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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~nameless編~
44/256

9、新しき村

「しかし……お前までこの遊戯に参加しているとはな」

 水鏡の向こうの景色を一度閉じ、サリアは友人の女神を見やった。自分と同じような長い衣に身を包んだ、青い髪のカニラは、目を伏せて淡く微笑んだ。

「理由はさっきも言った通りよ……今の天界で、遊戯を行わない神に待っているのは、ただ座して廃れていく道だけ」

「責めているのではないんだ。ただ、意外であったというだけで。それに、他の神にも聞いたが、モラニアには"知見者"の勇者以外はいないという話だったのでな」

「あの討伐が行われた後は、ほとんど神座の中で暮していたし、そう思われても仕方なかったかもね」

 医薬の神格であるカニラは、その性質もあって何度も付き合いを重ねていた。こちらの星に彼女の神殿や廟が建ったこともある。

 しかし、サリアが廃神になったと同時に彼女も姿を消し、廃れたか消滅したかと思っていた。

「それにしても酷いではないか。息災なのであれば、一言あっても良かろうに」

「……私のような小さな神が、勇者の行動を直接サポートする必要があるのは分かっているでしょう? シェートさんに付きっ切りで、ほとんど外に出てこなかったあなたも、私のことは言えないのではなくて?」

 肩を竦めるとサリアは酒盃を取り、カニラに手渡した。彼女は黙ってそれを口にし、自分もまた、それを干した。

「圭太殿は、良い勇者のようだな」

「ええ……私には過ぎた子よ」

「しかし、あのような行動を望む者が居ようとは、意外だったぞ」

 異世界での冒険や英雄となる道を選ぶのではなく、知に働いて名を成そうとするものなど、想像もしていなかった。

 とはいえ、遊戯に対して悪感情しか抱いていなかった自分に、そんなものを見せられて納得する気持ちなど、生まれようはずも無かったろうが。

「異世界の勇者と言っても、その存在は様々よ。みんながみんな闘争を好んだり、魔物を経験値としか見ない者ばかりではないわ」

「……耳に痛いな。伝え聞くところによれば、シディア殿の勇者も、心根の優しい少女であったとか」

「ええ。討伐前に村に寄ってくれて、少し話をしたわ。できれば、私の村に留まりたいと言ってくれたけど」

 ぽつりぽつりと交わされていく言葉と一緒に、降り積もっていく物がある。

 長く姿を見なかった友への親愛の情。

「しかし、世界を救うのではなく、人々の幸せを守るか。お前らしい」

「言わないで……私はただ……意気地が無いだけよ」

「いや、敗北すれば失うものも多かろう遊戯に、自らの危難を負って参加しているんだ。どれほどささやかに見えても、それを笑うことなどできないさ」

 言い差して、サリアはそっと目を閉じた。

「どうかした?」

「いや、怒りや憎しみは、本当に目を曇らせるものなのだなとな、お前を見て、つくづく思ったよ。お前のようなやり方は、私には想像することもできなかったのだしな」

「サリア……」

 自分がこうして大神などと呼ばれ、新たに自らの主張を始められたのは、過去に対する恨みを越えて、動き出すきっかけが与えられたからだ。

 シェートや竜神の存在、認めたくは無いが、イェスタのいざないが無ければ、自らの過去に溺れ、腐っていただけだったろう。

「ひとつ……聞かせて」

「どうした?」

「貴方はまだ、貴方の世界を貶めた神をしいすることを、願っているの?」

 こちらの物思いを誤解したか、ためらいがちにカニラが問う。

 その視線に浮かぶのは、不安と悲しみ。

「私に、貴方の怨讐を止める権利は無い。でも、大神と成った貴方が、思いのままに動けば、きっと天は割れるわ」

「正直、その願いが無いといえば、嘘になる。だが……」

 絶叫とともに石と化した兄の顔を思い浮かべ、その醜態の影にあるだろう事実に思いを馳せた。

 交誼を取り戻した後も、神々はサリア凋落の原因となった最初の遊戯の話について、口をつぐんでいた。

 いくら神々同士の争いが遊戯の発足と同時に禁じられたとはいえ、サリアの世界を貶めた手口は明らかにその埒外であり、首謀者の名が挙がれば、サリアの側から告発することも可能になる。

