表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~Warmonger編~
83/256

29、決着(後編)

 緊張を押し殺し、ポローは剣を抜き放った。

 構えを取り、真正面に巨大な牛の魔人を見据える。大きく、分厚く、そして恐ろしい。


『作戦は以上のとおりです。何か質問はありますか?』

『……ない。後は、俺たちがきっちり働けば済むことだ』


 勇者の作戦は端的でこれ以上ないと思えた。ただし、危険の度合いも飛び切りだが。

「こうして肩を並べて戦うなんて、夢にも思わなかったな」

 傍らにエクバートが並び、その顔に笑みを浮かべる。

「これが終わったら一杯付き合え。お前、いっつもしかめっ面してるからな。たまには女でも抱いて、羽目を外した方が良いぜ」

「……考えておきます」

「その時は俺も混ぜてくれよな、抜け駆けはなしだぜ?」

 ファルナンがこちらの左に立ち、ナイフを手の中に玩ぶ。

「こんなときに、そういう相談できる神経がうらやましいよ。僕なんて、震えが来てるって言うのに」

 杖を両腕でしっかり握り、ディトレが背後に立つ。こちらの動きに合わせて、勇者を囲むように、レアドル、メシェ、そして軍師が下がった。

 こちらの準備が出来上がったのを察知したかのように、魔将が片手に右手に斧を構え、コボルトが体を半身にして、弓ごと左腕の後ろにまわす。

 一瞬、牛の巨体が姿勢を前に傾け、その足元で大地が爆発した。

 鎧と斧の重量など物ともせず、一気にこちらに突進する。

「いくぜええええっ!」

 声を振り絞り、恐れを振り払って、ポローは突進した。魔将との距離が一気につまり、その巨大な顔が肉薄する。

「散れっ!」

 だが、その巨体とは一合も打ち合わない。ディトレが横っ飛びに敵の突進を避け、声を限りに叫ぶ。

「"レギス"ッ、"織光網縛"っ!」

 光の鎖が伸びた先、それは魔将ではなく、その後ろから走りこんできたコボルト。

「うわぁっ!?」

 全く予想外の奇襲に、コボルトが地面に投げ出される。

「今だ! 全員かかれっ!」

 いち早く魔将の脇をすり抜けたファルナンが、ナイフをコボルトに叩きつける。

 真紅の光が鎖を散らし、無数のナイフを小さな体が飛び下がって避ける。その着地点にエクバートが走りこんだ。

「せぇいっ!」

 横薙ぎの一閃、コボルトの顔がのけぞり、顎の下の毛がかすかに散る。がら空きになった胴、ポローの剣が追い討ちをかける。

「くぅああっ!」

 鈍い金属音、盾代わり弓を構えたコボルトが吹き飛び、四つんばいになりながら地面に降り立つ。

「シェート!」

「構うな! 先行け!」

 魔将の声に口元がほころぶ。仲間を気遣う瞬間、それこそが俺達の欲した隙。

「"レギス、天昇炎陣っ"」

 軍師の声が響き渡り、炎の壁が世界を二分する。

 コボルトと魔将を分断する。その作戦が灼熱の力によって成立した。


『あの二つのユニットは、確かに強力です。でも、それはあくまで、お互いを生かしあったときのもの』


「"屹立せよ磐石なるもの! 我が声を聞き、その身を猛きものとせよ!"」

 大地がメシェの声で大きく揺らぎ、壁の向こうで、もう一つの壁を築き上げる。


『魔将はこれまで、魔法に対する防御手段を、コボルトと仔竜に依存しています。また、本人が魔法を使うこともありません。よって魔将の攻略は、魔法を中心に行います』


「小ざかしいっ! 今すぐ、その貧相な守りを打ち砕いてくれるっ!」

