16、生きるために
「俺、別に加護いらない、思ってない」
深夜。
小さな焚き火の前で行われた作戦会議の締めくくりに、シェートは切り出した。
「つったって、お前の話聞いてると『俺は加護なしで戦いたい』って言ってるように聞こえるんだけど?」
「……かもな。でも神器、壊される、取られる、無くなるもの頼る、無くした時、弱い」
『確かにな。始めは苦肉の策だったが、防御や攻撃、破術の付与は物を選ばず、柔軟に使用でき、しかも奪われない。最悪、木の枝でも、肉体でも、付与すれば戦える』
シェートは頷く。
すこしずつ分ってきた、自分が生き残るために何が必要なのか。
「俺、欲しい、生き残る力。誰も奪えない、取られない、そういう力」
『生き抜く力、か』
「だから、神器、加護、頼らない」
弱いからこそ、そして弱いものが、強いもの達に勝つために。
「なしで戦う、考える」
考えるのをやめない、それが自分の進むための標。
『やれやれ、これでは何のために私が加護を使えるようにしたか、分からんではないか』
「ごめんな。でも、ありがとう、サリア」
「で、その無茶な作戦に、いきなり加わってくれとか……」
「来た早々すまん、フィー」
「わふっ」
「ありがとな、グート」
火明かりの下、それぞれの顔を見回し、シェートは頭を下げる。
「すまん、みんな、力、貸してくれ」
『それは構わんがシェートよ、フィーもグートも、私の"加護"なのだがな?』
「え!?」
「しかも、"無くなるかもしれないもの"なんだけど」
「いや……その……」
気まずい沈黙、その雰囲気を破ったのは、女神の喜びと労わりの香り。
『いいのだ、何を言いたいのかは分った。だから、そなたは思うようにせよ』
何も言えなくなってしまったシェートに、サリアは優しく笑った。
『生きるために、な』
星狼の体が風を切り、シェートの視界が輪郭を失う。自分とフィーの体が軽いとはいえ防具や矢筒を持った状態でも、試し乗りした時と速度が変わらないことに驚く。
あっという間に目の前に目的地が見えてくる。地形的にはさっきとあまり変わらない、なぎ倒されていない木々が高く伸びているだけだ。
だが、その立ち木の間に群れて刺さるもう一つの物が、異質を生み出している。
勇者達が遺していった無数の愛剣が、突き立てられていた。
「フィー! 頼むぞ!」
「うおおおおっ! 降ろすのもやさしむぎゅうっ!」
転がされ剣の林にぶつかって止まった仔竜を確認して、グートに乗ったまま一振り引き抜く。
「グート、転進!」
飾り気もほとんど無い質素な一振り、急反転した視界に、こちらに走ってくるゴーレムと枝を折りながら飛来する翼竜が大写しになる。
「いけえっ!」
左手でたてがみを掴み、右手で剣を肩に担ぎ、全身で星狼にしがみつく。その疾走速度は剣一本乗せたところで衰えはしない。
「ワイバーン! "テイルニードル"!」
ホバリングしながら突き出される尻尾、そこから放たれる針の雨をものともせず、斜め走りする狼。ゴーレムの太い左足が大写しになり、
「うおおおおおっ!」
掴んでいたたてがみを離すと同時に、狼の背を押して体を跳ね上げ、担いでいた剣を両腕で一気に振り下ろした。
ぎゅううんっ!
