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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最も弱き反逆者~
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5、『理想』と『現実』


 毛の生えた指が弦をつまみ、軽く引きながら具合を確かめる。わずかに遅れて左手の弓がたわむ手ごたえを感じて、シェートは軽く頷いた。弓は弦を張りすぎれば折れるし、逆に緩すぎれば威力が落ちる。


 急ごしらえとはいえ、新しく作った弓は具合も良さそうだった。本当はもう一晩くらいなじませておきたかったが、道々狩をしていく間に手入れをすればいいだろう。

 旅立ちの準備は驚くほど簡単に済んだ。山の隠れ家に残してあった蓄え――干し魚や干し山葡萄などの保存食、弓矢に使う原木など――が、そっくり残されていたからだ。


 荷袋を背負い、弓を腰に収めるとシェートは歩き出した。

 山間のこの土地に来て十年、暮らしは決して楽ではなかった。

 それでも穏やかで、幸せだった。

 川縁に刻まれた一本の道、仲間達と一緒に何度も通ったせいで、草が自然と生えなくなって作り上げられた道。


 ここを辿るのも今日で終わりだ。もう二度と仲間達も、自分も、ここを通らない。

 小さな魔物は、道を歩いて行った。

 決して、後ろを振り返らずに。



「おい、サリア」

『……何度も言っているが』


 村の周囲は、いくつもの深い森と山々が折り重なるようにして点在している。今歩いている部分は、自分もほとんどやってきたことがない。


『これでも私は女神だぞ? それを、まるで隣人でも呼びつけるような気楽さで』

「お前、聞くこと、あったら言え、言った。悪いか」


 村は、人里からかなり離れているため、掃討される可能性は低かったが、野生生物と地所を争いながら生きる必要があった。

 反面、彼らの住処に囲まれることによって、自分達の痕跡は人の目から隠されてきた。そのため、小さいながらも村などを築くだけの余裕が生まれたのだ。


『悪くはないが、お前はこう、物言いが朴訥ぼくとつすぎるというか』

「俺、口、人と違う。言葉、むすかしい」

『……で?』


 山刀で適当に下生えを払いつつ、周囲を確認する。特に、立派な幹を持つ木には注意を払うようにしていた。爪や毛皮をこすりつけた痕などがあれば、そこが何らかの生き物の縄張りになっていることを意味する。


