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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~ReBirth編~
28/256

13、逆転

「ぐああああああああああっ! あっ、あぐううっ!」

 大地に転がったシェートの脳天を激痛が貫く。

 ゆがむ視界の向こう側、それでもしっかり脚は残っている。脛当ては完全に壊れたが、全ての加護を結集したおかげだ。

「ナイスボム、やっぱこのコンボ完璧だな」

「ヘヘヘッ。これ終わったあとも共闘するかァ?」

 人形使いと蛇咬剣の勇者は、笑顔で健闘をたたえあい、こちらに近づいてくる。

「おっと、動くなって」

 蛇のような切っ先が喉に突きたてられ、シェートの手が矢筒に届く前に止まる。

「しっかし驚いたゼェ。矢でクイックドロウって、お前やるねェ」

「あれ、結構かっこいいよな、喰らいたく無いけどさ」

 人形使いの意思により、また小さな人形が作られていく。その数は十ほどで、こちらの周りをぐるりと取り囲む。

「おい! コボルトは!?」

「やっつけちゃったよーォオオんっと」

「で、これ、どうすりゃいいわけ? 山分けってわけにも行かないでしょ?」

 ようやく追いついた大剣の勇者はいくらか悔しそうにしながら、それでもほっと息をついた。

『シェート、傷は』

 口には出さず問題ないと指示を出す。すでに自動回復が働いて、痛みもすっかり引けている。だが、切っ先は喉元に食い込んだままだ。

「止めを刺した奴が、一番多く経験点をゲットする。で、その次にそれをアシストした奴がって感じだそうだぞ」

「え!? マジで! じゃあ、俺がとどめさして良いの!?」

「ア? ちょっと待てよ。この状態で止めなんてさせんのか?」

 人形使いはいらいらとした顔で、人形の包囲を狭める。

「コイツ、まだ加護残してんだよなァ。だから俺らがガンクビ揃えてんだろォ? 殺しても死にそうにネェからってよォ」

 なんとも形容しがたい奇抜な格好をした人形使いは、値踏みするようにこちらへ顔を近づけた。

「……何が言いたいんだよ」

「けっとぉ、申し込んじまおうかなって、サ」

「お前!? それはダメだって言われてんだろ! 独り占めする気か!?」

「……だよなァ」

 詰まらなそうに言い捨て、それから体を起こす少年。

 この戦いの間、全ての勇者は自分に対する決闘行動を封印している。なぜなら、厳密には彼らは『仲間』では無いため、誰かが抜け駆けした時点でシェートとその人物の一対一が成立してしまうからだ。

 同時に、こちらを追い詰め、サリアの持っている加護を浪費させる、つまりシェートを『何度も殺す』ことを優先にするという意図もあった。

「俺、良いぞ」

 刃が食い込まないよう、そっと息を押し出すように声を絞る。

「あン?」

「俺、お前と」

「おーっと、ダメダメェ、俺ってば、超クレバーだから、サ。そんなことして、こいつらにボッコにされんの、カンベンなんだよネェ~」

「だよな。さすがに大量の加護がゲットできるっても、"敵"が多すぎるし」

 上位の勇者から下位の勇者に対する決闘宣言は『拒絶』できると聞かされていた。シェートからの決闘は基本的に成立しない、相手が望む以外は。

 これを主催している神はともかく、参加している勇者達は自分の置かれている立場をしっかり理解している。自分達が抜き差しなら無い、危うい協力関係にあり、そのバランスを取っているのが一匹のコボルトであると。

