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オペレーション:冬の女王  作者: キリキリマイク
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前編

買い物を済ませてアパートに戻ると、郵便箱に取り付けてある名前のタグが新しくなっていた。体の中に電気が走り、脳が冴えわたって行くのが分かる。紙袋をゆっくりと降ろし、タグを丁寧に取り出して裏返した。タグにはただ明日の20時30分と記されているだけだった。4月の上旬になっても横に強く降りしきる雪。ローチ(ゴキ、G)と呼ばれているオレへの仕事の依頼に、季節は関係ないようだ。


 *  *  *


店の隅の丸テーブルに壁を背にして座り、中心に据えられたろうそくの火をぼんやりと見つめていた。ときどき揺らめきながら頼りなくも懸命に周りを照らす健気さに愛おしさを感じ、この火を抱きしめたらどうなるのだろうかという妄想に一瞬ふける。抱きしめた瞬間は厚手のジャケットのおかげで10秒くらいは温かいだろうが、それ以降は肉が焼ける焦げ臭い匂いを放ちながら炎が全身をつつむだろう。


そんなろうそくの火だが、オレたちみたいな輩には少し違う観点で喜ばれる。隅々まで光を無慈悲に照らす蛍光灯と違い部屋の光度が落ちるため、サングラスを掛けなくとも目線が読まれにくい。腕時計に目をやり、約束の時間を10分も過ぎているのにオレのテーブルに誰も座らない事に少しイライラしながら、オレはウイスキーを片手におもむろに立ち上がった。部屋の反対側のテーブルで熱心に新聞を読んでいるスーツを着た中年男に近づいて、椅子を少し乱暴に引っ張り出してそこに座った。


「なんだね、君は?」


ドカッと腰かけたオレに中年男がいぶかしげに尋ねた。


「……今日もあと3時間ちょっとで終わるってのに、今日の朝刊読んでるなんて、なにか面白い事でも書いてるのか?」


男はオレに目を凝視したが、すぐに新聞に目線を落として言った。


「明日の会議に関わる記事をたまたま見つけてね。それを今読んでいるところだ」


「ほう、そうか。そんな大事なものをこんな薄暗い酒場で読んでるってことは、お前さん、よほど熱心な仕事人だな。オレも見習いたいよ」


グラスを傾けて、中でなめらかに回る氷を眺めながら、オレは男の反応を待った。男は黙ったままだ。オレは親指を立ててカウンターに座っている女性を指した。


「あそこでカクテル飲んでるビジネススーツの女にも伝えてやれ。入口から一番近いカウンターに座るのはアウトだ。人と待ち合わせていたにしても、こんな寒い時期に好んで一番風の当たる場所に長時間陣取るなんてなんて、よほどのマゾだ」


オレの声が聞こえたのか、女がこちらを振り返った。


「オレのも都合というものがあってね。出し惜しみはなしだ、要件は何だ?」


しばらく新聞男はだんまりを続けていたが、やがて観念したかのように首を横に振り、新聞を丁寧に畳んでテーブルに置いた。


「人間様のご動向をうかがいながら、コソコソと宿を借りているゴキブリさながらの洞察力だな」


「それくらい謙虚じゃないと、この業界でオレみたいな奴はコロリとやられるからな」


待ってろ。新聞男はいったん店を出ていった。話の最中にオレが変なマネをしないように、入り口を固めていたつもりであろうカクテル女も一緒に出て行った。しばらくして黒いスーツに青いネクタイを締めた金髪の男が店に入ってきて、オレが座っているテーブルに座り、カバンの中から書類が入ったクリアファイルを放ってよこした。座る際にキザったらしく右の掌でオールバックをなでつけたのが何となく気に入らなかった。


