10、駆け引きと取り引き
薄暗い森の中に、いくつもの影がうずくまっている。針葉樹ばかりの森は視界が通りやすく、隠れるのには適さない。
それに、夜露を避ける掛け小屋も間に合わず、女子供に優先的に使わせている状況だ。
『……アダラ、皆、もう限界』
長い逃避行で、毛皮もすっかり薄汚れてしまったコボルトの同族は、こちらに不安そうな顔を向けた。
『ソルデ……何、考えてる』
『この近く、人間の村、ある』
こちらの言葉に、アダラは首を振る。
『掟、破るな。皆、危険さらす』
『じゃあどうする! 狩りする道具、保存食、ほとんど無い! 女達、乳の出悪くなってる! このまま、何もしない。子供ら……死ぬぞ』
ソルデの声に群れの視線が集まった。悲嘆と苦痛にまみれた表情は、どうにもなら無い現実を、何とかしてくれという、祈りにも似たものだった。
『俺、行く』
『ソルデ……』
立ち上がったソルデに掛けられる言葉は弱い。
彼も理解しているのだ。それ以外の選択肢が、自分達に残されていないことに。
『食べ物、少しでも、手に入れる。もし、俺、帰らなかったら、皆、ここ離れろ』
『ソルデ、俺も行く』
『俺も』
数人の若いコボルトが腰を上げるが、首を振った。
『数、少ない方、いい。お前達、群れ守れ』
身支度を整えて、ソルデは歩き出した。
この身を危険に晒してでも、この事態を何とかしなくてはならないのだから。
そして――。
気がつくと、目の前には鉄格子があった。
どうやら罠に捕らえられた衝撃で気を失っていたらしい。薄暗いその空間で目を上げると、自分を睨みつけてくる人間達が見えた。
そうか、自分は捕まったのか。ソルデはそっとため息をついた。
覚悟はしていたが、こうしてみると、いかに自分が無謀なことをしたのかが分かる。
それでも、こんな危険を冒さなければならないほど、事態は切迫していた。
突然現れた魔王の軍から逃れ、着の身着のままでここまで流れてきた。すでに食料も底を尽き、狩をすることもままなら無かった。
「ったく、あんな犬コロ入れるから……こんな奴が」
ふと、ソルデは見張りの人間の声に視線を上げた。
「やめろ。ケイタさんの決定だぞ?」
「でもよぉ……やっぱりコボルトなんて……」
一体、こいつらは何を話しているんだ。
もしかして、俺以外に誰か仲間が捕まっているのだろうか。ついてくるなと言ってはいたが、我慢できずに来てしまったのかも知れない。
このままだと、群れを危険にさらしてしまう。
「みんな……すまん」
「皆さん、下がってください。彼とは、僕らが話します」
声に顔を上げると、人垣を抜けてやたらひらひらした服を着た奴が近づいてくる。おそらく魔法使いか何かだろうが、その顔立ちは幼く見える。
だが、ソルデの視線は、その後ろについてくる姿に釘付けになった。
「あ……?」
粗末な織物の服に身を包んだ、一匹のコボルト。周囲の人間の視線など物ともせず、しっかりとした足取りでこちらにやってくる。
「君、大丈夫かい?」
腰を下ろして、話しかけてくる人間。だが、こんな奴はどうでもいい。
気遣わしげな視線で、自分を見つめてくる犬顔。その後ろには星狼と、トカゲのようなものが付き従っていた。
「僕は君を害する気は無いんだ。ちょっと、話をさせてもらえないかな」
うかつに喋るわけには行かない。自分の群れがいる場所を話す事にでもなれば、待っているのは絶望の運命しかない。
「……ごめん、やっぱり僕より、君にお願いした方がいいみたいだ」
「いいのか?」
「同族同士で話したほうが、彼も安心するだろうしね」
「ケイタ!? そんなことしたら!」
「こんな魔物にどうして情けをかけるんだ!」
村の者の騒ぎを少年は片手を上げて制する。相当地位の高い人間なのだろうか、そいつに促されてコボルトが前に進み出る。
「大丈夫か。痛いとこ、ないか」
「あ……ああ」
思う以上に優しい笑顔で、彼はこっちを見た。村の雰囲気からすると、こいつもそれほど歓迎はされていないらしい。それでも、少年はこいつに便宜を図っているし、腰に山刀を吊っている様子からも、独立した身分にあることが分かった。
「お前、罠掛かった。どうして、人間の村、盗み入った?」