「さて、ワンコチャン、わりぃンだけど武装解除、してもらえッかなァ」

「武器、捨てる、か」

「そうそう。スッパダカになってもらってよ、ボッコって、ワ・ケ」

「で、みんなで加護を削って、一番削った奴が優勝?」

「いいねェ~」

 うれしげに話す二人の勇者。

 その声に、シェートの奥底に火が灯る。

 それは心の燎原を焼き尽くし、天を焦がす怒気になって燃え上がった。

「あれェ? なんかその目、こっちに抵抗する気満々て奴?」

「爆弾は待った。俺が一回殺すから、動き止ったら引っぺがしちゃって」

「オッケェイ」

「待て、分った。捨てる」

 弓を引き抜き、彼らの背後に放る。更に山刀を引き抜き、反対の地面に放る。その様子を見て勇者達の包囲が、少し狭まる。

 腰の矢筒に手を当て、僅かに喉元に掛かる切っ先が深く潜るのを感じ、それも弓とも刀とも別の方向へ放った。

「脇の下の袋もだよ、マヌケ。ドングリなんかで目潰しされたらかなわねえからなァ」

「腰の袋と、篭手と脛当、あとその鉢巻もね」

 言われたとおりに全て捨て、服だけになったシェートに、いまだ視線を外さない人形使いが指示を重ねる。

「上着と下もだゼェ。こういうときは、スッパダカにすんのが基本だからナァ」

「お前、俺の裸、見たいか」

「ケッ、どこでそんなセリフ覚えたんだか、生憎、そういう趣味はネェよ」

 シェートは上着に手を掛け、一瞬で場を観察し終えた。

 ようやっと、全員の気分が人形使いに乗った、そう感じる。

 今まで勇者と争ってきた中で、分かったことがある。どんな戦闘でも、絶対に全ての人間が自分の意思『だけ』を押し通すことは無いと。

 自分の安全を守りながら敵を倒すなら、仲間の呼吸を読み、状況を読み、敵の動きを読んでいくものだ。

 その結果、誰かが主導権を握っている状況が生み出されるとき、そいつの行動に全てのものが無意識に従ってしまう。

 今、人形使いは場を操っている。そして、勇者達はこちらが武装を解除し、意のままに操られている様子を『見物』している。

 切っ先を突きつけている蛇咬剣使いでさえも。

 戦闘のプロであるなら、こんなマヌケはしないに違いない。だが、彼らは勇者である前に、ただの子供だった。

 シェートは上着の肩紐に両手を伸ばし、勢い良く体を前に倒した。

「な!?」

「やめっ」

「ぐうううっ!」

 中心は避けたものの、切っ先が頚動脈を傷つけ血がほとばしる。それでも動きを止めず、背中から足首に通された『肩紐』を引き抜き、勢い良く蛇咬剣使いに叩き付けた。

「いぎゃああああああああああっ!」

 先端に木矢を短く切ったものをくくりつけた、二本の【荊】の変形が彼の両目を縦に切り裂き、両腕に絡みつく。

「うおおおおおおっ!」

 全力の加護をかけた二本の紐、本来は弓弦に使うはずのそれが、絡みついた勇者の腕を骨まで断裂させた。

「あがあああああっ! おおおおおおおっ! めがっ、てがああっ、あがあああっ!」

「てめええっ!」

 人形使いが大きく跳び退り、自分の武器の威力圏から遠ざかる。それに追いすがるようにシェートが地面を摺るように動き、

「はああああああっ!」

 掴み取った蛇咬剣を大きく打ち振った。

「いでええええっ!」

 鉄片が人形使いの腕に食い入り、同時にシェートの加護が無慈悲に表面を伝う。

 めきめきと音を立てて骨がへし折れ、ひきつけた剣と一緒に少年の右腕がこちらに吹き飛んだ。

「ぎゃあああああっ! ごッ、ごのやろううううううっ!」

「畜生っ! みんな撃てッ!」

 大剣の勇者の声に空と陸に殺気が満ち渡る。全ては自分を貫く射撃、蛇咬剣の軌道では守り切れない、防具は間に合わない。

 次の瞬間、シェートの体は矢筒へ飛び、両手で矢を引き抜く。

 その全てを、包囲を続けていた爆発人形へ向かって叩き付けた。

「うわああっ!」

「ぎゃあああああっ!」

「ひいいっ!」

 立て続けに上がる勇者の悲鳴と、爆炎に飲まれ威力を失う矢の一撃と凍月箭の耀き、それに目もくれず、降り注ぐ一条の魔力光を切り裂くように蛇咬剣を振う。

 鮮やかな光の華が散り、神器と加護の威力が完全に魔法を打ち砕いた。

「みんなどけえええっ!」

 その声の先、林の中で片手を突き出した勇者の姿。

