15. 暗黒英雄
「……エスカフィーネ」
シージュが紫黒の目を瞬く。
「後は『個別で連絡』にしない?」
エスカフィーネはシージュを見上げる。
「そうですわね。エインニック様のおかげで、現状は見てとれましたし。
結局、派手に自己紹介をしてしまったので、のちの会は必要なくなってしまいましたわ」
「じゃ、そういうことにしよう。
調べることが多いな」
淡々と話を進めていたシージュが振り返る。
「ヴァッフェ」
呆然とした顔で二人を見ていたヴァッフェだったが、名前を呼ばれ、飛び上がった。
「いや、いやいや。
……いやいやいや、シージュ師団長!」
「大丈夫か?」
「大丈夫かと問われれば、まったく大丈夫じゃありませんが、大丈夫なのですか、貴方は!」
「俺はまったく問題ないが」
「問題だらけです!」
ヴァッフェが叫ぶように言うと、その後ろでスクードとクーゲルが首をカクカク振っている。
「どんな?」
シージュは笑顔で問う。
「あぁ、あぁ、いい笑顔だ!わかってらっしゃいますね。わかった上で」
弾幕になれと!
ヴァッフェは頭を掻きむしる。
「真偽の証明は《できない》から、こんな形を取るとか道理でというか、貴方はよくも応援する気持ちを逆手に」
「ヴァッフェ副師団長」
スクードが後ろから声を掛ける。
ハッとヴァッフェは振り向く。
「諦めましょう」
「結論が早い!」
だって、ある意味、いつものことだしねぇ、とスクードは肩をすくめる。
「そうですよ!」
呪縛が解けたクーゲルも声を上げる。
「魔王とか超格好いい!」
「お前は黙ってろ」
ヴァッフェが底冷えする声で言い放つ。
「……とりあえず、この後、謁見の間に戻らない訳にはいかないんじゃないですか。報告とか、報告とか」
報告とか。
スクードがエインニックとカイエを見る。
秒でいつもの調子を取り戻しつつある第十に対して、第九の二人は『ま』の口の形のまま、些か放心しているようだった。
――刹那
『お祖父様!何故に止めるのです!』
『馬鹿者が!何処に行こうと言うのだ!』
『あちらに決まっています!』
『それができたら此処から出られとるわ!』
「……アジェンテ師団長?」
ハッと、我に返ったカイエが周りを見渡す。
相変わらず、延々と続く白い果てしか見えない。
「この空間を展開する少し前から、あちらのお部屋も繋げておきました」
音声を。
エスカフィーネはスクードを見て微笑む。
「スクード様。あちらの音声も繋ぎました」
「……スクードだけあっちに飛ぶ?」
「はい、そこ笑い掛けたぐらいで嫉妬しない!」
クーゲルがシージュを指差す。
「ということは」
『お祖父様!冷静に考えてください!
ただッ広い白い空間を作っただけ!視角を操る術などさして珍しくもない。
先ほどの負荷も空気を操れば可能です!フィーニスにも同様の術は使える!』
『いえ、ここまでの広範囲はさすがに無……』
『この程度の術で、言うことに事欠いて、《魔王》など笑止千万!第十が謀り、クーデターを起こそうとしているに違いありません!
第十だけがこの場にいないのが、明らかな証拠!』
『第九師団長と副師団長もいないが……』
『奴らも組んでいるに違いありません!《魔脈》などと荒唐無稽な』
いや、だから、しかし、と諌める声も聞こえるが、アジェンテの声に掻き消される。
「……この部屋の会話は報告の必要がないと」
手間がひとつ減りましたかね、とヴァッフェが乾いた笑いを浮かべると、エスカフィーネは首を傾げる。
「混乱の魔術は混ぜていませんが」
「あれはアジェンテ師団長の趣味」
シージュの言葉に、クーゲルがケラケラ笑う。
「アジェンテ師団長は置いておいて、およその人間には伝わったでしょう。
少なくとも、エスカフィーネ様が《別格》だと言うことが」
「大層な者ではないので、エスカフィーネと」
「命は大事にする主義ですので。……エスカフィーネ様」
「はい」
「質問してもよろしいでしょうか」
「何なりと」
ヴァッフェはエスカフィーネを正面から見据える。
「今、私からお伺いしたいのは二つ。
ひとつ目。
貴女は只人として扱えと仰いましたね。確かに、随分と人に馴染んでおられるし、人としての身分は何処の何方かあるのですか?
ふたつ目……」
ヴァッフェは少し躊躇う。
「シージュ師団長は何をしようとしているのですか」
「手っ取り早くいきましたねぇ」
後ろでスクードが感心したように言う。
「謁見の間で貴女は言った。『人間に残された時間は少ない』と」
「ええ」
エスカフィーネは碧の目を瞬き、ヴァッフェを見る。
少し考えた後――
「少々、お待ちくださいましね」
エスカフィーネは指先で空間に円を描くと、そこに手をかざす。
パッと光が弾けたかと思うと、エスカフィーネの手に白い封書が二つ握られていた。
「エインニック様。こちらをヴァイアー国王陛下にお渡しいただきたく」
エスカフィーネはエインニックに封書のひとつを手渡す。
「これは……?」
「今お話しておきたいことと、あらためてお話したいことをしたためました。そして」
カイエ様――
ビクリ、とカイエの銀の巻き毛が揺れる。
「これを貴女に」
「わ、私に……?」
もうひとつの封書をカイエに手渡す。
「カイエに?」
「女同士の秘密の話ですわ」
いぶかしむエインニックをそのままに、エスカフィーネは、それではまた後日、と第九の二人にカーテシーを見せた。
「ごきげんよう」
次の瞬間、二人の姿はこの場になかった。
クーゲルが悶えているのを白い目でヴァッフェが見ていたところで、ふと気がつく。
「混乱の主の声も切ったのですか」
エスカフィーネは苦笑しながら頷く。
「ヴァッフェ様。スクード様。クーゲル様。
貴殿方はシージュ様に見込まれているのですね」
だからこそ――
「これから先、一番苛烈な場所に身を置くことになるかと」
エスカフィーネは目を伏せる。
「どうやら、シージュ様は貴殿方を引き返させる気がないようですが」
エスカフィーネはチラリとシージュを見上げるが、シージュは涼しい顔をしている。
「選択の余地も差し上げないのかしら」
三人は微妙な表情を浮かべる。
「強制参加の《任務》にするんですねぇ、これは」
「だって第十師団は俺の居場所だったから」
「過去形が不穏ですよォ」
「今の俺の居場所はエスカフィーネの隣だから」
とはいえ、二番目に大事な場所には違いないよ、とシージュは笑う。
「大事な場所を守るためには、第十が一番適任なんだよね」
弾幕役にね、とヴァッフェがため息をつく。
「《魔王》って『暗黒英雄』の代名詞だけど、シージュ師団長のほうがよほど……」
クーゲルがヴァッフェの後ろで、ひそひそスクードと話している。
「絶対守るさ」
時間も惜しいし、ブリーフィングといこうか。
「我々の平和のために」
シージュが明るく言うと、三人は顔を見合せつつ、反射的に唱和した。
「我々の平和のために」