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原始の娘  作者: 日和純礼
白昼の冥、闇夜の光
16/25

15. 暗黒英雄

「……エスカフィーネ」


 シージュが紫黒の目を瞬く。


「後は『個別で連絡』にしない?」


 エスカフィーネはシージュを見上げる。


「そうですわね。エインニック様のおかげで、現状は見てとれましたし。

 結局、派手に自己紹介をしてしまったので、のちの会は必要なくなってしまいましたわ」

「じゃ、そういうことにしよう。

 調べることが多いな」


 淡々と話を進めていたシージュが振り返る。


「ヴァッフェ」


 呆然とした顔で二人を見ていたヴァッフェだったが、名前を呼ばれ、飛び上がった。


「いや、いやいや。

 ……いやいやいや、シージュ師団長!」

「大丈夫か?」

「大丈夫かと問われれば、まったく大丈夫じゃありませんが、大丈夫なのですか、貴方は!」

「俺はまったく問題ないが」

「問題だらけです!」


 ヴァッフェが叫ぶように言うと、その後ろでスクードとクーゲルが首をカクカク振っている。


「どんな?」


 シージュは笑顔で問う。


「あぁ、あぁ、いい笑顔だ!わかってらっしゃいますね。わかった上で」


 弾幕になれと!


 ヴァッフェは頭を掻きむしる。


「真偽の証明は《できない》から、こんな形を取るとか道理でというか、貴方はよくも応援する気持ちを逆手に」

「ヴァッフェ副師団長」


 スクードが後ろから声を掛ける。

 ハッとヴァッフェは振り向く。


「諦めましょう」

「結論が早い!」


 だって、ある意味、いつものことだしねぇ、とスクードは肩をすくめる。


「そうですよ!」


 呪縛が解けたクーゲルも声を上げる。


「魔王とか超格好いい!」

「お前は黙ってろ」


 ヴァッフェが底冷えする声で言い放つ。


「……とりあえず、この後、謁見の間に戻らない訳にはいかないんじゃないですか。報告とか、報告とか」


 報告とか。


 スクードがエインニックとカイエを見る。


 秒でいつもの調子を取り戻しつつある第十に対して、第九の二人は『ま』の口の形のまま、些か放心しているようだった。


 ――刹那


『お祖父様!何故に止めるのです!』

『馬鹿者が!何処に行こうと言うのだ!』

『あちらに決まっています!』

『それができたら此処から出られとるわ!』


「……アジェンテ師団長?」


 ハッと、我に返ったカイエが周りを見渡す。

 相変わらず、延々と続く白い果てしか見えない。


「この空間を展開する少し前から、あちらのお部屋も繋げておきました」


 音声を。


 エスカフィーネはスクードを見て微笑む。


「スクード様。あちらの音声も繋ぎました」

「……スクードだけあっちに飛ぶ?」

「はい、そこ笑い掛けたぐらいで嫉妬しない!」


 クーゲルがシージュを指差す。


「ということは」


『お祖父様!冷静に考えてください!

 ただッ広い白い空間を作っただけ!視角を操る術などさして珍しくもない。

 先ほどの負荷も空気を操れば可能です!フィーニスにも同様の術は使える!』

『いえ、ここまでの広範囲はさすがに無……』

『この程度の術で、言うことに事欠いて、《魔王》など笑止千万!第十が謀り、クーデターを起こそうとしているに違いありません!

 第十だけがこの場にいないのが、明らかな証拠!』

『第九師団長と副師団長もいないが……』

『奴らも組んでいるに違いありません!《魔脈》などと荒唐無稽な』


 いや、だから、しかし、と諌める声も聞こえるが、アジェンテの声に掻き消される。


「……この部屋の会話は報告の必要がないと」


 手間がひとつ減りましたかね、とヴァッフェが乾いた笑いを浮かべると、エスカフィーネは首を傾げる。


「混乱の魔術は混ぜていませんが」

「あれはアジェンテ師団長の趣味」


 シージュの言葉に、クーゲルがケラケラ笑う。


「アジェンテ師団長は置いておいて、およその人間には伝わったでしょう。

 少なくとも、エスカフィーネ様が《別格》だと言うことが」

「大層な者ではないので、エスカフィーネと」

「命は大事にする主義ですので。……エスカフィーネ様」

「はい」

「質問してもよろしいでしょうか」

「何なりと」


 ヴァッフェはエスカフィーネを正面から見据える。


「今、私からお伺いしたいのは二つ。

 ひとつ目。

 貴女は只人として扱えと仰いましたね。確かに、随分と人に馴染んでおられるし、人としての身分は何処の何方かあるのですか?

 ふたつ目……」


 ヴァッフェは少し躊躇う。


「シージュ師団長は何をしようとしているのですか」

「手っ取り早くいきましたねぇ」


 後ろでスクードが感心したように言う。


「謁見の間で貴女は言った。『人間に残された時間は少ない』と」

「ええ」


 エスカフィーネは碧の目を瞬き、ヴァッフェを見る。

 少し考えた後――


「少々、お待ちくださいましね」


 エスカフィーネは指先で空間に円を描くと、そこに手をかざす。

 パッと光が弾けたかと思うと、エスカフィーネの手に白い封書が二つ握られていた。


「エインニック様。こちらをヴァイアー国王陛下にお渡しいただきたく」


 エスカフィーネはエインニックに封書のひとつを手渡す。


「これは……?」

「今お話しておきたいことと、あらためてお話したいことをしたためました。そして」


 カイエ様――


 ビクリ、とカイエの銀の巻き毛が揺れる。


「これを貴女に」

「わ、私に……?」


 もうひとつの封書をカイエに手渡す。


「カイエに?」

「女同士の秘密の話ですわ」


 いぶかしむエインニックをそのままに、エスカフィーネは、それではまた後日、と第九の二人にカーテシーを見せた。


「ごきげんよう」


 次の瞬間、二人の姿はこの場になかった。


 クーゲルが悶えているのを白い目でヴァッフェが見ていたところで、ふと気がつく。


「混乱の主の声も切ったのですか」


 エスカフィーネは苦笑しながら頷く。


「ヴァッフェ様。スクード様。クーゲル様。

 貴殿方はシージュ様に見込まれているのですね」


 だからこそ――


「これから先、一番苛烈な場所に身を置くことになるかと」


 エスカフィーネは目を伏せる。


「どうやら、シージュ様は貴殿方を引き返させる気がないようですが」


 エスカフィーネはチラリとシージュを見上げるが、シージュは涼しい顔をしている。


「選択の余地も差し上げないのかしら」


 三人は微妙な表情を浮かべる。


「強制参加の《任務》にするんですねぇ、これは」

「だって第十師団は俺の居場所だったから」

「過去形が不穏ですよォ」

「今の俺の居場所はエスカフィーネの隣だから」


 とはいえ、二番目に大事な場所には違いないよ、とシージュは笑う。


「大事な場所を守るためには、第十が一番適任なんだよね」


 弾幕役にね、とヴァッフェがため息をつく。


「《魔王》って『暗黒英雄』の代名詞だけど、シージュ師団長のほうがよほど……」


 クーゲルがヴァッフェの後ろで、ひそひそスクードと話している。


「絶対守るさ」


 時間も惜しいし、ブリーフィングといこうか。


「我々の平和のために」


 シージュが明るく言うと、三人は顔を見合せつつ、反射的に唱和した。


「我々の平和のために」


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