『剣が来るぞ!』

 サリアの警告に、シェートの世界が冷える。

 生き延びたければ考えろ、全てを殺すために。その視線が、片手の再生を終えて呆然とした人形使いに吸い寄せられ、

「や、やめろ! こっちに来るなァアアアアアッ!」

 体を丸めて転がり込む勇者という名の大樹、その上から降り注ぐ刃の雨。

 鈍く重い音を立て、人形使いの少年が無数の剣に貫かれて絶命する。

 その体が、黄金の粒子になって吹き散れた。

「まず、一人」

 剣の林に無傷で立ちながら、コボルトは勇者達をにらみつけた。


「なんだ……なんなのだ、この事態は」

 ぱくりと口をあけ、ガルデキエは呻いた。目の前には車座になった神の一人が、愕然とした顔で物言わぬ石と化している。

「落ち着けガルデキエ。あのような協調性の足りぬものが一人掛けたとて、どうということは無い!」

「そなたの勇者も我らの勇者もいまだ健在、しかも奴は武器と防具を大半失った!」

 奪った蛇咬剣と拾い上げた山刀だけを手に、コボルトは逃げる。

 そうだ、すでに奴はジリ貧、徐々に不利になっていく中であがき続けていくだけだ。

「だが、奴は加護を使っておらん」

 自分の指摘に黙り込む一同。嫌な空気が場に流れ、周囲で状況を見ていた野次馬達の視線が気になりだす。

「ええい! どいつもこいつも! 遊戯に参加する気概もない木っ端どもが! 散れ!」

 一喝され、散っていく野次馬達。だが、その中で唯一、長身痩躯の青年だけは面白そうに事態を見つめ続けていた。

「"万緑の貴人"! 貴様もとっとと女神の尻でも追いかけに行け!」

「やはり、サリアーシェ様の勇者は面白い」

 エルフの青年は、こちらの顔をしげしげと眺め、肩をすくめる。

「今の貴殿らは、まるであの時のゼーファレス殿のようですな」

「なっ! 何を言う!」

「マリジアル、貴様っ!」

 こちらの言葉もどこ吹く風と、彼は手にしたリュートを一音爪弾き、水鏡の光景を見やる。

「あなた方には分からぬかもしれませぬが、あのコボルト、巧みに勇者の足並みを乱しておりますよ」

「なんだと?」

「木陰や茂みを通り、あるいは利用せずに走りすぎる。わざと小高い岩山を登り、くぼ地に身を沈め、視線を定めさせないのです」

「だからどうした! そのようなことは今までも」

 くすり、と笑うと、エルフの神は水鏡を指差した。

「この戦いが始まりし時、コボルトは全身に荷物を負っていました。ですが、今はまったくの身軽。この意味が分かりますか」

 ぎょっとした顔で集まる視線、コボルトと勇者の距離は追走が始まった時点と比べて、更に開いている。

「射線を外し、武器の間合いを外し、徹底的に逃げの一手を打つ。しかも、すでに日は傾きかけております。山の夜は早いものですよ」

 森の日差しは、いつの間にか中天から落日の方へと傾きつつある。

 そうなれば、どうなるか。

「夜闇のあのコボルトの恐ろしさ、ご存知でしょうな」

 その言葉だけを残し、マリジアルは去っていく。

「かび臭いキノコ野郎が! 言いたい放題言いおって!」

「だが、奴の指摘も一理ある。このまま夜になるのはまずい」

「わしの勇者に先行させ、足止めをかける。奴の持ち物で、空の勇者を落とすのは至難のはず!」

「分った。こちらもすぐに追いつかせよう!」

 相手の提案を容れ、ガルデキエは水鏡を浮かび上がらせた。

「勇者よ聞こえるか!」


 大分体に来ている疲れを感じながら、うっとうしいだみ声に、文則は何とか平静に口を開くだけの余裕を掘り起こした。

「はいはい! こちらふがいない勇者!」

『カレイニア殿の勇者が先んじて攻撃を仕掛ける。それに追随して、貴様も奴をけん制しろ!』

「誰だよそいつ! ってあれか!」

 上を見上げると飛行勇者が加速して、コボルトの頭上に陣取った。

「タイミングとかはどうすんの!」

『貴様の能力で釘付けにすれば命中率も上がろう! とにかく今は何でもいい、奴を押し包んで倒せ!』

「はいはい!」

 上司がアホだと部下が苦労する典型だ。実際、このクエストの前に自分が『使えそう』と思った勇者と打ち合わせをしようと思ったのだが、相手の神の横槍とか、モジャ髭の交流関係でそれもうまく行かなかった。

