最初の出会い
いつまで続くのかと思った暗闇の中での自由落下は,突然現れた眩しい光とともに終わった.
光が収まると,気付いたら床の上に座っていた.周囲を見回してみると,どうやら粗末な小屋のようなところにいるらしい.ふと足元をみれば,暗闇に落ちる前に見たものと同じような魔法陣があった.
先ほどまでいた路地裏とは明らかに違う場所だ.ここがどこなのか,疑問に思って周囲を見回そうとしたそのとき――
「成功だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突然後ろから大声が聞こえた.驚いて振り向くと,天井に向かって思いっきり腕を突き上げたポーズで叫んでいる女性がいる.
服装は真っ黒なローブ,頭にはこれも真っ黒なトンガリ帽子をかぶっていて,まるで童話に出てくる魔女のような姿だ.顔を良く見ると,ストレートの黒髪を背中に垂らし,テレビにでるような綺麗な顔をしている.魔女のような服を着ているのに,和風美人という言葉がぴったりの容姿だ.
彼女は腕を突き上げたまま固まっていたが,暫くするとこちらがじっと見ている事に気付いたらしい.
「やぁやぁ,ありがとう! 本当にありがとう!! いきなりこんな事言われても訳が分からないと思うけれで,君が今ここにいるという事で,私の研究は大きな進歩を生んだのだ!」
なんだかとても興奮した様子のまま話かけてくる.いきなりすぎて,やはり何がなんだか分からない.とりあえず,最初に疑問に思った事を聞いてみることにした.
「えーっと……色々驚いているのですが,まずここはいったいどこなんです?」
年上のようだし、敬語で話す事にした。目の前の人物は明らかに怪しいやつだし、刺激しないほうがいいだろう。おそるおそる尋ねると,彼女はもっともだというようにうなずいて答える.
「そうか,そうだよね.こちらが興奮しているだけでなく,君の質問にもちゃんと答えないと.やぁすまない,少し落ち着いてきたよ.」
一度咳払いをしたのち,彼女はこう続けた.
「ここはノルマル王国のリーナスの村,その村にある私の家の実験室さ.どうせすぐ聞かれるだろうからはっきり言っちゃうと,ここは君の元いた場所とは違う星――いや,世界だ.つまり,君は簡単に言うと異世界にやってきたわけだ.ワクワクするだろう?」
ドヤ顔でそんな事を言ってくる。突然おかしなワードが出てきた.異世界? なんだそれは.そんなゲームや漫画の中のような話が現実にあるというのだろうか.しかし,さっきまでの体験は確かに漫画やゲームのようで,異世界というのもありえない話ではないのだろうか.
「おっと失礼.まぁ突然異世界なんて言われても信じられないよね.私だって同じ立場なら信じられなくて、好奇心のあまりいてもたってもいられなくなるのは良く分かる.よし,分かりやすい証拠を見せようじゃないか.私の手に注目していてごらん.」
彼女は一方的にまくし立てると,右手をこちらに向かって突き出して手のひらを上に向けた.
「<<<召還>>>,レッドラット.」
呪文のような言葉が唱えられた瞬間,手のひらが強く光を放ち,眩しさに目が眩む.光が収まってからもう一度手のひらを見ると,そこには地球では見たことのない,真っ赤な色の毛並みをした鼠がいた.手のひらの中で鼠はくすぐったそうに体を震わせていて,ぬいぐるみではない事がはっきり分かった.
「これで納得したかい? 君たちの世界には魔法なんてないだろうからね、そういう世界を選んだわけだし。」
そう言って彼女はニヤリと笑う。鼠は彼女の手から飛び出すと、開いていた小屋の扉から外に出て行った。いや、ちょっと待てよ。今、「選んだ」って言ってなかったか?
「ちょっと待ってください。選んだってどういう事ですか。もしかして……」
「おっ、中々察しが良いね。そうさ! 君をこの世界に召喚したのは私だよ。私は異世界研究者として、魔法とは異なる文化が発達した世界に興味があったのさ。」
信じられない話だ。召喚? というか、こんな本人の意思を無視して連れてくるだなんて誘拐もいいところじゃないか。話している内に最初の驚きが収まってきて、徐々にこんな理不尽を受けた怒りが湧いてくる。
「召喚って、こっちはそんな事許可した覚えもないのに、いきなり連れて来られたって事ですか。ふざけないでください! これじゃぁまるで誘拐じゃないですか!」
そう言って怒鳴ると、彼女はびっくりしたような顔で、悪びれもせず言った。
「おや? おかしいな。私はこの召喚の際に、ちゃんと条件をつけたはずなんだが。」
「条件?」
「一つ目は、魔法の無い世界の人間であるという事。2つ目は、年齢が14歳以上であるという事。そして3つ目が――」
彼女が最後に告げた事は、俺にとって恐ろしい、しかし確かな事実だった。
「元の世界とは違う世界に行きたがっているものを召喚するって条件さ。」