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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~Warmonger編~
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12、桎梏(しっこく)を砕く

 お湯が注がれた予備のカップから、湯気と共に立ち昇るハーブの香りを確かめる。

 煮出しが済んだのを認めて、圭太は火の側でうつむいている仔竜に差し出した。

「落ち着くよ。飲んでみて」

「うん……」

 女神たちの騒ぎは、一段落ついたらしい。竜神から、今日はもう休むように言われて、神威はすでに辺りから消え去っている。

「なんか、お茶とはぜんぜん違うな」

「ハーブティーって結局、雑草の煮汁だしね」

「そういう風に言っちゃうと、ありがたみなくなるよなぁ」

 カニラの話に敏感に反応してしまったフィーは、しばらく泣いたままだった。こんな小さな仔竜でも、何か抱えているものがあるのだろうか。

「圭太はさ、誰かに裏切られたりしたことって、あるか」

 思わず両手からカップが落ちそうになる。

「どうして、そんなこと、聞くの」

 よりによって、裏切ったではなく、裏切られたことがあるかなんて。

「……俺さ、取り返しのつかないことを、やったんだ。とんでもなくひどい事を」

「どんなことを?」

「めちゃくちゃにしたんだ。そいつの人生丸ごと」

 見かけによらず、この小さな竜は自分よりも年上なのかもしれない。こうして地上に降りてはいるが、元々は高位の竜か何かなんだろうか。

「もしかして、君がこっちに来たのって、その償いのため、とか?」

「……そんなとこ、かな」

「その人は、まだ生きてるの?」

「一応な」

 深々とため息をついて、カップから湯気を飛ばす。さっきのやり取りを見せ付けられた後では、経験の足りない若造に、見かけよりも年上の竜に言えることも無いだろう。

「正直、僕は、さっきの話の半分もわかんなかった。赦すとか、赦さないとか、難しすぎるよ」

「そうだよな。俺も、ぜんぜんわかんねぇよ」

「でも、誰かを赦せないって気持ちだけは、分かる気かもしれない」

「"知見者"のことか?」

「違う」

 それは、遠い記憶だ。

 思い出すたびに痛む、古い傷。

「昔、友達がいたんだ。て言っても、その人にしてみれば、僕は友達でも何でも無かったんだろうけどね」

 転校生だった。中学に上がりたてのころ、彼はやってきた。

「海外の子みたいで、すごい綺麗な感じだった。髪の毛が、日の光にすかすと、ちょっと青みがかって見えるんだ」

「……何それ、マンガかなんかのキャラ?」

「ほんと、そう思えたよ。なんか、僕らとはぜんぜん違ってた。はじめは女子とかも遠巻きにしてたんだけど、口数も少ないし、どんどん距離が開いていって」

 反対に、自分は目立たなかった。机は窓際の一番後ろで、誰とどうしゃべったらいいのか分からない人間だった。

「いわゆるオタク系、って分かる……よね」

「うちのおっさんで見飽きてるぞ」

「なんか、竜神様はそういうの飛び越えちゃってる感じだけどね。まぁ、根暗で、目立たない奴って感じ」

 自虐的に解説したが、実際はもっとひどかった。目立ったいじめこそ無かったものの、緩やかに無視され続けていた。

「で? その青髪の男とは、どうして知り合ったんだ?」

「僕が昼休みに、ラノベ読んでた時なんだけど」


『それ、何を読んでいるんだ』

『あ……その、なんでもないよ』

『なんでもないものを読んでいるのか、おかしなやつだな』


「何そいつ」

「だよね。僕もそう思ったよ」

 さすがに自分の読んでいる物を誤解されたくなかったので、適当に内容を説明することにした。

 だが、反応は意外なものだった。


『面白そうだな、読ませてもらっていいか』