聞きたいことが山のようにある。
どうしてこいつは平然と人間の中を歩くのか、どうしてこんなにも、自信に溢れた目をしているのか。
そして何より、
「お前……名前、なんて言う」
問いかけに、彼は口を開いた。
「シェート。お前は?」
「……ソルデ……」
名乗りながら、ソルデは無意識に叫んでいた。
「助けてくれ……!」
「な、なに?」
「俺……仲間、助けたい! 村の仲間、みんな死にかけ! 頼む!」
いきなり会ったばかりの同族にこんなことを言うなんて、どうかしている。
でも、こいつなら。そんな気持ちが湧き上がる。
「頼む! シェート! 俺達、助けてくれ!」
村の集会所に集められた村人は、シェートを睨みつけていた。
不信と疑念、そして敵意。
「皆さん、とにかく落ち着いてください」
「いくらケイタの……勇者の言うことだからって、こればかりは聞くわけにはいかねぇ」
朝方に見かけた猟師の男は、いらだった顔でシェートに指を突きつける。
「こんな奴入れたから、あのコボルトも入ってきちまったんだ。今すぐ追い出して、山狩りするしかねぇ!」
「彼とあのコボルトには関係は無いんです! これはあくまでただの偶然で」
「大体、ケイタはどうしてそいつの肩を持つんだ!? そいつが他の神の勇者だって言うなら、アンタにとっても敵だろう!」
シェートは黙ったまま、騒ぎを見つめていた。
結局、彼らにとって自分はただの魔物なのだ。竜神の言うとおり、圭太がコボルトを受け入れなどしたら、確実にこれ以上の騒ぎが起こるだろう。
「早いとこそいつを殺すか追い払って、山のコボルトも皆殺しにしちまえ!」
「そ……それは……」
「そいつらは、例の魔物の巣に行くつもりなんだろう。昨日の街道のこともある。これ以上、厄介ごとを増やすのはごめんだぜ」
村人の言葉は、思い切り見当外れだ。
コボルトたちが、わざわざ魔軍などに参画することはない。こき使われ、嬲られ、殺されるために行くようなものだ。
事実、ソルデも近くにある迷宮の話など知らないと言っていた。
『俺達、もう、食べ物無い。体弱い奴、年寄り、子供、もう持たない』
同族の若者の、苦々しげな言葉が蘇る。
なんとしても助けたい、そう思う。
とはいえ、この場で自分に何かを言えるはずも無い。うかつに動けば、ソルデの命も危うくなるだけだ。
「アンタには感謝してる。勇者の力と、カニラ様の加護は、確実に村を良くしてくれているからな。だが、なんでもアンタが好き勝手していい、と言うわけじゃない」
圭太よりも一回り背の高い男が、いかめしく告げる。このリンドルを治める長である彼は、冷たくシェートを見つめた。
「今なら、見逃してやる。あいつを連れてとっとと出て行け」
彼にしてみれば最大限の譲歩だろう。本当なら自分もろとも、ソルデと群れの仲間を狩りつくしておきたいはずだ。
シェートは頷き、口を開く。
「わか――」
『しばし待て、シェート』
サリアの声が、冷たい石の香りと共に降る。集会所が沸き立ったところを見ると、この場の人間達にも声を聞かせているのだろう。
『驚かせてすまぬ。我が名はサリアーシェ。そのコボルトに加護を与えているものだ。カニラ・ファラーダの勇者、三枝圭太殿と、その恩寵を受けしリンドルの村の者に、提案がある』
自分の言葉が浸透したのを確認すると、サリアは続けた。
『この近隣に一つ、魔物の住む迷宮があると聞いたが、それは本当か?』
「え……ええ。半日位歩いた山奥に、一つあります。結構深いダンジョンなんで、何も手を打てていない状況ですけど」
『その迷宮、我が配下が落とそう』
女神の言葉に、村の人間が驚きの声を上げた。シェートを見る視線が、敵意から驚愕と困惑に満ちたものに変わっていく。
「そ、そんな! いくら彼が、僕よりレベルが高いからって……」
『落とせるな。シェート』
空気に匂うかすかな熱に、コボルトは力強く頷いた。
「ああ。俺、その迷宮、落とす」
『聞いての通りだ。その働きを対価に、そなたらと契約を結びたい。我らが望むは、コボルトたちへの、食料と必需品の援助』
その条件を聞いた途端、村の集会所に悲鳴と絶叫が満ち溢れた。
