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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~nameless編~
39/256

4、旅立ち

「まだまだ修行が足らんな」

 岩屋の中に落ち着いた途端、竜神はため息交じりで言い放った。傍らに引き寄せた巨大なキーボードを叩きつつ。

「対手の面前で、露骨に動揺してどうする。あのまま行けば"知見者"殿に付け入られるばかりだったぞ?」

「面目次第もありません」

「まぁ、途中まではうまく出来ていたと思うがな。如才なく振舞うすべは、今後の課題といったところだろう……っと、またエラーを吐きおったか」

 冷たい視線を飛ばしてくる小竜たちなど気にも留めず、楽しげに作業を続ける竜神。

 表立って手助けできない、フィアクゥルへのささやかな支援。という口実の下に行われるアプリ作成は、最近の彼の楽しみであり、小竜達の頭痛の種でもある。

「やはり、狡猾というものは難しいものですね。彼の神のようには行かぬようです」

「別にあやつのようにやり通すことが、最良であるというわけではあるまいよ。そなたはそなたらしく、ということだ」

 それきり、竜神はひたすらにキーを叩き、サリアは座席の傍らに置かれた書物を開き、見るとはなしに眺めていた。

 竜神の所有している書物のいくつかは神のために創られたもので、触れるだけで知識を読み手に与え、必要な経験さえも習得するとができる。

 新たに得た神格を『降ろす』ために、サリアはそうして時を過ごすことが増えていた。

「そういえば、フィーとグートへの加護は、うまく掛けられたか?」

「他の神と盟を結び、それを使って整えました。星そのものを捧げるほどではありませんが、有事に加護を使えるというのは心強い限りです」

「自らの得た世界の管理を他の神に任せ、その盟を持って加護の購いとする。もし自らが敗れても、神格交代による混乱は小さく済む、か」

「敗れるつもりは毛頭ありませぬが、天の乱れを地の塩に及ぼすことは、本意ではありませんので」

 前回の竜神との盟をヒントに、自らの得た星々の管理を委譲、その盟を持って加護を買うという行動は、確実に状況を明るくしている。

 なにより、シェートだけに苦労をさせずに済む事が嬉しかった。

「そういえば。改めて、フィアクゥルの件、ありがとうございました」

 地上にいるシェートの顔を、目に見えて明るくさせた青い仔竜。加護では埋めることのできないものを満たしてくれる彼の存在は、欠くことのできない物になりつつある。

「あれはまぁ、儂なりの戯事よ。礼など不要だ」

「それでも……これ以上、シェートを一人にすることは、彼のためにも良くないと思っていたので……助かりました」

「まるで、あやつの親のような口ぶりだな?」

 竜神はモニターから顔を外し、面白そうに目を細めている。その中に含まれた感情を受け止めると、サリアは苦笑した。

「そうですね。こうも長く、一つの存在を見つめることが久しくなかったからでしょうか……入れ込みすぎて、いるのでしょうね」

「神にとって、定命の存在は泡沫の夢のようなものだ。長く関わることはきわめて珍しいものだしな……そういえば、異世界の勇者を自らの配下に加える者も少なくないと聞く」

「魔王を討伐した勇者であれば、神格化して信仰を集めさせることもできるというわけですね」

「それだけではないぞ? 中には自らの夫君や細君、愛妾にする者もいるとか」

 話が艶笑談えんしょうたんの色合いを帯びところで、咳払いを一つ。竜神はくすくすと笑いつつ、自分の作業に戻ってしまう。

「"知見者"殿は、どう出られるでしょうね」

 背中を丸めた竜に、さりげなく声を掛ける。軽快なタッチタイプを繰り返しつつ、彼は言葉を選んで考えを広げ始めた。

「おそらく、シェートを完全に包囲、殲滅することを考えていよう。そなた、彼の神の神規は見切れたか?」

「いえ……。ただ、伝え聞くところによれば、"知見者"は武勇ではなく知略で勝利を収めることを好むとか……あの軍隊を見る限り、そのような神規を展開されているとしか」

「RTS、というものを知っておるか?」

 聞いたことも無い単語に首を振ると、竜神はモニターに何かのゲーム画面を表示して見せた。

「リアルタイムストラテジー、仮想の世界や国家を設定・再現し、定められた勝利条件を満たすことで勝利する、シミュレーションゲームの一形態だ」

「戦略や戦術を学ぶための模擬戦、というわけですか?」

「それだけではない。国家間の商業流通や外交、技術開発や交換など、あらゆる要素をやりとりする。しかも、全てがゲーム内時間によって進行し、移動や戦闘行動と同時に、生産や開発なども行われる複雑なものだ」

