[三周目]二人目
『ハイレグ熱帯魚☆エブリデイビビンバ』で働きだしてから1ヶ月経った。
普通ならば一ヶ月も経てば仕事にも慣れ、会社への理解も深まってくるものだ。
だがしかし、俺にとって未だ『ハイレグ熱帯魚☆エブリデイビビンバ』は謎に包まれていた。
その理由は俺が請け負っている仕事内容にある。
それは……
「それでね、熊の突進を受け止めて私は言ってやったのよ。『はぁい、熊ちゃん。そんな鈍い動きだといつまでたっても私を仕留められないわよ』ってね!」
ズバリ言うと、“カマ姐の話をひたすら聞く係”である。
なんでもこの男、一人で数人分の仕事をこなせる頗る有能な人材なのだが、誰かと会話しながらでないとその実力を発揮できないという欠点があるのだそうだ。
その欠点を補うのがアルバイトとしての俺の仕事ということだ。
つまり俺は一月間この会社の正式な仕事には何一つ触らせてもらえてないのだ
一日中話を聞くだけで終わるというこのアルバイトは楽で、給料も悪くない。
カマ姐の話す“アメリカでボクシングチャンピオンとタイマンした後、一夜を過ごした話”や“サバンナで全裸で半年間生き抜いた話”、今話している“北海道で2メートルを超える大熊を素手で退治した話”など嘘か本当かわからない話だってかなり面白い。
だが、俺は少し拍子抜けしていた。『ああ、こんなものか』と。
代わり映えのない日常から抜け出したくて、この会社に来たというのに、結局同じように刺激のない毎日に戻っている。
それが、どうしようもなく面白くなかった。
「そして、私は熊を一本背負いにして……あ!」
気持ち良さそうに話していたカマ姐が突然素っ頓狂な声を上げた。
見れば腕が残像を残すほどのスピードでやっていた仕事もピタリと止まっている。
「どうしました?」
「そういえば伝えるを忘れてたわ」
「なんの話です?」
「社長が貴方を呼んでたのよ。なんでもそろそろ仕事を任せても良いんじゃなかって。お昼休みに来なさいって言ってたから、後でちゃんと行くのよ?」
「はい、わかりました」
この時の俺はまだ知る由もなかった。
この会社の本当の仕事を。
そして、それが俺が待ち望んでいた非日常を運んでくることを。