「バカな! そんなことできるわけがない!」
「いい加減なこと言って、俺たちを騙すつもりだろう!」
「コボルトを配下にする女神なんて、どう考えてもまともじゃない!」
村人の言葉に、思わずシェートは吹き出していた。
そして、サリアが立てた朗らかな笑いに、村人達が怯えたように沈黙する。
『まともではない……か。やはりそう見えるか』
「そうだな。お前、まともじゃない」
『そこは世辞でもよいから、私をかばわぬか。真面目に言われると中々に堪えるぞ』
「すまん。次から、ちゃんとお世辞言う」
軽口を叩きながら、シェートは深く安堵していた。サリアの言葉は以前よりもはるかに力強く、こちらの心と体に確信を満たしてくれる。
『援助と言っても、食料はせいぜい二日程度の備蓄で事が足りるし、必需品も毛皮や布などでよい。たったそれだけの対価でこの村は安堵され、魔物の侵攻が避けられるだろう。それに……』
なぜかサリアは言葉を響かせるのを止め、沈黙が辺りを支配する。
『今、カニラ・ファラーダとの契約も済んだ。後はそなたらが決断する番だ。それさえ済めば今すぐにでも、契約を履行しよう』
「か……神様同士の話が済んだら……俺達には、関係ないんじゃ?」
『馬鹿なことを。私は言ったはずだが? リンドル村の者と契約を結ぶと。カニラとの約定はその埒外、そなたらが断ればこの話は無しだ』
神との契約という意外な事態に、村人は皆困惑している。うろたえたままの圭太は、不安そうに場を見回していた。
「あ、あんたの言葉が信頼できるって証拠は?」
『たとえ私がそれを示したとて、そなたらは信じるまい。だからこそ契約を結ぼうと言っているのだ。断る権利はそちらにある、気に食わぬというなら、それでもよい。だが』
畳み掛けるように、サリアは言葉を継いだ。
『迷宮は魔物の砦のようなもの、このまま捨て置けば勢力が拡大し、いずれ村に大きな災いを及ぼすだろう。とはいえ、そなたらの勇者は村を守るのが手一杯で、迷宮の攻略には手を尽くせまい』
「そ……それは……そうだが」
『その点、我が配下はそなたらとは何のゆかりも無い。失敗して死んだところで、たかがコボルト、何の損失にもならぬだろうよ』
サリアの言葉に自分達の利得を嗅ぎ取った村長は、それでも慎重に切り出していく。
「もし、アンタのコボルトが死んで、その仕返しに俺達の村が襲われたりでもしたら、その時は……どう責任とるんだ?」
『それこそバカな話だな。コボルトが人間と通じていると考える魔物がどこにある。そなたらとて、我が配下を勇者と認めておらぬのに』
たっぷりと嫌味をまぶした言葉に、シェートは苦笑した。断る権利があると言いながら相手の弱いところを突き、巧みにこちらの思惑に誘導していく。
どうやらサリアは名実共に、怖い女神になりつつあるらしい。
『もし、シェートが死に、迷宮の攻略が成らなかった場合、我が加護を以ってこの村に強固な結界を施させてもらおう。すでに手配は済んである。我が存在により、リンドルは王城にも勝る堅牢さで守られることとなるだろう』
「な……なんで、アンタはそこまで、コボルトに肩入れするんだよ」
『そなたらには関係あるまい。重要なのは、この契約を受ければ、リンドルには繁栄が約束される、ということだけだ』
それから、長い議論があった。
村のものは皆、角を突き合わせ意見を戦わせていく。その間にサリアが条件を明確にして、意見を集約させていった。
「分かった。あんたの契約を、受けよう」
『感謝する。では、我が配下、コボルトのシェートが魔物の迷宮を落とした暁に、コボルトの群れに援助を与えるという契約を、結ばせてもらおう』
女神サリアーシェの声は、まさしく大神の威厳をもって、響き渡った。
目の前で旅装を調えていくコボルトを、圭太は複雑な気持ちで見つめていた。
村人とサリアの間で結ばれた契約は、村の勇者である自分を置き去りに進んだ。
もちろん、カニラたちに何も言うなと言われていたせいでもある。シェートを入れたために悪くなった自分の立場、それを守るために必要だと。
でも――。
「全く、無茶するよなぁ」
