メイド少女と屋敷
キバオオカミ達との戦闘からさらに歩いて15分程たつと、森の中の開けた場所に出た。その場所だけ木があまり生えておらず、そこには少し小さめではあるが漫画で見る貴族の屋敷のような建物があった。
「どうだい! ここが我が屋敷さ! ちょっと町から遠いのが難点だけれど、美しい森の中に建つ豪華な屋敷は謎めいていて素敵だと思わないかい?」
「そうだな……。確かにすごい家だと思うよ。でも、こんな森の中ででかい家に一人で住むなんて寂しいんじゃないのか?」
ネルがこちらを振り向いて自慢げな顔をしてくるので、感心したことを伝えつつも少し意地悪な事を言ってみる。歩いている間もずっとテンションが高くて、正直疲れていたのだ。
「素直じゃないんだねぇ、君は。私のような優れた魔法使いになると、家だって大きい方がいいのさ。それに、一人で住んでいるわけじゃないよ。ほら、出迎えに来てくれたみたいだね!」
ネルの言葉を聞いて屋敷を見ると、扉が開いて一人の少女が出てきた。
異世界に来て二人目に出会う人物だが、これまた美しい少女だったため驚いた。メイド服のような恰好をしており、ネルや自分と同じ黒髪を肩まで伸ばしている。とても真面目そうな表情をしながらこちらをじっと見つめる顔に、つい見とれてしまった。
「お帰りなさいませ、ネル様」
玄関の前まで近づくと、ネルの方を向いて深々とお辞儀をする少女。ネルは手をひらひらとさせながら、返事をした。
「やぁ、ただいま! 留守番ご苦労だったね。実験は大成功だったよ! 彼が異世界からの客人、ササカワ・ケイスケ君だ」
すると少女は、こちらを向いてペコリとお辞儀をしてくる。
「ようこそいらっしゃいました、ササカワ様。私は当屋敷の家事を担当している、ユナと申します」
同い年ぐらいの少女に丁寧なお辞儀をされると、何て返せばいいのか困ってしまうな。無表情だけれど整った顔立ちでじっと見つめられて、ちょっとドキっとしてしまった……
第一印象は大事だし、ここは丁寧に返事をしなければ。
「えぇと……笹川です。今日からしばらくこの屋敷でお世話になる事になりました。この世界の事は分からない事だらけですが、宜しくお願いします」
「私は使用人ですので、敬語を使う必要はありませんよ」
「そう、ですか? じゃぁ、よろしくな?」
「はい。御歓迎しますよ」
そう言って、ほんの少しだけ微笑むユナ。凄い、めちゃくちゃメイドさんっぽい気がする……
高校は共学だったけれど、野球ばっかりで女の子と話す機会なんてあんまりなかったからどうしても緊張してしまう。ネルには最初に怒ったからか、普通に話せるのにな。
「さてさて! 顔合わせも済んだことだし屋敷に入ろうじゃないか! ユナ、今日の夕飯はなんだい? きっと異世界人の召還に成功するからと豪華なものを頼んだよね!」
「はい、ネル様。今日はキバオオカミの希少種のステーキがメインです。とても質の良い肉でしたよ」
さらっと驚きのセリフを口にするユナ。そうか、魔物って食べれるのか……。
屋敷に迎え入れられてからすぐに、夕食の時間となった。
食堂らしき部屋に案内されると、そこには豪華な肉料理やスープ・パンが並べられている。雰囲気はまさに、貴族の食卓という感じだ。
部屋には既にネルとユナの二人が食事を前にして座っている。
「ここでは皆で一緒に食事をとるんだな。そっちの方が俺は落ち着くけれど、使用人は別でなのかと思っていたよ」
席に座ってからネルに尋ねてみる。
「まぁ、一般的な貴族の屋敷ではそうだろうね。でも私は貴族ではないし、ユナは使用人の仕事をしてはいるが弟子としてこの家で暮らしているからね。一緒に食べるのは当然の事だよ。君は客人とはいえユナの方が先輩で、この家では立場が上なのだからちゃんと言う事を聞くように!」
