天国への手紙 SIDE:B
この作品は自分の作品「天国の手紙」を娘サイドから書き上げた作品です。「天国への手紙」をお読みでない方はそちらの方から読んでいただくとよりこの作品をお分かり頂けると思います。また、この作品はもしかしたら「天国への手紙」を読んで頂いた方を幻滅させるかもしれません。ですが、是非とも最後まで読んでください。私が精一杯の気持ちを込めて書き上げた作品です。
私はとんでもなく親不孝者である。
母が二年前に死んだのが原因で齢七歳にして既に死が何であるかをはっきり説明できる。
だから、残された唯一の肉親である父に気味悪がられないようにと私は父の前では仮面をかぶる。純粋な七歳児という仮面を。
そんなわけだから、私はとんでもなく親不孝者なのである。
「ねえ、天国からお手紙が来るなら、天国にお手紙は届くのかな?」
ある日、私は死者の声を聞いて手紙を作るという某番組を見て、不意に母に手紙が書きたいと、そう思った。
今書いたら、天国にいる母に会えるような気がして……。
だから、私はテレビを見ながら父にそのようなことを呟いた。
案の定父はゆっくりとテレビから私に視線を移して尋ねる。
「どうしてだい?」
「だって、ママとお話してないもん」
父の前では「母」なんて呼ばない。七歳児がそんなことを言ったらあまりにも奇妙だから。
「そうだな……じゃあお手紙を書くか」
父はしばらくした後にそう言った。それに合わせるように、私は無邪気そうに父の元を離れ、部屋へと小走りに向かう。
そして、父が私に誕生日のプレゼントとしてくれたレターセットを大事そうに見えるように抱えて持ってきた。
「はい、パパの」
私は父に便箋と鉛筆を渡すと、まるで子供のように床に寝そべって絵を描き始める。
そんな私を見てか、しばらくすると父も私から便箋へと視線を移した。
分かっている。これは父の目をごまかすためのダミーだ。そんなに真剣に描く必要はない。あくまでも子供っぽく描かなければならない。
本当に書きたいことは手紙に書く。父が見ていない隙に。
しばらくして、父が鉛筆を止め、私の方を見てくる。
私は絵を描くことに没頭する七歳児を演じる。
そしてそれからしばしの時を経て、父はぼーっとし始めた。
これは、父が母との思い出を回想しているときの癖である。
父はバレてないと思っているのだろうが、バレバレである。
私はその時を見計らって、素早くレターセットから一枚便箋を取り出す。
書く事は大体決まっている。後は時間の問題だ。
私は父の様子をちらちらと窺いながら手紙を書き始めた。
親愛なるママへ
ママは天国でお元気にしてますか?
会えなくなってから二年経つけどこっちはパパと二人で元気でやっています。
最初は家事に戸惑ってどうなるかと思ったけど、今ではだいぶ慣れました。
私はもうお料理もお洗濯も出来るんだよ。偉いでしょ!
最初、ママが天国に行った直後はパパがえらくショックを受けちゃってどうしようもなかったけど、今は大分落ち着いて仏壇の前でママの遺影に話しかけています。
パパとママは夫婦だから話が通じてるよね?
最近お墓に行ってあげられなくてごめんなさい。
私がもう小学生になっちゃったから昔みたいにちょくちょくは行けないけど、それでも行けるように努力するからね。
私のランドセル姿を一度見て欲しかったな……。
ごめんね、わがまま言っちゃって。そんな事言われてもママ困るよね……。
でも、今度私のこと見においで。ランドセル姿を見せてあげるから。
友達もいっぱい出来たよ。だから、ママがいなくても少しも寂しくなんかないんだ!
