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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~Warmonger編~
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33、散り行く花

 再び二刀を構え、気迫のこもった目でシェートがこちらを睨む。

 その視線に気付かせないよう、ベルガンダは斧を肩に担ぐと同時に、体の動きで傷の具合と鎧の損傷を確かめた。

 全身の回転力と、加護の力を重ねた斬撃によって刻まれた、楔形の斬撃痕。

 数枚の鉄を重ねて叩き、剣を打つようにして作られた鎧は、多少の攻撃や、柔な武器では傷一つ付かない。

「つまりそれだけ、貴様の力が強くなっているという証拠か」

 たかが二ヶ月の修練。それでもコボルトは、暇さえあれば研鑽を重ねていた。

 それに付き合い、指導を繰り返したからこそ分かるシェートの錬度。

 同時に、その弱みもくっきりと浮かび上がっていた。

「どうも貴様は、火が付くのが遅い性質たちのようだな」

「……なに?」

 口元の緩むのをあえてそのままに、軽口を叩く。

「追い詰められんと、貴様は本気が出せんのだ。敵と相対し、すぐさま燃え上がるということが無い。生木のようにぶすぶすとくすぶりり、戦うのを先送りにする」

「お……俺! 戦うの嫌いだ! だから!」

 シェートの言うことは本当だろう。元々は山野に獲物を追い、無用の争いを避けて生きる狩人なのだ。

 だが、その穏やかな性質の裏には、烈火の如き気性が秘められていた。

「そんなザマでは、魔王様と戦うなど、夢のまた夢だぞ」

 暴虐に抗い、力を頼みに命を磨り潰さんとする者への、強烈な反骨心。

 それこそが、この小さなコボルトの力の源。

「もっと、俺に見せてみろ」

 久しく感じなかった高揚が、全身を包み込む。

 魔界の闘技場を後にして、この地に魔将として降り立って以来、クナの剣と競うときだけ、僅かに猛るのみだった闘者としての意地が、五感を奮わせていく。

「お前の、その"力"を」

 まるでため息を漏らすように、僅かな呼気を一つ。

 吐き出すと同時に腹筋で胴を締め上げ、小川を飛び越えるような軽さで、跳んだ。

 足は地面に触れるか触れないかの高さ、姿勢は崩さず、動きの起こりさえ完全に隠し、シェートとの間合いを一気に詰める。

 こちらの軽い動きに、コボルトの反応が僅かに遅れた。 

「ふんっ!」

 右肩に担いだ斧、その柄を"押し倒"すように、シェートに振り下ろす。

 脳天に降って来る斧を、コボルトが必死に避け、すり抜けながら斬る構えに変わる。

 すでに無意識の域に達しつつある反復の動き。

 だが、

「しいっ!」

 ベルガンダの体が右回りの旋風となり、水平に倒した斧の柄が、シェートの体を強烈に殴りぬけた。

「うぐうっ!」

 コボルトの体が宙を舞う。だが、打撃は剣で受けきられ、再び彼我の距離が遠ざかる。

「逃すか!」

 両足が大地を掴み、回転を抑える動きが、己の体を螺旋に引き絞る力に変わる。斧頭の重みがベルガンダの体を更にひねり、筋肉が限界まで力を貯める。

 そして――

「く……ら、ぇええええっ!」

 大気を弾き飛ばすような左螺旋が、気合と共に解き放たれた。

 斧頭の側を掴んだ右手を解き放ち、石突に近い部分を握った左手が、強烈な遠心力を御しきって目標へと導く。

 横様に降り抜かれた質量と加速の塊が、まっしぐらにコボルトの体に襲い掛かる。

 驚愕と絶望が犬の顔を流れすぎ、身動きさえままならない中空で、絶叫が迸った。

「スコルッ! ハティッ!」

 閃光がはじけ、シェートの体が魔法と斧の威力で、再び宙に舞う。

 だが、ベルガンダの体は左回転の威力を、折りたたんだ全身で更に蓄えた。

「俺にこれを二度まで使わせたのはっ」

 体に掛かる強烈な圧力、回転力を押さえつける両足の血管が血を吹き出し、食いしばった奥歯が砕ける。

 それでも、顔に浮かぶ狂猛な笑顔の命じるまま、ベルガンダは思い切り前方に飛ぶと同時に、右の螺旋を解き放った。

「貴様が……三人目だぁっ!」

 垂直に立てた斧頭が、小さな体に叩き込まれる。

 その威力がコボルトの体を折り曲げ、振り抜いた勢いが、ぼろきれでもほうり捨てるように、灰色の毛皮を大地にたたきつけていた。

 その体は大地で一度跳ね返り、再び叩きつけられ、ごろりと転がる。