 だからこそ、現在上座に在るいずれかの神が厳重に口止めを、あるいは制約を絡めた盟を結ばせていることは想像に難くない。

「今、いたずらに動いたところで、きちんとした証拠や証言を取ることは難しかろうな。それはこの戦いに勝ち、最後の一つ柱になった後の話さ」

「……それ、本気で言っているの?」

「いけないか?」

 カニラは呆然とこちらを見つめ、それから深いため息と、苦い笑いを浮かべた。

「叶えてしまいそうね、貴方なら」

「まあ、それも今となっては瑣末な話だ。私のことより、優先するべきことがある」

「シェートさんの事ね?」

 問いかけの言葉はどこか甘く、面白がるような音色を含んでいる。

 その意味に気付かない振りをして、サリアは真面目くさって頷いた。

「あの者は、もはやただの配下ではない。我が分身と言い換えても良いほどだ」

「命を共にした者仲、ですものね」

「……お前も知っているだろう。私の神格に恋情の加護は無い。そういうのは"愛乱の君"にでも任せて置けばいいのだ」

「そんな台詞が出るということは、存外、思い当たらないわけでもないというわけ?」

「……竜神殿といいお前といい、どうしてそういう話に結び付けようとするんだ……」

 うんざりしたため息を漏らすと、カニラは楽しげな笑いを上げ、何気ない調子で言葉を継いだ。

「ねぇ……明日、シェートさんに、村を見て回ってもらわない?」

「どうしたんだ……急に」

「いくら彼が思う以上に強靭だからといって、休息は必要だわ。それに、勇者の仕事の良い側面も、知っておいて貰いたいと思ったの」

 サリアは口をつぐみ、ゆっくりと杯を干す。

 それから、頷いた。

「確かに、そうかもな。私も圭太殿のありようを見てみたかったところだ」

「あ……ありがとう、サリア!」

 どこか大げさな感のする礼を述べて、カニラは立ち上がった。

「帰るのか? 別に、このまま皆が起きるのを待っていても良いのでは?」

「その頃にまた来るわ。私も、自分の星を見なくてはならないし」

「……そうだな。では、またな」

 カニラの姿が神座から去り、残されたサリアは、水鏡の面を撫でた。

 映り込んだ自らの顔が揺らいで、苦しみに歪んだ顔をかき消す。

 そして、つと、ため息を吐いた。

「変わらぬものなど、無いということか」

 苦渋に満ちた言葉は、誰に聞きとがめられることも無く、消えていった。



 自分の神座に戻ると、カニラは緑の森の中を歩き始めた。小さな空間を一杯に満たした木々は、今も緑の香りを大気に振りまいている。


『しかし、世界を救うのではなく、人々の幸せを守るか。お前らしい』


 サリアの言葉には屈託はなかった。自分の言葉を額面どおりに受け入れ、心からそれを受け入れている風だった。

 図らずも、事態は"知見者"が示唆したとおりになった。いや、心のどこかで、彼の言葉を受け入れたいと考えていたから、サリアとの旧交を温めようという気になったのだ。

 ああして話すのは、サリアが廃神となったあのとき以来だろう。遊戯が神々の間に広がると同時に、彼女の姿は世界から消えた。

 

『正直、その願いが無いといえば、嘘になる』


 そう言ったサリアの目には、暗い翳が宿っていた。

 本人すら気が付かないほどの、それでも確かな怨嗟。

 分かっている。自ら慈しみ育てた世界を、謀略に潰えさせられた者の恨みが、そう簡単に晴れることは無いのだと。

 そのことを思うと、身の内が震えてくる。

 

