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原始の娘  作者: 日和純礼
白昼の冥、闇夜の光
15/25

14. 悪

「《検証》の場……」


 エインニックは顔を伏せている。

 暫時、部屋に沈黙が落ちる。


「《魔穴》を利用すれば、元々魔力量が少ない人間でも能力や効果の向上が期待できる。

 現状、エントフォールン大陸休戦協定が結ばれてはいるが、いつまた戦端が開かれてもおかしくはない。魔術省としては戦力を抜本的に向上させたいと考えているらしいが」


 あのような現象が起き、我々は不可侵の領域に手を出してしまったのではあるまいか――。


 エインニックは目を伏せる。


「今、王国は《魔力至上主義》だ。魔力がある者が強く正しい。しかし、このようなことに踏み出すなど」

「……エインニック様。

 水の流れは網羅されておりましょう。

 同時に風の流れは記録されておりますか」


 エスカフィーネが控えめに声を掛ける。


「え、ええ。魔脈は風で流れが変わるので、記録に残しています」


 エインニックは、机の上の書類の中から数枚抜き取り、エスカフィーネに手渡す。


 扇を閉じ、エスカフィーネはパラパラと紙面に目を通すと、ふいに俯いた。


「ふ……」


 エスカフィーネは口元に手をあてる。その目は笑いをたたえており、我慢しきれず、と言った風だった。

 部屋の全員が、目を丸くしてエスカフィーネに注目する。


「失礼」


 エスカフィーネは目尻に浮かぶ涙を拭う。


「ふふ……シージュ様」

「うん。そろそろかと思っていたよ。俺の最愛」


 君の心のままに、とシージュがエスカフィーネの涙を拭った指先に唇を寄せる。


 エスカフィーネはにこりと笑う。


「理解のある旦那様で嬉しく思いますわ」

「君の言葉にはすべて是しか用意していない」


 シージュは片目を瞑ってみせる。


「……」

「……目の前の男は誰だ」


 カイエは絶句し、エインニックが声を低くしてヴァッフェに問う。


「私の記憶が確かなら、スヴェルートニア王国軍第十師団を率いるシージュ師団長であらせられます」


 ヴァッフェはあさっての方向を見ながら、答える。


「……ありし日のクーゲル大隊長みたいですね」

「被弾しましたァ!」


 カイエの言葉に、クーゲルが極めて心外!と叫びながら、胸を押さえる。


 クスクス笑いながら、エスカフィーネがエインニックとカイエの顔をゆっくりと見る。


「エインニック様。カイエ様。

 話の腰を折った上、空気を壊して申し訳ありませんわ。

 おかげで、私の知りたかったことが知れました。私のようなものにも隔てなく情報を提供いただきお礼申し上げます」


 エスカフィーネは紙面を机に置く。


「お礼と言っては何ですが、私からもひとつ。

 慚愧の念にかられているお二人の姿は見ていられませんので」


 その内容が、と言ったところで、エスカフィーネは少し考える素振りを見せたが、すぐに言葉を紡ぐ。


「見当違いであればなおさら」

「見当違い?」


 エインニックが眉をひそめる。


「ええ。言葉が正しくないかもしれませんが。

 時間の無駄?徒労……違うかしら、上手い表現が見つかりませんわ」


 エスカフィーネは頬に手を当て、首を傾げた。

 カイエがその言葉に気色ばむ。


「何を仰いますか」

「そうですね。わかりやすく問題を切り分けましょう。

 ……魔力の多少について」


 エスカフィーネが口に出したところで、シージュが繋いでいた手を軽く引き、エスカフィーネの腰に手を当てる。


 エスカフィーネはそうされるのがわかっていたかのようにシージュに寄り添い、碧の目を瞬いた。


 その瞳に一瞬、金色の流星が映る。


 ――刹那、周囲が突然真っ白な光に包まれた。


「わ!」


 天も地もすべてが白く、周りにあったはずの調度品もない。


「は?」


 スクードの慌てる声、クーゲルの呆けた声が聞こえる。


 眩しいほどに白い空間は、落ちそうな恐怖を煽り、平衡感覚を失う。


 この白は何にも染まらない潔癖なまでの――


 ヴァッフェが足元に手をつく。

 他の面々もバランスを崩す。

 

 カイエはエインニックを庇うべく、這うようにしてエスカフィーネとの間に入った。

 次いで魔術の展開をはかろうとしたのか、一瞬足元が光ったが、すぐに光は消失した。


「こ、れは」


 エスカフィーネが魔術を展開する気配など、微塵もなかった――


 膝をつく第十の面々およびエインニックとカイエは、立ったままのエスカフィーネとシージュを見上げた。


 天の果ても、地の底も見えない。


 ただ目映く白い空間の中、事も無げに立つエスカフィーネは、それが当然かのように見下ろしている。


「……例えばなのですが」


 エスカフィーネが細く白い人差し指を、目の前に立てて見せた。


「エインニック様の魔力を1としますと、私は1,000ぐらいでしょうか」


 スヴェルートニア王国軍で一、二を誇る魔力量のエインニックにエスカフィーネが言い放つ。


「控え目な数字だね」


 シージュの言葉に、エスカフィーネはそうですか?と小首を傾げる。


「……持っていることが《正》で、持っていないことは《悪》ですか?