「ぐうううっ!」
手に伝わる強い痺れ、狼の突進力と全身の膂力、そして三重の加護が、ゴーレムの表面に楔形の傷痕を刻む。そのまま地面に着地した体を回転、
「おおおおおっ!」
大きく振りかぶった一刀が、くるぶしに当たって粉々に砕ける。同時にミスリルの細かい欠片が爆発するように飛び散った。
「ゴーレム! 足元にパンチ!」
力の解放で体勢が整わないシェートに、股の下に向けたゴーレムのパンチが降る。
「うおんっ!」
首筋をくわえて素早く狼がさらい取り、一瞬でコボルトが騎乗の存在となった。
「よし! いけ!」
一気にゴーレムの威力圏内から遠ざかり、再び剣の林を目指す。
フィーの情報と、サリアの助言を得て立てられた作戦。それはあきれるほど単純な策。
『おそらく、破術はゴーレムにも有効だ。掛けられた魔法を打ち消し、攻撃と防御の力を叩きつけることで破壊もできよう』
『でも、こいつの体じゃ魔法防御を貫けても、たいしたダメージ与えられないんじゃ?』
『そこで、グートの出番というわけだ。やれるな?』
『……わふっ』
『犬に乗ってチャージアタック、機動力を生かしてのヒットアンドアウェイか。いくら的が小さいからって、一発でも喰らったら、アウトだぞ?』
『でも、それしかない。なら俺、やる』
破術で付与されたゴーレムの魔力を削り、ひたすら攻防の加護をかけた武器で打撃を与え続ける。自分の渾身の力に星狼の突進力を上乗せして。
「ワイバーン! "テイルニードル"!」
銀の雨が降り、それを必死にかわしながら走る星狼。
針の乱舞を避けながらシェートは矢を一本引き抜き、しがみついていた上体を立てた。
「っく!」
思うより太ももに負担が掛かる、それでもそのままの姿勢で上空へと矢を放った。
「グアアッ!」
加護付きの矢がワイバーンの首筋をかすめ、嫌そうに首を振る。
矢の命中率は高くない、それでもしっかり下半身さえ固定しておけば、
「うわっ!?」
グートが横っ飛びに針を避け、体がたてがみに突っ伏す。
「乗射、いきなり無理か!」
その昔、村にいた変り種の狩人がやっていた、星狼を使った弓技。彼には専用の鞍と鐙があったが、今日乗っているのは裸のグートだ。
「シェート! 使え!」
小さな体を必死に使って、新しい剣をフィーが放る。今度は幅広の重い一刀、掛かる負担が大きくなるが、それでもグートの勢いは衰えない。
反転した視界に大写しになるまで接近したゴーレム、いくら動きが鈍いとはいえ歩幅が違いすぎる。
それでも白い獣が走り、シェートが剣を担ぐ。
「もう一発っ!」
今度は大きく開いた股の間、一気に駆け込み、同時にグートの背を蹴って大きく飛び上がる。
「うおああああっ!」
大きく振られた一撃に、左の内太ももが削られ、打撃の力でゴーレムが僅かに揺らぐ。
「そこだワイバーン! "ファイヤーブレス"!」
ゴーレムの防御力を信用した仲間を巻き込んでの攻撃、シェートの目の前で大顎がぱくりと口を開ける。
それでも狩人は考える、殺し、生き残るために。
左手が弓に、剣を手放した右手が矢を番える。
体が落下、弓を引き絞り、竜の顎に劫火が溢れ、加護の矢が一瞬早く天を貫く。
「グギャアアッ!」
落ちながらの射撃。しかし、弩のように射形を維持した上体から放たれた一撃が、大顎の脇を深く傷つける。
爆炎が中空に撒き散らされ、蒼空を紅に染めた。
そして、落下地点に感じる土の大地以外の存在。
「グート!」
落ちた腰から落下の衝撃が伝わるが、それでもたくましい狼の筋肉がしっかりと騎手を受け止める。
「引き返せ! 股の下!」
シェートの視界に映るのは取り落とした幅広剣、グートが走り、背から飛び降りたシェートがそれを掴み、勢いを殺さず大きく振りかぶる。
ぎぎゅうううんっ!
大樹に打ち込んだ斧のように、右のふくらはぎに深く食い込む剣。それを見届ける間もなく三本目の剣に疾走する。
「シェート、剣!」
今度は美しいそりの入った薄刃の長刀、それを手にすると同時に、ゴーレムの巨大な影が自分達に向けてそそり立った。
「ゴーレム! "メテオストライク"で剣を壊せ!」
ゴーレムの両手が頭上で構えられ、大地を粉砕する勢いで振り下ろされる。
「さ、させっかああああっ!」
叫びと共にフィーの体が大きくジャンプし、剣の林の上の躍り出る。
そんなむなしい妨害をものともせず、巨大な質量の前が仔竜に振り下ろされる、
「うそっ!?」
はずの軌道半ばで、ゴーレムの腕が止まっていた。
「モ、"モンコロ"ルールは、テ、テイマー、攻撃、できないんだろ!?」
泣きそうな顔で笑いながら、フィーが叫ぶ。
「うおおおおおおおおおっ!」
渡された白刃を、自分の目線で止まった手首に斬りつける。美しく細に砕けていく鋼を撒き散らしながら、もう一振り、大ぶりの斧を担ぐ。
めしりっ、と不快な音を立てて腕に鋼が食い込み、ミスリルの巨人に新たなアクセサリが追加された。
「さ、下がれゴーレム! ワイバーン"ブレス"!」
だが、ぱくりと口を開けたワイバーンが空中で凍りつく。ゴーレムが退いた先、効果範囲の先にあるのは、モンスターのコボルトとテイマーの仔竜。
「グートおおおおっ!」
ひときわ大きな剣を担ぎ、シェートが走る。その左脇に星狼が追走、すばやく騎乗が完成し、更に加速する。
よろめくように下がったゴーレムの右足、その脛の裏側に食い込んだ大剣に視線が吸い込まれ、シェートの体が左に倒される。
意図を理解したグートが風になり、瞬く間に右の脛が大写しになる。
背を蹴って飛翔、全身を左巻きの大竜巻と変えたシェートが、担いだ三重加護剣を大きく振りかぶり、
「くらえええええええええっ!」
めぎゅうううううっ!
