部隊発足式と人魚の決断
二進も三進もいかない議論を人魚たちが繰り広げている間、池田才人は隊員たちが食事の容器の片づけをし終わり、片づけをしている間に正式な部隊発足式をしていなかったことを思い出したため操艦に必要な最低限の人員だけ残し全員を甲板に集めた。眠気をこらえている隊員もいたがこの際しておかないと指揮系統に今後障害が発生する可能性があったため仕方がない。鉄板を溶接しただけの応急修理の甲板に整列している隊員たちに俺は敬礼をすると同時に話し始めた。
「先の戦闘で疲れていると思うが、これから任官式及び部隊発足式を始める。この部隊発足式の目的は個々人にそれぞれの役割を明確にするためである。まず最初に青野麗率いる第一沿岸戦闘隊、一部は任務中につき不在だがこの場で正式に任官を行う。青野麗、宮崎真、前へ。」
「は!」
と言うと二人は俺の前で並び敬礼をした。
「青野麗、あなたを第一沿岸戦闘隊隊長及びPEACE艦長に指名する。階級は大佐だ。これからは長い道のりだ。任務を全うすることを期待する。」
と言うと青野麗は無言で敬礼した。」
「宮崎真、あなたを第一沿岸戦闘隊副隊長及びPEACE副艦長に指名する。階級は中佐だ。私も含めて皆技能は経験がない。艦長の補佐として支えてやってくれ。」
彼が敬礼をした後隊員一同大きな拍手で彼らを祝福した。
「ここでは主にリーダーとなる人物を中心に任官を行う。ここであなたの上司となる者たちを覚えていってほしい。勘違いしてほしくないがこれは任務中の指揮系統を整えるためだ。そこを理解してほしい。次に第一沿岸戦闘隊作戦部長及びコンバットステーション長と第一沿岸戦闘隊副コンバットステーション長の任官を行う。コンバットステーション長レーガン=ドイルは不在のためアルフレッド=シュヘンベルクのみ行う。前へ。」
「は!」と言って俺の前に来た。
「アルフレッド=シュヘンベルク、あなたを沿岸戦闘隊副作戦部長及びPEACE副コンバットステーション長に指名する。階級は少佐だ。冷静な判断を期待する。」
彼は無言で敬礼し戻っていった。
「次に機関士長及び副機関士長を任官する。ミレース=エバンズ、ウルフ=ジャクソン前へ、」
「は!」
と言って前に並んで出た。
「ミレース=エバンズ、あなたをPEACE機関士長に指名する。階級は少尉だ。あなたたちは縁の下の力持ちだ、上が作戦を遂行できるように支えてやってくれ。」
彼女は無言で敬礼した。
「ウルフ=ジャクソン、あなとをPEACE副機関士長に指名する。階級は少尉だ。」
彼は無言で敬礼し、もとの位置に戻っていった。
「次に炊事班班長、加藤龍、前へ。」
「了解」
と言って前に出てきた。
「あなたを炊事班班長に指名する。作戦の命令指揮には関係しないため階級は与えない。ただ戦えるかどうかはあなたにかかってる。おいしい食事を作ってくれ。」
「了解しました。」
と彼は言って敬礼した。
「次で最後だ。第一臨検隊の発足を宣言する。今まで偵察だったが艦の役割の変化と共に偵察隊を廃止し臨検隊としての任務を与える。リン=ヒッカム、ダニエル=ジャン、前へ。」
「は!」
と誰よりも力強い返事が返ってきた。そして彼らは前に並んだ。
「リン=ヒッカム、あなたを第一臨検隊隊長に指名する。階級は大尉だ。これからは敵船に乗り込むことになる。危険な任務だが生きて帰って来いよ。」
「池田殿、私はこう見えても諦めが悪いので是が非でも帰ってきますよ。」
「なら安心だな。」
と俺が言うと彼は無言で敬礼した。一番付き合いの長い部下、信頼関係はすでに厚くなっていた。
「ダニエル=ジャン、あなたを第一臨検隊副隊長に指名する。階級は大尉だ。血気盛んな隊長のストッパーになってくれよ。」
「いざとなったら隊長でも叩きのめしますので安心してください。」
「そうならないことを期待する...。」
と言うと彼も無言で敬礼し、隊長と共に元の位置に戻っていった。俺は最後にこう締めくくった。
「これから多くの敵が現れるだろう。しかしそれだけ多くの仲間も得ることになるだろう。仲間とは必ずいい関係を築く努力をすることを約束してくれ。」
「yes, sir!」
と言う声が響き渡った。これで部隊発足式は終わり、隊員たちは今まで通りの配置に戻っていった。
その頃、始まりの地では人魚たちが二進も三進もいかない議論に疲れ果てていた。はじめの方は100にん以上いる仲間全員で襲い掛かれば潰せるなんて馬鹿な発言をした奴もいたが、彼女はあの戦闘の様子と魔力弾の直撃を食らったのにあの程度の損傷しか受けていないことを言い、その意見を退けた。そのあとはあいつらを信用するかしないかで大きくもめていた。
「人間たちが信用できるとでも思っているの。」
と仲間の一人が言う。
「私たちを迫害しているのは人間であるが彼らは全く種類の違う人間だ。さっきから言っているが証拠に彼らから一切魔力を感じない。」
とウェルドックに突っ込んだ彼女は言う。
「それだけで奴らを信用する気か。」
「しかし我々はエルフと交流が出来なくなって今の状態では女しか生まない私たちは子孫を残すことすらできないし、行く宛もない。つまり今は彼らを信じて協力するか、このまま朽ち果てるかの2つしかないんだ!」
「...」
反対していた仲間の一人が黙ってしまった。そこに仲間の一人が口をはさんだ。
「これは私たちがどうなるかのはもうあなたに私は任せます。」
と責任放棄発言をした。自らの生死に関わることだがもう押し問答に疲れたのだ。彼女にとっては何度も死にかけた経験があるので死に対する覚悟はできているという側面もあった。
