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チョコレート

作者: 鹿島夏紀

 ―――俺は悪く無い。何も悪く無いはずだ。


 ある日、俺は妹である睦に頼まれて買い物へ行くこととなった。買ってくるものは、豚肉とじゃがいも、にんじん、玉ねぎ。材料から察するに今日の夕飯はカレーに間違いないだろう。そう思いながら俺は買い物を済ませて店を出た。

 そういえば、睦から口頭で「きのこの山」というお菓子を買ってくように頼まれたのだった。きのこの山とはチョコレート型の傘にビスケットの棒が突き刺さったお菓子である。親戚のお菓子として「たけのこの里」というのもあるらしい。

 俺はお菓子をよく食べないから分からないが、このチョコレートお菓子二つで論争と派閥があるらしく、リアルファイトになることも多々あるらしい。今の日本はこんなちっぽけなお菓子で喧嘩ができるのだ、平和である。

 しかし、俺のその考えがあんな悲劇を巻き起こすとは思わなかった。まあ、悲劇と言っても、妹と喧嘩しただけなのだが。

 レジを通して店を出ていた俺は、頼まれていた「きのこの山」とやらをコンビニで買おうとしたのだが、見事に売り切れていた。店員に尋ねるも「無いっス、はい」と非常に緊張感のない、お客にそんな態度でいいのかという返事をされたのだった。

「どうするかな……」

もう一度、お菓子売り場に戻り、代わりになりそうなもの探す。すると「たけのこの里」という親戚菓子を見つけた。きのこの山に比べて在庫が余っているようだが、どうしてなのだろうか。そんなに味が変わるものだろうか。とりあえずは「俺は余ってない。お美味しいから在庫補充が早いんだ」と言いたげな在庫数の「たけのこの里」を買って帰ることにした。

 季節は夏本番前。それでも昼間は暑く、日差しはアスファルトの道路を焼き、跳ね返ってくる熱は俺の体にひしひしと伝わってくる。滝のように流れる汗は耳から顎へとつたい、やがて地面へと落ちていく。

 やっとの思いで家に辿り着くと、睦に「たけのこの里」を渡すべく台所へと向かった。

「ただいま」

「お兄ちゃんお帰り。ちゃんと買ってきてくれた?」

「ああ、これだろ」

 俺はスーパーで買った具材とは別の袋に入っている「たけのこの里」を睦へ投げ渡す。

「やったー、き、のこ……」

「具材はここに置いておくぞ」

 冷房の効いた部屋に戻りたかった俺は、買った具材をテーブルの上に置いて、冷蔵庫の中から麦茶を取り出し、コップに注いで一気に呷る。

 コップを流し台に置いて台所から出ようとすると、背後から俺に罵声が飛びかかる。

「おい待てェ! クソ兄貴!」

「んだと?」

「なんだコレはよォ! 私は「きのこの山」を買ってこいと言ったよなァ!?」

「妹よ、それが人に物を頼み、叶えてもらった態度か」

「はあ? オメェ、こんなもん食うぐらいだったら逆立ちして味噌汁飲むっつーの!」

「愚かなる我が妹よ。貴様の愚行にはほとほと愛想がつきた」

 なぜ味噌汁なんだ。そして、なんで逆立ちなんだ。なんできのこ山に執着するんだ。まったく、不思議なものである。

「こんなもの!」

 睦は「ウォォォォッォォォォ!」と叫びながら電子レンジに「たけのこの里」を投げ込み、ピピピピッと軽快な電子音を響かせながら時間設定ボタンを連打する。

 おおぉ。三十分か。こいつはすげえ。

「おい、三十分に電子レンジを設定したぞォ。今すぐ「きのこの山」を買ってこいよォ!!」

 俺はものすごい形相をした睦から逃げるべく財布を片手に家を飛び出した。

 あれ、俺が悪いのか……? いや、俺は悪く無いだろ。

 いや、でも帰ったら一応謝ろう。きっとなにかしらの理由があって食べたくないんだろうな。そうだ。きっとそうに違いない。

 でも、やっぱり。売り切れていた「きのこの山」が悪いんだろ? 「たけのこの里」や俺は全く悪くない。そうだ、きのこの山とコンビニ店員が悪いんだ! 

 焼けつくアスファルトの上、ビーチサンダルで俺は駆けていく。走りにくくてもどんどん加速していく。ああ、肺が痛くなってきた。全身から吹き出すような汗が出てきた。それでも走り続けた。たかがチョコレート菓子一つを買うためにスーパーまで。


―――俺は悪く無い。何も悪く無いはずだ。

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