だけど、友達と別れた後は、二人っきりだとやっぱり少し寂しいの。
ママがいて初めて「ウチ」なんだから。
時々こうやってお手紙書くね。
お返事書けないと思うから、送るだけ送って終わりだけど。
あ、お返事届いたら夢に出てきてよ。
そうしたらお手紙届いたって分かるから。
じゃあ、夢で待ってるよ。
またね。
あなたの最愛の娘より
私は鉛筆を置くと、理由も分からず涙が出てきた。
なんでだろう。悲しいことなんて何もないのに。
とりあえず私は目元を拭ってから、父の方を確認する。
良かった。まだ、回想中のようだ。
彼の目元にはうっすらと涙が浮かんでいて、母が死んだ時のことを思い出しているのが容易に想像できる。
父には悪いが、そろそろ回想から抜け出させてやらなくてはならない。
私は今書いた手紙を封筒に入れてから父に声をかける。
「――パパ、泣いてるの?」
私は父の目の前で首を傾げた。
父は私に涙を悟られないように急いで目元を拭うと答えた。
「……いや、欠伸だよ。……それよりお手紙書けたのかい?」
私は自然な反応だと思われる怪訝な表情をしてみせ、それからすぐに父の質問に答えるように笑顔で描いたダミーの絵を見せた。
野原で手をつないでいる三人の親子。
その一人一人に私達を重ねながら描いた、ダミーの絵。
「おっ、上手に描けたね。それじゃあ、お手紙を送ろうか」
父は私の絵の予想以上の出来に少し驚きながら私の頭を撫でる。
そして父は手紙の最後に何か書き加えた後、私の絵と一緒にして封筒に入れる。
私と父は冷たい風の吹き付ける庭に出ると、赤や黄に染まった落ち葉を庭の中央に集め始めた。
私はこの後に起こることを理解していたが、きっと一介の七歳児では理解できないと思い、「何で落ち葉を集めるの?」と馬鹿馬鹿しくも質問した。父が「お手紙を天国に送るためだよ」と既に分かっている答えを口にすると、納得したように見せて七歳児らしく見えるように熱心に落ち葉を集め始めた。
そうして築いたカラフルな落ち葉の山に、父はマッチで火をつける。
パチパチと乾いた音をたて、落ち葉の山は燃え始めた。
ちょうどよい燃え具合になったところで、父は封筒を火の中に入れようとした。
「ちょっと、なんでお手紙を火の中に入れちゃうの!?」
ここでも普通の手紙を燃やされると知った七歳児と同様に、涙目になりながら父にそう訴えた。
「こうしないとね、天国にお手紙が届かないんだよ」
父はそう言い聞かせるが、私は普通の子供がそうするように手紙を火の中に入れるのを必死に拒む。そして、頃合を計って私は父親に手紙を燃やさせるのを許可した。
父が封筒をゆっくりと火の中に投げ入れる。
天国への手紙は勢いよく燃え上がり、灰となって空に舞い上がる。
「パパ、天国にお手紙届いたかな?」
私は舞い上がった灰を見ながら父にそう尋ねる。
「ああ、きっと届いたよ」
空へと駆け上がっていく手紙を見て、父はそう答えた。
私は父の返答に笑顔を浮かべ、「えへへ」と言いながら彼の足元に抱きついた。すると、父は私の頭を優しく撫でてきた。それが無性にあたたかくて、私はしばらくの間父の手の温もりを感じていた。
しばらくして父が空へ舞い上がる灰を見ている隙に、私は先程書いた手紙を入れた封筒をこっそり落ち葉の火に入れる。
高々と舞い上がる手紙を見ながら私は心の中で祈る。
天国へ届きますように。
私は父にばれないようにそっと涙を拭った。
その夜、私は夢を見た。
野原にたたずみ、手をつないでいる三人の親子。
父と私ともう一人。
彼女は母親にどことなく似ていて……。
彼女は私の笑顔を見て微笑み返し、そっと呟く。
――ありがとう――
彼女がそう言うから、私は満面の笑みを浮かべてこう言ったんだ。
――こちらこそ、ありがとう――