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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~ReBirth編~
31/256

16、生きるために

「俺、別に加護いらない、思ってない」

 深夜。

 小さな焚き火の前で行われた作戦会議の締めくくりに、シェートは切り出した。

「つったって、お前の話聞いてると『俺は加護なしで戦いたい』って言ってるように聞こえるんだけど?」

「……かもな。でも神器、壊される、取られる、無くなるもの頼る、無くした時、弱い」

『確かにな。始めは苦肉の策だったが、防御や攻撃、破術の付与は物を選ばず、柔軟に使用でき、しかも奪われない。最悪、木の枝でも、肉体でも、付与すれば戦える』

 シェートは頷く。

 すこしずつ分ってきた、自分が生き残るために何が必要なのか。

「俺、欲しい、生き残る力。誰も奪えない、取られない、そういう力」

『生き抜く力、か』

「だから、神器、加護、頼らない」 

 弱いからこそ、そして弱いものが、強いもの達に勝つために。

「なしで戦う、考える」

 考えるのをやめない、それが自分の進むための標。

『やれやれ、これでは何のために私が加護を使えるようにしたか、分からんではないか』

「ごめんな。でも、ありがとう、サリア」

「で、その無茶な作戦に、いきなり加わってくれとか……」

「来た早々すまん、フィー」

「わふっ」

「ありがとな、グート」

 火明かりの下、それぞれの顔を見回し、シェートは頭を下げる。

「すまん、みんな、力、貸してくれ」

『それは構わんがシェートよ、フィーもグートも、私の"加護"なのだがな?』

「え!?」

「しかも、"無くなるかもしれないもの"なんだけど」

「いや……その……」

 気まずい沈黙、その雰囲気を破ったのは、女神の喜びと労わりの香り。

『いいのだ、何を言いたいのかは分った。だから、そなたは思うようにせよ』

 何も言えなくなってしまったシェートに、サリアは優しく笑った。

『生きるために、な』


 星狼の体が風を切り、シェートの視界が輪郭を失う。自分とフィーの体が軽いとはいえ防具や矢筒を持った状態でも、試し乗りした時と速度が変わらないことに驚く。

 あっという間に目の前に目的地が見えてくる。地形的にはさっきとあまり変わらない、なぎ倒されていない木々が高く伸びているだけだ。

 だが、その立ち木の間に群れて刺さるもう一つの物が、異質を生み出している。

 勇者達が遺していった無数の愛剣が、突き立てられていた。

「フィー! 頼むぞ!」

「うおおおおっ! 降ろすのもやさしむぎゅうっ!」

 転がされ剣の林にぶつかって止まった仔竜を確認して、グートに乗ったまま一振り引き抜く。

「グート、転進!」

 飾り気もほとんど無い質素な一振り、急反転した視界に、こちらに走ってくるゴーレムと枝を折りながら飛来する翼竜が大写しになる。

「いけえっ!」

 左手でたてがみを掴み、右手で剣を肩に担ぎ、全身で星狼にしがみつく。その疾走速度は剣一本乗せたところで衰えはしない。

「ワイバーン! "テイルニードル"!」

 ホバリングしながら突き出される尻尾、そこから放たれる針の雨をものともせず、斜め走りする狼。ゴーレムの太い左足が大写しになり、

「うおおおおおっ!」

 掴んでいたたてがみを離すと同時に、狼の背を押して体を跳ね上げ、担いでいた剣を両腕で一気に振り下ろした。

 ぎゅううんっ!