「ぬうううううううううっ」

 同時に、ベルガンダもわき腹を押さえ、片膝を突いた。

 思いのほか、わき腹の一撃が深かったらしい。二度の回転と体のひねりも、その傷を深くする原因になったようだ。

「……どうだ、俺の技は」

 それでも、ベルガンダは立ち上がり、倒れ伏したシェートを睨みすえた。

「我が斧術は、自らの体を軸とし、体幹を這わせることによって、腕で振るよりもすばやく、そして腕で振る以上の威力を繰り出すことが出来るのだ」

 シェートの肺は、まだ生きて動いている。鼻と口から血を流し、へし折れかけた腕を、必死にかばいながら、こちらの姿を睨み上げる。

「何を言っているのか分からぬ、と言った風情だな? 別にお前に教えるために言っているのではない。回復を待つための暇つぶしよ」

 そう言いながら、ベルガンダは肩に斧を担ぎ、構えを取る。

「がっ……はっ、はあっ、ぐふっ、は、はあっ、ぜぇっ、はっ、はあっ」

 よろめき、息も絶え絶えとなったシェートは、それでも己の武器を支えに立った。

「そうだ、その意気だ」

 わき腹に脈打つ痛みは、少しずつ大きくなりつつあった。

 螺旋の回転は鋭くすばやい動きを約束するが、両足に掛かる負担も小さくない。

 このまま守りの型に入り、シェートの攻撃を全ていなせば、闘争心も反骨心もへし折ってしまえるだろう。

 だが、そんな決着、誰が望むものか。

 止まらない笑みをそのままに、ベルガンダはシェートを煽った。

「貴様の力はそんなものではあるまい! もっと、もっと見せてみろ!」



 痛みで強烈な耳鳴りがする頭に、ベルガンダの挑発が響き渡っていく。

「か、かってな、こと、言うな……っ」

 未だに自分の体が、きちんとくっついていることが信じられない。渾身の一振りを何度も叩きつけられ、回復する度にぼろぼろになっていく。

 神器と魔法の力、全力の加護で支えてもなお、強烈な痛みと苦痛が襲い掛かる。

「どうする……っ」

 呪文のように、その一言を口にする。

 ベルガンダの体は鉄壁の砦そのものだ。脇をすり抜けようとしても、一瞬でその前面がこちらに向けられ、その動きと一緒に斧と柄が、交互に襲い掛かる。

 その上、あの全身をひねり上げて繰り出される力。受け続ければ、こんな体など屑肉になるのは時間の問題だ。

 未だに自分が五体満足でいられるのは、目の前の魔将がこちらを嬲ることに喜びを見出しているからだ。こちらに価値が無いとわかれば、即座に自分を殺しに掛かるだろう。

 己に体に備わった武器をそうざらえする。

 両手足の防具は、あの斧の前には無意味だ。ただ、骨を砕かれずに済んでいるという意味では十分役に立っている。

 【荊】や山刀では、あの力には対抗できない。何より、斧の一撃を封じるためには、神器の力を使い尽くさねばならないのだ。

 フィーの面倒を任せたグートに、力を借りることも出来ない。もしものために、透明化の神器も手渡してしまっている。

 残された手段は、サリアの命を贄にした加護。

「サリア、加護、絶対使うな」

 その命綱を、シェートは放り捨てた。

『分かった』

「その代わり、俺、何かあったら、フィーとグート、頼む」

『断る』

 女神の声は、震えながらもきっぱりと言い切った。

『死ぬ気で戦うなど、許さん。必ず、生きて帰れ』

「――分かった」

 頷くと、肩のマントを一気に剥ぎ取る。

 そして、両手足の防具を外し、投げ捨てた。

「ほう……少しでも身を軽くしようというのか」

「斧、すごく強い。もう俺、まともに受ける、無理」

 重石にしかならない腰の武器を置き、そっと胸元に手をあてがうと、シェートは再び弓を手にした。

「待たせたな」

「全くだ。俺の目の前でのんきに着替えとは」

 深く落ち着いたベルガンダの呼吸。構えを取り、油断無くこちらを見据える姿は、これまでと同じように見えた。

 だが、違いも確かに存在する。

 わき腹からにじみ出る血、時折、かすかにひきつる吸気、こちらを吹き飛ばした後、確かにベルガンダは片膝をついていた。

「おそらく、これで最後となろう」

 魔将は静かに、語りかけてきた。

「ゆえに問おう。シェートよ、俺の元に、来てくれんか」

 惑わす罠、こちらの気を逸らす手管、そんな想像さえ出来ないぐらい、声はどこまでも真摯だった。

「お前は強い。神の加護などなくともな。その強さがあれば、誰も貴様をコボルトとは侮らんはず。神の使徒として誰からも敵意を向けられ、戦い続ける日々よりも、遥かに益があるとは思わんか」