今までで一番大きな衝撃、自分の脳天すら砕けそうな一撃に視界が痺れ、
「オ、オオオッ」
ゴーレムの足が耳障りな擦過音を立てて砕け、巨体が膝を突いた。
「うそおおおっ!?」
「よっしゃああああっ! 部位破壊成功っ!」
フィーの快哉を耳に入れながらシェートは油断無く周囲を睨む。空の脅威、目の前の勇者の動きを神経を集中する。
「喜ぶ早い! 剣よこせ!」
投げ渡された一振りを手に、殺気の塊になったコボルトは、目の前の巨像に突進した。
「ま……まさか……そんな」
イヴーカスの口から、力ない言葉が漏れる。
決闘場としてしつらえられた四阿、そこに呼び出した玉座にすっぽりと嵌りながら。
逃げ出した先の剣の林、それを見た瞬間、何をする気なのかは分った。まるで樵が大木を切り倒すように、加護を掛けた武器を振るい続けるつもりなのだと。
それが低レベルのゴーレムであればまだ分かる。しかし、最上位のミスリルゴーレムがそれほど容易く砕けるものか、そう考えていた。
水鏡の向こうでコボルトが突進し、膝を突いたゴーレムめがけて大刀を振り下ろす、鎖骨辺りに鉄片が潜り込み、空の彼方から吹き降ろしたブレスを、ゴーレムという壁の下に潜り込んで避ける。
「くっ!」
コボルトの実力は知っているつもりだった。すばやい動きと敵を罠でかく乱する戦法、だからこそ、障害物やトラップをものともしないゴーレムと、短弓の届かない高空からの攻撃を行えるワイバーンを選択させたんだ。
それなのに、あの戦い方は。
「さ、悟! 早く"エリクサー"だ!」
まだ回復がある、イェスタに発注したのは魔物を絶対捕獲できる"けんじゃの石"だけではない、モンスターを完全回復させるアイテムも持たせてあるのだ。
『ゴ、ゴーレム!』
道具袋から取り出されたビンがゴーレムに向かって放り投げられ、その放物線の軌道半ばで白い影が回復手段をさらい取る。
『ナイススティール! "敵のモンスターがアイテムをうばった"ってな!』
星狼に指示を与え、作戦成功を喜ぶ青い仔竜。魔法どころか空も飛べない、能力的に何も見るべきところの無い、役立たずの存在ではなかったのか。
いや、あの時の会話と竜神の配下であることを考えに入れるべきだった。"モンコロ"を調べたとはいえ、こっちは悟との会話に合わせる程度の基本的知識しかなく、同レベルのプレイ経験を持つものに対しては完全な部外者だ。
しかも『同じルールにあわせる』ことで、司令塔の仔竜がテイマーと化してしまった以上、助言と助力を排除することは不可能。
【神規】は勇者に特殊なルールを付与するものであって、一方的に有利な状況を作らせるためのものではない。だが、誰も悟の"モンコロ"と同じルールで戦わない以上、そのことが有利に働く、はずだった。
相手がこちらの土俵で戦うことで、かえってこちらが不利になっていく。
『もういっちょ行けえっ!』
仔竜がコボルトに剣を投げ与え、その一振りがゴーレムの腕に打ち込まれる。
「や……めろ……」
『うおおんっ!』
再び放られた回復薬が狼によって奪い去られる。
「……やめろ」
『フィーっ!』
投げ上げられた長刀を掴み、コボルトが大地に手を突いたゴーレムの腕を駆け上がる。
「やめろおおおおっ!」
全身全霊の力を使ってコボルトが、ゴーレムの頭めがけ飛び上がり、
『ワイバーン! "ファイヤーブレス"っ!』
悟の必死の声が響く。
ホバリングしたワイバーンの口が開き、コボルトに向けられる。
避けられない一撃、宙に足場は無い。鉄をも溶かす灼熱を喰らえば、あの魔物もひとたまりも無い。
「やった……」
肥えた体を波打たせ、イヴーカスが立ち上がった。
考えろ。
魔物使いの少年の言葉に従い、翼竜が自分に向けてぱくりと口を開ける。
目の前で世界が緩やかに流れ、空気がぬるりと動く。
考えろ。
勇者を一瞬で灰にする劫火。喰らえばひとたまりもない。
手にした長刀、ゴーレムの頭上にまで駆け上がった自分、かわせなければ、死。
考えろ!