『え? これ、途中の巻だから、最初から読んだほうがいいよ』

『なら、その最初の奴を貸してくれ』


「そいつもオタク系?」

「そういうんじゃ、無かったと思う。僕の持ってた小説だけじゃなくて、図書館の本も色々読んでたから」

 少年は次第にこちらと距離をつめてきた。最初は本のこと、次にゲームやアニメなどのことを聞いてくる。

「いや、それどう考えてもオタクだろ!」

「う……うーん、言われてみればそうかもしれないけど、その、なんか違ったんだよ」

 そう感じたのは、あるアニメを見ていたときだった。


『そういえば、この作品もそうだが、仮想現実や異世界で冒険するという話が、ひどく多いな』

『そうかな?』

『ラノベというジャンルが確立してから、四半世紀近くになるが、定期的にそういった題材で作品が作られ、好評を得ている。これはどういうことなんだろうな』

『それは……やっぱりみんな、冒険とかに憧れてるからじゃないかな?』


 いわゆる、異世界ファンタジーばっかりで面白くないという批判厨などとは違う、本当に、その物語が生み出される理由を探るような目だった。

「そいつはそれで納得したんか?」

「ぜんぜん。それからかな、彼がラノベを読まなくなって、歴史の本とかを読むようになったのは」

 それでも、一緒に図書館に行って、日本や海外の歴史を調べたりした。マンガやアニメを見るために、自分の家に何度も上げた。

「恥ずかしいんだけどね、僕、その時初めて、友達を家に呼んだんだ」

「マジで?」

「……だから、恥ずかしいんだけどって言ったでしょ」

 彼は愛想も無かったし、出されたジュースやお菓子の類にも、あまり手をつけなかったけど、それでも楽しいと思っていた。

 ずっと、そういう時間が続くものだと信じていた。いや、疑いもしなかった。

「その日、学校に行ったら、彼はいなくなってた」

「いなくなったって、転校したのか!?」

「うん。家の都合とかって先生は言ってた」

 全く唐突に、なんの別れの言葉もなく、彼は消えた。

「そ、その前の日に、何か変なところとかは?」

「分からない」

「分からないって、なんだよ」

「普段どおりだったんだ。少なくとも、僕にはそう見えた」


『そういえばモンコロ6は終わった?』

『ああ。一応、全モンスターデータもコンプリートした』

『相変わらず早いね。この前言ってた、海外のシミュレーションゲームもやりながらでしょ? ほんと、ゲーマーだよね』

『そういうつもりは無いけどな。それじゃ』


「……本当にそれだけ?」

「うん。いつも学校帰りの話は、こんな感じだったし」

 突然、天国への階段を外されたような気分だった。

 それまで楽しかったはずの学校生活が、急につまらなくなった。なにより、どうして彼が自分に何も言わずに消えたのかが分からなくて、辛かった。

「その時に、クラスの人間にちょっと言われたことがあるんだ。彼がどこに転校したのかってたずねられた時に」


『マジで? あいつの引越し先も知らないの?』

『うん……』

『それってあれじゃん? あいつもお前のオタクっぽいの、鬱陶しかったんじゃねぇ?』


「んだよそれ、ひっでぇな」

「でもさ……僕も、心のどこかでは、思ってたんだ。僕のこと、ホントは嫌いだったんじゃないかって」

 それから、たびたびいやな夢を見るようになった。

 いなくなったはずの彼が目の前にあわられて、文句を言ってくる夢を。


『やめてくんねーかな、勝手にトモダチヅラすんの』


『俺、別にそんなもん興味ねーから。ちょっと気になっただけなのに……しつこくすんなよ』


「夢の中の彼は、口調とかぜんぜん違うんだ。でも、僕のことを、めんどくさい、鬱陶しいオタクだって……」

 結局、自分は中学の三年間、一度も友達らしい友達を作らなかった。

 高校に進学してからは、一層孤独が募った。あんなことがあったのに、それでもラノベや本を読むのをやめることは出来なかった。