「ぐうううっ!」

 手に伝わる強い痺れ、狼の突進力と全身の膂力、そして三重の加護が、ゴーレムの表面に楔形の傷痕を刻む。そのまま地面に着地した体を回転、

「おおおおおっ!」

 大きく振りかぶった一刀が、くるぶしに当たって粉々に砕ける。同時にミスリルの細かい欠片が爆発するように飛び散った。

「ゴーレム! 足元にパンチ!」

 力の解放で体勢が整わないシェートに、股の下に向けたゴーレムのパンチが降る。

「うおんっ!」

 首筋をくわえて素早く狼がさらい取り、一瞬でコボルトが騎乗の存在となった。

「よし! いけ!」

 一気にゴーレムの威力圏内から遠ざかり、再び剣の林を目指す。

 フィーの情報と、サリアの助言を得て立てられた作戦。それはあきれるほど単純な策。


『おそらく、破術はゴーレムにも有効だ。掛けられた魔法を打ち消し、攻撃と防御の力を叩きつけることで破壊もできよう』

『でも、こいつの体じゃ魔法防御を貫けても、たいしたダメージ与えられないんじゃ?』

『そこで、グートの出番というわけだ。やれるな?』

『……わふっ』

『犬に乗ってチャージアタック、機動力を生かしてのヒットアンドアウェイか。いくら的が小さいからって、一発でも喰らったら、アウトだぞ?』

『でも、それしかない。なら俺、やる』


 破術で付与されたゴーレムの魔力を削り、ひたすら攻防の加護をかけた武器で打撃を与え続ける。自分の渾身の力に星狼の突進力を上乗せして。

「ワイバーン! "テイルニードル"!」

 銀の雨が降り、それを必死にかわしながら走る星狼。

 針の乱舞を避けながらシェートは矢を一本引き抜き、しがみついていた上体を立てた。

「っく!」

 思うより太ももに負担が掛かる、それでもそのままの姿勢で上空へと矢を放った。

「グアアッ!」

 加護付きの矢がワイバーンの首筋をかすめ、嫌そうに首を振る。

 矢の命中率は高くない、それでもしっかり下半身さえ固定しておけば、

「うわっ!?」

 グートが横っ飛びに針を避け、体がたてがみに突っ伏す。

乗射のりうち、いきなり無理か!」

 その昔、村にいた変り種の狩人がやっていた、星狼を使った弓技。彼には専用の鞍と鐙があったが、今日乗っているのは裸のグートだ。

「シェート! 使え!」

 小さな体を必死に使って、新しい剣をフィーが放る。今度は幅広の重い一刀、掛かる負担が大きくなるが、それでもグートの勢いは衰えない。

 反転した視界に大写しになるまで接近したゴーレム、いくら動きが鈍いとはいえ歩幅が違いすぎる。

 それでも白い獣が走り、シェートが剣を担ぐ。

「もう一発っ!」

 今度は大きく開いた股の間、一気に駆け込み、同時にグートの背を蹴って大きく飛び上がる。

「うおああああっ!」

 大きく振られた一撃に、左の内太ももが削られ、打撃の力でゴーレムが僅かに揺らぐ。

「そこだワイバーン! "ファイヤーブレス"!」

 ゴーレムの防御力を信用した仲間を巻き込んでの攻撃、シェートの目の前で大顎がぱくりと口を開ける。

 それでも狩人は考える、殺し、生き残るために。

 左手が弓に、剣を手放した右手が矢を番える。

 体が落下、弓を引き絞り、竜の顎に劫火が溢れ、加護の矢が一瞬早く天を貫く。

「グギャアアッ!」

 落ちながらの射撃。しかし、弩のように射形を維持した上体から放たれた一撃が、大顎の脇を深く傷つける。

 爆炎が中空に撒き散らされ、蒼空を紅に染めた。

 そして、落下地点に感じる土の大地以外の存在。

「グート!」

 落ちた腰から落下の衝撃が伝わるが、それでもたくましい狼の筋肉がしっかりと騎手を受け止める。

「引き返せ! 股の下!」

 シェートの視界に映るのは取り落とした幅広剣、グートが走り、背から飛び降りたシェートがそれを掴み、勢いを殺さず大きく振りかぶる。

 ぎぎゅうううんっ!

