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ラストプレゼント

作者: 秋良みお

 

 ――ッ!!


 僕の鼓膜に今まで聞いたことのない衝撃音が突き刺さった。

 ぐわんぐわんと世界が回転している。

そして僕の目が君を映したとき、回転しているのは僕のほうだと気づいた。君のつむじが垣間見え、僕は心中で苦笑してしまった。ああ、君は今日白のワンピースを着ているんだね。よく似合っている。

 それからぐうっと僕の身体はのけ反り、黒の軽自動車の真上を飛んだ。まるで鳥のようになった気分だったが、重力に圧されていることに気づくと僕は舌打ちしたい気持ちになった。

 僕の目になにやら光る粒が見え、なんだろうと考えた。

 それは一つ一つが違う形をしており、急激につくられたものだとわかる。

 やがて、僕の身体が地に戻った。




「今日、なんの日か覚えてる?」


 雰囲気のいい、お洒落なイタリアンカフェで僕と彼女はお茶をしていた。

 白のレンガなようなもので壁が造られており、床は黒のフローリングだ。その密室をスタイルの良い女性店員が背筋をピンと伸ばし、あちらこちらを行き交っていた。

 僕はその様子を眺めながら彼女にこたえた。

「なに?なんかあるの」

 その言葉を聞いて、彼女が黙り込んだ。俯いたまま、しゃべらないでいる。

 彼女のつやつやとした長い黒髪が胸の方へ流れた。髪の隙間から形の良い浮き出た鎖骨が見え隠れし、僕は胸をドキリとさせてしまった。

「……ごめん、俺忘れっぽくて。教えてよ」

 流れ始めた沈黙を消すように僕は努めてやさしく話しかけた。

 丸い形を帯びたテーブルにひっそりと置かれた彼女の手の甲が、わずかに震えているのが見てとれた。

 口紅の引かれた赤いくちびるがゆっくりと声をはきだした。

「いいの、大事なことじゃないし」

「え?」

 彼女は俯いていた顔をあげ、僕に視線を向けた。にっこりと笑っている彼女を見て僕はほっとした。いつもの表情である。

 それでも僕は、彼女が言う大事なことじゃない、のは嘘だとわかっていた。だけど、今日が『何の日』かが思い出せずにいた。

 それから、話題は変わり食事を済ませて店を出た。


 数日が過ぎた。

 僕は待ち合わせ場所に向かうべく、足を進ませている。踏みなれたコンクリートは夏の暑さで少々参っているようだ。体温が足から伝わってくる。

 今日は彼女と久々のデートだ。心なしか足取りが軽くなる。

 乗り継いで来た駅から十五分ほど歩いて待ち合わせの場所にたどり着いた。

「明日はわたしが運転してあげる」

 と、昨日彼女が電話を寄こしたので、僕は周囲を見わたした。僕の脇をいくつもの機械が空気を切って走っている。その列に僕は目を凝らした。

 しばらくして彼女の軽自動車を発見した。

 こちらに向かって一直線に進んでいる。

 僕は上半身をのりだし、右手を振ってみせた。おそらく見えたに違いないと思う。

 彼女の車がぐんぐん近づき、僕との距離を縮ませている。そしてあと数メートルかと思われた瞬間………。







 一瞬の出来事に、なにが起こったかわからなかった。

 僕はどうやら地面に突っ伏しているらしい。身体が燃えるように熱く、全身が脈を打っている感覚だ。片目から見えるのは、たくさんの人の足だった。

 しかし、おかしいことに何も聞こえない。ぷつり、と線が切れたようだ。路道にある木から鳴いていた蝉の声や車の吹かす音、すべて消えた。

 僕は薄れゆく意識の中、先程起こった光景を思い返していた。

 

 彼女の白いワンピース、彼女のつむじ、それから……。


 僕をひいた、彼女の黒い軽自動車。


 本当は今日、彼女に伝えたいことがあったんだ。


「誕生日、忘れててごめん。おめでとう」


 だんだんと重くなっていく僕の瞼。

 その隙間に、買ったばかりの彼女へのプレゼントが血まみれで転がっているのを見つけた。

 

 

 


 

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