「今でも、わからないんだ。彼が何を考えてたのか。僕を友達と思ってたのか、どうでもいい、めんどくさいやつだと思ってたのか」

 そう言いながら圭太は、彼の事を冷静に考えている自分に気がついた。

「赦せない、って言うよりは、知りたいって感じなのかな。だって、もしかしたら本当に彼にいやな思いをさせたのかもしれないし」

「んー、でもさ、その話聞いてると、そいつ、そういうタイプじゃないと思うな」

 ほとんど飲み残したカップを置くと、考えをまとめつつ仔竜は言葉を返した。

「だって、どう考えても言葉が足りなくて、空気の読めない奴じゃん。自分に興味の無いことには反応しない、いかにもなオタクっぽいし」

「そ、そうだね」

「意外とそいつ、圭太の連絡先とか聞き忘れて、しまったとか思ってるかもな」

 さすがにフィーの思っているようなことはないだろう。それでもこうして第三者の視点で彼を評価してもらうと、少しは気持ちがまぎれる気がした。

「その後、カニラに誘われてこっちの世界に来たんだ。始めは色々戸惑ったけど、冒険は楽しかったよ。でも」

「でも?」

「仲間が、作れなかった」

 お金で雇う年上の傭兵や、村の大人たちに混じって戦うことは、ラノベやアニメで見るような仲間との冒険はぜんぜん違う。

 どこかであんな関係を夢見ながら、それでも親密になるのが怖かった。

「もし、また突然、何も言わないでみんないなくなったら、そう思うと怖かった。ほんとはね、カニラから村の勇者を辞めて、シェート君と一緒に行ったらって言われてたんだ」

「……やっぱ、俺らのことも、信用できなかった?」

 否定しようとして、圭太は苦笑するほか無かった。

「怖かった。もしかして、君たちならって思った。あのダンジョンのとき、本当に、物語の主人公に、なれた気がしたから。だから、余計に、怖かった」

 自分は、何もかもに怯えていた。戦うことも、選ぶことにも。

 その弱さがいくつもの迷いを生んで、いろんな人に迷惑を掛けた。

「笑っちゃうよね。こんなんで、勇気ある者、なんてさ。僕は勇者なんかじゃない、ただの臆病者だ」

 フィーは黙ってカップを手に取った。冷えかけた中身を舌先で舐め取る姿は、ドラゴンというよりは犬のように見えた。

「どんなやつが、本当の勇者なんだろうな」

「え?」

「なんていうかさ、この遊戯に参加してる奴は、みんな勇者じゃない気が、するんだ」

「そんなこと無いと思うよ。僕なんかと違って、ちゃんと魔物を倒して、人を救ったりしている人もいたし」

 悲しげな顔で、フィーは首を横に振った。

「知ってるか、シェートの村を焼いた勇者のこと」

「うん。その彼を倒したから、今のシェート君があるんだよね」

「そいつ、本当にバカでさ。カミサマの言葉に騙されて、魔物を皆殺しにすれば、この世の中に平和が来るなんて信じてたんだ」

 相槌の打ちにくい言葉に黙って先を促すと、フィーは皮肉な形に笑顔を作った。

「もちろん、悪いことをした奴を、魔王を倒すのは正しいさ。でも、シェートの村は、人里からも離れてて、何か悪さをしたわけでもなかったんだって」

「でも、リンドルの人も言ってたけど、コボルトの集落には、他の魔物が略奪に来るから……巻き込まれないうちに潰すか追い散らすようにって」

「それがこの世界の常識だもんな。でも、そいつはそんなこと考えもしなかった。経験値をラクに稼げる狩場、ポップしたモンスターを殴りに行く位の気持ちだったんだろうな」

 その話を聞いているうちに、リンドルに立ち寄った百人の勇者たちを思い出していた。

 文則や綾野のような常識的なものもいたが、村をゲームのセーブポイントかなにかぐらいにしか考えていない人間もいた。

「シェートが言ってたよ、勇者たちは、みんなこの世界に遊びに来た子供、世間しらずの手に負えない馬鹿だって」

「そうなの?」

「後半は俺のつけたしだけどな。でも、多分あいつはそういう気分だったと思うよ。遊び感覚で、自分の家族を殺されてんだからさ」