 大樹に打ち込んだ斧のように、右のふくらはぎに深く食い込む剣。それを見届ける間もなく三本目の剣に疾走する。

「シェート、剣!」

 今度は美しいそりの入った薄刃の長刀、それを手にすると同時に、ゴーレムの巨大な影が自分達に向けてそそり立った。

「ゴーレム! "メテオストライク"で剣を壊せ!」

 ゴーレムの両手が頭上で構えられ、大地を粉砕する勢いで振り下ろされる。

「さ、させっかああああっ!」

 叫びと共にフィーの体が大きくジャンプし、剣の林の上の躍り出る。

 そんなむなしい妨害をものともせず、巨大な質量の前が仔竜に振り下ろされる、

「うそっ!?」

 はずの軌道半ばで、ゴーレムの腕が止まっていた。

「モ、"モンコロ"ルールは、テ、テイマー、攻撃、できないんだろ!?」

 泣きそうな顔で笑いながら、フィーが叫ぶ。

「うおおおおおおおおおっ!」

 渡された白刃を、自分の目線で止まった手首に斬りつける。美しくささめに砕けていく鋼を撒き散らしながら、もう一振り、大ぶりの斧を担ぐ。

 めしりっ、と不快な音を立てて腕に鋼が食い込み、ミスリルの巨人に新たなアクセサリが追加された。

「さ、下がれゴーレム! ワイバーン"ブレス"!」

 だが、ぱくりと口を開けたワイバーンが空中で凍りつく。ゴーレムが退いた先、効果範囲の先にあるのは、モンスターのコボルトとテイマーの仔竜。

「グートおおおおっ!」

 ひときわ大きな剣を担ぎ、シェートが走る。その左脇に星狼が追走、すばやく騎乗が完成し、更に加速する。

 よろめくように下がったゴーレムの右足、その脛の裏側に食い込んだ大剣に視線が吸い込まれ、シェートの体が左に倒される。

 意図を理解したグートが風になり、瞬く間に右の脛が大写しになる。

 背を蹴って飛翔、全身を左巻きの大竜巻と変えたシェートが、担いだ三重加護剣を大きく振りかぶり、

「くらえええええええええっ!」

 めぎゅうううううっ!

 今までで一番大きな衝撃、自分の脳天すら砕けそうな一撃に視界が痺れ、

「オ、オオオッ」

 ゴーレムの足が耳障りな擦過音を立てて砕け、巨体が膝を突いた。

「うそおおおっ!?」

「よっしゃああああっ! 部位破壊成功っ!」

 フィーの快哉を耳に入れながらシェートは油断無く周囲を睨む。空の脅威、目の前の勇者の動きを神経を集中する。

「喜ぶ早い! 剣よこせ!」

 投げ渡された一振りを手に、殺気の塊になったコボルトは、目の前の巨像に突進した。

 

「ま……まさか……そんな」

 イヴーカスの口から、力ない言葉が漏れる。

 決闘場としてしつらえられた四阿、そこに呼び出した玉座にすっぽりと嵌りながら。

 逃げ出した先の剣の林、それを見た瞬間、何をする気なのかは分った。まるで樵が大木を切り倒すように、加護を掛けた武器を振るい続けるつもりなのだと。

 それが低レベルのゴーレムであればまだ分かる。しかし、最上位のミスリルゴーレムがそれほど容易く砕けるものか、そう考えていた。

 水鏡の向こうでコボルトが突進し、膝を突いたゴーレムめがけて大刀を振り下ろす、鎖骨辺りに鉄片が潜り込み、空の彼方から吹き降ろしたブレスを、ゴーレムという壁の下に潜り込んで避ける。

「くっ!」

 コボルトの実力は知っているつもりだった。すばやい動きと敵を罠でかく乱する戦法、だからこそ、障害物やトラップをものともしないゴーレムと、短弓の届かない高空からの攻撃を行えるワイバーンを選択させたんだ。

 それなのに、あの戦い方は。

「さ、悟! 早く"エリクサー"だ!」

 まだ回復がある、イェスタに発注したのは魔物を絶対捕獲できる"けんじゃの石"だけではない、モンスターを完全回復させるアイテムも持たせてあるのだ。

『ゴ、ゴーレム!』 

 道具袋から取り出されたビンがゴーレムに向かって放り投げられ、その放物線の軌道半ばで白い影が回復手段をさらい取る。

『ナイススティール! "敵のモンスターがアイテムをうばった"ってな!』

 星狼に指示を与え、作戦成功を喜ぶ青い仔竜。魔法どころか空も飛べない、能力的に何も見るべきところの無い、役立たずの存在ではなかったのか。

 いや、あの時の会話と竜神の配下であることを考えに入れるべきだった。"モンコロ"を調べたとはいえ、こっちは悟との会話に合わせる程度の基本的知識しかなく、同レベルのプレイ経験を持つものに対しては完全な部外者だ。

 しかも『同じルールにあわせる』ことで、司令塔の仔竜がテイマーと化してしまった以上、助言と助力を排除することは不可能。

 【神規】は勇者に特殊なルールを付与するものであって、一方的に有利な状況を作らせるためのものではない。だが、誰も悟の"モンコロ"と同じルールで戦わない以上、そのことが有利に働く、はずだった。