『話しかけておいて無視とはいい度胸だな』

「すまん。周り、見てた」

『熊や狼の類はおらぬぞ。少なくともお前の二百歩周りにはな』

「……お前、分かるか?」

『私はお前を中心にした周囲を、ある程度見渡せるのだ。索敵という点に関しては期待してくれてよいぞ』


 妙に嬉しそうな宣言を聞き流しつつ、手近な若木の下に目をやる。枯葉の上に一塊になった"ボロ"を見かけ、深々とため息をついた。


「わかった。もう俺、お前期待しない」

『なぜそうなる!?』

「そこ、鹿の糞ある。多分、俺来るちょっと前。日の出くらい、ここ通った」

『お……おお!?』


 村で準備をしている間から、シェートは女神と何度かこんな調子で会話をしている。

 だが、すればするほど、不安が湧き上がってくるのを抑えられなかった。


『……すまん……見落としておった……』

「もういい。俺、ちゃんと見る。それより、聞きたいことある」

『な、なんだ?』

「今の俺、どのくらい『強い』?」


 自分を生き返らせた後、女神は何かとこちらを気遣ってくれているようだった。

 村での準備の間も、こちらから話しかけなければ沈黙を保っていたし、意外と気の優しい性格なのだろう。

 だが、その実力がどの程度なのか、いまいち不安なことも事実だった。


「お前、勇者強いの『しんき』使ったから、言った」

『う……うむ。そうだな』

「そういうの、ないか?」

『す……すまん! 神器は人間用ばかりで、コボルト用のがなかったのだ!』

「神、何でもできる違うか?」

『神器を創るにはそれなりに手間暇が掛かるのだ! い、いずれ、お前のものも創られようから、その時にな!』


 確かに自分はこの女神に生き返らせてもらったはずだ、と思う。

 しかし、不安は話せば話すほど増してくる。


「じゃあ、強さ、どうだ?」

『強さ、とは?』

「俺、普通のコボルトより、強くなったか」

『あ……あー、その……神々の遊戯にはルールがあってだな?』

「聞いた。みんな、レベルとか言うのある。最初はみんな1。俺も」


 女神は言っていた。そのレベルとやらを上げるために、得点を保有している敵を倒していくことが必要だと。


「でも、勇者達、初めから『しんき』とか、魔法とか、ふしぎな力もってる」

『もちろんお前にもあるぞ! ちゃんとな!』

「……そうなのか?」

『あ、当たり前だ! まさか私が、お前のようなものに何の力も授けず、戦いに出そうはずもなかろう!』


 何か、聞き出すのが恐ろしい気もするが、シェートは無言で空を見上げた。


『ま、まず、お前の体だが、魔法や武器の一撃に対する守りが掛けられている』

「もしかして、勇者みたいに、できる?」


 あの蒼い鎧の守りが脳裏に浮かぶ。攻撃を完全に防ぐ見えない壁、そんなものがあれば自分もまともに戦えるはずだ。


『……さすがに、あれは神器の効力だからな。まぁ、攻撃を喰らってもいきなり死ぬことはなくなる、とは思う』

「それ、あんまり意味ない気、する」

『次に! お前の体には私の保護によって、傷が治りやすい状態になっておる』

「どのくらい?」

『まぁ、かすり傷程度なら、一時間もあれば』


 うわさに聞く癒しの魔法は、瞬く間に傷が癒えると聞いていた。それに比べると、これはいかにも地味で、頼りない。


「他には?」

『肉体保護の副次産物として、お前の体は疲れにくくなっている。夜通し走り続けても少し休めば、いつも通りに動くことが出来るだろう』

「それ、一番役立ちそう」

『馬鹿者、次の能力が目玉だ。矢を番えて弓を構えよ』


 やけに自身あり気な声に、シェートはしぶしぶ弓を構えた。その途端、尖った木矢のにぼんやりと光が宿り始める。


「おおおおお!?」

『ふふん。驚いたか。私の加護によって、お前の武器の威力が高まっているのだ。魔法の障壁や、保護術の掛かった鎧も傷をつけられるようになる』

「すごい! これ勇者の壁、貫けるか!?」

『……さすがに、神器を抜くには、力が不足しておる。だが、レベルを上げればいつかは可能だ!』

「で、次、何だ?」

『………………次?』


 こちらの問いかけに、なぜか女神は口ごもる。


「だから、もっと何かないか?」

『ば、馬鹿者! レベル1のそなたにこれ以上何か与えられると思ってか!』

「でも、使えそうなの、最後の二つだけ」

『レベルさえ上げればどうとでもなる! つべこべ言わずに進むのだ!』

「……お前、ケチ」

『ケチとは何だケチとは! これでも私が……おい聞いておるのか!?』


 サリアの抗議を聞き流しつつ、シェートは暗い森を進む。

 考えてみれば、魔物を配下にするなら自分のようなコボルトではなく、もっと上位のものを選べばいいはずだ。


 余りしたくない想像だが、多分この女神はそれほど強くないのだろう。もしかしたら、一番下っ端なのかもしれない。

 確かに、自分が生き延びられたのも、勇者に復讐する機会を与えられたのも、この女神のおかげには違いない。だが、その実力が限りなく怪しい今、自分の命は大嵐の前の焚き火のようなものだった。


「ルー……もうすぐこれ、渡しにいくかもしれないぞ」


 空から見咎められないよう、コボルトはそっと首飾りに囁きかけた。


「あああ……」


 水鏡の辺に座り込み、サリアは頭を抱えていた。

 神々は自ら専用に作らせた『神座かみくら』と呼ぶ小次元を持つ。サリアの神座はささやかな東屋程度で、望む場所を映し出してくれる水鏡の周囲を、石造りの花壇で囲っただけの質素なものだった。


