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原始の娘  作者: 日和純礼
白昼の冥、闇夜の光
12/25

11. 様式美

「そろそろ、よろしいでしょう」


 厳めしい顔をした、ヴァイアーの一番近くに座る、恰幅のよい白髪の初老が挙手をする。


「私はサンテスマ・パヴェロ。このスヴェルートニア王国元老院議長を務めさせていただいております」


 エスカフィーネに向かって、立ち上がり礼を取る。それなりの年齢だろうに、充分な筋力を感じさせる所作だった。


「サンテスマ・パヴェロ」


 勇むな、とヴァイアーが声を掛ける。


「陛下。これ以上、彼の方に触れず話を進めるのは些か無理がありましょう。この場に居る者は皆、御言葉を待っております」


 年寄りは老い先短くせっかち故に、とヴァイアーに向き合う。


「五年前のエントフォールン大陸休戦協定以降、他国との争いはなく、外交はようやく安定したところではあります。しかしながら十年程前からの狂化獣や魔物の増加で、民の心は常に不安で揺れております」


 サンテスマはエスカフィーネを向いた。


「此度のこと、天が我が国に救いを遣わしてくださったのではないかと。御光臨に立ち会えた奇跡を王都民は皆、喜んでおります。貴女様にお会いして確信いたしました。その清澄なる魔力……なんと神々しい」


 サンテスマは少し震えているようだった。

 エスカフィーネは扇で顔を隠したまま、ヴァイアーを見た。

 ヴァイアーは何とも言えない表情である。


 エスカフィーネはシージュに目線を送ると、シージュは頷いた。ちょうどシージュの後方にある扉から、ヴァッフェが紙面を抱えて入ってくるのが見える。


「……御光臨の際、御迎えしたというその者……毛色が変わっており見目はよろしいかも知れませぬが、女神の加護を受けぬ《魔なし》でございます。その点、我がパヴェロ侯爵家は歴史を遡ること五百年――」


 サンテスマの話は流れるように続く。


 様式美の極みだな、と感心したようなヴァイロイトの呟きが聞こえた。


 どこか、しんとした空気が流れる。


 エスカフィーネは微笑みながらサンテスマの話を聞いていた。


 そこへ紙面が回ってくる。

 ヴァッフェが持ち込んだものであった。


 シージュの持つ紙面の内容を横目で確認したエスカフィーネは、サンテスマが自分の孫の売り込みを始めそうなところで、パチリ、と手に持つ扇を閉じた。その音は存外、この空間によく響いた。


 全員がハッとしてエスカフィーネを見る。


「恐れながら、この場で発言するお許しをいただいても?」


 ヴァイアーが頷く。

 エスカフィーネはスラリと立った。


「お話、大層興味深く拝聴させていただきましたわ」

「は!お許しくだされ。つい、女神を前に地に足つかぬ言動を続けてしまいました」


 エスカフィーネはにこりと微笑む。


「甚だ浅学非才の身でございますが、この場で発言すること、どうぞお許しください」


 エスカフィーネは美しいカーテシーをヴァイアーに向けて見せた。


「私が何者か、とご説明する前に、大変失礼ながら、いくつか質問させていただけますでしょうか?」


 ヴァイアーが頷きを返す。


「寛容な御心に感謝いたします。

 ――まず、ここにいらっしゃる皆様は、北に大地があることはご存知でしょうか?」


 場のおよその人間は、突飛な話題に訝しげであったが、ヴァイアーだけは顔色を変えた。


「北に大地?