手元のスマホをいじりながら、呆れたように声を出す青い仔竜。それでも、不安そうな表情は見えない。
「すまん。でも、仲間助ける、これしかない」
「……いいんじゃないか。俺も、出来る限り手伝うよ」
「わうっ!」
「ありがとな、フィー、グート」
シェートの顔には意思しか無い。これから為すべき事を如何に為すか、それだけをまっすぐに見つめている。
『俺、勇者、魔王、全て狩る。そして、コボルト、害されない森、作る。お前の助け、必要ない』
絶対無敵の勇者と、百人の勇者の集団。その全てを討ち果たし、さらには魔王を狩って遊戯に勝利すると言ってみせた小さな魔物。
『コボルトが勇者に?』
『ええ。私の……古い友達が、加護を授けてね』
何かの間違いか、冗談の類かと思っていた。
だが、その話をカニラから聞いて一月ほど経った頃、村に何人もの勇者が訪れた。そのコボルトを倒すためだといって。
『君も来てくれないか。今回の討伐、回復役が少なくて困ってんだよ』
『ごめん……僕には、ここを守る役目があるから』
大剣を背負った少年は、少し残念そうにしながら、それでも笑顔で出て行った。
『それなら、もしできたらで良いんだけど、俺の助けた村の連中、ここで受け入れてもらえないかな』
『村の人と相談しなきゃだけど、多分できると思う』
『そっか。それじゃ、よろしく頼むよ。モジャ髭のせいで、まともな援助もできなくて気になってたんだ』
それが、彼と話した最後だった。
結局、モラニアからほとんどの勇者が消え、その代わり目の前のコボルトが残った。
その時から、圭太の中にそのコボルトへの興味が湧いてきたのだと思う。
「ケイタ、そろそろ行くぞ」
身支度を整えたシェートは立ち上がり、こちらをいざなった。
「う……うん……」
『要らぬ手間を強いることになるが、監視役の方、よろしく頼む』
「はい……」
自分も杖を手に取り、シェートの後に続く。
外には、村人達が控えていた。
「しっかり見張ってくれよ、ケイタ」
そういう村長の顔は厳しい。そういえば、村に来たころ、自分のやることなすことに、こんな表情で受け答えをしていたはずだ。
「もし、裏切るようなそぶりがあったら」
「……さっきの契約があるから、大丈夫ですよ」
「今じゃお前はこの村の要だ。絶対に生きて帰って来い」
「ありがとう……ございます」
長が下がると、村人の何人かが自分にねぎらいの言葉を掛けてくる。その一つ一つに胡乱な返事をしながら、目はシェートの動きを追っていた。
村人の垣根の向こう、大きな木の枝に下げられたコボルトの檻を、彼は見つめていた。
自警団に阻まれ、近づくことさえ許されない状態で、片手を上げて心配するなと声を掛けている。
「せめて、降ろしてあげることはできないんですか」
「アレは人質で、盗みに入った魔物だぞ。向こうの女神もそれでいいと言ったろうが」
自らを洗う嫌悪と不信の視線を気にも留めず、シェートが歩み進む。
その行く手に、誰かが立ちはだかった。
「俺は反対だ! こいつは、俺の村を襲った連中の仲間だぞ!」
昨日やってきた難民の一人。そういえば、彼だけは執拗に、シェートを村へ入れるのに抵抗していた。
「やめれ! ポロー! 新参のおらたちが……」
「こいつはゴブリンどもと俺を取り合ったんだぞ! 弱い農民は、魔物の好き勝手にされるのが似合いだって、言いやがったんだっ!」
「……やめてください」
圭太はその男の前に立ち、シェートと彼を別った。
「おい勇者様よ! お前、何でこんな魔物を村にいれてんだよ!」
「ポロー!」
「……彼はただの魔物じゃないからです。僕と同じ神の勇者で」
「じゃあ、その神は邪神かなにかか! そうでなきゃ、こんな犬コロっ、使う気になるもんか!」
彼の目は血走り、憎しみに濁った目でコボルトを睨んでいる。その視線を、シェートは悲しげに見つめるだけだった。
「……この人の言ったことは、本当なの?」
「俺、ゴブリン見かけて殺した。この人間、その場居た」
「それでっ、お前は俺を」
「この男、俺、化物言った。おびえてた。だから、そのまま、いなくなった。その時、おれもう、サリアの手下。魔物、仲間違う」
