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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~nameless編~
53/256

エピローグ なまえのないかいぶつたち

 朝焼けに照らされた村は、完全な焼け野原になっていた。

 辺りに焦げ付いた臭いが漂い、青い煙の漏れているところでは、鼻に突く金属めいた香りが漂う。

 焼尽の中心となった村の集会場は、土台を残して跡形もなくなっている。その周囲にあった家や倉庫、釜場も、徹底的に破壊の限りを尽くされている。

 死体は、数限りなくあった。人間のものも、魔物のものも、ほとんと原型が分からないほどに黒く焦げ付き、それが何であったのかを判別することさえ難しい。

 その全てを見やりながら、ポローは、何の感慨も抱いていない自分に気が付いていた。

 同じだ、どこもかしこも。

 結局、この世界において、自分達はこうして責められ、焼かれ、何もかもむしりとられていくだけの存在なんだ。

 大通りに立ち尽くしながら、傍らを過ぎていく村人を眺める。

 あの女神が掛けた加護のおかげで、ほとんどの村人が生き残った。リンゴの林に身を潜めたものを、魔物から見えなくするという力のおかげで、村に入った魔物の全てが、自分達を見出さなかった。

 その代わり、醸造所は砕かれ、備蓄の食糧も酒も取られ、迷宮から持ち出した財宝さえ奪われた。

「なんだ……こりゃあ」

 もう、自分には何も無い。

 生まれ故郷を捨て、新たに求めた新天地も、こうして灰になった。

 ここもおそらく、立て直すのは難しいだろう。いくら勇者の発案で、リンゴの収穫が増えたところで、生のリンゴなんて二束三文にしかならない。

「なにが……勇者だ、クソが」

 そう吠えたところで、こみ上げるのは虚しさだけだ。

 ケイタとか言う村の勇者は、村の外れで気絶していたところを発見された。必死に魔物に抵抗したらしいが、結果はこのザマだ。

 だが、村の連中は、何かあるたびに勇者のことを口にしていた。被害が小さく済んだのも、勇者がいてくれたからだと。

「くだらねぇ……」

 何もかもが、いやったらしくてたまらなかった。

 勇者は讃えられ、自分達は地をはいずる。

 俺とあいつらのどこが違うんだ、年端も行かないガキが、神の力を授かっただけで、英雄気取りで振舞いやがる。


 なぜ、あいつらが、あいつらだけがそんな風にできる?