『今、いたずらに動いたところで、きちんとした証拠や証言を取ることは難しかろうな』


 サリアは気が付いている。天界の裏側にある謀略の、おぼろげな輪郭に。

 でも、それが意味するところを、彼女が知ることはないだろう。

 なぜなら、首謀者達がそれを語ることは、"永遠に"無いからだ。

「……ごめんなさい」

 それ以上の心の働きの何もかもを封じ込めるように、カニラは膝を抱え、木の根方にうずくまるしかなかった。



 物音に気がつくと、すでに圭太は服装を整えて、表に出て行こうとするところだった。

「おはようシェート君。良く眠れた?」

「ああ」

 屈託の無い少年に返事をすると、自分も旅装をまとめ始める。

「もう行くの?」

「ああ。俺、早いうち、居なくなる方、いい」

 この勇者の少年にもう含むところは無いが、自分が村で歓迎されないのは明らかだ。騒ぎにならないうちに出るほうがいい。

「そのことなんだけどね」

「ちょっと出発、遅らせられないか?」

 気がつくと、圭太の足元に居たフィーが声を上げた。

「お前、夜遅かった。今日、寝坊する思ったぞ」

「いつまでもバカワンコに食いつかれたらたまんねーからな。俺も毎日進歩してんだよ」

 軽口を叩きつつ、先に玄関を抜けた圭太を追うようにフィーが出て行く。

「ちょ、お前!」

「来いよ。せっかくだから、勇者さまの仕事を見せてもらおうぜ」

 止める暇も無く出て行った仔竜を慌てて追いかけると、その後にグートも続く。

「何考えてる! 俺達、すぐここ出る!」

「これから圭太は村の見回りなんだってさ。俺達の飯もそれが終わったらになる。ってことで、良かったら一緒に村を見ないかって」

「俺、飯すぐ食わせてやる! だから」

「そんなに時間は掛からないよ。それと、フィーも色々自分のスマホに情報を入れておきたいんだって」

 反論する間も与えられず、のこのこと歩いていく二人に、結局シェートは従うしかなかった。

『大丈夫ですよ。昨日の約束はちゃんと効いていますから』

『律儀なことに、カニラは盟まで結んで不戦を協定してくれたからな。名実共に、ケイタ殿は我らと敵対せぬ』

 女神達の言葉に、シェートはため息で応じた。

『不満か?』

「お前達、俺、ケイタ見せる。あいつ、他の勇者、違う。そう言いたいか」

『……だから言ったであろうが。シェートにそのような手は通じぬと』

 フィーの板から伝わる竜神の言葉に、前を歩く圭太がこちらを振り返り、ばつが悪そうに頭を下げた。

『この遊戯において、こやつは例外中の例外。"知見者"殿や"闘神"の勇者辺りは、問答無用で襲い掛かってくるのだぞ?』

『分かっています。でも圭太さんの……勇者の所業の全てが、権力闘争の出汁でしかないなどと、思って欲しくなかったんです』

 カニラの言葉に、その場に居た全ての者が、苦く笑うしかなかった。

『あ……あの……私、何かまずいこと、言ってしまいました?』

『言わずが花という言葉を知らんのか、そなたは』

「気持ちは分かるけど、オブラートに包むとかしようよ……」

『カニラ……お前は昔から、そういう奴だったな』

「いいんじゃね? 変に取り繕われるよりは」

「わふっ」

 異口同音の揶揄にしょげ返った女神に、シェートはそっと笑った。

『やはり、貴方にとって、こんなことは戯事でしかないですよね』 

「そうだ。勇者、俺の敵。それ以外、どうでもいい」

『シェート……』

「でも」

 朝焼けに照らし出されていく村は、すでに人々が動き始めていた。

 村を貫く通りの中心には井戸があり、そこに近所から女達が集まって来ている。往来を足早に歩くのは、籠を背負い、あるいは荷駄を乗せた馬を引く男達。

 早起きの子供らが、少し離れたところに建てられた、煙突のある小屋へ駆けて行くのが見える。

 村のはずれにはなだらかな丘陵があり、無数のリンゴが植えられていた。すでに花の盛りが終わり、青い実が鈴生りになっていた。

「ここ、良い村」

「……分かるの?」

 圭太の問いかけに、コボルトは頷く。

 姿形は違っても、ここには日々を暮らす者の、穏やかな暮らしがある。

 自分の失ったものを幻視するように、シェートは目を細め、煙突のある棟を指差した。

「あそこ、釜場か」

「うん。この村は共同で使うところが多いんだ。あの煙突のあるところで、炊事と農機具の鍛冶とかをやってるよ。そろそろ朝のパンが焼き上がるんだと思う」

「なにそれ! 俺、そこ見てみたい!」

 フィーの言葉に従って一同は歩き出す。その道すがら、圭太の姿を見かけた人々が声を掛けてきた。

「おはよう、勇者様」

「レジナスさん、おはようございます。昨日はご苦労様でした。今日は山へは?」