 壁越しにでも分かるすさまじい風切り音。鼓膜が破れそうなほどに、金属が激しくぶつかり合う音が響く。

「うがああああっ!」

「どうしたどうした! 盾役がぴいぴい鳴くな!」

 叩きつけられる斧にレアドルの戦槌が悲鳴を上げる。いくら力自慢とはいえ、魔将の打撃に耐え続けるわけにはいかない。

「隊長!」

 とっさに顔の前に立てた剣に、魔法の矢がぶつかり合って光を散らす。立ち膝の姿勢でコボルトが弓を構えていた。

「よそ見するな、お前らの相手、俺」

「……ちっ」

 剣の腹に僅かな焦げ目とへこみの痕跡。魔法の威力は普通の兵士達と同じかそれ以上。

「ファルナン、将軍」

「まかしとけ」

「きっちりおめかししろよ、隊長!」


『コボルトの近接戦は、まだ発展途上のはず。エクバート、ファルナン、ポローの三人で動きを止め、ディトレの魔法で牽制を行って、できる限りすばやく倒してください』


 再びナイフが空を切り、その後を追って将軍がコボルトに迫る。弓が回転、ナイフを叩き落したコボルトが、一瞬のうちに二刀を構えて将軍の剣を叩き落す。

「甘いんだよっ!」

 脇にすり抜けようとした体に剣が襲い掛かり、コボルトが大地に転がって、一撃を必死に避ける。

「ふっ!」

 腰につった細身の剣を抜きつけ、ファルナンが起き上がろうとした犬の顔を突く。

 頬から鮮血を散らせながら、それでも犬は懐に飛び込み、手にした刀で防具のないファルナンの腹を薙いだ。

「"織光網縛"!」

 鎖が魔物の腕を縛り、攻撃を止められたコボルトが、魔法を散らして大きく後ろに下がる。

 その全てを視界に入れながら、ポローは与えられた力を呼び覚ます言霊を紡いだ。

「"魂の根源、肉体の始原、我は求むる、壮健と豪壮"」

 未だに待機呪文を習得出来ていない自分は、こうして詠唱を重ねるほかはない。それでも仲間たちが作ってくれた時間は、無駄にはしない。

「"我が身は強く、疾く、猛くなり、思うまま、願うまま、我が身の力は迸る"」

 外的な魔法は全て破術で散らされる。ならば、容易には散らせない、自分の体の中で爆発させればいい。

 体中に力が溢れてくる。剣を握る腕がその強さを増し、両足に活力が宿る。

「"レギス・ストーレ、雷斬破っ"」

「縛れ大地の鎖っ!」

 炎の向こうで魔法が炸裂し、爆圧が壁を通して腹に伝わる。

「ぬがああああああっ! まだ、まだぁあっ!」

 魔将の声は、それでも確かに苦痛と疲労で揺れている。

 その体めがけて、レアドルの戦槌が降り、叩き、叩き、叩きつける音が響く。

「"我は重ねて命ずる、言の葉に依りて、眠りし力を、呼び覚ませっ"」

 激痛がこめかみを締め上げ、ポローの視界が白く滲む。その向こうで、将軍の一太刀がコボルトの弓を遠く彼方に吹き飛ばし、ナイフがその両足に突き刺さる。

「く……ぁあっ!」

 再び大地に転がった犬の姿に、ポローは勝機を悟った。

「みんな、どけええええええええっ!」

 剣を振り上げ、肩に担ぐようにして、一気に踏み込む。

 力強く足が大地を蹴り、風を切って体がまっしぐらに飛んだ。

 足のナイフを引き抜き、犬が必死にこちらに投げつけるのを、鎧の脇で弾き飛ばす。

 そして、限界まで引き出した力が、胸元で光を放った。


《スキル:武器習熟LV5、行軍歩法、同時発動――オーバースキル"疾風斬"開放》


 今、体の中に溢れるありったけの力を込めて、ポローは剣を振り下ろした。

「喰らい、やがれぇえっ!」



 冷えていく。心が、極限まで冷えていく。