 フィーの言葉を聞きながら、彼が何を言おうとしているのか分かったような気がした。

「みんなゲームの延長で、本当にこの世界を助けたいとかは、多分思ってない。だから」

「勇者ごっこ、本当の勇者はどこにもいない……ってことか」

 村の勇者という肩書きを奪われ、助けたはずの村人に罵倒された今になって、ようやくこの遊戯の全てが見えた気がした。

 誰も彼も、神も選ばれた勇者も、この世界のことなど気に掛けていないのだと。

「やっぱり、本物の勇者なんて、物語の中だけの存在なんだろうね」

「選ぶカミサマもあんな感じだからな。ホント、世の中ろくでもないことばっかだよ」

「そうだね……本当に、そうだ」

 それきり、会話は止まった。

 焚き火は小さくともり、闇を押しのけては、また押し戻されていく。

 いつの間にか、フィーは丸くなって眠ってしまっている。それを眺めながら、圭太はぼんやりと考えていた。

 本当の勇者とはどんなものなのかを。



 翌日、いきなり道連れに増えた仔竜と狼に驚きながらも、商人は気軽に同行を許してくれた。各地を回る人間だけに順応性も早いのだろう。

 街道を荷馬車は進み、周囲の草地や森の影に民家の立ち並ぶ集落が見え始めた。

「あと少ししたら、ラヘンナの村らすけ」

「はい。それで……申し訳ないんですが」

「何も言わんでええらす。行く道さ、決まったんらな?」

 驚いた圭太に、商人は肩をすくめてみせた。

「夜遅う、そん竜の子さ来てから、色々しゃべってたらすけ。それに、今朝はまず、ええ顔してるらす」

「そ……そうですか?」

「つかえさ取れたつうか、そういう、さっぱりした感じらすけ」

 そうかもしれない。

 夜が明けるころ、カニラから聞いた言葉が、何より大きかった。


『圭太さん、お願いがあるの』

『何?』

『これから先、サリアに協力してシェートさんを助けたいの。力を貸してもらえる?』

『うん。分かった』


 即断に驚いたようだったが、カニラは短くありがとうと言い、全てが決まった。しばらくはフィーと共に竜神の指示の下で動くことになるらしい。

 気がついたとき、暗い感情は嘘のように消え去っていた。手足につけた枷の全てが解かれて、解き放たれた囚人のように、体が軽く感じる。

 すれ違う人々の姿が増え、胸壁を巡らせた町並みが見えてくる。商人は手綱を引いて、こちらを振り返った。

「ほなら、ここらでお別れらす。もう少し近づくと、衛兵にうるさく言われるら。あそこはもう、勇者軍の兵士が詰めとるらすけ」

「そうですね。変な疑いを掛けられたら、そちらにも迷惑ですし」

「なんの。それと、ほれ」

 放り投げられた袋を思わず受け取ると、中には銀貨や銅貨が詰まっていた。

「今日までよう働いてくれた分ら」

「これじゃ宿代と食事代を引いても、多い気がしますけど」

「多少、色さつけたらすが、そんでも、普通の傭兵と変わらん報酬ら。気にせんで受け取って欲しいらす」

「何から何まで、ありがとうございます」

 商人はそれ以上何も聞かず、荷馬車と共に去っていく。

 それを見計らったように、竜神が声を掛けてきた。

『さて、それでは改めてよろしく頼むぞ、ケイタ殿』

「はい」

『一つ聞いておこう。そなたはこの道行きに何を望む?』

 意外な一言だった。自分が望むもの、そんなことは考えても見なかった。

「分かりません」

『村を取り戻したいとか、そういう気持ちは無いのか?』

「それは……もういいんです。今、僕が帰ってもきっとみんな混乱するし、何かをしてあげられるとも、思えないから」

『これからの旅は過酷だ。正直、儂としても、そなたよりフィーやシェートのことを優先に考え、決断する場面もあるだろう』

 自分は切り捨てられる、その言葉が胸に迫る。竜神にしてみればフィーは自分の仲間だし、シェートは同盟者の勇者、自分と天秤に掛けるまでも無い。とはいえ、ここまではっきり言われるとも思っていなかった。