 魔将の声には、本心しかなかった。

 この期に及んでなお、こちらを気遣う心があった。

「貴様が望むなら、コボルトたちの居留地を一つや二つ安堵させられるだろう。むしろ、お前が群れの長となり、連中に道を開いてやることも出来るかもしれん」

「そしてお前、その聲使う。死ぬまで、俺たち、突撃させるか」

 魔将の顔が悲痛な顔色に歪む。

 そしてシェートは、悲しく笑った。

 驚くほどに痛烈な、毒のこもった否定の言葉を放った自分に。

「お前、魔王、命令なんでも聞く。だったら、俺たち、いつでも魔王、使い潰される」

「王に従わぬ臣民が……どこの世界にいるというのだ!」

「違うぞ、魔将、ベルガンダ」

 短い季節に咲き誇った友情の徒花を引きちぎるように、シェートは弓弦を引き絞った。

「コボルト、王様いない! 今までも、これからも!」

 掴み損ねたものに哀別を投げると、ミノタウロスの顔が、無言のまま怒形に変じた。

 番えた光の矢を、白い輝きが覆いつくす。

 体を半身にして僅かにひねり、ベルガンダが必殺の一撃を構える。 

 互いに相手の隙を全身全霊で捜し求め、身構えた体が緊張で硬直していく。

 そして二つの視線が、ぴたりと重なった瞬間、


「しえええええええええええええええええええええっ!」


 土を蹴り上げ、肉と鉄の塊になったベルガンダがまっしぐらに突き進み、


「うぁああああああああああああああああああああっ!」


 虚空を奔るシェートの光弾が八つに砕け、魔将に襲い掛かった。



 強化された魔法弾、その輝きが餓えた狼のように、ベルガンダを八方から襲い掛かる。

 その軌跡をすばやく読み、握った左拳で顔面への一発を叩き落す。

「ぬぐううっ!」

 手の甲の皮が破れ、骨の何本かが砕ける感触。そのまま足を止めず、膝への一発を脚甲で蹴り飛ばしながら走る。

 肩で二発弾け、担いだ斧でぶち当たって更に二発砕ける。

 シェートが弓を引き絞り、加護なしの銀光が浮かび上がる。背中に叩きつけられる一発が虚しく砕け、魔人は斧を両手で握り、思い切り振り下ろそうとした。

「がああっ!?」

 残った一発がわき腹で弾け、体勢が崩れる。

 隙を逃さず追撃の光弾が飛ぶ。その全てが斧頭に叩きつけられた。

 強烈な衝撃に、もぎ取られまいと力を込めたとき、

「ぬぐうっ!」

 引っ張られたわき腹に激痛が走り、体が硬直する。

 その瞬間、コボルトの体がこちらに突進した。

 避けることは出来ない。だが奴の行動は決まっている、すり抜けながら斬るを愚直に繰り返し、傷ついたわき腹を狙うつもりだ。

「ならばっ」

 斧が左腰を守るようにすえられる。狙いを塞いでしまえば、跳び下がるか右に跳ぶしかない。その瞬間、渾身の左螺旋で柄を叩き付け、吹き飛んだところを追撃する。

 この一瞬に全てを、ベルガンダの瞳が、何も見逃すまいと大きく見開いた。



 あっという間に斧頭が腰に当てられ、傷を負ったわき腹が塞がれる。深手を負い、体勢を崩しても、その俊敏は衰えない。

 それでもシェートは、まっしぐらに飛び込んだ。

 ベルガンダの真正面に。

「な……っ!?」

 驚いた魔将が反応するよりも早く、両腕を交差させて頭上に振り上げる。

「力を! スコル、ハティッ!」

 金と銀の光が剣に宿り、光の軌跡が十字に巨体を切り裂く。

「ぬおおおおおっ!」

