魔力という才能
異世界に来て2日目。
昨日は屋敷の客人用の部屋を借りて寝た。日本のホテルのようなベッドとまではいかなかったが、割とぐっすり眠れたと思う。
朝起きてからしばらくベッドでぼーっとしていると、ユナが着替えを持って部屋に来て驚かされた。着替えを手伝うと言われたが、流石に恥ずかしいので遠慮した。
ユナが用意してくれた服は、いかにも魔法使いっぽいローブだった。色は真っ黒でネルとお揃いといったところだ。これから魔法を教えてもらう訳だから、弟子として扱うという意味で用意された服なのかもしれない。服を貰った際に、昨日つけていたネックレスをユナが回収していった。
着替え終わると、食堂に集まってで朝飯を食べた。ネルは朝から元気が良く、地球の事を色々と説明させられた。それが目的だったという話だから、当然か。
そして食後、ユナが食器を片付けて運んでいくと、ネルが言った。
「さて、そろそろ始めようか。私の授業を、ね」
「魔法という言葉の定義はちょっと曖昧なところがあるが、一言で説明するならば、魔力を特殊な操作によって意味のある形に変換し、何らかの現象を起こす行為の事だ。この世は、魔力とよばれる普段は目に見えない物質で満たされている。基本的に世の中の生き物は体の中に少しずつ蓄えていて、この体の中にある魔力を使って、魔法ってのは実現されるのさ」
ネルはスラスラと魔法について話していく。自分も地球のファンタジーで何となく予想はしていたが、大体イメージ通りで間違ってなさそうだ。
ネルは教える事を楽しんでいるかのような顔をしながら、説明を続ける。
「魔法として一番よく知られている手法は、詠唱による発動だろうね。意味を持たせた特殊な言葉の発声により魔力の性質を変化させて、術として発動させる。単純だが強力だ」
「何となく、イメージはできるな。じゃぁ、ネルが昨日狼を呼び出していたあれはどんな手法なんだ?」
「良い質問だね! あれは、魔法陣を用いた魔法の発動さ。それぞれが意味を持つ図形を複雑に組み合わせて陣を作り、その陣を魔力を用いて描く事で狙った効果を発動させる。昨日見せた黒毛狼は、召還魔法を魔法陣を用いて発動させる事で呼び出したって訳だね。魔法陣は詠唱より時間はかかるが、その分複雑で強力な術を発動させやすいと言われているよ」
ネルの説明を聞いて、なるほどと思う。中々説明上手だとも思う。天才タイプって言うのは人に教えるのが苦手だと聞いたことがあるが、自称天才はその部類に当てはまらないようだ。きっとそれもネルに聞けば、天才だからの一言で返されるだけだろうけどな。
「そして魔法というものは発動方法だけでなく、その性質でも学問上分類される。例えば、火や水、回復等があるよ。これを属性と呼び、人によって得意な属性というものがあるため、魔法を習う際は自分にあった属性を伸ばす事が重要だね」
「属性か……得意な属性っていうのはどうやって調べるんだ? 訓練をしていく過程で見極めるとか?」
「昔はそうだったらしいね。だが世の中には私以外にも天才がいるもので、現在は簡単に調べる方法があるのさ」
ネルがそう言った時、丁度ユナが食堂に入ってきた。その手の中には両手に収まるぐらいの大きさをした透明な玉をもっている。見た目は占い師とかが持っている水晶玉のような感じだ。
「ネル様。頼まれていたものをお持ちしました」
「ありがとう、ユナ。ササカワ君、これが適正診断の為の道具だよ。魔力を込めて作成する道具、魔道具の一種でね、魔力と特殊な方法で玉にしてあるんだ。これに自分の魔力を注ぎ込むと、本人の適正によって異なる色に光るのさ。同時に、光る強さで最大魔力量の大きさも大まかに測る事ができる」
ネルは、そこで一旦言葉を区切り、こちらを見て珍しく真面目な顔をして言う。
「つまりこの魔道具は、その人間の魔法の才能を測る道具って訳さ」
珍しく真面目な顔と声に驚いた。しかし、ネルはすぐにいつものニヤケ顔に戻って、こっちに球を渡そうとする。
「まぁ、面倒な話は置いといて! とりあえず、君の魔力量と属性適正を調べようじゃないか! 昨日一日ペンダントを着けていた今なら、ちゃんと集中すれば魔力の放出ができるはずだよ。手のひらの温度が、玉に流れ込むようなイメージを意識するといいよ!」
「急に大きな声出すなよ……まぁ俺も自分の能力はちょっと気になるし、試してみるよ」
そう答えて、ネルから玉を受け取った。ネルの説明を聞きながら、手のひらの上に置いて心臓の高さまで持ち上げる。このまま魔力を注ぎ込めば、玉が反応する。ここまで準備して、口では気軽に言ったけれど内心ではかなり緊張している自分に気が付いた。
もし、自分に魔法の才能が無かったら。野球を辞めた時のような絶望がやってくるのだろうか?