足場が欲しい、一撃を避けて、あの魔物を殺すための足場。
両手が下がる、振り下ろされず股下に向けた切っ先、その先端が月桂樹を頂いたゴーレムの無表情、その頭頂に切っ先が突き当てられる。
シェートの足が柄を踏んだ。
「う」
炎がほとばしる寸前、筋肉がたわみ、全身の力が小さな魔物、コボルトのシェートを更に高みへを押し上げた。
飛竜の視線がこちらを射抜き、奥を赤く染めた大顎が向けられる。
膨れ上がる、全てを焼き尽くす灼炎。
「お」
その殺意を真っ向から受けとめ、意識すら超えて体が動いた。
矢を番え、引き絞り、女神の加護を重ねる。
弓手に意思を、馬手に貫く力を込めて。
「お」
引き絞られた力が、圧倒的な意思が、大空の勇に叩きつけられたとき、その貪婪な瞳が浮かべた表情。
弱さを超克し、万障を喰らい尽くさんとする、最弱の魔物への、絶対的恐怖。
「おおおおおおおおああああああっ!」
絶叫と共に放たれた必殺の一矢が、大顎に吸い込まれ、ワイバーンの頭蓋が爆炎と共に砕け散った。
「うわあああああっ、ワイバーン!」
悟の目の前で、ワイバーンの巨体が地面に落ちていく。
あの時、コボルトを"ファイヤーブレス"で焼くことが出来たはずだ。それなのに、ワイバーンは動かなかった。
まるで、あの小さな魔物に怯えたように。
「そんなあっ」
悟の視界の先、翼も無いコボルトの体がまっしぐらに落ちていく。あのまま地面に叩きつけられる、そんな考えを否定するように更にコボルトが動く。
「くうううううっ!」
差し伸べた右手、その先にはゴーレムの頭に突き刺さった長刀。
「や、め」
まるで磁石でもついているかのように吸い付いた右手が、弓を捨てた左手が、
「ぬうおおおおおああああああああああっ!」
落下と全身の力を込めて剣を引き落としていく。
「やめてええええっ!」
剣が光り輝き、冠をつけた顔の半分を引き裂いていく。裂けた部分がひび割れ、崩壊が広がっていく。
涙で視界が潤む。首なしになったワイバーンが地響きを立てて地に倒れ付し、その振動でコボルトが吹き飛ばされ、ゴーレムの顔が深く傷ついたまま残された。
「あ、ああ……」
ぼろぼろになったゴーレム、顔が吹き飛んでしまったワイバーン。
「うそだよ……こんなの……」
腰の袋に手を伸ばし、"エリクサー"を取り出す。
いや、取り出そうと、した。
「グート」
地面の深いところから響くような声に、手が止まってしまう。
砕けたゴーレムの破片の中から、コボルトが立ち上がる。
「ひ……」
犬そっくりの顔が、こっちを睨んでいた。
背丈は僕とおなじか、少し小さいぐらいだろう。
その顔から感じるのは、胸が痛くなるほどの圧力だけ。
「う、あ……」
「勇者、薬、使わせるな」
落ちたときに怪我をしたんだろう、右肩からも顔からも血が流れている。
それでも、辺りを見回し、それから地面に転がった剣を拾い上げる。
「や、やめてよ! そんなことしたらゴーレムが!」
「何言ってる、勇者」
怪我なんて全く気にしない、そんな顔で、肩に剣を担いで。
「これ、決闘。どっちか勝つまで、やる」
こんな顔は、見たことが無かった。お父さんやお母さんに怒られたときも。
怖くて、とても立っていられない。体が芯から震えて、喉がからからになる。
『悟! あいつのことなんて構うな! 早く"エリクサー"を!』
「あ、うあ……」
『このままじゃゴーレムが死んじゃうぞ! 早く!』
「……う、ああ」
必死に震える手で袋に手を伸ばす。伸ばしたいのに。
コボルトの顔が、怖い。
「やりたければ、やれ」
「あ……っ」
「そしたら、今度、もっと強く壊す」
コボルトは、静かに、言った。
「俺、生きたい。だから、お前の魔物、全部殺す」
「うぁ……」
『そんなのハッタリだ! 頼むから悟……』
「怖い……怖いよ!」
こんなの"モンコロ"じゃない、こんな、怖いゲームなんて!