「特別警察長のジェラルドだ。単刀直入に言おう。ローチ、お前にやってもらいたい仕事がある」


「警察がオレに泣きつくってことは、公式の機関には頼れない案件か」


「そういうことだ。公式機関の中にネズミがいる可能性が高い。警察や軍隊を使って、こちらの動きがバレれば水の泡だ」


「そこで足のつきにくいローチの出番ってわけだ」


オレは透明なクリアファイル越しに覗いている写真にちらりと目をやった。その瞬間に自分の目を疑ったのと同時に、依頼主の頭のネジの締め具合を疑った。春への移行の任をさぼって、いまごろ塔でのんびりしているであろう冬の女王様の写真が、オレに向けて微笑みかけている。


「まさか女王様を殺せって言いたいのか?」


半分おどけたようにオールバックに尋ねた。


「いや、その逆だ」


オールバックは話を続ける。


「知っての通り、冬の女王様は塔からお出でになられる時期がとうに過ぎているにもかかわらず、いまだにお姿を現さない。ニュースでは取り上げられていないが、冬の女王様は現在かなり危機的な状況に置かれている。」


オールバックはカウンターで丁寧にグラスを磨いているマスターに向けて「こいつと同じものを」とだけ伝え、さらに話を続けた。


「じつは3日前、冬の女王様が滞在されておられる高層タワービルディングにテロリストが侵入した。正確には、タワーおよび冬の女王様を警護していた近衛兵の数人が突然同士討ちを始め、大部分の近衛兵を殺害したのち、数人の人質を残して、最上階にある女王の間への侵入を許してしまった。」


「スリーパーってやつか。だとしたら相当以前から計画されていたな」


「ああ、そしてその日のうちに反王族勢力から犯行声明が出された。言うまでもないが近衛兵はその職に就く前に徹底的に身元を調べられる。その網にも引っかからないほど巧妙に入り込まれたのは、してやられたの一言だ」


「なるほど。そうなると警察や軍隊にネズミがいても不思議じゃないな」


「そこでだ。お前には冬の女王様をタワーから救出を依頼したい。お前の専門は殺しであってレスキューじゃないのは承知している。それでもあえてお前に頼んでいる。お前の経歴はそれなりに調べさせてもらった。お前がこの国に来て20数年、分かってるだけでも21件の表裏問わず数々の要人を暗殺している。それも例外なく暗殺対象者が所有する厳重に警備されている敷地内でだ」


「……」


「ただ殺すだけならマフィアなり何なりに金を握らせれば事足りる。しかしお前がすごいのはその成功率と、それを可能にする潜入能力だ。どこからともなく侵入してくる様を、ちまたではローチだなんて揶揄するが、お前ほどの実力を持っているヤツはこの国を探しても他にいない。悔しいが敵陣のど真ん中にもぐりんで女王様を救出するという芸当は私の部隊ではできないし、強行手段を選んで相手を刺激でもすれば、最悪の場合女王様に危害が及ぶ。なによりまだ内通者がいて情報を流された場合、計画を実行する前に失敗する」


オレは背後に鋭い視線を感じた。この国に来て25年以上たち、仕事を受けるか否かの選択はオレに任せられるようになったが、どうやらオレの"保護者"はこの仕事に興味がおありのようだ。交渉中にここまでプレッシャーをよこすのは珍しい。こうなったら断るわけにはいかなかった。そのかわり、オレへの分け前は普段より3割増しだ。それくらいのわがままは許されるだろう。


「……分かった。ただしいくつか条件がある。今日までのオレの犯罪歴をすべて抹消、そして報酬額はこちらで決める。あとこちらが要求するタワーおよびテロリストに関する情報を渡してもらおう。もちろん物資の支援も忘れないように」


言うが早いか、オールバックは書類がぎっし詰まったバインダー2冊をテーブルの上に乗せて、ウイスキーを一気に飲み干した。


「決まりだな」


「決行日はいつだ?」


「2日猶予をやる。3日後にやれ」


「スイス銀行の口座番号を教える。決行日までに提示した金額の半額を振り込んでおいてくれ」


オールバックは口座番号が書かれたメモを受け取ると、右手の掌で頭をなでつけ、ゆっくりと出口へ向かった。


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