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原始の娘  作者: 日和純礼
白昼の冥、闇夜の光
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02. 夢醒

 ――あなたに会いたい


 そう言ったのは誰だったのか。

 過去の記憶である。おそらく十歳以前の。


「不思議と確信が持てるな」


「白昼夢でも見ている、の、かっ!」


 ギイン、と上段から打ち込まれた剣戟を、シージュは軽く右にいなした。

 シージュの得物もまた剣である。

 すぐさま振り上げられる剣の切っ先を、体を傾けて軽くかわす。


 模擬戦の敵方である第一師団と、城砦の大広間にて交戦の真っ只中、シージュは思考の海に沈んでいた。


「今朝は夢の中で、やけにハッキリと聞こえた」

「こ、の……!」

「今なら《魂の形》を捉えられそうな気が」


「お取り込み中、すみません。

 シージュ師団長、不味いです。

 アジェンテ師団長がもうお疲れのようですよ」


 第十師団副師団長のヴァッフェが、シージュの背後にまわり、声を掛ける。


 ヴァッフェは内心で軽く肩をすくめる。

 この上官の、ところ構わず唐突に耽る思索の内容はかなり雑多だ。

 戦術だったり、天候だったり、今回は今朝見た夢のことらしいとうかがい知れる。

 そして、この状態になったときは独り言が増え、その言葉は神託だと一部では――


「おいっ!真面目にやれ!」


 剣を交わしている最中に白昼夢など、とシージュに斬りかかっているアジェンテは、肩で息をしつつもその深紅の瞳をギラギラさせ、地団駄を踏みそうな勢いである。


「……これでは獲れてしまいますね。

 時間的に不味いです」


 昨日から行われている軍事演習内、本模擬戦の勝利条件は、互いに城砦の一角に立てる軍旗を奪うか、敵方のリーダーを討つか、敵兵をすべて戦闘不能にするかである。


 しかし、これはあくまで演習内の模擬戦のため、各師団ごとに自軍の特性を活かした新たな戦術を試すことが推奨されていた。


 この貴重な機会において、目の前の第一師団は開始早々、一直線に本模擬戦の敵方リーダーであるシージュを狙ってきた。

 リーダーであるアジェンテ自らが先頭に立っており、遊撃隊がいるのかと誰もが思ったが、周囲にまったく気配がない。


 果たして。

 本隊同士が激突し、師団長同士の剣技の差は秒で明らかとなった。


 一旦退くだろうと再び誰もが思ったが、まったく退く気配がない。


 模擬戦即終了――それは模擬戦の意図をないがしろにしている上、第一師団に肩入れしている筆頭幕僚殿が見学している手前、非常に望ましくない。


 第一はこの前の異動で『眼鏡』が抜けた穴がでかすぎるだろ、とヴァッフェは呟く。


 その声が聞こえたのかどうか、思考の海からようやく浮上したらしいシージュは、眼前のアジェンテに今はじめて気がついたかのように焦点を合わせた。


 紫黒色の瞳を二、三瞬かせる。


「状況はおよそ軍団長殿が把握している。第一を退かせた後、一気呵成に押し返し、仕切り直しさせるだろうね」

「対魔術師団はもう哨戒させてます」


 ヴァッフェが後ろの兵士に合図サインを出すと、兵士は素早く傍らに立つ。


「魔術師団の青と黄あたりが来ますかね。……全隊に通達。フェーズ2と3を飛ばして4。配置DS1100。以上」


 兵士は復唱後、身を翻し走り去る。


「この時間から仕切り直しだと、昼飯が遅くなります。自分か近くのクーゲルにDへ向かう許可を」

「Dは足りてる。近くで第九に待機してもらっているし……うん?」

「どうしました」

「うん――。まぁ、クーゲルだから、大丈夫だろう。

 あと、どこかの師団も来る。第五か第六か、その両方か」

「第六……ヴェスカニーチェ師団長のところですか。彼女は昨日、先駆けでしたし、寄越しますかね」


「私を……私を」


「相手が第一だったから」

「なるほど。すぐBにスクードを行かせます」

「気になるから、俺も行くよ」


「無視するな!」


 いつの間にか2メートルほどの距離をあけて向かい合っていたアジェンテが、吼えながら剣に炎を纏わせる。

 しばらく沈黙していたのは、この魔術を展開するために魔力を練り上げていたらしい。


 シージュがアジェンテに軽く手を上げる。


「アジェンテ師団長におかれましては、本日も綺麗な《魂の形》ですね。非常に結構。ではまたのちほど」

「相変わらずワケのわからんことを!

《魔なし》風情がっ」


 周囲の温度が一気に上昇し、紅く染まった剣をシージュたちに向かって横に薙ぐ。


 可愛い奴だな、とヴァッフェは向かってくる焔を見やった。




「で。

 どれだけ凄い魔術が展開できても当たらなきゃ意味がないんですよ。魔術を展開する前にかすりもしないのが、展開後にバシバシ当たるなんてことがあると思いますか」


 あなた、そういう性質じゃないでしょう、とヴァッフェが噛んで含めるように、アジェンテに言う。


「《魔なし》、の、くせ、に…」


 アジェンテは残り僅かな体力が早々に尽きたらしく、今や剣を支えにかろうじて立っている。


 しかし、罵倒対象のシージュの姿は、この場になかった。


 アジェンテが剣を振り回している最中。

 ――ここはよろしく、と去り際、上官に叩かれた肩から、体全体に魔力が一切の滞りなく循環しはじめるのをヴァッフェは感じていた。


《シージュには魔力がまったくないのに》。


「魔なし?……だから?」


 薄く笑いながらヴァッフェは剣を抜いた。


「本人がまったく意に介してなくてもね」


 周りはどうだと思います?


 構えた剣はどす黒いほどに紅く染まり――陽炎が意志を持つかのように激しく縺れている。


 剣から漂う魔術の苛烈さとは真逆の軽さで、ヴァッフェは口を開いた。


「第十師団式、教育的指導始めますね」


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