 水鏡の向こうで、黙々と歩を進めるコボルトの顔は、どこか意気を失っているように見える。

 コボルトの知恵は人間の子供並などというが、神がコボルト用の神具を瞬時に創り出せないなど、子供だって信じない妄言だ。


 大体、狩人より周囲を見渡せるからといって、狩人の注意力が身に付くわけもない、さっきの失言でこちらの評価はかなり下がったろう。

 与えた能力にしても、他の勇者と比べても泣きたくなるほどささやかな代物。これでがっかりしない者がいたら、余程の物好きか被虐趣味の変態だ。

 初めの頃こそ、生き返らせて貰った恩義でこちらを立てていたシェートだが、この数日の間ですっかり信用を引っ込めてしまっていた。


「……何をやってるのだ、私は」


 とはいえ、これがサリアに出来る精一杯だった。

 最初から、自分の神格と存在を全て捧げても、ごく弱い魔物を配下にするのが関の山、加護もわずかしか与えられないと言われていた。


 その加護も、死に掛けのシェートを癒すのに使ってしまい、残った力を必死にやりくりしてでっち上げたのがさっきの能力だった。

 本当に、こんなことでいいのか、そんな疑念が湧き上がる。

 今すぐにでも神々に、許しを請うのがいいのではないか。

 だが、女神はすぐに顔を上げた。


「冗談では、ないぞ」


 そう、冗談ではないのだ。

 自らの存続を掛けてまで、こんな博打を打とうと思ったのは何のためか。そのことを思い出し、水鏡に向き合う。


 油断なく下草を打ち払い、進んでいく小さな魔物はいかにも旅慣れている。

 シェートは決して愚かな魔物ではない。話せば筋の通った受け答えをするし、こちらの言葉を追いかけ、想像力を働かせるだけの知恵もあった。

 それに、今やこのコボルトは『成長する魔物』となった。勇者と同じく、敵を倒すことで力を溜め、加護を与えて強化することができる。

 大丈夫、全てはここから始めればいいのだ。


「シェートよ、聞こえておるか?」

『…………聞いてる』

「確かにお前に与えた力は少ない。だが、今後も少ない訳ではない。頼りなく思うかも知れぬが、少しの辛抱だ。こちらも出来うる限りの助力をしよう」

『……わかった』


 向こうにしてみれば益体もない励ましだろう。こんな女神に選ばれた不幸を嘆いているかもしれない。だが、それもすぐに――。


「シェート! そこから右手方向、三十歩ほどに敵がいる!」

『……ん』


 多分、声を掛けるよりもシェートのしゃがむ方が早かった。おそらく臭いで、察知したに違いない。


『これ、嗅いだことある……』

「そうか。一応言っておくが『山海栗』だ。数は三、いや、五か」


 その時、初めてシェートの顔に驚きと尊敬が浮かんだ。


『数、分かる、ありがたい。お前、敵の数と場所だけ教えろ』

「いまいち引っかかる物言いだが、まぁ、そうしてやろう」


 山海栗、というのは単なる俗称で、正式な名前はない。海にいる海栗を犬ぐらいの大きさにしたようなもので、鋭い棘と毒をもつ触手を使う。

 海栗たちは苔むした岩の周りに集まり、何かの死骸をむさぼっている。棘の谷間に隠された丸い口で、肉を啄ばむ湿った音が聞こえてきそうだ。


「さて、シェートよ。分っておるな」

『ああ』


 そう言うとコボルトは立ち上がり、勢い良く走り出した。

 敵に背を向けて。


「ま、待て待てまてまてまてえええええええっ!」

『なんだ! 大きな声出すな! ヤマウニ耳いい! うるさいと気づく!』

「何をしておるのだ馬鹿者! 戻って戦え!」

『バカお前! ヤマウニ毒ある! 食ってもまずい! わざわざ戦う奴バカ!』


 光すらほとんど差さない森を、惚れ惚れするような速度で、尻尾をなびかせシェートが駆け抜ける。山海栗たちが水鏡の範囲からも消え、コボルトはほっと一息を付いた。


『ウニ、強い毒ある。棘も飛ばしてくる。見つかる前、気が付けてよかった』

「た……」


 美しい顔をすさまじい怒気でゆがめると、サリアは絶叫した。


「戦ってレベルを上げよと言ったのをもう忘れたか、この馬鹿者がぁっ!」

『無茶言うな! 俺一匹! 相手五匹! 囲まれて死ぬ!』

「だったらおびき寄せるなんなりせよ!」

『ヤマウニ仲間呼ぶ! 狩る時沢山で囲わないと無理!』


 シェートの抗議に、サリアは自分の怒りを不承ながらも沈めていった。確かにシェートが言うとおり、山海栗は群れで行動し、数十匹の個体で一つのコロニーを形成している。

 いくら強化したとはいえ、コボルト一人に任せるには酷な相手だ。


「仕方ない、最初の相手はもう少し弱いものをえら……」

『サ、サリア』

「どうした?」


 コボルトはいつの間にか固まっていた。その視線は一点を見つめ、尻尾がだらりと垂れ下がっていく。水鏡の視点を彼の目線に変えたサリアは、思わず息を呑んだ。

 一本の巨木にびっしりと鱗が生えている。だが、その鱗は一枚づつ全く別々な動きで蠢きあっている。


鎧鱗蟲がいりんちゅう!」

『ひ……』


 ぶんっ、と耳を嬲る音。はらりとシェートの頬の毛が吹き散らされ、血が霧になって散った。


「に、逃げよ!」

『うああああああああああっ!』


 ぶんっ、ぶんっ、と立て続けに蟲が空を奔る。ひし形の扁平な体は鋼と変わらない外皮に覆われ、目にも止まらない速さで動物の体をえぐり抜き、体液を吸う。その在りようから付いた名前が鎧鱗蟲。