 なぜカミサマとやらは、自分達を選ばずにあんな奴らを選ぶんだ。


「おい……ありゃ、なんだ!?」

 誰かの叫びに、ポローは目を上げた。

 粉々になった村の北門から、大きな旗を翻して入ってくる隊列が見える。

 白地に青い本と羽ペンを象った紋章が、朝焼けていく空にはためき、列を作った鉄鎧の集団が騎馬をこちらへと進めてくる。

 その先頭、黒地に金の装飾を施した騎士らしい金髪の男と、青く染められたローブを身に纏った魔法使いらしい男が、村人を別つようにして進み出る。

「聞け! リンドルの村のものよ!」

 魔法使いが、声高らかに呼ばわった。

「我らはこの地を開放するために使わされた神の勇者、葉沼康晴に従うものである! 魔王の軍に攻められ、故郷を汚された諸君の無念、想像するに余りある」

 またか、ポローの心の中に黒い反発心がこみ上げる。

 どうせ自分たちを救うとか何とか、そんなおためごかしを述べに来たんだろう。

 足元に転がっていた石を手に取ると、偉そうに口上を叫ぶ魔法使いを睨みつけた。

「だが! 我らは貴君らに、弔意を述べるつもりは無い!」

 その一言で、村の者の顔が険しくなる。

 ポローの心が暗い喜びに歪み、思い切り腕を振りかぶろうとした。

「我らは貴君らに、復讐の刃を手渡すためにきたのだ!」

 魔術師の言葉に腕が、落ちた。 

「今、このとき、魔王の軍は世界を蹂躙し、あらゆる人々の穏やかな日々を脅かさんとしている! 我らは中央大陸にて、その暴虐を制し、あらゆる魔を打ち破ってきた!」

 それに応えるように、控えていた騎士たちが腰の剣を抜き、目の前に掲げる。

 朝日に照らされ、銀に輝くその姿は、清冽さそのもの。

 一糸乱れぬその動きに、誰もが息を飲んだ。

「だが、我らには力が足りぬ。正義を為し、民を守り、邪悪な魔王を打ち払うための、意志の力が!」

 魔法使いは平然と、非力を述べて見せた。それでも、その言葉は揺ぎ無く響き、ポローの心に染み渡っていく。

「貴君らに問おう。この中に、悪の為す暴虐を憎み、全ての民を救う力が欲しいと、願うものはあるか!」


 全てを救う力。


「天を駆ける魔の城を地に叩き落し、虐げられた人々の嘆きを、正義の白刃を、悪逆の魔王に突きつけたいと願うものはあるか!」


 俺の嘆きを、苦しみを、魔王に叩きつける力。


「殺戮と略奪の限りを尽くし、貴君らの村を、隣人を、家族を、愛するもの全てを奪ったものに、その報いを受けさせたいと願うものはあるか!」


 俺の、この憎しみを、魔物を殺したいという願いを、叶えてくれる力。


「もしそう願うなら、今すぐ前に進み出よ! 光輝なる我が兵団はそのものに神の力と、復讐の刃を授けるだろう!」


 魔法使いの宣言に、誰もが視線をさまよわせる。

 お互いを見回し、相手の真意を測るように。


「ほしい」


 その中から、ポローは進み出ていた。


「力が、ほしい」


 まるで、その顔が魔王その人であるかのように、魔術師を睨みつける。

「俺に……力をくれ。魔王を、魔物どもを、一匹残らず殺しつくす力を!」

 馬上の男は一瞬たじろぎ、頷いた。

「よかろう。ならば、我らが勇者と、我らを見守る神"知見者"フルカムトに忠誠を誓え」

 両膝を突き、地面に額を擦りつけながら、ポローは魂を絞るような声で叫んだ。

「俺は勇者に、それを使わした神に、忠誠を誓う!」

 叫びながら、ポローは大地を睨んだ。

 大地を通して、全てを睨みつけた。

 家族を殺し、村を焼いた魔物を、それを操る魔王を。

 そして、力を与えると言った、神と勇者さえも。

 何もかも殺しつくしてやる。そう、心に誓いながら。



 暗い気持ちを抱えながら、フィーはコボルトたちと森を歩いていた。

『シェートの方はサリアが見ている。魔王との契約など、あやつが飲むはずは無い。隙を見て逃げ出すための算段だ。安心しろ』 

 聞かされた事実は、想像をはるかに超えた状況だった。

 いくらなんでも無茶苦茶だ。魔王の城から本体の意思だけが飛んできて、魔将の体に宿るなんて。しかも、シェートに仲間になれと言ってきた。

 これがゲームの話だったら、良くある陳腐な展開だと鼻で笑えたろう。

 現実として直面した人間にとっては、陳腐どころか大ピンチだ。

『とにかくそなたは、コボルトたちとエレファスに戻ることだ。ことによっては、そなただけでも元の世界に帰すかもしれん』

 竜神の声はこわばり、普段の軽い調子は全くなかった。サリアの方はシェートに付きっ切りだし、カニラは"知見者"のところに行ったきり、姿を見せないという。

「圭太……お前……何やってんだよ……」

 ステータス画面にあったはずの圭太の情報は、まだそこにある。とはいえ、村が完全に崩壊している以上、シェートの救出に力を貸してもらうのは難しいだろう。