「例の魔物連中が通ったせいで、獣がみんな逃げちまってな。しばらくは監視役でもやっていようさ」

 どうやら猟師らしいその男は、こちらに視線を軽く向けただけで去っていく。

「ああ、勇者様。おはようさん」

 ちょうど小屋の一つから出てきた初老の男が、笑顔で挨拶を掛けてくる。

「おはようございます、セリックさん。腰の具合はどうですか?」

 短く刈ったごま塩頭の男は、ぽんと腰を叩いて健在を示した。

「おかげさんで、もうすっかり。明日には現場に戻れるだろうよ」

「無理はしないでくださいね。開墾の陣頭指揮は、セリックさんでないと捗らないんで」

「わかっとるって! それじゃあな」

 それから引きもきらず、村人が圭太に声を掛け、その全てに律儀に答えていた。

「ケイタ、お前、村長か」

 村人達を捌ききったところで、シェートが尋ねる。少年は村人という言葉に、恥ずかしそうに首を降った。

「そういうわけじゃないよ。でも、顔役みたいなことにはなってるかな」

「おはよう、ケイタさん!」

「にいちゃんおはよー!」

 お使い物らしい、小さな籠や鍋を持った子供たちが、声を上げて圭太にまとわりついていく。

 そのうちの一人が、いきなりこっちを指差して叫んだ。

「なんでこんなとこにコボルトがいるのー!」

「にいちゃんおっぱらってよー!」

「狼と変なトカゲー!」

「変なトカゲじゃねぇっ! これでもドラゴンだぞ!」

 一緒になって騒ぎ出すフィーを引き剥がすと同時に、圭太は小さな子供達に目線を合わせるようにしゃがみこむ。

「昨日、うちの村に来る人たちが襲われたのは知ってる?」

「うん! 兄ちゃんと父ちゃんたちが、魔物を追っ払ったんだよね!」

「その時、このコボルトさんにも手伝ってもらったんだよ」

「うそだぁ!」

「なんでコボルトがそんなことするのー」

 黄色い声を口々に上げる子供の群れは、それでも興味深々といった感じでこっちを見つめてくる。

「シェート君は、いろいろ訳があって、カニラさまのお友達の手伝いをしているんだよ」

「ふーん?」

「こら、あんた達! あんまりケイタを困らせるんじゃないよ!」

 釜場の中から顔を出した年嵩としかさの大柄な女に一喝され、子供らが嬌声を上げて逃げ散っていく。

「まったくあの子らときたら……いつも悪いね。ちゃんと言って聞かせとくから」

「大丈夫ですよ。もうパンは焼きあがりました?」

「ああ。今は片付けしてる…………って、これが例のコボルトかい」

 無遠慮にこっちを見た女は、圭太に向かって呆れたように笑った。

「アンタのお人よしには困ったもんだよ。いくら開墾に人手が要るからって、よその村だけじゃなく、魔物まで引き込もうってかい?」

「違うんですよ。彼は」

「まぁ、いいさ。男どもはぶつくさ言ってるが、あたしゃアンタの味方だからね!」

 豪快に圭太の背中を引っ叩くと、女は一行をいざなって釜場に招き入れた。

 むっとするような熱気が押し寄せ、奥の壁際にしつられられた大きな石釜から、何人かの女達が焼きたてのパンを引き出していた。

「うわぁ……すげぇなぁ」

 物珍しさに感嘆したフィーが釜場の光景を写し取り、不思議そうに呟いた。

「でも、なんでこんなとこで飯作ってんだ? 家の暖炉ととか使わねーの?」

「一つの火、皆使う、使う薪、少なくなる。煮炊き一緒する、食い物分けたりできる」

「それに、パンを焼くのには大きな火力がいるからね。みんな一斉にやった方が節約になるんだよ」

「なるほどなぁ……」

 釜場にはいくつかの炉もあり、赤々と燃える焚き火の上で鍋が煮立っている。忙しく働く主婦達の間に混ざり、招き入れてくれた女が何かが入った鍋とパン、皮袋を持って戻ってきた。

「ほら、今朝の分」

「ありがとうございます、いつもすみません」

「今日の昼はどうするんだい? 良かったらうちで食べてかないかい?」

「山の見回りがあるんで、お弁当はジェマさんにお願いしてありますから」

「やれやれ、勇者様も大変だねぇ。それじゃ、晩御飯にでもおいでな」

「わかりました、それじゃ」

 ずっしりと重そうな朝食を手に、圭太がよろよろと歩き出す。そのいくらかを肩代わりしてやると、少年は笑顔で頷きつつ、元来た道を戻り始めた。

「持ったままじゃ見回りも無いからね。まずは朝ごはんからにしようか」

「やったー! 早く食おうぜー!」

 その後、道すがらにチーズや絞りたての牛乳なども貰ったおかげで、朝食のテーブルはかなり豪華な状態になっていた。

「慕われてんなぁ、勇者様は」

「……そんなに大したことはできて無いんだけどね。村の壁に守りの結界を施したり、自警団と一緒に魔物を撃退したりが主な仕事。あとは病気とか怪我の治療と、薬草園を作ったくらいかな」