「ネル様にはとても良くしてもらっています。弟子として少しでも恩返しするために使用人の仕事をさせていただいている、私の我が儘なのです」
ネルとユナの返答に納得する。弟子は師匠の家の家事とかやったりするイメージがあるし、きっとそんな感じなんだろうな。
「でも、それじゃあユナも俺に敬語なんて使う必要ないじゃないか。むしろ先輩だし」
「いいえ、これは私の癖のようなものです。ネル様の屋敷にお世話になる前も使用人の仕事をしておりましたので、喋るときは基本敬語なのです。逆に人に敬語で話されると恐縮してしまうので、ササカワ様は私に普通に話すようお願いします」
「そういうもんか? でも、先輩だっていうなら喋り方は今のままでも、ちゃんと敬うことにするよ。俺はこっちの事なんも分かんない訳だし」
相手だけ敬語でしゃべって自分がため口というのは俺も違和感を感じるが、ここは言う通りにしておこう。
「まぁ、お話の続きは食べながらにしようじゃないか。せっかくのユナの手料理が冷めてしまうからね!」
話は終わったとばかりにネルが手を打つと、皆での食事が始まった。
異世界に来て初めての食事は、普段食べれない高級感というか特別感があってとても美味しかった。ユナの料理の腕は中々のものらしく、食事中は一皿一皿についてネルが味を褒めながら解説をしてくれた。ユナは基本無表情で謙遜するばかりであったが、日本のレストランで出ていてもおかしくはないぐらいのレベルだったと俺も思う。
そして、食後のお茶が振舞われている最中の事だ。
「さて。明日からの事について、ササカワ君に話をしておきたい。これから君が元いた世界に戻る準備ができるまで、ここで魔法を学ぶという事でいいんだよね?」
ネルが確認をしてきたので、しっかりと頷いて答える。
「うん。じゃぁ明日の朝食後から、魔法を教えるのを始めるとしよう。そのために、今から明日までの間はこれを身に着けていて欲しいんだ」
ネルが取り出したのは、緑色の宝石が美しいネックレスだった。高そうなのでちょっと躊躇したが、受け取って首からかけてみると、何だか車酔いのような変な気分になってきた。
「何これ? なんかちょっと気持ち悪くなってきた……。なんのためにこんなものを着けるんだ?」
「これは、大気中に存在する魔力――魔法を使う源となる力を、無理やり体の中に取り込む道具さ。魔法の訓練の初めに、魔力ってものを感じ取れるように使用するんだ。無理やり君自身のものでない魔力を取り込む訳だから、違和感はあるだろうけれど我慢してほしい」
魔力。ゲームとかだと当たり前の単語だけれど、やっぱりあるのか。訓練用の道具ならば、我慢してつけていよう。これが気持ち悪さが魔力だって思うと、何だかワクワクするしな。
「魔力や魔法についてなど、詳しい話も明日からにしようか。午前中を魔法の理論、午後を訓練でいいと思う。まぁ才能があれば、君が帰るまでの間に幾つか魔法を覚えられると思うよ」
簡単そうに話すネル。でも、今まで魔法なんて全然知らなかった自分が、すぐにできるようになるものなのだろうか?
「そんなにすぐにできるようになるものなのか? 大抵そういうのって、長い修行の末に身に着けるものじゃないのか?」
そう尋ねると、ネルは薄く笑いながら答える。
「ただ魔法を使うってだけならば、そう時間はかからないし、時間はそんなに重要でもない。君に才能があれば……ね。」
才能。言われて一瞬苦い感情が胸の中に訪れる。
そうか、と短く答えた自分に対して、ネルは何度か見たニヤニヤとした笑いを浮かべ、ユナはただただこちらをじっと見つめていた。