 どうせ、コボルトを倒した後にどの神が自分にとって厄介か、どうやったら出し抜いて倒せるかとか、そんなことばっかり考えていたんだろう。

「そう言うのを、取らぬタヌキのなんとやらって言うんだよっ」

「文則さん、それ"皮算用"です」

 律儀に突っ込んでくれる綾乃に笑い返し、追走している二人のメンバーを見る。その面子を見て、文則は笑った。これなら行けるかもしれない。

「えっと、こういうのって、ひょうたんから馬だっけ、人間バンバンジーだっけ?」

「"瓢箪から駒"、"人間万事塞翁が馬"ですね」

 なんて戯言を言っている間に、魔力光がコボルトを釘付けにする。背後からやってくる勇者の一団は自分達より少し距離がある。

「おっし、あのコボルト、ここにいる面子でやろうっ! 経験点の分配とかは後で話し合おうぜ。ガルデキエのオッサン、それでいいよな!」

『良かろう。貴様に任せる』

 ようやくぼんくら上司から出たお墨付き。気力を充実させると、文則は地面をえぐるように大剣を振った。


 山津波を思わせる怒涛の衝撃波が横を駆け抜け、全身を痺れさせる。大剣使いの剣士はこちらを睨みすえ、その背後に回復役の女を守っていた。

 弓があれば一発で射抜ける距離。しかし、手の中にあるのは慣れない武器と、山刀一本のみ。そして、上空でこちらの隙をうかがう魔術師。

「う……っ、く……」

 目の前がかすみ、蛇咬剣を握る手の握力が次第に失せていく。

『シェート……』

「大丈夫、だ」

 もう、何時間追いかけっこをしているのか。一瞬の隙を突いて、小さなどんぐりの焼き菓子を口にして以来、水の一滴も口にしていない。

 疲労と空腹、渇きが自分を締め付ける。

「やっぱな」

 大剣使いが、ずいっと前に出る。その動きをけん制するように剣を突き出すが、元々自分の者ではない神器、意思に従うことも、一本の剣になることも無い。

「お前、疲れてんだろ」

 剣士の背後で、仲間の三人が腰の皮袋から水を飲む。同様に上の魔法使いも。

 ごくりと、シェートの喉が鳴る。

「んで、のども渇いてると。そうだよな、あんだけ動いて、飲まず食わずじゃな。っていうか、これ、お前がやった状況の逆転だな」

 さらに補給を終えた二人の仲間が進み出て、大剣の勇者も同じように水を飲む。

「『わたぬすみ』するまで、時間掛からないけどな」

「さすがだ、勇者。俺、やったこと、全部知ってるか」

 こちらの言葉に、勇者の少年はにやりと笑う。

「敵を知り己を知れば百戦危うからずってね」

「……あ。合ってます。大丈夫です」

「綾乃さーん、俺どっちかって言うと日本史得意だからさー」

「すみません。それ孫子ですから……。どちらかというと中国史です」

 会話で必死に時間を稼ぎ、疲れた体を休める。それでも欠乏した水分や栄養を補わなければ、本当の回復は望めない。

「で、悪いんだけど、ここでお前のこと、俺らがしとめるから」

「……やれるなら、やれ」

「省吾君、頼むわ」

 すいっと進み出る、全身黒尽くめの、ぴっちりとした姿の少年。その両手には奇妙な形をした小剣が逆手に握られて、

「"瞬裂斬"」

 とっさに緊張させた蛇咬剣が火花を散らし、刃を握った片手が血を噴出す。

「ぐううっ!」

「"瞬裂斬・乱刃"」

 黒装束の少年が振う刃が見えない。いや、見えはするが反応が間に合わない。体の中心を守るように張った蛇咬剣を避け、腕が、脚が、頬が切り裂かれていく。

「くああああっ!」

「正樹君、よろしく」

「うん」

 飛び散る火花と血煙の向こう、杖を持った少年が、とん、と地面を突く。

「うぐっ!?」

 するりと伸びた少年の影が、がっちりとシェートの足元を掴む。

「やってもいいぜ、破術で解除を」

「その代わり」

 ぎぎぎんっ。

 一層速度を増した剣がこちらの守りを削っていく。

「うがあああっ!」

「俺の"堕天の双翼"が、お前の体を切り裂く」

 意識を刈り取るように振われる双剣。急所に当たらないように張った剣に、薄い亀裂が入る。相手の神剣の威力が、こちらの神器の能力を上回っている証拠。

 三段重ねの力でなければ抑えきれない。

『シェート!』

 降って来る声に、シェートは歯を食いしばって首を振る。

「やめろ!」

『だが!』

「絶対ダメだ! 最後まで、俺見てろ!」

 加護は使わせない、自分が良いというまで。

 それがこの戦いの始まる前、自分に課した制約。


『バカなことを言うな! 今回の戦いは加護を使わねば!』

『じゃあ、ここで生き残る、次何かある、それでまた加護使うか!?』


 そうだ、サリアが加護を使うかで悩むのは、自分が弱いせいだ。

 弱い自分を越えられなければ、勇者に、魔王に、世界になど勝てるはずが無い。

 加護は必要だろう、だが加護に頼るマネだけはしたくない。

 考えろ。

 考えて、考えて、考え抜け!

