第一章
第一章 契約
私、菅野明日香は怪しいと思ったけれど、普段通っている道に突如現れた張り紙がどうしても頭から離れず、その夜書かれていたメールアドレスにメールを送信してしまった。
僕、石神弘は理解できない。なぜ世界中から命を狙われているのかを。確かに僕は頭脳明晰だと思う。FBIやKGBからスカウトを受けるほどには。しかしスカウトをするまでならまだしも、断ったからといって無理やりに拉致監禁するというは、本当にやめてほしい。頭脳明晰だが、スポーツまで万能ではないのだ。さて、前置きはここまでにして今からは未来のビジネスについて話そうと思う。
僕は一般人とはかなりかけ離れて頭が冴えるというのは大げさではない。ただの事実である。この頭脳明晰さは地球に影響を与えかねないので公な仕事はできない(したくない)ので、プライベートで街の困っている人を僕の冴える頭脳を使って小銭稼ぎをしようと考えた。しかし、命を狙われている身で外に出るほど僕も不用心ではない。この小銭稼ぎには少なくともあと一人、従業員が必要だろう。
いや、これから僕が展開しようとしているビジネスは探偵のようなものなので助手とでも呼ぼう。ネットなどは足取りがすぐ着きそうだし、無難に張り紙でいいだろう。幸い、僕の家の近くには大学があって、バカな警戒心のない大学生なんかが見てくれるだろうという算段だ。
翌日、菅野明日香の下に返信が来た。
「アルバイトの応募、ありがとうございます。
〇月△日、張り紙のあったビルの309号室に来てください。日中なら何時でも大丈夫です。」
菅野はメールに記載されていた内容に少しは違和感を覚えたが、能天気な性格のせいか、正直に指定された日に部屋に向かったのだった。
どのような人なのか、どのような外見なのか、イケメンなのだろうか。そもそも男か女かも分からないまま、普通の人間なら怪しくて来ないような場所と連絡内容にためらいながらも、好奇心に身を任せて向かってしまう女が、菅野という人間の一面でもあった。
約束の日の昼過ぎ頃、まだまだ寒い都心の一角の綺麗とはお世辞にも言えないような寂れたビルの廊下に菅野はいた。インターホンを押すと、機械を通して男の低い声が聞こえた。「はい。菅野さんですね?」と男は言った。「そうです、メールの。」と手短に私は答える。男は続けて「私は今、命を各方面から狙われているので容易に姿を見せられません。
失礼とは承知ですが、インターホン越しで会話させていただきます。」と言った。
私はここまで出向いてやったのに呼んだ方は顔を見せないし、命を狙われているだとか意味の分からないことを言われて初めて来たことを後悔したが、ここで怒って帰るのも自分が負けた気がするので、痛い男のおもしろ演説ショーに付き合ってやることにした。 「人の話を聞くのは得意ですか?」と男は尋ねた。
「ええ。まあ、話すよりは得意だと思いますが。」と私は答える。
「先にも言ったように、私は訳あってあまり人前に出られません。なので、これから貴女にお願いしたい業務内容は、人の悩みや町の不思議話なんかを収集して、私に報告するような、言わば私と依頼人の仲介人をしてほしいのです。できますよね?」男は当然と言わんばかりにそう言った。
「ちょっと待ってください、さっきから何なんですか、命を狙われてるって。テロリストかなんかなんですか。」と私は仮にも上司に当たる雇用主にツッコんでしまった。
「ええ。まぁ。詳しくは言えませんが。」と男は濁すようにそう言った。
「はぁ。もういいです。わかりませんけど、やりますよ。」と私はそう答えてしまった。普段の私なら絶対に受けないだろうが、その時ちょうどアルバイトの面接で連戦連敗していた私は、懐事情を急速にも解決しなければならなかったので受け入れたのだ。