『見たところ、この村はリンゴが名産らしいな。人工授粉や品種改良はやってみたか?』

「品種改良は時間的に無理ですけど、人工授粉のやり方くらいは。今年は実になる花が多いって、みんな喜んでました」

 自分の成果を語る圭太の顔は、昨日とは違って生き生きとしていた。

 竜神との会話の内容は良く分からないが、それでも圭太がこの村に深い思い入れを抱いていることが分かる。

 だから、シェートはそれを口にした。

「ケイタ」

「どうしたの?」

「お前、このまま、遊戯、負ける気か?」

 彼は村の発展には尽くしているが、積極的に魔物を倒したりすることは無い。

 裏を返せばそれは、レベルアップという作業を放棄しているということ。遊戯に勝利するための力を得ていないことに他ならない。

 指摘に勇者の少年は黙り込み、少し悲しげに笑った。

「"知見者"の勇者が来るのは知ってるよ。っていうか、いずれ誰かが、僕よりもレベルが上の強い勇者が来て、倒されることは分かってた」

『それでも、敵意も害意も無く、時が来れば不戦敗を宣言する予定の私達を、無理矢理弑するような神は、居ないはずです』

 主従共に同じ思いを口にすると、サリアの悲しげな香りが漂う。

『お前はそれでいいのか? カニラ』

『ええ。圭太さんに掛けた加護の分は、全て取り戻しているわ』

「僕は、世界を救う勇者にはなれない。だけど、村のみんなを幸せにする勇者には、なれると思うから」

 全てを割り切り、自らのなすべきことを見据えた言葉。

 シェートは、つくづくと、深いため息をついた。

「俺、お前、うらやましい」

「シェート君?」

「俺、遊戯負ければ、死ぬ。それだけだ」

 朝の光景を見て、思ったことがある。

 あれは多分、自分が願った未来の形だ。いつか、自分の仲間が、コボルトたちがああして安らげる世界。

 しかし、自分と圭太には決定的な違いがある。

「お前負けても、きっと村、残る。村の奴、お前思い出す。でも俺、死ねば、終わり」

「あ……」

「コボルト、結局魔物。俺死んだら、コボルトの事、考える奴、いない」

 朝食の席が、冷えた沈黙に支配される。

 それでも、何か救いを求めるように、圭太は口を開いた。

「そ、それなら」

『やめておけ。その提案は、決して口にしてはならん』

 いかめしく、竜神は言葉で勇者を押しとめた。

『それをすれば、そなたは最大の厄介ごとを抱えることになる。こんな村など、一瞬で消し飛ばしてしまう災厄をな』

「そんな……」

『物事を軽く考えるな。昨日の村人の反応を思い出せ。異種族を受け入れるということはな、そなたら異世界の者が考える以上に、根深い抵抗を受けるのだ』

 そこまで聞いて、シェートは圭太がしょげ返っている理由に気が付き、呆然とした。

 彼は、コボルトをこの村で受け入れようと言おうとしたのだ。

『重ねて問おうか。もし、この村にコボルトという「魔物」を受け入れれば、確実に近隣の村からも、各国からも目の敵にされる。そんな状態で、そなたはこの村を守り、発展させることができると思うか?』

 完全に逃げ道を封じられ、圭太は黙り込む。

 本当に不思議だ、シェートは幾度も彼らに思ってきたことを、再び感じていた。

 異世界の勇者。

 彼らの行為は、本当に子供のそれだった。

 悪意や善意を推し量ることすらバカバカしくなるような、感情の生き物。

「ごめん……僕は……その……」

「いい。俺言った、ただの愚痴。気にするな」

 本当は、愚痴というよりは嫌味のつもりだった。

 こちらが生死を掛けて戦っている裏で、何の憂いも無く、善行をくことだけ考えていればいい、気楽な勇者への当てこすりとして。

 でも、自分は気付いていたはずだ、異世界の勇者は『子供』だと。

 感情のままに振る舞い、わがままの限りを尽くすのが子供。

 同時に、何のしがらみも無く、己の心に従い善を為そうとするのも、また子供なのだ。

「な……なんだよ?」

 こちらの視線に気がついた青い仔竜が、居心地悪そうに顔をそらす。

「俺、勇者、魔王、全て狩る。そして、コボルト、害されない森、作る。お前の助け、必要ない」

「それ……本気で言ってるの?」

 驚きと戸惑いの顔で見つめてくる勇者に、シェートは頷いた。

「シェート……君」

「でも俺、戦う気無い奴、狩るつもり、無い」

 こちらの言葉に、勇者は目を伏せて、それから頭を下げた。

「ありがとう」

 その時、小屋の扉が荒々しく叩かれた。

「ケイタ! ちょっと来てくれ!」 

「……どうしました!?」

「村に魔物が入った!」

 一堂が腰を浮かし、緊張が走る。

 だが、その次に語られた言葉に、シェートの顔は苦痛に歪んだ。

「……コボルトが、村の外れの罠に掛かってる。すぐに来てくれ!」


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