に生を巡らせないか?


 世界が完成する前に




 これは誰の声だったか――


 シージュが《着地》すると、そこにはスクードとヴェスカニーチェの姿があった。


「遅くてよ」

「お待たせしてすみません」


 先ほどの吹き抜けの1階に全員移動していたようだ。


「《着地点》が必要だろうと、ここに留まっていましたのよ。忠義な犬だこと」


 ヴェスカニーチェはスクードに目をやる。

 無音の世界でシージュが声を出せることに、ヴェスカニーチェ以外が驚いている。


「ありがとうございます。ヴェスカニーチェ師団長も声が」

「ええ。答え合わせは後にしましょう。

 退避は私が引き受けますわ。貴方はあちらを」


 ヴェスカニーチェは吹き抜けから見える空を差す。


「わたくしは《完全に影響を受けていないわけではない》。それに」


 貴方をご指名なのでしょう?


 譲って差し上げる、とヴェスカニーチェは、艶然と微笑む。


「聞こえるんですか?」

「いいえ。そんな気がするだけ、という程度ですのよ」


 二人で話している間に、空はいよいよ記号で埋まり、記号が発光しはじめた――


「それでは互いに善処する、ということで。

 スクード」


 黙って聞いていたスクードが頷く。


「Dに第九が寝てる。あと、クーゲルを走らせている。南回りだから、お前のところも北回りで走らせて」


 スクードが隊員たちに合図サインを出す。


「待った。クーゲルにも伝えたが、あれは我々に危害を加えない。多分。今のところは」


 スクードは微妙な顔をしながら、止めた隊員たちを今度こそ行かせる。


 じゃ、と階段に向くシージュに、スクードはパクパクと口を動かし、慌てる。


「俺以外、速やかに退避。ついてきても無意味だからね。

 時間になったら、昼飯は先に食べて構わないよ」





 シージュは回廊階段を駆け上がり、屋上庭園を目指す。

 兜を脱ぎ、投げ捨てる。


 ――慚愧に堪えないとか、


 今は階段を走る最中も、色々な感情が浮かぶ《声》が聞こえてくる。


 ――いい御名だわ


 しかし、言葉は一方的で、また、断片的である。


 ――彼の命が最後に相成するように


「待っていて」


 シージュは姿の見えない存在へ告げる。


「今度こそ、行くから」





 シージュが屋上庭園に到達したのと、銀扉が出現したのとはほぼ同時だった。


 既視感がシージュを襲う。


 そうだ、俺はこの扉を開けたことがある――

 色は違った気がするが。


『時さえくれば』


 ハッとし、シージュは呼び掛ける。


「会いに来た!」


 しかし、声は応えない。


 《呼ばれる》とその《声》の元に《跳べる》シージュの力。呼ばれないと発現しない。


 そもそもシージュ自身も相手が誰だかわかってはいない。相手も同様かも知れない。


 《知っていた》ことは間違いないが――


 潜在記憶や感情が、一気に顕在化しようするのを感じる。自分の脳が制御しにくい。


 シージュは首を振る。

 過去の経験なのか、夢で似たような体験をしたのか、考えがまとまらない。


 自分は一体何者なのか。


 十歳までの記憶がなく、《あの森》で立ち尽くしていた自分。

 どこから来たのか、なぜ魔力がないのか。

《シージュ》という名だけを記憶に握りしめて。


 栓無いことが次々と脳裏に浮かぶ。


 今、その答えが得られそうな気がして。


 シージュは一度目を固く閉じた後、ゆっくりと紫黒の目を瞬いた。


 ……今は自分の境界を曖昧にしている場合ではない。

 もうあの銀扉に時間がないことだけはわかる。


 これ以上近づくには空を飛ぶしかないが、あそこまでの高度はヴェスカニーチェでも無理だろう。


「俺はここだ!」


 シージュは叫ぶ。


「俺はここに《生きている》!」


 天に手を伸ばし、シージュは扉の向こうを《引き寄せる》。


 手応えはあるが、まだ足りない。


 ここを逃すわけには行かない。

 どうしても、どうしても。


 死なずに一緒に生きる方法を――


 意識が記憶が、自我がどんどんぶれていく。

 シージュは固く目を閉じた。


 そして、心に浮かぶままに《言葉を展開》する。



『《真理の源泉》よ、この血を供犠にし我希う』



 ――カシャン


 銀扉が高い音を立てる。



『宵闇に秘め隠す暮れの女神の祈り、今輪舞する時』



 キィ、とシージュに応えるように、ゆっくり銀扉が開いていく。

 細く細く開く銀扉の向こうには、影が。


『あ』


 影の正体が、人影かもしれないとわかるぐらいに、銀扉が開いた結果。


 城砦と向かいあった銀扉は、中の人影をずるり、と落とし――……一瞬にして霧散した。


 重力に逆らわず、天上からシージュの真上に降ってくる白銀の塊。


 シージュは再び、《引き寄せる》。



『血の紅きを喰らう、世界が完成する前に!』



 刹那、周囲が眩しい光に包まれ――



 その光がシージュの元に集約し、シージュは光をかき抱く。

 光がパッと弾けたかと思うと――


 シージュの腕には白銀の髪と白磁の肌の少女が抱かれていた。

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