 輝くつぶての嵐を背中に喰らいながら、コボルトが走る。


「身を屈めて走れ! かする程度なら我が守りで何とかなる!」

『ひゃあああああああああああっ!』


 淡い光が何度もシェートの周りで弾け、肉に食い入ろうとする蟲から守る。それでも毛が毟られ、かすり傷から血がにじんだ。

 何とか蟲たちの縄張りから出た頃には、まるで下手糞な毛刈りにあった羊のような、無残な有様になっていた。


『はあっ、はぁっ……ぜえぇっ、はぁっ……』

「あ、あぶなかった、な」

『はぁ……はぁ……蟲、怖い。気をつけないと、死ぬ』

「ああ。あんなものにお前が殺されたのでは、こちらも泣くに泣けぬ」


 とはいえ鎧鱗蟲も山海栗も、シェートとほぼ変わらないレベルの存在だ。他の勇者達なら多少苦戦はするだろうが、いずれ鼻歌でも歌いながら狩れる程度の相手に過ぎない。


『サ、サリア』

「……なんだ?」

『普通の動物、いっぱい狩って、レベル上がるか?』

「残念ながら、そこらのウサギや鹿を狩っても無駄だ。熊か狼か、剣歯虎でも相手にするならば別だがな」

『そ……そうか』


 しょげ返り、ぐったりと木に背中を持たせかけるシェートを見て、サリアは再び頭を抱えた。狩りの腕前は中々のものだったし、頭も悪くない。

 ただ、彼はどうしようもなく、コボルトなのだ。

 世界最弱の魔物、その事実が圧し掛かってくる。

 想像している以上に、自分の見通しは甘かったのかもしれない。このままでは一体、いつになったらまともに戦えるレベルになるか、分かったものではない。


「冗談ではないぞ……これは」


 水鏡の向こうに声が漏れないよう、女神は小さくうめきを上げた。 

 