 ほんの少し沈み込んだこちらに、竜神は改めて問いかけた。

『だからこそ、聞いておきたいのだ。もし、この言葉を聞いて、協力を取りやめたいというなら、その望みも叶えよう』

「僕がいやだ、って言ったら、困るんじゃないですか?」

『その時は策を変えるさ』

 こともなげに答えると、竜神はどこか嬉しそうな声で付け足した。

『今ある手札で、知恵を絞って勝ちに行くのがゲームの醍醐味だ。ヌルゲーよりは縛りプレイのほうが面白いしな』

「不謹慎だぜ。そんなんだから、あんたたちカミサマはろくでもないんだ」

『だったら儂がしおらしげな顔をして、お前の辛さは良く分かるとでも言えばいいのか? 自分で血を流しもしないのに。そっちの方がよっぽど不謹慎だと思うがな』

「ほんっと、あんたってねじくれてるよな!」

 二人の言い争いも、ほとんど耳にに入らなかった。

 どうしよう、また心に弱気が顔を出す。自分はまた利用されるのか、本当に竜神の言葉は信用できるのか。

『迷っておるのか』

「だ、だって……」

『だがな、人生には、先の見えないまま決めるしかないことの方が、遥かに多いものだ。その中で、後悔しないであろう方向を、自分で考え、選び取っていくこと。それが知恵あるものに許された最大の権利だ』 

 それきり、竜神は口をつぐんだ。フィーが何かを言いかけたが、それさえも言わせないようにさえぎってしまう。

 本当に、自分の意思だけで決めろといっているのだ。

 どうしよう、こんなこと今まで考えたことも無かった。自分で何かを選ぶなんて、しかも後悔しない選択をするなんて、無理に決まってる。

 逃げだしてしまいたい。

「……あ」

 浮かび上がった思いに、圭太は声を上げていた。

 逃げたら、後悔するじゃないか。

 何もかも嫌で、怖くてたまらなくて、避けて、先送りにして、ずっと惨めだった。逃げれば、必ず後悔するんだ。

 でも、やっぱり怖い。選んだらきっと、今までにないことが一杯ある。


 どうする?


 痺れたようになった脳を感じながら、圭太は決断した。

「や……やり、ます」

 声は緊張でしわがれて、くぐもっていたが、それでも竜神には届いたようだった。

『それがそなたの選択なのだな?』

「は、はいっ」

『分かった。では、今ひとたび問おう。何か望むものはあるか?』

 カニラに初めてこの世界に招かれたときの事を、思い出していた。

 異世界の勇者として冒険する、そう言われた時に、こみ上げた期待と願い。

「変わりたいです。今までの自分じゃない、何かに」

『ふぅむ。いかにもその年頃らしい、微妙にこそばゆいお願いだな』

「うぅ……」

「そこで茶化すなよクソジジイ」

 竜神の漏らすくつろいだ笑いが、朝の空気に流れていく。怒る仔竜を気に留めることもなく、声は幾分かまじめに答えを返した。

『残念だが、その願いは叶えられんよ』

「……どうしてですか?」

『すでに、そなた自身が叶えてしまっているからだ』

 そう言われて自分の体を見回してみる。とはいえ、別に今までと変わったところなど、全くないように思えた。

『変わったのは心だ。さっきの選択で、逃げることではなく進むことを選んだ。その瞬間から、そなたという存在は、もう以前とは違うのさ』

「……そうかなぁ。なんだか、実感湧かないです」

『そのうち分かるさ。そのうちにな』

 うまい具合にはぐらかされたような気もするが、悪い気はしなかった。隣には、いつの間にか星狼の背に乗ったフィーがいる。

「そろそろ行こうぜ。願い事は道々考えればいいさ」

「うん」

 本当にどうしよう、フィーと一緒に北を目指しながら、圭太は苦笑した。

 仲間を作って冒険したいという願いも、どうやら叶ってしまったようだから。


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