 ゲーム画面には多数の数値が示され、どことも知れない緑成す大地の上を、小さな駒が蠢きまわっている。戦闘状態を示す騒乱の表示と同時に、港町から帆船が別の港へと出向していくのが見えた。

「まさか……"知見者"殿は、こんなものを世界全てに!?」

「いや、おそらくは勇者を"本丸"と設定し、ある程度効果範囲を限定しているだろう。だからこそ、彼の勇者はエファレアから、はるばるモラニアまでやってきたのだ」

 神規の恐ろしさと複雑さは、イヴーカスの勇者と戦ったことで身に染みている。相手のルールを理解しないまま戦えば、負けるのは必定だ。

「このゲームに、なにか弱点は?」

「そのような言い方は適切ではないが、察しは付く。おそらく、"知見者"の勇者は一切の戦闘力を持たんだろう」

「そ……そんなことで、大丈夫なのですか!?」

「RTSは、国家やコミュニティの指導者を仮想体験するゲームだからな。そこが、前線指揮官となって遊ぶウォーシミュレーションと違うところだ」

 竜神は旗のマークが付いた都市をクリック、彼の本丸を表示してみせる。

「このゲームでは、儂のプレイヤーキャラクターが住む都市を攻め落とされれば、敗北が確定する。おそらく彼の神も、似たような敗北条件を設けているだろう。神規はあくまでルールを作るものであり、絶対無敵の力を与えるわけではない」

「逆に言えば、本丸にいる勇者を落とせぬ限り敗北はない、ということですね」

「百人の勇者はあくまで烏合の百人にしか過ぎん。だが、彼の神の兵団は、無限に近い数を繰り出せるぞ。しかも、一糸乱れぬ統率の下、精兵をえりすぐってな」

 竜神の説明を聞くごとに気分が重くなってくる。

 無敵の軍隊すら生み出す神規のインチキ振りは、あからさま過ぎるほどだ。

「ちなみに……竜神殿がなさっているゲームで、暗殺者が本丸を落とす可能性は?」

「大抵のRTSにおいて、暗殺を勝利条件に含めているものは少ない。対策を講じられるものなら、九分九厘無駄に終わるぞ」

「現実の歴史では謀殺、弑逆の類は枚挙に暇がないでしょうに。その辺りはシミュレートされていないのですか?」

「物騒なことを言うな! というか、戦略を競うゲームで、そんな一撃死をぽこぽこ決められてたまるか!」

 なにやら思い当たる節があるのか、竜神の顔が渋くしかめられる。彼の言う物騒なことが、実際に禁じられているかは分からないが、"知見者"は確実に暗殺を封じる手立てを講じているだろう。

「では、私達に勝つ目は無い、と?」

「早合点するでない。暗殺では無いが、そなたらにも神規を破る方法があるだろう。決闘の空間に封じてしまえば、援軍や復活蘇生を阻止できる」

「そのためには、少なくとも視認できる範囲に入る必要がありますし、そこまで近づく算段をどうするかという問題もあります」

「……儂らにはもう少し情報が必要、ということだな」

 そう竜神が締めくくったところで、洞内に電子音が響く。モニターに表示されたものを確認すると、彼は喉の奥を鳴らして笑った。

「フィーからの連絡だ、そなたも見てみるか?」

「ええ。拝見します」


 "乙。ちゃんと真面目に仕事してるか?

