01.家捨てます。
「私達の可愛いレティシア」
そう、優しい声で呼び私の顔を撫でる男女。淡い金髪に淡い緑の目の綺麗な女性に、黒髪にクリアベージュの目の端正な面立ちの男性が、とても愛おしそうに可愛いと何度も私を愛でる。
「こんな待遇ですまない、いつかきちんと迎えるから…」
「気にしないで。そんなことよりもこの子のことをよろしくね」
言葉が発せられず、喃語を発する。
そんな悲しい顔をしないで、私を迎えてくれてありがとう、そんなことを言おうと努めたが無意味だった。
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柔らかい月明かりが採光用の窓から差し込み、身支度を進めながら今いる部屋よりも遥かに小さく、簡素な家で両親に愛されていた遠い昔を思い出し、いかに幸せだったかを噛み締めている。
私は12年間、半地下室で軟禁され外に出る事なく過ごしている。
閉じ込められて、なんて事はない退屈な生活。前と変わらぬ薄幸な人生。
強いて違う点をあげるなら、今回の幼少期は愛されていた
《転生》と言うものがあるのなら私がそう。
両親と折り合いが悪く幼い頃からの虐待に耐え、寮付きの高校を奨学金で入学すると同時に家を出てそのまま帰る事はなく、成績を維持し資格取得して大学も出ることができ就職もしたが、上司の八つ当たりで殴られ打ち所が悪く死んじゃったっていう人生。
今の人生も幼少期こそ愛されていたけど、今では軟禁と虐待の日々。
今も昔も、この薄幸さに付き纏われている気さえする。
ラエティティア・ルピナス、それがこの世界での名前。両親は愛称としてレティシアと呼んでいた。父リース・ルピナスがとある貴族の当主であり、母アイビーは昔馴染みであり恋人であったが結ばれる事は叶わず、妾の子として私は生まれ母の死とともに3歳のときルピナス家に引き取られた。
父と妻のサントリナ、そして3人の兄弟の長男アル、次男リーバイ、三男エイベルが迎えてくれた。
サントリナは最初こそ優しく私を迎えたが、父が死んで豹変した。私を半地下室に閉じ込めたのだ。何が起きたのか分からず4歳の私はずっと泣き叫び、出して欲しいと懇願したが部屋から出る事はなかった。
部屋の扉には小窓があり、そこから食事が運ばれた。1ルームの部屋、簡単な水場と、ベッドをはじめとする質素な家具があるだけ。
6歳の頃、サントリナが新しい夫ロベリアを迎えた頃から私への虐待が始まった。最初は次男と三男から、次第に継父母から罵詈雑言を浴びせられ、暴力を受けた。
まぁ私の事を知ったところで、止める事は誰にも叶わない。
だけど表立ってではなくても、手を差し伸べてくれる人もいた事を私は忘れない。私に知識を与え生きる術を与え、私を手当てし生かしてくれた人達に感謝を忘れない。
月明かりが綺麗な今夜、私は家を出る。
重力魔法を使い閂を外し、部屋から静かに出た。昔、引き摺って降ろされた階段が眼前に広がり少し背筋がスッを冷たい嫌な感じがした。
「いつまでも、このままでいたくないっ」
少し震える体をさすりながら、物音を立てないように冷たい階段を踏み締め上がっていった。
1階に着き、少し歩くと昔の面影をなくした玄関ホールにいた。昔のシンプルながらも洗練された内装だったものは、華美で毒々しいものへと変わっていた。しばらく屋敷内を回っていると、もう父の生きていた頃の様相は消えたのだと察した。
昔の記憶を辿りながら、使用人が使う裏口へ出た。裏口から裏庭に周り厩舎から1匹の馬を連れ出し、敷地から一気に抜け出した。
月に照らされながら、馬を走らせた。
嬉しさからか、私は泣いていた。風が濡れた頬を冷やし、それが外にいる事をさらに実感させた。
今日、私はまた家を捨てた。
これからは何者でもないただのラエティティア。
転生しても薄幸みたいなので、後悔しないよう好きに生きようと思う。