 あの日、フィーに請われて村人を助けた時のように、世界が、心が冷えていく。

 輝きを放ちながら襲い来る剣士を、シェートは限りなく透徹した目で射た。

 こみ上げる死への根源的な恐怖と、降りかかる暴力への強烈な怒り。

 そして、立ちふさがるものへ、抗う意思。

 その全てが混ざり合い、心が磨かれ、研ぎ澄まされていく。

「……っ!」

 片膝を立て、両腕を背中に勢い良く振る。目の前に迫る剣を見つめ、その切っ先を目に焼きつける。

 風、圧力、敵の怒号、その全てが意識からはじけ飛び、シェートの心は、ただ、すべきことだけに収束した。

「来い! 魔狼双牙フェンライ・トゥース!」

 両腕に感じた刃の手ごたえ。両足の筋肉が引き締まり、塞がりかけた傷から血があふれ出る。

 全身の力を込め、シェートは勢い良く背後に飛び、叫んだ。

「スコル! ハティ!」

 飛び下がる反動で腕を前に振り、投げつけた二振りの剣がポローに向かい、魔力を解き放つ。

「しゃら、くせぇえっ!」


《スキル:連続攻撃発動――オーバースキル、"疾風乱斬"開放》


 ありえない速度で剣と魔法が叩き落され、剣士が追いすがる。

 再び振り上げられた切っ先。

 だが、その動きは僅かに鈍い。

「もう一度――」 

 振り下ろされるポローの剣に、シェートは叫んだ。

「もう一度来い! 俺の剣!」

 手にした二刀の重さが蘇った瞬間、シェートは己を開放した。

 振り下ろされた右袈裟懸けの一撃を避け、太陽を喰らう狼が叩き落し、

「ぐっ!?」

 体を崩した隙を突き、月を飲む狼が敵の肘を防具ごと砕き、

「ぐあっ!?」

 そして、旋風となったシェートの二連撃が、がら空きのわき腹を深く抉り裂いた。

「ぐあああああああっ!」

 世界の全てが風になり、シェートの視界が鋭敏になっていく。

 その端に映る二人の敵。

「畜生っ! 隊長!」

 ナイフ使いがその手に寸鉄を構えた瞬間、回転して止まないシェートの腕の中で、剣が再び弓へと転じ、

「ぎゃあああああっ!」

 銀光が左右の手を、両足の膝を、腹を、そして眉間を打ち砕く。

「ファ、ファルナンっ!?」

 絶叫した魔法使いめがけ、シェートの体がまっしぐらに突進する。その軌跡の先に立ちふさがる鎧。

「やらせるかよっ!」

 さっきの剣士よりも更に大きな姿。その手の剣が大きく燃え上がる。


《スキル:魔法剣、連続攻撃、同時発動――オーバースキル、"炎舞刃"開放》


 振り下ろされる一撃。受けに掲げた弓がきしんで肩が悲鳴を上げる。

「ディトレ! ぼんやりしてないで援護に来い! ポローもさっさと起きろ!」

 必死に押し返そうと腕に力を込める。

 だが、その圧力が唐突に消えた。

 陽炎のように剣が揺らめき、シェートの肩にいきなり痛みが走る。

「うあああああっ!」

「変幻自在の刃、どこまで受けきれるかなっ!?」

 まるで鞭のように炎の剣が揺らめき動く。毛が、皮が焦げ付き、肉が裂けて、血が嫌な匂いと共に固まって爆ぜる。

 受けが全く効かない、揺らめく炎としなやかな一撃が、こちらの目を完全にくらませていく。

「ち、畜生、よくも、やりやがったな」

 わき腹を押さえ、それでも立ち上がるポロー。炎の剣士の背後で、魔法使いが怒りの表情で立ち上がる。

「ファルナンの、仇……っ!」

 銀の紋様が浮かび上がり、連続で魔法を打つ構えを見せる術師。ポローが息を整え、腰だめに剣を構える。

「畳み掛けるぜ、これで、決めろ!」

 言い捨てて、炎の剣士が軽く背後に下がる。引きつけた剣が次の強烈な刺突の構えになり、怒りに燃えた魔術師が大きく手を振り上げる。