 今日は糸紡ぎってのを習った。布織るって初めて見たけど結構面白いな。

 また連絡入れる。"


「ずいぶん、ざっくばらんな連絡ですね」

「まったくだ。あやつめ、毎度この調子だからな」

 彼は笑いながら"めーる"と一緒に送られた画像を表示する。そこには、木に掛けた機で布を織るシェートの姿が映っていた。

 何か口ずさんでいるのだろうか、うっすらと目を細め、軽快な調子で布を織っているコボルトの姿は、日々の生活を楽しむ様子に溢れている。

「しかし、不思議なものだな」

「どうかされましたか?」

「いや、このシェートの持っている知識がな、少し気になったのだ」

 二本の棒と紐を組み合わせた原始的な織機。人間達が文明が黎明に当たる時期に発明されるレベルのものだ。

「コボルトたちは人間や他の魔物の技術を盗み見、それを自らに合うように守り育ててきたようです。そして、群れの誰かが欠けても良いように、男女の区別なく、さまざまな技術を身に付けると聞きました」

「他の魔物に比べて弱く、なんら特殊な力も持たぬ彼らの、生きながらえる手管……それ自体は素晴らしいと思うのだ……だが」

 何かを掴もうとするように、竜神は目を閉じて思考をめぐらせていく。シェートという存在の何かを探るように。

「サリアよ、この世界のコボルトたち、そなたの印象では、どう見る?」

「……そうですね。気弱で臆病。日々の生活を営むこと以外には執心せず……正直、シェートのような猛々しさは、他のものに望むべくもないでしょう」

「その他には?」

「大分牧歌的、といったところでしょうか? 狩猟や簡単な農業などを営むことを中心に生活しています。おそらく今代の魔王は、コボルトを完全な奉仕種族として設定したのでしょう。支配者に逆らわず、物資を生産し、それらと労働力を供出する……」

 実際、コボルトの集落は小さなコミュニティを形成し、そこで生産や蓄積を行っているのが常だった。生産ということを行わない他の魔物が、楽に補給を行える拠点として使うことも多い。

「なるほど……RTS、か」

「……え?」

 意外な単語にサリアは驚き、同時に苦笑いを浮かべる。

「しかし、魔物側にはレベルシステムも神規も存在せぬはず。その代わり、無制限に魔物を生み出し、神の目の届かぬ居城を持つなどの、異なった優遇措置が」

「別に、パラメータなど振られている必要は無いのだ。RTSのように考え、魔物の特性を把握し、戦略的に配置しているのでは、とな」

「戦略的……モラニアを初めとする魔物の配置を見れば、頷けるところもあります」

 他の大陸よりも低く抑えられた魔物の強さ、緩やかな侵攻。ほとんどの神々がそれを利用しようとモラニアに群がった。罠の可能性に不安を抱えながら。

「豚は餌に喰らい付いた。もし、"知見者"の軍がエファレアに現れなかったら、かの大陸は瞬く間に蹂躙されつくしたろう」

「同時に、モラニアという餌箱の餌は早晩尽きていたでしょうね。我が兄と、そこに居る勇者たちによって……その後は」

「中央の強力な魔物に匹敵できぬレベルを抱えた小神の勇者たちは、共食いを始めただろう……強力だがたった一人の勇者と、中堅の力を持つ多数の勇者、どちらを相手取るのが楽か……魔王は前者と踏んだわけだな」

 どれほど強力な相手であれ、たった一人なら力を見極め、対策を取ることで倒せないことは無い。そのことはシェートと自分が証明して見せたことだ。

 図らずも、現状は魔王の描いたであろう盤面に近くなっている。

 一匹のコボルトの手で。

 そのことに気がついた時、サリアは苦い笑みを浮かべた。

「竜神殿……よもやとは思いますが、魔王は私の動きさえ読んでいたという可能性は?」

「バカを言うな。もしそのようなことがあれば、魔王は天界までも見通す力を持っているということになる。そんな力を持った者がいるのなら、なぜもっと早く出してこない?」

 その言葉に安堵と、不安が沸き起こる。

 このまま行けば、シェートは確実に"知見者"と事を構えることになる。中央大陸平定の要となっている神の軍隊と。

 その結果、シェートを勝たせてしまったら?