「フィー? だいじょぶか?」

 子犬のようにしがみ付いて離れないコボルトの子供を、優しく撫でてやる。一緒に歩いていくグートの表情は、どこか寂しげに見えた。

「どうすんだよ……これから」

 途方にくれたフィーは、ふと空を見上げた。

「ん?」

 銀色の鳥が、じっとこちらを見つめていた。

 以前、どこかで目にしたことがあるそれ。だが、今の自分には、それがただの鳥には見えなくなっていた。

 角に感じる違和感、それに導かれるように開かれていく竜眼の感覚が、教えている。

 心音が無い、生き物の暖かさが無い、生存を示すあらゆる反応が無い。

「あ……あれ、ただの鳥じゃない!」

「どうした、フィー?」

 側に居たウラクが不思議そうに問いかける。それでも、フィーはその異常な鳥から目が離せなかった。

 がらんどうで、それでいてみっしりと、異常な力が詰まったそれの向こうから、見つめてくる目。

 冷たく、無慈悲に、これから捧げられる生贄を観察する視線。

「みんな……にげろ……」

 何も聞こえなかった。鍔鳴りも、足音も、動物達の立ち去る音さえ。

 だがそれは、確実に自分達を取り囲んでいた。

「みんな、早く逃げろぉっ!」

 フィーの声を合図にするように、何も無い空間から人が躍り出た。

 鎧もつけず、武器だって剣や槍じゃなく、鍬や鋤、先を尖らせた丸太を腰に抱えて突進してくる。

「死ねぇっ、このクソコボルトどもぉっ!」

 血走った目の男達が、津波のように襲い掛かってくる。怒りに満ちた形相に、足がすくんで動かない。

「よけろっ!」

 強い衝撃が視界を一瞬ぶれさせ、すぐにクリアになる。

「あ……」

 視界に入ったのは、背中まで貫通した丸太を抱えるソルデの姿。こっちを突き飛ばした姿勢のまま、口から血をこぼし、それでもこっちに視線を向ける。

「にげ……」

 丸太の男が手にした得物をぐりっと押し込む。一度体を震わせたソルデは、そのまま単なる肉と化した。

 その途端、軽快な音と共に、男の胸に下がっていた透明な板が輝いた。

「お、おおおおっ!? こ、これが、レベルアップ、ちゅうやつか!?」

 男の驚きに続くように、森のあちこちで同じような音が鳴る。

「お、オラも鳴ったぞ!」

「こっちもだ!」

「ああ、なんだよっ、ガキじゃ一ポイントしか入らねえじゃぁねえか!」

 男達の嬌声に、頭がぐらりと揺れた。

 理解の追いつかない事態の中で、唯一つだけ理解したこと。

 この連中は、勇者と同じくレベルアップすることで、力を手に入れることができるのだという事実。

「何を止まっているのですか。まだ、獲物は狩りつくされてはいないですよ」 

 群集の背後、目の覚めるような青いローブをつけた魔法使いが、指を突きつけてくる。

「喰らいなさい、自らの力とするために」

 その指摘に、森が沸いた。

 魔法使いの言葉に、男達の顔が狂った笑みに歪む。

「おらああっ! しねええええっ!」

「おまえらなんざ、もうこわかねぇぞおっ!」

「むすめの、かたきだぁあっ!」

 何を言っているんだ、こいつらは。

 今お前らが殺しているのは、村を襲った魔物とは何の関係も無い。

 ただ、普通に生きていたいだけの――。

「たすけてぇっ、フィーっ!」

 地響きを上げて縦横に走り回る暴徒の足の向こうに、子供の声が飲み込まれていく。

「やめろおっ! こいつらは! こいつらはそんなんじゃ……」

「おいっ! ここにおかしなのが居るぞ!」

 指摘の声に、フィーの周囲が肉壁でふさがれる。それぞれの目が、怪しく狂おしく見つめてくる。

「こりゃあ、あの女神のコボルトのつれてたやつじゃねぇか」

「どうするよ。あれにも、なんだかんだで世話に」

「殺せ」

 人垣を分けて、斧を手にした男が現れる。そいつの顔には見覚えがあった。

 ずっとシェートを、自分達を憎しみの目で見つめていた男だ。

「こんなもんでも、ドラゴンだそうだからな。それこそたっぷりと、経験値って奴を持ってるんだろうぜ」

 経験値、その一言に集団から、ためらいの匂いが消える。

「おい、ポロー、独り占めする気か」

「当てるだけでも経験値は入るんだ。全員で一斉にやればいいだろ」

「それじゃ、せーので」

 まるで狩場にPOPしてきたレアモンスターのように、自分の命が扱われていく。

 森の中に悲鳴と狂笑が木霊し、男達が得物を振り上げる。

 自分は、こんなところで死ぬのか。

「うがああううっ!」

 星狼の白い体が、肉壁を貫いて飛び込んできた。

「グートぉっ!」

 その首に抱き付くと同時に、逞しい狼の体が一気に囲みを飛び越える。

「逃がすな! 狼と一緒にぶっ殺せ!」

 追いすがる男達の声が遠ざかる。必死にグートに捕まりながら、フィーは遠ざかっていく光景に振り返った。

「あ……ああ……」