 甲高い炸裂音。縦に構えた斧の柄が、シェートの渾身の斬撃を防ぐ。

 だが、

「う……がああああっ!」

 振り下ろした右の剣を空へ向かって振りぬき、金の光が火花ともに散る。

「あああああっ!」

 振りぬいた反動を無理矢理引き戻し、槍投げの要領で左腕を叩きつける。

 飛び散る銀光を目に焼きつけながら、右の刃が再び叩きつけられる。

「ぐっ、ぬうううううっ!」

 宿らせた魔法の威力と加護の力、振りぬいた打撃力が、魔将の防御を釘付けにする。

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 右、左、二つの剣が叩きつけられ、斧の柄が衝撃で激しくゆすぶられる。

「こ、このっ! そんな、がむしゃらな攻撃、が……あっ!」

 ベルガンダの体が、一瞬かしぐ。

 わき腹の傷から血が溢れ、その足が一歩下がった。

「ぬうううあああああああああああああああああああああああっ!」

 叫んだシェートの体が、勢いよく回転した。

 両手の斬撃が、力いっぱい叩きつけられた瞬間、金属の柄が、凄絶な音と共にへし折られた。

「うおおおおおおっ!」

 左手の支えを失った斧が、ベルガンダの手から吹き飛ぶ。

 その好機に、シェートは殺到した。

 すり抜け、左のわき腹に黄金の刃が炸裂する。

「がはあっ!」

 爆圧でむしりとられた鎧を避け、全身を回転させて背中に白銀の刃を叩き付ける。

「が、ああっ!」

 その勢いを止めず、猛烈な勢いで右わき腹を切り裂く。鮮血が迸り、鎧の前あてが吹き飛んで、シェートの体が再びベルガンダの前に躍り出る。

「ぐ……うおおおおおおおおおおおっ!」

 両の脇を砕かれ、それでもミノタウロスが絶叫し、右拳を振り上げた。

 打ちおろしの一撃が、攻撃を終えた瞬間のシェートの上に降り注ぐ。

「――う」

 その瞬間、シェートの二刀が一つになり、

「うおおおああああああああああああああああっ!」

 全身の回転を込めて、旋風になったシェートの刃が、鮮やかにベルガンダの腕を切り飛ばした。

 たまらずに背後に下がった魔将と、始めての技にコボルトが倒れ伏したのが同時。

「ぐ……ぅっ」

 それでも狩人の目は、がら空きになった敵の体に吸い寄せられた。

 三度の斬撃を喰らい、崩壊寸前の鎧。そのむき出しの胴体に。

 意地が命じるままに、シェートが突進する。

 あと一撃、あのがら空きの腹に叩き込めば勝てる。

「ぬぐあああああああああ!」

 よろめきながら魔将が絶叫し、残った左拳を振りかぶった。

 だが、両足が生んだ勢いは止められない。

 魔法も間に合わない、小脇に抱えた武器では迎撃さえ出来ない。


 愚かな突進。自分の攻撃が届く前に、魔将の拳が脳天を打ち抜く未来。

 それでも、渾身の力を込めて、白刃を体ごと叩き込む。


 ど、という、鈍い音がシェートの全身を打った。


「――見事だ」


 いつの間にか閉じていた目を、見開く。

 その大きな拳は、こちらに届く寸前で、止まっていた。

 分厚い腹筋に、深々と刺さる自分の弓。

「よい、勝負だった」

 その宣言を聞き届けたように、込められていた魔法が、ベルガンダの中で炸裂した。



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