「どうやら思考を飛躍させたようだが、やめておけ」

 不安に顔を曇らせたサリアに、竜神は首を振った。

「ですが……」

「彼の神に対抗する術も見出せぬというのに、その後の心配か?」

 竜神の指摘は最もだが、それでも考えずには居られない。

 シェートの願いは結局コボルトのためのもので、人間を救うという目的に向かうことは無い。彼の立場からすれば、"知見者"を打ち破った後のことなどは、どうでもいいということになる。

 それは彼の本質である『魔物』の振る舞いに相違ない。

「……私のしていることは……正しいことなのでしょうか?」

「では、ここでやめるか? "知見者"殿に頭を垂れれば、全ては丸く収まるぞ」

 厳しい問い直しに、サリアは瞑目する。

 最も弱き魔物を助け、共に走り、切り開いた先に見えたもの。

 彼の願いを叶えたいという気持ちもまた、自分の中では等しく強い。

「ここで辞めてしまえば、シェートの思いを、行動を無にすることになります」

「ならば、どうする?」

「……二つながら叶えるほか無いでしょう。魔王を討ち滅ぼし地を安らげ、同時に我が配下の願いを成就させるのです」

「なるほど。そなたを竜種の守護者にと、推挙した儂の目に狂いは無かったな」 

 くつくつと笑いながら、竜神は思いもよらないほどに表情を和らげた。

「相反するものを共に欲するその強欲、我らが血脈にも中々見出せぬものよ」

「では、我が同盟者よ。非才にして無謀、そして欲深き女神に、御力を」

 サリアは片手を差し出し、真正面から竜眼を見つめる。その深い黄金の瞳は、いくつもの複雑な輝きを湛え、やがて目礼と、鉤爪を手と繋ぐことでうべなった。

「このような古蜥蜴などでよければ、喜んで」



 水鏡の淵に座ると、サリアは朝の準備に忙しいシェートたちに声を掛けた。

「おはよう、今日も早いな」

『ああ、サリアか。おはよう』

 すでにかまどは壊され、鍋代わりに使っていた兜なども地面に埋めてしまっている。掛け小屋もすでにつぶされて、ここで暮した痕跡が全て消されていく。

「何も、全て壊していく必要はないのではないか?」

『住んでたとこ、去る時、必ず全て壊す。気持ち、残さないように』

 厳しい言葉にサリアはあえて何も言わず、つぶした小屋の材料をまとめている仔竜に声を掛けた。

「おはよう、フィー。調子はどうだ?」

『ぼちぼち。今日も朝早くてだるいよ』

 シェートの告白を聞いた後、気を落としていた仔竜は、目に見えるほどに調子を戻していた。竜族とはいえまだまだ子供、感受性の強さがあだになることもあるのだろう。

「"知見者"の軍は、どうやら南征を行うつもりらしい。そのついでに、我々も滅ぼす算段をされているそうだ」

『……俺、ついでか』

「彼の神とは地力も違うしな。まあ、こちらのすることはいつもと変わらぬ。弱点を探って、討ち果たす術を見出すしかない」

 暗殺成功の可能性が、極端に低くなっているという事実はあえて伏せる。これ以上、不安要素を教えても意味はない。

『なんなんだよ、その"知見者"って……そいつ、いわゆる勝ち組なんだろ? なんでいまさら、あんたの持ってる領土なんて欲しがるんだ?』

 朝食の焼き魚の前に座り込みつつ、文句を言うフィーに、サリアは苦笑をもらした。

「神というものは、そういうものさ。こうした遊戯がまかり通っているのも、結局は領土拡大のため、戦をする口実が欲しいのだ……それがたとえ、遊戯において常に上位に君臨する者だとしても」

