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灰燼に帰す

ふぅと息を吐いて、近くの木を背にして座る。月宮は隣に腰を下ろして、収納空間から水筒を取り出しカップにお茶を入れて渡してきた。

「先輩、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

有り難く受け取って、意外と口の中がカラカラだったことに気付き、喉を潤す。


不意に月宮の木刀に一本の線、切れ込みが入っているのに気付く。疑問に思って聞くと。

「これは……こういう事です」

月宮が切れ込みを挟んで木刀を持ち両手を反対に引っ張ると、切れ込みが広がり、鈍く輝く刀身が現れる。

「……護身用って聞いてたけど、まさか本物の刀持ってたとは、やばいわ」

黒須は上体を仰け反らせて距離をとる。

「ち、違いますよ! 異世界に来たら刀になっていたんです! そんな物騒なものを持ち歩いているわけないじゃないですか!」

刃物を持ち歩いている危険人物なんて思われるのは心外なので、慌てて誤解を解く。


木刀で思い出したが、金剛力の能力で身体能力が大幅に上がっているんだったな。俺も矢の能力で身体能力が上がっているが、俺より強化されているみたいだ。まあ、俺は接近戦をやるわけじゃないし、いいだろう。


風に揺れる木の葉の音が満ちる森の中、木に体を預けて休んでいると、不意に影が過ぎた。何だろうと空を見上げるが、枝葉の屋根があるだけで、特に何もない。でかい鳥でも飛んでたのか?

隣に座る月宮もわからないみたいで首を傾げている。


例えでかい鳥だろうと、こんなに木が密集しているところでは、下りてこれないだろう。だから、心配しなくてもいいだろうと油断していたから……


バキッバキッ、と背後からの音に振り返ると、木を粉砕しながら、大きな爪が迫ってくる。認識した瞬間には体が動いていた――


「月宮――っ!」

月宮に飛びつき覆い被さるようにその体を強く抱きしめる。次の瞬間、重量物が通り過ぎ、衝撃で体が木の葉のように吹き飛ぶ。

地面を転がっていき、背中から木にぶつかってやっと止まる。


「――月宮、怪我はないか」

「私は大丈夫です、それより先輩は大丈夫ですか!?」

「……ああ、大丈夫だ」

月宮が切迫して黒須の無事を確かめるように聞いた。大丈夫と言って笑顔を作るが、その笑みは固い。


腕の中の月宮を放し、木に手をついて立ち上がる。何が起こったのか周囲を見る。そこは、少し前までの光景ではなかった。森の中に一直線に大きい道ができている。地面が抉れ、木々が軒並み薙ぎ倒されて道ができていた。


道の終点には、見上げんばかりに大きい小山のように生物がいた。後ろを向いていた全身を堅固な鱗で覆った、一対の翼が生えている生物が体を反転させると、尻尾に当たった木々がまるで小枝みたいに折れていく。その巨躯を二本のな脚で支えて立ち、小さな手がある。その小さな手でさえ人間の胴より大きい。長い首の先には厳つい頭があり、容易に人を丸呑みできる口には鋭い牙が並んでいる。


黒須が知っている知識で、その生物を言い表す言葉は一つ――ドラゴンだ。


ドラゴンは凡そ最強の生物だ。目の前に悠然と佇むその威容を見たら納得するしかない。


だが、ドラゴンを前にしても黒須は退かない。

足を肩幅に開き、ドラゴンに対して直角に立つ。弓を右手に持ち、ベルトから一本の矢を引き抜く。矢が伸びて元の長さになる。矢を番えて弓矢を頭上まで持ち上げ、右腕を捻りながら、弓矢を下げる力を利用して弦を顎まで引く。そのまま姿勢を維持し、狙いを定める。


狙いを定めるといっても、的が大きすぎるので適当に射っても当たるだろう。とはいえ、次の矢を射つ時間もないので、ドラゴンの中心に狙いを定める。黒須の意思に応えるように矢が炎に包まる。刻一刻と勢いを増す炎の矢を放つ。


「――灰燼に帰せ ≪レーヴァテイン≫」


炎の軌跡を描きながら、一直線に飛翔する。ドラゴンに当たると爆発的に炎が膨らみ、空まで届く炎柱を生み出す。燃え盛る炎の熱が離れている黒須たちのとこまで届く。炎柱の周囲の木々が炎に触れることなく発火し始める。

炎柱に呑まれたドラゴンは悲鳴を上げることもできず、炎の中に浮かぶドラゴンの影が形を失い、炎柱が消えた。その場には塵一つなく、全てを燃やし尽くしていた。


「………………」

矢を放った後、残心の姿勢を保っていたが、次の瞬間には――


「しまったぁぁぁぁぁぁ!!」

頭を抱えて叫ぶ。黒須の叫びは空しく虚空に消える。


「くそっ、何も残ってねぇ! せっかくの素材が……つーか、ドラコンなら消し炭になってんじゃねぇよ! 根性見せろよ! それでもドラゴンかよ!」

ドラゴンがいたところを這いつくばって目を皿のようにして探さそうとしたが、地面が燃えているみたいに熱くて、危うく焼けるところだった。何も見つからなくて、死んだドラゴンに対して酷い言い様をする。


肩を落として、とぼとぼと歩いていく。その後を月宮がついって行って、その場を去る。




黒須たちが立ち去った後で、炎が周囲の緑を徐々に赤く染めているのに気付くことはなかった……

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