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原始の娘  作者: 日和純礼
白昼の冥、闇夜の光
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01. 天上の扉

 その日、王都ヴェルートは雲ひとつない晴天だった。


 王都内、北に位置する旧ヴェルート城砦。

 白い石造りの城砦は、青天によく映える。


 三百年前に完成したというこの城砦は、要人が滞在する棟を中心に、周囲を流れる川の上に掛けられた橋の上に建つ棟と、あわせて三層の回廊を持つ棟で構成されている。

 歴史上何度か戦火に遭うも定期的に修復を繰り返し、いまだに建造上の安全面では問題がなかった。


 しかし、城砦という役割を果たすには、時代とともに機能面で陳腐化したため、六年前、王都の北西に建造された新ヴェルート城砦の完成とともに、国防を担う駐屯地としての任を終えた。


 今は主に軍事演習場として使われるこの城砦で、昨日よりスヴェルートニア王国軍による大規模な軍事演習が行われている。


 城砦のすぐ北西側は自然の要害を補強するように城壁がのびており、その一角が城砦内を望むのにちょうど良い。

 城壁の傍、比較的なだらかな場所に幕舎が設営され、軍服を着た複数の人間が忙しなく行き来していた。


 そんな中、砦を見下ろしながら、城壁で会話をする男が二人。


「軍団長。現在交戦中の第一と第十ですが、想定よりも一時間以上早く終了するかと思われます。魔術師団の投入を前倒しにしますか」

「第十のカラスどもは相変わらずだな」

「第一が相変わらずという話かもしれません」


 軍団長と呼ばれた男がチラリと天を見る。

 太陽が真上に差し掛かるまで、まだ時間は優にあった。


「……魔術師団は動けるのか?

 第一は退かせて、第十に第六と、動けるなら魔術師団の青、黄をぶつける」

「承知しました」


 眼鏡の男は幕舎の前に立つ男に向かって、合図サインで指示を出す。

 指示を出された男は確認の合図サインを寄越し、眼鏡の男と目でやりとりした後、幕舎に入って行った。


「妙な気配の正体は?」

「追跡中です」


 第十師団長が何も言ってこないのが、尚更妙だ、と軍団長は訝しむ。


「……筆頭幕僚長殿たちは?」

「皆さま、一様に気分が優れないと。

 どうも心象的なものではなく、本当に体調を崩されたようです。先ほど衛生班のほうから報告が。

 軽い魔力酔いのような症状だそうです」

「のこのこ現場に近づくからだ……。ったく。

 しかし、救護班で彼らが第一の敗戦の報を聞くことだけは避けないとな」


 軍団長と眼鏡の男は苦笑する。


「しかし、今さらですが、何故第六なんです?魔術師団は、いつも第五がセットですが」

「第六師団長から今朝方、直談判があったからな。

 筆頭幕僚殿にご満足はいただけない結果になりそうなときは、盛り上げるから任せてくれだと。

 ろくでもないことをやりそうだが、この展開では第十は腹もすかんだろうから、丁度いいだろう」


 眼鏡の男は、少し遠い目をした。


「姉は、いえ第六にしてみれば、魔術師団が逆に邪魔に感じるかも」


 しれませんが――


 軍団長とやりとりをしていた眼鏡の男が、言葉を切り、訝しげな表情を浮かべる。


 眼前の部下の様子に、どうした、という軍団長の問い掛けは音にならなかった。


 軍団長は気づく。

 目の前の男も、そして自分も、発したはずの声が聞こえない。

 今しがたまで遠くから聞こえていた軍馬のいななき、怒声といったものも、すべての音が消えている。

 土埃が普通に舞い上がっているのを見るかぎり、時間に干渉する手合の魔術が展開されたわけではなさそうだ。

 

 そもそもこんな術は聞いたことがない――


 世界のすべての音がどこかにのまれてしまったような。無音の世界で誰もが平衡感覚を狂わされるような。


 眼鏡の男が大きく目を見開き、空を指差す。


「!!」


 空の北側から、文字のような記号が次々に浮かび並んでいく様が見える。

 魔術によっては魔術を展開する対象に文字列が浮かぶこともあるが、大きくても2メートル四方程度である。


 凄まじい速度で記号は増え続け、ほんの数十秒で空を覆い隠さんとするほどの膨大な数の記号が、ビッシリと浮かんでいた。


 白い記号は時折風を受けたように不規則にうねり、さながら白い大海の荒波である。

 記号は記号の上にも下にも続々と出現し続けており、幾重にも重ねられていくうちに、晴天の空に浮かぶ太陽は見えなくなった。


 城砦を見やると、意味ある行動をしている兵士はほぼいない。


 軍団長と眼鏡の男は各々、いかにして指示系統を回復するか考えつつ、自らの魔力を練りはじめてはいたが、それは意識的な行動というより、職務で培われた反射的な反応というだけだった。


 正直なところ、何か考えること自体が馬鹿馬鹿しくなるような――絶対的な光景が広がっている。


 やがて空を隙間なく埋め尽くした記号が淡く発光しはじめ、どこからか場違いなほど軽やかな旋律が聞こえている。


 そう長くはない旋律が止むと、記号群が空に溶けるようにサッと霧散し、同時に城砦の真上に巨大な銀扉が出現した。


「でかい……」


 眼鏡の男は、思わず音にならない声をつぶやいてしまう。


 旧ヴェルート城砦と同等の大きさだろうか、出現した銀扉は、城砦に向かい合うように浮かんでいる。


 先ほどまでは記号群で太陽が隠れていたが、今は扉で太陽が隠され、濃い陰ができている。


 ややあって、銀扉が今にも落ちてきそうな恐怖からか、紅の甲冑を纏う兵士たちが上を見ながら城砦から転がり出てくる。


 その様子を目の端にとらえながら、眼鏡の男は銀扉を凝視した。


 非常に精緻な装飾。

 どこかで似た紋様を見たような――


 眼鏡の男が記憶の糸を手繰り寄せていたそのとき、一兵士が砦の一角、屋上庭園に走り出てくるのが見えた。


 走り出た兵士がまとうのは漆黒の甲冑。

 第十と呼ばれる、スヴェルートニア王国軍第十師団に所属している証。


 兵士は兜を脱いでおり、漆黒の髪に褐色の肌があらわになっている。

 特徴的な色彩の風貌にて、第十師団を束ねるシージュ師団長その人であることがわかる。


 そして、シージュが天を仰いで銀扉を見据え、手を伸ばした。


 彼は何かを叫んでいる。


 そのことに気づいた眼鏡の男は目を凝らし、口元を読み取ろうとした、その時。


 キィッという不自然なほど軽い音が立ち――


 じれったいほどにゆっくりと、天上の扉が開こうとしていた。


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