そこまで考えて、つい暗くなってしまう思考を止める。突然異世界にやって来て、単純なファンタジーへの憧れから魔法を教えて貰う事を選んだだけだ。だからきっと才能ゼロって言われたとしても、それほどダメージは受けないはずだ。
魔法の才能なんて、欲しいと思った訳じゃないのだから。
集中して、魔力の放出をイメージする。ネックレスを着けていた時のもやもや感、それを思い出しながらネルのアドバイス通りに実行してみると、手のひらから何かが抜けていくような感触がした。続けると、それはどんどん玉の中に吸い込まれていくのが、何となく分かる。
「うん、良い感じだね。魔力が少しづつ移動しているのが感じられるよ。そのまま続けてごらん」
そのまま魔力の放出を続けると、玉に少しずつ変化が起き始めた。透明な球の内部に白色の光点が現れ、ユラユラと揺れながら動いているのだ。魔力の放出を続けると次第に明るくなり、少し眩しく感じられる程まで明るさは増大した。
「よし、そこまででいいよ。集中を解いて魔力の放出を止めるんだ」
ネルに言われて、息を吐き力を抜く。手のひらから魔力の感覚が無くなっていくと、光は少しづつ弱くなっていって消えた。
「はぁ……はぁ……。何だか、大分疲れた気がする……。今ので、ちゃんと測れたのか?」
「もちろんさ! 君もさっきの光を見ただろう? いやぁなるほどねぇ~、これは中々面白い結果になったもんだねぇ」
「面白いって……もっとはっきり教えて貰いたいんだけれど……」
「付与系統の魔法に適正があるという事ですよ」
「うわっ!?」
突然後ろからユナが話かけてきた。今まで全然喋ってなかったから、部屋を出ていたのかと思っていた……
ユナは、一度咳払いをしてから続けた。
「……失礼しました。少し興奮してしまいまして。白色というのは、付与の属性の魔法に適正がある証なのです。付与というのは、火や水といった自然に作用するものでなく、生物の精神や、物体の性質に働きかける魔法が多くある属性です。モンスター狩りを生業とする冒険者達の間では、メンバーの行動補助に役立つ魔法を使う事ができます。」
今まで会話に参加して無かったユナが、解説をしてくれる。会ってからまだ少ししか話した事が無かったけれど、こんなに良く喋るタイプだったのか?
興奮しているユナに少し引きながらも、質問する。
「へぇ……。でも、付与属性だったらなんでそんなに興奮してるんだ? 珍しいものなのか?」
ユナはかぶりを振る。
「いいえ、そうではありません。驚いたのは、ササカワさんの魔力量の方です。平均的な魔法使いでは眩しくなるほど魔道具の輝きは強くなりません。ササカワさんの魔力は、上級魔法使いになれる程の凄いものだったのですよ」
「えぇっ!?」
「そうだねぇ。きちんと学問を修めれば、王城で働く宮廷魔法使いにもなれるかもしれないね。かなりの才能があると言っていいと思うよ」
上級魔法使いというのはどのくらい凄いのか良く分からないけれど、ネルの言った王城で働けるっていうのはなんとなく凄い事が分かる。まさか自分にそんな才能があるなんて……。才能無いかも、なんて心配していたのが嘘みたいだ。
「そうか……。それは、なんかびっくりしたけれど、嬉しいな……」
自分に才能がある。そう思うと、喜びがこみ上げてきた。
異世界に来たと言ってもすぐに帰るつもりで居る訳だし、魔法を学ぶことにそこまで一生懸命じゃないと思っていたけれど、自分に才能があるってことがこんなに嬉しいとは。
本当に欲しかった野球の才能は持ってないのに、異世界でしか役立たないだろう魔法の才能はある。その事を考えると、少し胸が苦しくなるしやり切れないような気持ちにもなる。でもなぜだか今はそれを掻き消すくらい、魔法の才能があった事を素直に喜べた。