 魔力の少ない者を蔑む、でしたか。

 面白いですわ、その発想」


 エスカフィーネはコロコロと笑う。


「貴殿方は皆、私の前では《悪》、ですか?」


 碧の目の中に、金色の奔流が見える。

 風はないのに、白銀の髪の裾がふわりと揺れた。


「私が一番《正》?

 シージュ様が一番《悪》?」


 ――誰からも答えは返ってこない。


「うん。この魔力が解放されたら、王都周辺まで更地にできるんじゃないかな」

「好きです。その定番」


 シージュの合いの手に、エスカフィーネはふふ、と笑う。


「安心なさって。魔力を《視覚化》する魔術を展開しているだけで、実害はありません。

 手っ取り早く、このような大袈裟なものを見て頂いたのは、貴殿方の魔力量で四の五の《魔力至上主義》だの多少の程度を話されているのが、世界から見れば、非常に些末な話。

 エインニック様たちが懺悔なさる必要がないことをお伝えしたくて」


「些末」


 エインニックは呆然と、エスカフィーネを見つめる。


「ええ。俯瞰で見れば、人の魔力など、私でも極めて微小」


 蟻同士で背を比べているようなもの――


 エスカフィーネはエインニックに微笑む。


「自然界に手を入れ、人工的な《魔穴》を作ったことに、恐れを感じていらっしゃる?もしかしたら、それが私を呼んでしまったのではないかと罪悪を感じていらっしゃる?」


 そのことについては、すべて因果が重なっただけ。


「自然に畏怖を感じるのは、人の心として正しい機敏ですね」


 エインニックは目を見開く。


「そもそも、あの程度の《穴》では《扉》は出現しない」


 エスカフィーネが、ふっと息を吐く。


「予想はつきますわよ?

 《紅の一族》が操作していることは」


 申し訳ないけれど、少し我慢してくださいね。


 エスカフィーネはそう言うと、指先で空間に円を描いた。


 エインニックたちは喉を押さえる。身体が、重い。


 息が吸えない――


 あまりにいきなりのことで、水底でもがくように、エインニックたちの身体が歪んだところで、エスカフィーネの手が空間を撫で、急に息が吸えるようになる。


「くっ……」

「ガハッ!」


 咳き込む面々を見ながらエスカフィーネが声を掛ける。


「《扉》を作る魔力は、最低限、このくらいの濃度が必要です」


 魔力で示すと酔ってしまわれるから、二酸化炭素濃度で示してみました、とエスカフィーネが少しすまなさそうに言う。


「参考になりまして?」

「ゴホッ!」


 誰からも答えはない。


 問題なのは魔穴ではなく――。


 エスカフィーネは呟き、少し遠くを見やるが、すぐにエインニックに目を戻す。


「ここまで言われて、《その姿》が辛いですか?」

「!」


 エインニックは喉を押さえたまま、顔をあげる。


「ああ、もしや恐れていらっしゃる……?

 安心なさって。《対価》なのですから」


 エスカフィーネはにこりと笑う。


「《呪い》の類いではない。

 その力はもう貴方の所有物。

 それ以上の何かはありません。

 貴方が貴方である限り、大丈夫です」


 エインニックは喉からも手を下ろし、その場で脱力する。

 そして、口からほろりと、漏れた。


「貴女は……一体……」


 誰もが聞きたくても聞けなかった一言。


 圧倒的な力を持ち、他者を圧倒する存在。


 見た目は少女であるのに、その言葉に幼さは微塵もない。


 この場にいる者は、その存在にひとつしか心当たりがなかった。


「――私は」


 しかし、エスカフィーネから返ってきた答えは予想の外のものだった。



「《魔王》」



 エスカフィーネは事もなさげに口にする。


「ま、おう……?」


 エインニックは絶句する。


「かつて、人の王が流した人々の血から産まれた者」


 詳しくは《淵源の書》を参照くださいませ、とエスカフィーネは美しいカーテシーを披露した。


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