 崩れかけた岩の門をくぐりぬけながら、浩二は後ろの三人に声を掛けた。


「それじゃ、行こうぜ」

「何があるか分かりません、くれぐれも油断しないことです」


 そう言いつつ、鎧を纏った男がヘルメットの面当てを下ろしながら隣に付き従う。

 抜けた先にあったのは、ぼうぼうと草が生い茂る中庭。井戸や何かの施設だったらしい小屋の残骸があるが、人の姿は無い。


「それにしても、数ヶ月前に魔族に襲われたと聞いていましたが、かなりの荒れようですね、勇者様」


 皮鎧と聖印を象った杖を持った少女は、整えられた眉を寄せて辺りを見回した。その視線に反応したのか、腰の高さまで生えた草を、何かが揺らし始める。


「出る前に畑の被害をみてきたけど、相手は人獣じゃない。多分魔獣の類だね」


 節くれだった木の杖に、マントと旅装を身につけた赤髪の少女が付け加えた。

 敵の姿は見えないが、向こうは自分達を獲物として認識したらしい。草むらだけでなく壁の上にも何かが動く気配がする。


「それじゃ、打ち合わせどおり俺がヘイトを稼ぐ。リィルはアクスルをバフったあとエルカのお守りよろしく」

「お気をつけて、勇者様!」


 声援を受けつつ、浩二は一気に中庭へと躍り出る。同時に、草むらから飛び出した針の塊が飛び掛ってきた。


『ギュウウウウッ!』

「そんなもん効かないんだよ!」


 山海栗たちの体当たりが自分の周囲で弾け、見えない壁に拒絶される。ほとんど知能のないに等しい化け物たちは、それでも群れ固まって毒針を斉射し始めた。

 自分の周りではじける恐ろしい攻撃の音。最初は驚きもしたが、今では絶対の優勢を教えてくれるBGMに変わっていた。


「"我が請願を受けたまえ、美々しき方。御剣みつるぎにて我らを守り、道行を照らし給え。その威武を同胞の鋼に宿らせたまえ"」


 皮鎧の僧侶、リィルの言葉がその指先に光を生み、手にした騎士の剣と身を護る鎧に、聖句と聖印を刻み込む。


「行けます、アクスルさん!」

「応!」


 光り輝く剣をかざし、アクスルが一気に怪物との間合いを詰める。同時に振るわれた剣が海栗たちを数匹まとめて斬り飛ばした。


「勇者殿! 後は私が!」

「任せたっ!」


 楯を構え、おとり役を買って出たアクスルの脇をすり抜け、浩二が走る。海栗たちはすでに中庭一杯に溢れ始め、数十どころか百を越えるほどの大群となりつつあった。


「勇者様! 上を!」


 輝く法陣を組んで守りを固めていたリィルが、上を指差す。砦の壁にへばりつく、長い足を持った蜘蛛のような生物。それぞれ前足を高々と差し上げ、尻から吐き出した糸を輪投げの縄のように振り回している。


「首吊り蜘蛛かい!」

「エルカ、あれのタゲ取れそうか!?」

「任せてよ。アンタはそっちの始末をよろしく」


 頼もしい発言に、浩二は剣を両手で構えなおし、


「踊れっ『ゼーファレス』!」


 叫びと共に剣が輝き、世界が加速した。

 まるで剣に導かれるように、切っ先が踊る。地を摺るように振り上げた一太刀が海栗を真っ二つに変え、横一文字になぎ払った一撃で数匹の敵が砕け散っていく。

「"霜月しもつきより来たれ怜悧れいり"」


 視界の端に映る魔法使いの杖に輝きが宿る。その瞬間を見るのが、浩二の最近の楽しみの一つだった。

 魔法使いの詠唱が終わるまで時間を稼ぎ、大魔法で一気に敵をなぎ払う。そんなシチュエーションが生み出されるこの一瞬がたまらなかった。


「"凍てつく銀の祝福は万障貫く戒めの一矢なり"」


 光が大きく膨らみ、天に突き上げられる。それを見計らい、浩二とアクスルが同時にその場を飛び退り――。


「打ち払え"凍月箭とうげつせん"!」


 銀光がばらりと無数に砕け、流星となって大気を裂いた。その狙いは外れることなく飛び掛ろうとしていた蜘蛛を叩き落し、残っていた海栗たちを貫いていく。

 全ての敵が身動きを止め、その中心で浩二は剣を高々と差し上げた。


「よっしゃ! 勝ちぃっ!」

『まだだ馬鹿者!』


 危険を告げる声と地鳴りが同時、中庭の地面が揺れ、地面に転がった死体がぽっかりと開いた穴に吸い込まれていく。そして、開いた穴からどっと溢れる甘い香り、毒ではないはずだが、頭が痺れるような強烈な臭いがする。