 相手がこちらの土俵で戦うことで、かえってこちらが不利になっていく。

『もういっちょ行けえっ!』

 仔竜がコボルトに剣を投げ与え、その一振りがゴーレムの腕に打ち込まれる。

「や……めろ……」

『うおおんっ!』

 再び放られた回復薬が狼によって奪い去られる。

「……やめろ」

『フィーっ!』

 投げ上げられた長刀を掴み、コボルトが大地に手を突いたゴーレムの腕を駆け上がる。

「やめろおおおおっ!」

 全身全霊の力を使ってコボルトが、ゴーレムの頭めがけ飛び上がり、

『ワイバーン! "ファイヤーブレス"っ!』

 悟の必死の声が響く。

 ホバリングしたワイバーンの口が開き、コボルトに向けられる。

 避けられない一撃、宙に足場は無い。鉄をも溶かす灼熱を喰らえば、あの魔物もひとたまりも無い。

「やった……」

 肥えた体を波打たせ、イヴーカスが立ち上がった。

 

 考えろ。

 魔物使いの少年の言葉に従い、翼竜が自分に向けてぱくりと口を開ける。

 目の前で世界が緩やかに流れ、空気がぬるりと動く。

 考えろ。

 勇者を一瞬で灰にする劫火。喰らえばひとたまりもない。

 手にした長刀、ゴーレムの頭上にまで駆け上がった自分、かわせなければ、死。

 考えろ!