「う……嘘だ! なんかの間違いだ! コイツは俺をっ! くそ、放せっ!」
なおも食い下がるポローを、同郷の人間が羽交い絞めにして下がらせた。
その全てを無視して、シェートは村の門へと歩いていく。
「なんで……」
言葉が自然と溢れた。
「なんで、そんな風に、できるの」
「ケイタ?」
「どうしてそんなに、強いんだよ……」
その言葉に、コボルトはゆっくりと首を振った。
「俺、強くない。ただのコボルト」
「そんなわけ無いだろ……。だって君は、僕なんかよりずっとレベルも上で」
『そなたも聞き及んでいるだろう。我々には、約束された強さなどは無かったことを。シェートはただのコボルトでしかなく、兄上の勇者殿のように、絶対無敵の防御を掛けてやることもできなかった』
「それなら、どうして」
門がゆっくりと開き、シェートたちが歩き出す。慌ててその後を追った圭太に、サリアの声が掛かった。
『選ぶ道など無かったからだ。負ければ死ぬ、ただそれだけを、己の拠り所にして。そして、生き抜く手段を講じ続けた結果、力を手にした。それだけだ』
女神の言葉が、集会場で聞いたときと同じく力強く、耳朶を打つ。
物思いに沈もうとした意識を、コボルトの声が現実に引き戻した。
「ケイタ、もう時間ない。すぐ迷宮、行きたい」
「あ……うん。分かった」
「ところでお前、馬とか乗らなくても大丈夫なのか? こっちはバカイヌに乗っていけるけど……」
青い仔竜の気遣いに、軽くつま先で地を蹴って応える。
「村に来る前に、ちょっと冒険していた頃があってさ、このブーツはその時に手に入れたんだけど。半日ぐらい走りどおしでも疲れないんだ」
「ちょっと待った。今からお前もパーティメンバーに入れるから、カメラで写真とってもいいか?」
「え? い、いいけど……」
手にしたスマホでこちらを撮影したフィーは、妙に嬉しそうな顔で画面を見せてきた。
「これって……僕のステータス?」
「竜神特製のアプリケーションだよ。仲間のならほとんどのデータを表示できるし、モンスターも交戦回数なんかで、細かいデータを抜けるようになるんだってさ」
「へぇー……」
スマホに表示された自分の顔と、数値化されたデータ。ヒットポイントやマジックポイントという形で能力が見せ付けられると、まるで自分がゲームのキャラクターになったような気持ちがする。
「なんか、こういう風に自分のことを表示されると、ちょっと不気味だね」
「不気味って……まぁ、確かに、自分の命や能力をこうして数値化されっと、微妙な気持ちにはなるけどな」
そういえば、良く見ていた小説サイトでは、MMOの世界に入って冒険する話が流行っていたのを思い出す。
大抵は、主人公達が慣れ親しんだゲーム世界へ意識を移すタイプで、みんな当たり前のように受け入れていたけど、こっちは現実の体のせいか、違和感が拭えない。
「それで、このままだと全部のステータスが分からないんだ。もし嫌じゃなかったら開示できるデータの範囲、指定してもらえっかな?」
「いいよ。僕の能力って、そんなに大したこと無いし。全部見ても」
「じゃ、これに指当てて」
言われたとおりにすると、短いチャイムと共に画面表示が変わる。青い仔竜の指がスライドすると、自分の細かいステータスや装備している武器防具、覚えている魔法のデータが映し出される。
「凍月箭に陽穿衝……織光網縛っと、他にも色々覚えてるんだな。お、大呪文なんてのもあるのか……詠唱時間もそこそこ早そうだし……なるほどなるほど」
「そ、そんなことまで表示できるの?」
「データはあくまで目安らしいけどな。『人間の能力を数値化なんぞできるか。ゲーム脳も程ほどにせんと、己を見失うぞ』だってさ」
呆れた高性能の端末にため息をつく。どうやら、本人の能力よりもスマホの方が役に立つようだ。
「シェート、こいつの履いてるブーツはグートと同じぐらいに走れる魔法が掛かってる。俺達と一緒に移動しても問題ないぞ」
「分かった。案内頼む、ケイタ」
シェートに促されて、圭太は目的地を見据える。
村の前から続く街道の先、大きな山腹に遮られた向こうにあるはずの迷宮を。
「行こう。ここから走れば、多分二時間ぐらいで着けるよ」