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原始の娘  作者: 日和純礼
白昼の冥、闇夜の光
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09. 糾合

 漆黒の制服の腹に、綺麗な足形をつけたクーゲルの先導で、第十師団シージュ師団長、スクード連隊長、エスカフィーネの順で謁見の間に入った。


 予定の時刻よりかなり前だが、国王の前の予定がひとつ取り止めになったらしい。


 艶やかに反射する床の謁見の間は、美しい青と白銀の調度品で調えられた豪奢なものだった。高い天井の下、壁沿いに並べられたおよそ百数十脚ほどの椅子が、すでに埋まっている。


 上手に向かって右側の壁に配された椅子には、第一師団アジェンテ師団長率いる赤の制服を着た隊士たちと、第六師団ヴェスカニーチェ師団長率いる青の制服を着た隊士たちの姿も見える。他、白銀の制服やその他の色も数名いた。色彩鮮やかな並びである。


 相対する壁に配された椅子に座る者は、平均して年齢層がかなり高めだった。

 身に纏う彩度は落ち着いているものの、装飾は得てして華美なものである。


 シージュたちの入室とともに、騒がしかった室内が、一瞬静まり返り、のち、囁き声があちらこちらから聞こえてきた。


「あの方が……」

「《魔なし》が」

「宰相の外遊中とは陛下もついていたな」

「《女神》に是非ご挨拶を」


 エスカフィーネに声を掛けようと立ち上がる一団を、シージュがちらりと一瞥したところで、下手側に配された椅子に座る、ひとりの男が手を上げた。


 男の周囲は、椅子に座るものがいない。


「こっち」

「あれっ、ヴァイロイト閣下!」


 第十の面々は男の側まで進み、クーゲルがいつもの調子で話し掛けると、男は快活に笑い返す。

 男は、錆色の髪に深紅の目を持つ体格にも恵まれた美丈夫だった。


「クーゲル、閣下はやめろ」

「じゃ、ヴァイロイト辺境伯様」

「そうかそうか」


 そんなに明朝、俺と《逢い引き》したいのか、とクーゲルに言うと、クーゲルは乾いた笑いを浮かべ、敬礼した。


「ヴァイロイト様」


 シージュが敬礼し、声を掛ける。


「シージュ!変わりはないか。活躍は聞いている」

「は。ご無沙汰しております。いつこちらに来ていらしたのですか?」

「今朝方な。別件で俺とツヴェリグの2人でサウヴィニスから駆けて来た。これから陛下と謁見の予定だったが、此度のこと、事が事だけに先が良いだろうと変えたのだ。

 ――で、そちらが」


 シージュはエスカフィーネの手をとった。


「我々添い遂げますので、お力添えを」


 エスカフィーネは碧の目を瞬くと、軽く膝を曲げ、姿勢を低くした。

 ヴァイロイトは、ズル、と何もないところで滑る。


「は、いや、すまない。美しく可憐な淑女に大変な非礼であった。

 いや、大変非礼なのはシージュなのだが……いや、もう…………シージュ。

 ヴェスカニーチェが会えばわかると言っていたが、お前、そういう感じになるタイプだったのな!」

「こういう感じです。今一番大事なことですので」


 すましてるお前、可愛くなくて可愛いわ、とヴァイロイトが面白そうに笑うと、聞き耳を立てていた周囲の気配が、ふいに消え、全員一斉に席を立つ。


「続きは後でな」


 ヴァイロイトとシージュたちも口を閉じ、それぞれの席に速やかに向かう。

 スクード、クーゲル、ヴァイロイト、シージュ、エスカフィーネの並びで立った。


「ヴァイアー国王陛下が入られます」


 政務補佐官と近衛兵に伴われて入室したヴァイアー国王は、紅い髪に紅い髭、ヴァイロイトと同じ深紅の目をしており、心身ともに充実しているのが見てとれる壮年の男であった。

 恵まれた体躯で、武人然としている。


 全員が礼を取り、ヴァイアーが、よい、楽に、と声を掛けて、上手中央に配された椅子に着席すると、全員着席した。


「さて、緊急召集に関わらず、集まってくれたことに礼を言う。議会か別の場でも良かったのだが、こちらのほうが顔も近く、防音結界も他より強固である故、密に話せよう」


 ヴァイアーは周りを見渡す。


「本日昼の、空の異変の件。

 スヴェルートニア王国建国以来、記録に残っていない異例中の異例の事態だ。

 現時点で王都内のみで魔術の展開らしきものが視認され、その後、事件・事故・魔術の継続的な展開は確認されていないと報告を受けている。

 他国からの何がしらの反応もない。

 王都内の各大使館には調査中との通達済みだ。

 王都民の動揺は、今のところ落ち着いているとのこと。

 皆、色々と気になっていようが……あれ自体は我々に害なす類いのものではないと、私はある理由から判断した。

 ほかの意見もあろう。

 周りくどいようだが、共有を兼ね、まずは発生時の詳細から聞こう」


 ヴァイアーはエスカフィーネのところで、目線を止めたが、エスカフィーネのことについては触れなかった。


 そのことで場が少しざわつく。

 不敬なのでは、という声と、やはり、という声が聞こえてくる。


 現場から引き上げて来たらしいレメディオス軍団長が手を挙げる。


「まずはフィーニス副指揮官から報告を」


 銀縁眼鏡を掛けた浅葱色の髪と淡青色の目をした若い男が起立する。


「報告致します。我々幕僚部は旧ヴェルート城砦の北西部に幕舎を設営。10:22に第六師団と魔術師団へ伝令を走らせた記録があり、その数分後、すべての音が聞こえなくなる事象が発生」


 よく通る声で報告がされる最中、紙面が文官の手で素早く配られる。

 エスカフィーネは碧の目を瞬き、フィーニスをじっと見た。


 エスカフィーネは侍女に用意してもらった扇を開き、口元を隠す。

 シージュがエスカフィーネに配布された紙を渡しながら耳にそっと顔を寄せた。


『彼はヴェスカニーチェの実弟だよ』

『……』

『《皆の顔が見えたほうがいい》、だろう?』


 上代の言葉で話しかけたシージュは、皆、少なくとも君に嫌われたくは無さそうだね、と軽く肩をすくめる。


 エスカフィーネは目だけで微笑み返し、前を向く。


 目線の先にはヴァイアーが居り、彼もシージュとエスカフィーネの様子を伺っていたのか、目線に気づいて素早く片目を瞑る。


『陛下は君の二回り上だよ』


 シージュの囁きに、エスカフィーネは目を丸くする。


『そして、陛下の弟君が、ヴァイロイト辺境伯』


「――その後、旋律が聴こえ、銀扉が出現。

 銀扉には文字列が表記されており、記憶した限りの形状を記述し、魔術省に調査の依頼をしております。

 なお、旋律については、銀扉の文字列と同様、魔術省に調査の依頼をしてはおりますが、軍においては、私のほか、第一師団長、第六師団長、第九師団長のみ、王宮内では、ヴァイアー国王陛下、ヴァイロイト辺境伯様以外、聴こえなかったとのことです」


 王都内は現在調査中です、とフィーネスの説明は続く。


『シージュ様』

『ヴァッフェに調べさせてる』


 シージュは斜め向かいに座る元老院と魔術省の面々の顔を見る。


『さて、どこから煙が上がるやら』

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