「なんだ!?」

「魔香のワームか! こいつが住み着いたせいで海栗どもが集まってきたんだね!」


 大急ぎで陣のある場所に駆け込むと、目の前に巨大なホースのようなものが競りあがってくる。ぎざぎざの口に弛んだ蛇腹を持つ異形。


「うおおおお、でっけぇ! マジでワームだ!」

「なんだ、知ってたのかい?」

「いや、ゲームでは良く見てたけど、実物は初めてだ!」

「勇者様、暢気すぎですわ。でも、そういうところも……」

「ともかく一時退却しましょう、さすがにこれは」


 だが、騒然とした一団を無視するように、浩二の耳を声がくすぐった。


『退却などする必要は無い。吹き飛ばせ、勇者よ!』

「だってさ」

「また、神が何か言われたのですか?」

「ああ」


 巨体をうねらせ、首をこちらに廻らせたワームを見つめ、浩二はニヤリと笑った。


「砕け! 『ゼーファント』!」


 勢い良く突き出す左手、その手甲に嵌った腕輪が黄金に輝く。

 世界が白く染まり、世界すら吹き飛ばすような大爆発が巻き起こった。


「うおおおおっ!?」

「きゃああああっ!」

「うひゃあああああっ!」


 崩れる胸壁、荒れ狂う熱と炎が世界を舐め、一瞬でその威力を収める。後に残ったのは半壊した砦と消し炭になった長虫の死骸だけだった。


「あー、もう。なんて威力だ。こっちがちまちま詠唱してるのが馬鹿らしくなるよ」


 結界のおかげで無傷で済んだエルカは、それでもやっていられないといった風情で肩を竦めた。


「っていっても、これ一日三回までしか使えないし」

「三回も、だろ?」

「それに詠唱ってかっこいいしな。俺もそういう魔法使ってみたいぜ」

「これだよ。やっぱ勇者ってのは頭のネジでも外れてないと出来ないもんなんかね」

「無礼な! 勇者様の場合は度量というか格とか、そういったものが大きいからこそ出る言葉です!」


 いい争いを始めた二人にうんざりしつつ、浩二はふと空を見上げた。


「そういや、さっきのワームでレベル上がったんじゃね?」

『良くわかったな。とりあえず加護の方は温存しておくぞ』

「俺もそれでいいと思うけど、魔法無効化能力はあとどんぐらい?」

『まだ先だ。とはいえ今のままでも十分無敵だがな』


 確かに、この鎧は尋常ではない。大抵の武器攻撃を完全に防ぐ障壁と、毒や麻痺などの状態変化まで無効化する能力を持っている。

 自分の使っている剣も魔法の防御を切り裂き、コマンド一つでいくつかの剣技を放つことが出来、敵の数や戦場に応じて使い分けられる便利な代物だ。

 おまけに強力な大魔法を詠唱なしで使える腕輪まで持っているのだ、これが無敵でなくてなんだというのか。


「やっぱ、ゲームは初期投資が大事だよな」

『ふん。貴様もそう思うか』

「課金でも何でもやって強くしたほうが楽だし、強ければゲームやってても楽しいしさ」

『ははは! その通りだ。圧倒的な力で敵を蹂躙じゅうりんする、これに勝る喜びは無い!』


 異世界に召喚される勇者の話、なんてありきたりなネタだ。それこそゲームでも漫画でもラノベでも、探せばざくざく出てくるだろう。

 その主人公に自分がなるとは思ってなかったし、こうしてカミサマと気さくに話をしながら、レベルアップの計画を練るなんて思ってもみなかった。


『とはいえ、気を引き締めろ。これからはもう少し強い敵を選んで戦ってもらうからな』

「他の勇者とも戦うんだって言ってたけど、いいのか?」

『構わん。神々も勇者も承知の上だ。むしろ、他の勇者と戦うことでより多くの経験点が手に入る。積極に狙わぬ手はない』

「PKオッケーってのは意外だったけど、合意の上ならいいか」


 経験点という単語が平気でやり取りされるのも最初は面食らったが、慣れてしまえばどうということはない。毎日パソコン上でやっていた生活が、そのまま画面の外に飛び出してきたようなものだ。


「でも、こんなチートアイテム、使ってて平気なん?」

『神器のことか? それは問題ない。私もそれなりにリスクを負っているからな』

「お金でも払ってんの?」

『似たようなものだ。自分が信仰されている世界や、そこに住む生き物、あるいは霊的な資源を担保にしている。負ければそれらを失うことになるから、ここまで思い切りよく賭けられるものは、強大な神に限られるがな』


 自分を召喚したゼーファレスという神は、何かと自分のことを主張してくる。身につけてる武具も自分の名前をもじった銘をつけていた。

 とはいえ、浩二は満足だった。良くある異世界召喚物とは違い、最初から強い仲間と使える武器と、カミサマの導きがある。

 面倒くさい試練とか悩み事もなく、思い切り暴れるだけで勇者ができるのだ。


「んじゃ、そろそろ行くよ」

『うむ。私も神々の祝宴があるので席を外すぞ。何事も無いと思うが、油断はするなよ』

「ああ」


 周囲に感じる気配が消えうせ、浩二は上機嫌に仲間に向き直った。


「悪い、話長くなってさ」

「そうですか……神はなんと?」


 神様の声は自分にしか聞こえない。傍から見るとかなり気味の悪い光景だと言われたこともあるが、ケータイを使い慣れた身としてはそれほど違和感は感じない。


「取り合えずこのまま進めって」

「それでは、村長に報告を行ってから、次の目的地を……」

「おおーい、勇者様ぁっ!」


 アクスルの言葉をさえぎるように声が届き、浩二は砦を飛び出す。ふもとの方から数人の男達がこちらに走ってきていた。


「あれは、村のものですな」

「あの様子だと、なんかあったみたいだな」

「勇者様! 大変でございます、村が魔物の群れに襲われて」


 その言葉を聞いて、思わず浩二は口元を歪めていた。


「一体、どこからそんなものが!?」

「山一つ越えたと所にある砦です。百を越える魔物が、時折ふもとに降りて……」


 次から次へと来るイベント、無敵の力を振るう自分。そして、クエストを越えれば越えるほど、自分はさらに強くなれる。


「行くぜ! みんな!」


 仲間達の返事も待たずに、蒼い鎧の勇者は勢い良く駆け出していた。


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