 島国はともかく、大陸はこのスヴェルートニア王国のあるエントフォールン大陸しかないはずだが」


 サンテスマが答える。


 エスカフィーネは碧の目を二、三瞬き、ゆっくりと周囲を見渡した。


「わかりました。

 では、《淵源の書》はご存知でしょうか?」

「……我が国では、三百年前から禁書としている」


 ヴァイアーの顔が強張る。


「閲覧できる者も限りなく絞っている。

 それ故、ごく一部の貴族以外、内容を知っているものは、居ないはずだ」

「なるほど。そうやって彼の地を守ったのですね。《力》が消えたとしても、そもそも記憶から消すことで」

「エスカフィーネ嬢」


 ヴァイロイトが横から声を掛けるが、それに構わず、エスカフィーネはヴァイアーに向き合う。


「スヴェルートニア王国第41代ヴァイアー国王陛下。

 陛下の一族が、血盟を以て、永きに渡り誓言した忠誠と献身に偽りはなかったはず。

 しかし、此度のこと、シージュ様の出現で想定はされておりませんでしたか?」


 エスカフィーネを恵みをもたらす女神と思っていた面々が、何やら審判が下されるかのような話の流れにざわつきはじめる。

 それに対し、エスカフィーネは微笑を浮かべる。


「私はただ、この状況が、本意でないのです」


 エスカフィーネは碧の目を二、三瞬く。


「残念ながら、《果て》に介入を試みている者がこの国に居るようですが?」


 ヴァイロイトが、馬鹿な、と声を上げる。


「恐らく十年程前から。

 軛は綻び――、ついぞ壊れてしまった。そのため、《扉》が開き私が参ったのです」


 エスカフィーネはシージュから紙面を受け取る。


「ここにあるのは、《淵源の書》の写し」

「エスカフィーネ嬢!」


 ヴァイロイトはついに席を立つ。


「別に場を用意しましょう。それは危険です!」

「ヴァイロイト様」


 シージュがヴァイロイトに声を掛ける。


「もう少しだけ彼女の思うままに」

「シージュ!」

「控えろ」

「陛下!」

「ヴァイロイト様は事の重大さがお分かりになっているのですね。しかし、貴方は貴方で軛を壊す《手伝い》をなさっていた自覚はないご様子」

「私が!?」


 エスカフィーネはヴァイロイトを見ずに、閉じていた扇を開き、口元を隠す。


「人に残された時間は多くはない」


 ただならぬ空気に、各々が様々な思惑を以て場を見守っていた。

 その時――


「陛下!その者の話、本当に聞く価値などあるのですか!」


 アジェンテ師団長が勢いよく立ち上がり、声を上げる。


「ただ訳のわからぬことを言い、場を混乱させているだけではないですか!」

「アジェンテ、何を言い出す!」


 サンテスマが叫んだ。


 祖父と孫との様式美……と小さく呟くクーゲルの声が聞こえた。


「《魔なし》の側に居ることがその証拠!」

「アジェンテ!」


 彼の方の神聖な魔力がわからないのか、とサンテスマは悲鳴を上げる。


 見かねたヴァイアーが口を開きかけると、その前にヴェスカニーチェが挙手し、口を開く。


「皆様」


 スラリと立ち上がり、場を見渡した。


「些か冷静さを欠いておられるのでは?」


 静かに話しているにも関わらず、底冷えするような圧を感じる。

 サンテスマとアジェンテは、ピタリと口を閉じた。


「まだエスカフィーネ様のご発言は終わってないのでは?いかに貴き身分の方々でも、淑女のお話を遮るのは」


 ――児戯に等しいこと、と見流し、口元に手をやる。


「次にその口を開かれる前に、お手元に回された紙面をお読みになることですわ。

 正直に申し上げて、わたくしは《淵源の書》の存在を知っており、また過去に読んだことがございます」


 ヴェスカニーチェは手に持つ紙に視線を落とす。


「《淵源の書》自体に《力》がある危険な書。ですから古代の魔術書の類いで、禁書に指定されていたのとばかり」


 エスカフィーネに向き、ヴェスカニーチェは続ける。


「しかし、どうやら史実であった、と察しましたが、いかが?」

「ええ」

「――であれば、これから明かされることは、今までの価値観を覆すような内容になるでしょう。

 それが、此度の異変、昨今の異変に関わっているとあれば、今すべきことは、この資料を急ぎ読むことではなくて?

 エスカフィーネ様がどのような身分か端的に聞いても、前提のわからない者は理解できないでしょう」


 ヴェスカニーチェの話の途中から、場は少しずつざわついていた。

 そのざわつきが、徐々に大きくなっていく。

 ヴェスカニーチェに促され、《淵源の書》を読んだ者たちが各々声を上げている。


 しかし、内容に反応している者よりもむしろ多かったのは――


「この言語は――?」


 ヴェスカニーチェが、隣の席に座る青い制服の女性に紙面を渡すと、手をパンと打つ。


「そうですわ。《淵源の書》は《古代スヴェルートニア語》で記載されておりますの。

 貴族であれば、当然嗜まれている筈。

 知とは何と尊いのでしょう!

 ――魔力は望めど多くを持てませんが、知識は望めば、誰でも幾らでも、手に入ります」


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