『悟!』
「やだ、もう、やだよぉ……っ」
コボルトは僕から顔を背け、剣を振り上げる。
「やめてぇ……お願い、だよ」
「すまない」
そして、剣が――
「うおおおおおおおおおおおおおおんっ!」
鼓膜深く入り込んだ咆哮が、脳を揺さぶった。
ワイバーンを討ち果たしてから、ずっと膜が張ったようだった世界が、急に音を、色を取り戻していく。
「あ……」
シェートはのろのろと構えていた剣を降ろし、周囲を見回した。
子供が泣いている、少し離れた場所で、呆然とフィーがこっちを見ている。
そして、グートが子供に向かって歩み寄っていく。
「お、おまえ……シロ……なの?」
「……くぅん」
子供の頬を舐め、労わるようにして頬を擦り付けている。
その仕草に、シェートは呆然と言葉を口にしていた。
「きっと、そいつ、お前、探してた」
「……え?」
「そいつ、街道近い森、いた。そこで、助けてもらった。その後、こいつ、ここ来た、用事のついで、俺の戦い、助けてくれた」
「シ、シロ……」
「そいつ、お前、探してたんだ」
心が褪せて、高揚感が消えていく。目の前の子供の嘆きが胸に刺さって、力がすっかり抜けていく。
「……うそつき」
子供が、ぽつりと呟いた。
『イヴーカスの、うそつき』
今度はきっぱりと、悟が口にする。
「な、なにが……」
『シロは僕のこと覚えてないって! バイバイしたら二度と同じモンスターは来ないって言ったくせに!』
一体、これは何の冗談だ。イヴーカスは巨体を揺らして水鏡から遠ざかろうとする。
それでも、玉座にすっぽり挟まった体は、子供の糾弾から逃れられない。
『"モンコロ"と同じだって! 怖いことなんて無いって! 全部、全部嘘じゃないか!』
「さ、悟……っ」
『イヴーカスのウソツキ! イヴーカスなんて大ッ嫌いだ! こんなの! こんなところいたくない! 家に帰りたい! 勇者なんて、勇者なんて』
「や、やめろ!」
決して言ってはいけない一言、言わせてはいけない一言、必死にこのゲームの穢れたところから遠ざけてきた企みが瓦解してしまう。
だが、子供の心は完全に、弾けてしまっていた。
『勇者なんてやめてやる!』
「さとるうううううううううっ!」
絶叫と同時に、冷酷な時計杖が、がちりと、新たな時を刻んだ。
叫んだ途端、悟の心から、何かが転げ落ちた気がした。
「シロ……シロ……」
そのふさふさした毛に伸ばした右手が、金の光を撒き散らして消えていく。
「え!? な、なんで!? どうして!」
叫んでいる間に、足が、体が吹き散れていく。
「お前、勇者やめるっつったろ」
仔竜が、悲しそうにうつむいていた。
「勇者は死ぬか、使命を果たすか、"辞めたい"ってお願いすると、元の世界に帰るようになってる、んだってさ」
「や、やだよ! せっかくもう一度会えたのに! シロ、シロ!」
「くぉん」
必死に鼻面を伸ばして、僕の顔に舌を伸ばそうとする。
でも、もう体も首も無くなって、言いたいことを言うための口も消えていく。
「シロ! ご……」
ごめんなさい、待っていてくれたのに、ごめんなさい。
そう言いたかったのに。
そして、矢上悟の目の前は、真っ暗になった。