池田才人と対談した彼女は
「私はあの方を信じます。」
と言った。その発言に仲間たちは腹をくくって頷いた。
夕暮れ時、人魚たちは全員ゆっくりと艦に向かって泳いでいき、リーダーである彼女は再びPEACEのウェルドックに戻ってきた。
さっきと同じ声と容姿と音だったため、戻ってくることを知らされていた隊員たちは落ち着いていた。食事の春巻きをほおばりながら隊員たちと談笑していた池田は第一臨検隊のドナルドから連絡をうけウェルドックに向かった。廊下では一応銃を携行した隊員もいたがさっきよりはリラックスした雰囲気だった。池田が来ると彼女は
「さっきの答えを伝えに来た。協力する。しかし条件がある。」
「条件とはなんだ。」
と俺は彼女に問い返した。
「私たちは仲間が100人以上いるが全員の安全の保障と子孫を残すため、あなた方と小作りをしたい。」
安全の保障は良いとして小作りとは。あまり気乗りしないが部下たちがしてくれるだろう。おれはこの時その言葉に反応して彼女を痴女として見てしまった。
「安全の保障については良いが、小作りをすると言うことは結婚するということ。それは私が部下たちに強制していいものではないし、我々の考え方では一夫一妻だ。それについては今すぐには出来ない。」
「わかった。なら子孫を残すためにどうすれば良い。」
「私たちにとって子供を作るためには前提として結婚していなければならないしそれは子供を育てるという責任が伴う。その考え方は私は絶対に譲れない。だが、私の部下とあなた方の双方の同意のもとの結婚は祝福する。つまりもう一つの条件を叶えるには私の部下のハートを射抜かなければならないと言うことだ。それを受け入れてくれると嬉しい。不本意な相手と子供を作るのは嫌だろう。」
人魚族はもともとエルフと相思相愛の状態で子供をもうけていたが、最近はそのエルフたちと交流できなくなってしまったために、生存本能で子供を作ることに必死になっていたのだ。そのことに気づかせてくれた池田才人を改めて信頼した。この人はやはり他とは全く違う、彼こそ信頼すべき人なのだと。そして恋心を抱き始めたのもこの頃からだった。
「条件はそれで問題ない。仲間たちに伝えてくる。」
と言うと彼女は一度仲間のいる所まで戻った。
「池田殿、先ほどは何をおっしゃっていたのですか。」
「仲間になるための条件を言ってきたからそれについて話し合った。内容は安全の保障と部下たちとの間に子供を作らせてくれと言うことで子供の方は丁重に断った。」
今では補佐官と化しているリンは微妙な表情を浮かべていた。絶世の美女たちと小作り出来るということを拒否するということはビーチでナンパして一夜限りでヤる連中がいたら非難の嵐が吹き荒れるが、今この何が起こるかも分からず、そしてこの世界の考え方もわからない世界で子供を作ることの危険性を隊長自身自覚しているのだろう。今は言葉が全く通じないので双方ともにナンパしてヤろうだなんてことにはならないはずだが時間が経てばそれが規律を乱すことになるかもしれないので対策を立てておこう、とリンと俺は同じ事を思った。
その頃、人魚たちの方では
「どうだった。」
と仲間の一人が彼女に言ってきた。
「やはり信頼に足りる人たちだった。条件は片方断られたけど。」
「それは身の安全のことか」
と終盤でも押し問答を繰り広げた仲間の一人が“ほら言わんこっちゃない”という表情で言った。
「いや、子孫を残すことだ。」
これには仲間たちもびっくりしていた。
「あの人たちは子供を作るということは結婚をして行い責任を持つという考えだから部下を無理やりそうさせることは出来ないと断られた。そしてそういうことをやるなら好きな相手としろ、と言われた。」
ただでさえ驚いていた仲間たちはさらに驚いていた。慰み者にされてそれで出来た子供は殺す、そういうことだと思っていたのだから仕方がないことである。
「池田はその条件をのむかどうかの確認のために私をここに戻した。だからあなた達の答えが欲しい。」
「リーダーがそういうなら私は従うわ。」
と仲間の一人が言った。それに全員が頷いた。それを見た彼女は再びウェルドックに向かった。
彼女がウェルドックを出てからおよそ一時間、俺は炊事班長にマグロの解体してもらって切り分けられた刺身をRHIBに乗せ彼女の帰還を待っていた。
ウェルドックにのランプの上に戻ってきた彼女は俺にこう言ってきた。
「遅くなりました。私たちは先ほどの条件承諾します。」
「適切な判断感謝する。食事があるからこれを仲間たちに持って行くよ。」
「これは何ですか。」
「マグロと言って私たちが好きな魚です。もしかして食べられないものとかあります?」
「初めて聞く名前ですね。人間が食べるものは大体食べられます。」
「なら大丈夫そうですね。これ結構重いのであの島で良ければあそこで配ります。それにあなたのお仲間にも私の紹介は直接したいですから。」
「感謝します。」
「仲間たちにもあの島に行くように言っておいてください。これからこの船をここに降ろすので一度そこから離れてくれると助かります。」
彼女は
「わかりました。」
と言うとそのまま仲間たちのもとへと去っていった。
俺はダニエルとヘルメット、アーマーをつけてボートに乗り込んだ。今回は警戒心を刺激しないようにM4カービンではなくベレッタM9ピストルに換装してボートにした。PEACEとは携帯無線機で常に連絡を取り合いながら島に向けて航行していった。そして艦では俺がボートで出たということで緊張が高まっていた。