 そのことに関して、すでに怒りも呆れも湧いてこなかった。

 あの晩、シェートが言った言葉を借りれば、奪われるものの気持ちを想像もしないものに、憤りや憎しみを抱いても無駄なのだから。

『あんたは……どうなんだ? これだけ勝っちゃったら、やっぱりそういうカミサマの一員ってことになるだろ』

「手厳しいな。そのことも織り込み済みさ。私もただ、流されるつもりは無い」

 シェートとが決心を語ったように、サリア自身も期するものをすでに持っていた。

 いや、一度は諦めたものを、再び主張する機会を得たのだ。

「この戦いに勝利した暁には、神々の遊戯というシステムを、終了させるつもりだ」

『……そんなこと、できるのか?』

「分からぬ。だが、少なくとも一時的に凍結、あるいはシステムやルールの改訂をすることは可能だろう。例えば、どこかに闘技場でも作って、神と魔とで直接殴り合いでもするとかな」

『今度は対戦格ゲーか! それならいろんな奴に迷惑掛からなくていいな!』

 楽しそうに笑う仔竜に、サリアは少しだけ苦笑まじりで言い添えた。

「とはいえ、格ゲーとやらは私の手に余るがな。元々私は争いを好まないし……まず竜神殿に勝てる目が全く無い」

『え? オッサンとやったの? 格ゲー』

「ああ。何がなにやら分からぬうちにやられてしまった……本当に……あの方は大人気ないな」

『分った。帰ったら俺が仇とってやるからな』

「ああ、よろしく頼む」

 とはいえ、自分との対戦の後、竜神は小竜たちに集団で"しばかれた"ので溜飲は下がっているのだが、気づかいはありがたく受け取ることにする。

『……そろそろ、行くぞ』

 すでに朝食をしたためたシェートは、グートに旅装を施していた。

 専用の鞍と手綱、鐙をかけて、鞍袋を括りつける。野生の生き物にとっては異物であるにも関わらず、星狼は文句一つ言わず、おとなしくしたがっていた。

「グート、そなたには苦労をかけるが、よろしく頼む」

『……わふっ』

「とはいえ、そのまま背負わせる気も無いがな。イェスタ」

「はい」

 差し出された時計杖が水鏡に触れ、狼に白い輝きが一瞬宿る。

『お、リジェネ付いたのか。こっちでも確認したぞ』

『良かったな、グート』

『うふぅっ』

 そうしている間にも、一行はそれぞれの準備を済ませていく。

 シェートは、新造したミスリル製の手甲と脚甲の具合を確かめ、織り上げた旅装に袖を通す。使い慣れた弓に新しい弓弦を張り、矢の詰まった矢筒を背負うと、ワイバーンの皮をなめして作ったマントを羽織る。

 フィーがおぼつかなげに胴回りに括りつけた袋をいじり、中に入った物を調べ、内容をスマホに記録させていく。

 二人の準備を眺めていたグートはあくびを一つ。その身に着けた品々のわずらわしさなど気にも留めていない。

『そうだ、フィー。俺、渡すもの、忘れてた』

『これ以外に何かあるのか?』

 コボルトが皮の鞘に包まれた、一振りの山刀を差し出す。

『これ、どうしたんだ?』

『山入る男、みんな山刀持つ、枝打ち、薪集め、小物作り、色々使う』

『こんなもん、いつの間に……』

 青い仔竜の手で抜き放たれたそれは、ミスリル銀の光沢を持つ片刃と、中空になった柄を持っていた。

『なんでここ、空っぽなんだ?』

『そこ、長い棒、差す。即席の槍、なる』

『それで俺も戦えって?』

 シェートは笑顔で首を振った。

『そうやって使う、最後の手段。普通、大魚取る、銛代わり』

 収めた山刀を身に着けてやりながら、シェートは思いもよらないほどの、優しい顔で言った。

『お前のだ、大事にしろ』

『うん……』

 鏃を削る合間に、造っていたであろうそれ。

 狩人にとって狩猟道具は命を守るものであり、魂に等しいという。それを年長者や群れの長から手渡されるということは、相手を同輩として認めた証拠だ。

 おそらく、フィーはその意味に気付かないだろう。

 それを手渡したシェートの気持ちにも。

『行くぞ』

 全ての準備を終え、シェートが騎上の人となり、片手を仔竜に差し出す。

『……ああ』

 不安と恐れを湛えたフィーの顔が、決意に結ばれる。

 そして、二人を乗せたグートは、走り出した。

 木々の生い茂る、安らぎの住処から。


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