 逃げ惑う一匹のコボルトに、無数の人間が群がっていく。何とか逃げ出した者も、近くに伏せられていた鎧姿の騎士達に行く手をふさがれ、虐殺の森へと追い返されていく。

「みんなっ! 武器かまえろっ! 固まって押し返せ!」

 それでもアダラが必死に叫び、持っていた武器で人間の津波を押し返す。体当たりで村人をよろめかせ、騎士たちの体にむしゃぶりついて、群れの仲間の退路を生み出す。

「たすけてっ! にいちゃっ! フィーっ!」

 鋤や大鎌を振り上げて、一匹の子供に村人が群がっていく。

 その瞬間、仔竜は絶叫した。

「あいつを助けろ! グートぉっ!」

「うわぅっ!」

 白い体が一気に反転し、村人に猛進する。短い両足で必死に狼の胴体を締め付け、歯で手綱に食いついて大きく手を広げる。

「つかまれぇえっ!」

「フィーっ!」

 伸ばした手が子供の手を掴み、ぐっと引き上げる。その勢いのまま鞍に乗せ上げると、フィーは体を倒して叫んだ。

「全速力で逃げろっ!」

 コボルトと自分を乗せたまま、すさまじい速力でグートが駆ける。それでも何人かの村人がこちらに気がつき、武器を手に襲い掛かった。

「お前らっ、おまえらあああっ!」

 無意識に抜き放った山刀をでたらめに振う。

「ぎゃあっ!」

「うあっ! くそおおっ!」

 刃が肉を切り裂き、鮮血があたりに舞い散る。その全てを無視してグートが走り、みるみる喧騒が遠ざかっていく。

「フィーっ、にいちゃは? かあちゃはっ?」

「黙ってろっ!」

 グートの背に押し付けるようにして、フィーはコボルトをきつく抱きしめる。

 絶え間なく響く、悲鳴と、怒号と、レベルアップを示す華やかな音。

 耐え切れなくなり、何も見えないように、グートの毛皮に顔を埋める。

 それでも、殺戮の交響曲は、小さな仔竜の頭の中を、満たし続けた。



 楽しい。

「ぎゃああああっ!」

 楽しい。

「ひいいいっ!」

 とても楽しい。

「やめっ、いあああああああっ!」

 振るった斧の感触が、目の前の魔物に食い込んでいく。

 あっという間に敵が血袋に変わり、胸元の板が光り輝く。

 ポローが斧を振るう。

「たすけ……」

 おめでとう、板が祝福する。

「ゆるし、ごっ」

 おめでとう、また板が祝福する。

「おれたち、わるいこと、しなあぎいっ」

「たしゅけ、あぼっ」

「やめてやめてやめぐっ」

 おめでとう、おめでとう、おめでとう。


 気が付くと、敵はいなくなっていた。

 胡乱な視線で見回すと、同じように血まみれの男達が、何かを求めるように顔を周囲に振っている。

「た……たすけて……」

 気が付くと、足元に小さな敵がいた。

 子犬のような丸い顔を引きつらせて、何か言っている。

「おい、ポロー、それ」

「ダメだ」

 胸元の板を、血まみれの指先で差し上げると、ポローは笑顔で首を振った。

「見ろよ。後一ポイントで、レベルが上がるんだ。俺にくれ」

「しかたねぇ。さっさとやっちまえ」

 視線を落とし、狙いを定める。

「たすけて……しにたく……ない」

 無言で、振り下ろす。

 鈍い音と共に、斧が柄から折れた。

 元々適当に拾い上げた薪割用の奴だ、後で別の物を手に入れよう。

「終わりましたか」

「ああ。見ろよ、これ」

 突きつけた板を見て、魔術師は大した感慨も無く頷く。

「その調子でレベルを上げれば、いずれ騎士に昇格することもできるでしょう」

「田舎農夫の俺が……騎士様かよ?」

「それも、そのプレートのおかげ。神の力のしろしめすところです」

 透明な板切れは、汚いコボルトの血でも汚れていない。そこに書かれた文字は、学の無い自分にも、なぜか読み取れた。

 兵士、レベル八。

「くく……」

 腹の底から、笑いがこみ上げてくる。

「くは、ははは」

 あの日、村を焼かれて以来、一度もなかったこと。

「あは、あはははははははははは」

 おかしくてたまらない、何もかも。

「はははははははははははははハハハハハハハハハハハ」

 楽しい。楽しすぎる。

「アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 湧き上がる思いを抑えることもなく、ポローは笑い続けた。

 ただ、ひたすらに。


ということで、待て次回! という展開です。自分は一本書ききってから投稿するスタイルなので、さすがに一月は掛かりそうです。調子に乗れば一日に30kくらいは余裕なんですが、仕事もありますからね。近況はまめに報告したいと思いますので、すみませんがしばらくお待ちください。もしかすると短編などを挟んでいくかもしれませんので。それでは。また。


待て、しかして希望せよ。

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