炎上
朝、ノックの音で目が覚めた。寝惚けた目を擦りながら起きて、扉を開けるが誰もいない。
左右を見ても誰もいないので、気のせいだったかと首を傾げて扉を閉めようとしたら途中で止まった。不思議に思っている黒須の下から声が聞こえてきた。
「アストリア公爵がお呼びです。至急準備をしてください」
下を見ると、黒須の腰くらいまでしかない小さい少女がいる。
彼女は子供ではない、小人族だ。
小人族は大人になっても子供みたいな外見をしている。見た目では年齢が分かりにくい種族だ。子供みたいな外見通り身体能力は子供並だ。特に優れた所がない種族だと言われている。
「こんな朝っぱらから何の用なんだ?」
「詳細はアストリア公爵から直接聞いてください。馬車を用意していますので」
小人族の少女? は用件を告げると去っていく。
「昨日の今日で何の用でしょうね?」
「さあ?」
いつの間にか後ろにいた月宮が聞いてくるが、わかるわけがない。
特に準備もないのでそのまま馬車まで行く。月宮が着替えてくるのを待って、馬車は出発した。
まだ日も昇ったところなのに、呼び出されたということは、緊急の用件なのだろう。今あれこれ考えても答えなんてわからないので、大人しく馬車に揺られる。
公爵邸に着くと昨日と同じ部屋に通された。
「やあ、トウヤ君、カナデ君、こんな朝早くに呼んで悪いね。早速だけど、昨日、ジュノーの森で火災があったことは知っているかな」
「いや、知らないなあ。そもそも、ジュノーの森ってどこ?」
「私も知りません。今初めて聞きました」
二人の反応を見て、溜息をつくミハエル。
「昨日君たちがいた森だよ。普通火災なんて起きることはないのだけどね。少々の火程度なら自然に鎮火される。余程の火力だったんだろうね。火災の規模が大きくてね、近くで栽培している葡萄園まで焼けてしまってね。その葡萄から作るワインは貴族にも人気で、これでは私は大損だよ」
「それはお気の毒様ですね」
「ふーん」
自分には関係ないなあと適当に相槌を打っていたけど、何かが引っかかる。
「それで俺たちに何の用なんだ? 今の話と関係があるのか?」
「うん。とても関係あるよ。火災の原因に本当に覚えがないかい?」
そう言われても、心当たりなんか……もしかして、あのドラゴンか? でもそれだったら俺たちと会う前に火を放っていたことになる。さすがに森が燃えていたら気づくんじゃないか。
ドラゴンは跡形もなく燃えたからなあ……燃えた? そういえば凄い火力だったよな。あんな炎を森で使ったら、火災が起きてもおかしくないような……
そこまで思考が至って、嫌な汗が噴き出してくる。顔色も悪くなっているかもしれない。
「先輩、大丈夫ですか? 顔色が優れないみたいですけど」
「あ、ああ、大丈夫。何ともない」
「どうやら、心当たりがあるようだね」
「い、いやー、別に……ないですよ?」
ミハエルの言葉に黒須の視線が泳ぐ。
「……そうか。森が焼かれたことで、住処を追われた魔獣が村や街を襲い、罪もない人々が死んでも、私が大損しようと、トウヤ君には関係ない話だったね。どうぞ、自由に生活を楽しんでくれ。……今日で理不尽にも人生を終える人が何百人いたとしても、君が気にすることはない。悪いのは領民を守れなかった私の力不足の性なのだから……」
ミハエルの言葉を聞くにつれ、黒須の表情は歪んでいく。遂には我慢できなくなって叫び出す。
「――あぁもう! わかったよ! 俺がやりました! 悪かったです!」
「うん、素直に認めてくれて良かったよ。……それで、その体で責任を取ってほしいのだよ」
黒須と月宮に視線を送り、ニコニコと笑顔で言う。
ミハエルの発言に構えそうになる黒須を押しとどめるように手を出して止める。
「勘違いしてもらっては困るけど、私のために働いてくれという事だよ。私にそっちのけはない。それに胸の大きな女性にも興味はない。私が好きなのは、つるぺたの未成熟な少女だけだよ! 小人族はまさに私の理想とする種族なのだよ。ずっと幼い少女の姿のままという天使のような、いや天使そのものと言っても過言ではない! なんといっても……」
いきなり始まった性癖の暴露に何とも言えず、黒須と月宮は「うわー……」とだけ呟いてドン引きしていた。だから、使用人に小人族しかいないのか。
いつまでも続くと思われたロリコンの話は使用人の小人族が頭を叩いて物理的に止めた。ミハエルの顔はテーブルにガンっと勢いよくぶつかった。
今のは大丈夫なのかと思っていると、すぐにミハエルは顔を上げる。鼻血が出ているが幸せそうな顔をしている。
「ふふっ、私の愛の深さに照れちゃったのかな? そんな君も可愛いよ」
「いえ、そんなことは微塵もありません。無駄話をしていないで早く話の続きをしてください」
変態ロリコンの言葉を一蹴して使用人は下がる。
ミハエルは鼻血を拭くと真面目な顔に戻って、
「君たちを呼び出した訳だが、魔獣の群れを退治してきてほしい」