 足場が欲しい、一撃を避けて、あの魔物を殺すための足場。

 両手が下がる、振り下ろされず股下に向けた切っ先、その先端が月桂樹を頂いたゴーレムの無表情、その頭頂に切っ先が突き当てられる。

 シェートの足が柄を踏んだ。

「う」

 炎がほとばしる寸前、筋肉がたわみ、全身の力が小さな魔物、コボルトのシェートを更に高みへを押し上げた。

 飛竜の視線がこちらを射抜き、奥を赤く染めた大顎が向けられる。

 膨れ上がる、全てを焼き尽くす灼炎。

「お」

 その殺意を真っ向から受けとめ、意識すら超えて体が動いた。

 矢を番え、引き絞り、女神の加護を重ねる。

 弓手ゆんでに意思を、馬手めてに貫く力を込めて。

「お」

 引き絞られた力が、圧倒的な意思が、大空の勇に叩きつけられたとき、その貪婪な瞳が浮かべた表情。

 弱さを超克し、万障を喰らい尽くさんとする、最弱の魔物への、絶対的恐怖。

「おおおおおおおおああああああっ!」

 絶叫と共に放たれた必殺の一矢が、大顎に吸い込まれ、ワイバーンの頭蓋が爆炎と共に砕け散った。


「うわあああああっ、ワイバーン!」

 悟の目の前で、ワイバーンの巨体が地面に落ちていく。

 あの時、コボルトを"ファイヤーブレス"で焼くことが出来たはずだ。それなのに、ワイバーンは動かなかった。

 まるで、あの小さな魔物に怯えたように。

「そんなあっ」

 悟の視界の先、翼も無いコボルトの体がまっしぐらに落ちていく。あのまま地面に叩きつけられる、そんな考えを否定するように更にコボルトが動く。

「くうううううっ!」

 差し伸べた右手、その先にはゴーレムの頭に突き刺さった長刀。

「や、め」

 まるで磁石でもついているかのように吸い付いた右手が、弓を捨てた左手が、

「ぬうおおおおおああああああああああっ!」

 落下と全身の力を込めて剣を引き落としていく。

「やめてええええっ!」

 剣が光り輝き、冠をつけた顔の半分を引き裂いていく。裂けた部分がひび割れ、崩壊が広がっていく。

 涙で視界が潤む。首なしになったワイバーンが地響きを立てて地に倒れ付し、その振動でコボルトが吹き飛ばされ、ゴーレムの顔が深く傷ついたまま残された。

「あ、ああ……」

 ぼろぼろになったゴーレム、顔が吹き飛んでしまったワイバーン。

「うそだよ……こんなの……」

 腰の袋に手を伸ばし、"エリクサー"を取り出す。

 いや、取り出そうと、した。

「グート」

 地面の深いところから響くような声に、手が止まってしまう。

 砕けたゴーレムの破片の中から、コボルトが立ち上がる。

「ひ……」

 犬そっくりの顔が、こっちを睨んでいた。 

 背丈は僕とおなじか、少し小さいぐらいだろう。

 その顔から感じるのは、胸が痛くなるほどの圧力だけ。

「う、あ……」

「勇者、薬、使わせるな」

 落ちたときに怪我をしたんだろう、右肩からも顔からも血が流れている。

 それでも、辺りを見回し、それから地面に転がった剣を拾い上げる。

「や、やめてよ! そんなことしたらゴーレムが!」

「何言ってる、勇者」

 怪我なんて全く気にしない、そんな顔で、肩に剣を担いで。

「これ、決闘。どっちか勝つまで、やる」

 こんな顔は、見たことが無かった。お父さんやお母さんに怒られたときも。

 怖くて、とても立っていられない。体が芯から震えて、喉がからからになる。

『悟! あいつのことなんて構うな! 早く"エリクサー"を!』

「あ、うあ……」

『このままじゃゴーレムが死んじゃうぞ! 早く!』

「……う、ああ」

 必死に震える手で袋に手を伸ばす。伸ばしたいのに。

 コボルトの顔が、怖い。

「やりたければ、やれ」

「あ……っ」

「そしたら、今度、もっと強く壊す」

 コボルトは、静かに、言った。

「俺、生きたい。だから、お前の魔物、全部殺す」

「うぁ……」

『そんなのハッタリだ! 頼むから悟……』

「怖い……怖いよ!」

 こんなの"モンコロ"じゃない、こんな、怖いゲームなんて!

『悟!』

「やだ、もう、やだよぉ……っ」

 コボルトは僕から顔を背け、剣を振り上げる。

「やめてぇ……お願い、だよ」

「すまない」

 そして、剣が――

「うおおおおおおおおおおおおおおんっ!」


 鼓膜深く入り込んだ咆哮が、脳を揺さぶった。

 ワイバーンを討ち果たしてから、ずっと膜が張ったようだった世界が、急に音を、色を取り戻していく。

「あ……」

 シェートはのろのろと構えていた剣を降ろし、周囲を見回した。

 子供が泣いている、少し離れた場所で、呆然とフィーがこっちを見ている。

 そして、グートが子供に向かって歩み寄っていく。

「お、おまえ……シロ……なの?」

「……くぅん」

 子供の頬を舐め、労わるようにして頬を擦り付けている。

 その仕草に、シェートは呆然と言葉を口にしていた。

「きっと、そいつ、お前、探してた」

「……え?」

「そいつ、街道近い森、いた。そこで、助けてもらった。その後、こいつ、ここ来た、用事のついで、俺の戦い、助けてくれた」

「シ、シロ……」

「そいつ、お前、探してたんだ」

 心が褪せて、高揚感が消えていく。目の前の子供の嘆きが胸に刺さって、力がすっかり抜けていく。

「……うそつき」

 子供が、ぽつりと呟いた。


『イヴーカスの、うそつき』

 今度はきっぱりと、悟が口にする。

「な、なにが……」

『シロは僕のこと覚えてないって! バイバイしたら二度と同じモンスターは来ないって言ったくせに!』

 一体、これは何の冗談だ。イヴーカスは巨体を揺らして水鏡から遠ざかろうとする。

 それでも、玉座にすっぽり挟まった体は、子供の糾弾から逃れられない。

『"モンコロ"と同じだって! 怖いことなんて無いって! 全部、全部嘘じゃないか!』

「さ、悟……っ」

『イヴーカスのウソツキ! イヴーカスなんて大ッ嫌いだ! こんなの! こんなところいたくない! 家に帰りたい! 勇者なんて、勇者なんて』

「や、やめろ!」

 決して言ってはいけない一言、言わせてはいけない一言、必死にこのゲームの穢れたところから遠ざけてきた企みが瓦解してしまう。

 だが、子供の心は完全に、弾けてしまっていた。

『勇者なんてやめてやる!』

「さとるうううううううううっ!」

 絶叫と同時に、冷酷な時計杖が、がちりと、新たな時を刻んだ。


 叫んだ途端、悟の心から、何かが転げ落ちた気がした。

「シロ……シロ……」

 そのふさふさした毛に伸ばした右手が、金の光を撒き散らして消えていく。

「え!? な、なんで!? どうして!」

 叫んでいる間に、足が、体が吹き散れていく。

「お前、勇者やめるっつったろ」

 仔竜が、悲しそうにうつむいていた。

「勇者は死ぬか、使命を果たすか、"辞めたい"ってお願いすると、元の世界に帰るようになってる、んだってさ」

「や、やだよ! せっかくもう一度会えたのに! シロ、シロ!」

「くぉん」

 必死に鼻面を伸ばして、僕の顔に舌を伸ばそうとする。

 でも、もう体も首も無くなって、言いたいことを言うための口も消えていく。

「シロ! ご……」

 ごめんなさい、待っていてくれたのに、ごめんなさい。

 そう言いたかったのに。

 そして、矢上悟の目の前は、真っ暗になった。

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