「"レギス――凍月せ"」

 その詠唱が、結しようとした瞬間。

「うぎゃあああああああああっ!」

 末期の絶叫が、その場の全てを凍りつかせた。

 次いで、爆炎を突き破り、右腕を失った巨漢が、ガラクタのように放り捨てられる。

「レアドル!?」

 シェートの心が一層冷たく沈み、言葉が紡がれた。

「"透解"」

 目標を見失った炎が空しく虚無を斬る。こちらが見えないはずの剣士は、それでもこちらの軌跡を追いかけ、絶叫した。

「逃げろ! ディトレ!」

 襲い来る運命に気がつき、魔法使いが愕然と呪紋を見つめた。

 待機してある呪文は凍月箭。『視線の通った敵』に、絶対命中する魔法。

「"レギス――"」

 最後の呪文が何だったにせよ、それが結することは永遠になかった。

 すり抜けざまに切り裂いた腹から鮮血を吹き出し、魔法使いが大地に倒れ付す。

 その全てに背を向け、透明化を解いたシェートは、金銀の矢を引き絞り、破術を乗せて全ての魔法を貫いた。

 炎と土の壁が一瞬で砕け散り、魔将と自分を隔てていた遮りが消滅する。

「遅かったな」

 半身を黒く焦がし、凶暴な笑顔で魔人が笑う。

 その目の前には、魔法と土の壁を重ねて必死に身を守る術師と、食い入るようにそれを見つめる勇者の顔があった。

「ち、ちくしょう……まち、やがれ……っ!」

 よろめきながらポローが剣を構えて背後に立ち、巨漢と魔法使いが傷をかばいながら必死に得物を手に取る。

 ナイフ使いがおぼつかない手で剣を握り、じりじりとこちらに近づく。

 冷えた心のまま、シェートは告げた。

「押さえ、頼む。出来るだけ、殺すな」

「よかろう」

 風のように体が奔り、間合いが詰まる。

「待てって、言ってんだろおおおおおおおっ!」

 背後で湧き上がる怒声、その全てが、金属のめちゃくちゃに潰れる音と共に吹き飛ばされる。

「下がれ相棒! 勇者を逃がせ!」

 将軍の悲痛な叫びを背に受け、シェートの二刀が破術で障壁を切り裂き散らす。

「っざけるんじゃないよおおっ!」

 体ごとぶつかってきた娘をかわし、無駄を承知で殴りかかる軍師を蹴り飛ばす。

 遮る物が何もなくなった、座ったままの敵将めがけ、突進する。

 勇者の手が、滑らかな動きで腰から何かを引き出した。

 こちらの動きを計ったかのような勇者の動作、避けられない間合い、逸らすこともかわすこともできない、絶妙の一撃。

 そして、すべらかな刃が、勇者の喉首に肉薄した。

 シェートの顎の下、突きつけられたのは、刃も切っ先もない、一本の棒のようなもの。

「僕は、武器は持てません。そういう、決まりですから」 

 こちらの視線に、勇者は悲しげに笑った。

「他、何か、あるか?」

 ため息を吐き出し、少年が体の力を抜く。

 こちらが切っ先を収めると、彼は両手を前に突き、顔を伏せるよう頭を下げ、言った。

「ありません」

緊急告知


大変申し訳ありません。

作者都合により、明日より「かみがみ」の更新を一時停止させていただきます。


理由は、ここから最終の大詰めに入ることと、その部分の改稿作業が間に合わないためです。

次回再開は、早ければ日曜の18時となりますが、遅くても月曜の18時以降より、ノンストップでラストまで掲載する予定です。

待っていてくださる皆さんには申し訳ありませんが、ご理解のほどをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