「省吾君、カウントスリーでバック。正樹君、威力増強よろしく、信也君は俺に合わせて全力砲撃な!」

「任務了解」

「分ったよ」

「こ、こっちも、オッケー」

 大剣使いが振りかぶり、双剣使いが嵐のように斬撃を放ち、腰の影が自分の動きを束縛していく。

 天に耀くは巨大な魔力光、自分にあるのは壊れかけの神器と腰の山刀。 

「三っ」

 弾ける火花の音に紛れ、それでも耳に残る一言。

「二っ」

 刃の嵐の中、研ぎ澄まされた神経に伝わる双剣使いの体重移動。僅かに斬撃が威力を鈍らせる。

「一っ!」

 それはほんの僅かの隙。二つの攻撃が降り注ぐ寸前、双剣使いの攻撃が止み、一瞬生じた空白。

「うあああああああああっ!」

 絶叫と共に破術を展開、影を打ち消し、蛇咬剣の竜巻で黒装束の体を巻き取り、一気にひきつける。

「しま――」

 そして、衝撃波と魔力光が、等しく黒装束とシェートを打ち貫いた。

「が、は……」

 全身を焼く痛みと、粉々になりそうな一撃、それでも生きている。でも。

 目の前で黒装束が金の光を撒き散らして消えていく。

 棒立ちのまま動けない。蛇咬剣は砕けたが、山刀は残っている。

 それでも、動けない。

「あ、ぐっ……」

「どんだけしぶといんだよ。お前」

 大剣の勇者は、哀れみと悲しみを込めて、こちらを見た。

「そんなに俺達が憎いか、殺したいか、勇者が嫌いなのか」

「……生きたい」

 こげた手を必死に腰に伸ばし、柄を握り締める。

「生きたいから、だ」

 その言葉に、勇者がたじろぐ。ゆっくりと山刀を引き抜き、構える。

 それでも、膝がくず折れる。

「あ……」

 だめだ、自分はここで倒れられない。

 強くならなければ、世界を超えていけない。

 それでも、手が力を失っていく。

「ちくしょう……っ」

 加護という言葉と世界という言葉が、頭の中で一つに重なっていく。


 お前は弱い存在で、世界の重さなど除ける力など無い。

 だから弱い魔物として世界に殺される。

 だから弱い存在として加護にすがる。

 そう囁くこえがする。


 だからこそ負けたくない、世界にも、加護にも。


「俺……はっ」

 剣士が、自分の命を絶つべく、大剣を振り上げる。

 それでも、コボルトの手が、剣士に向けて突き出された。

 その時、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!」


 咆哮が辺りの空気を切り裂いた。

 唐突で場違いな声に、全てのものが一瞬我を忘れて周囲を見回す。

「おま、え」

 シェートの呟きに、幻のように現れた星狼は、その濡れた鼻面を押し付けた。

「なんで、ここ、いる?」

 そんな問いかけに耳も貸さず、あっという間に鼻面を使い、背中に放り乗せる。

「え!? なんだそいつ!?」

 大剣使いがうろたえ、そんなことも頓着せずに星狼は駆け出していく。

「あ、まて! 正樹君、影!」

「ダメだ、向こうの方が早い!」

 とてもいい乗り心地とはいえない状況だが、必死に首のたてがみにしがみつき、囁くように礼を言う。

「あ、ありがとな、また、助けられた」

 匂い立つ気配が、気にするなと言っている感じがする。あっという間に勇者の喧騒が遠ざかり、少しずつ体が癒えていくのが分かる。

『……馬鹿者!』

 その全てを見ていたサリアは、悲しみの声を降らせた。

『バカ、バカバカ! この大馬鹿者!』

「ご……ごめん……」

『何を意地を張っているのだ! 馬鹿者! 私がどんな気持ちで見ていたと思っているんだ、この大馬鹿者!』

 ほとんど泣き出しそうな声で、サリアが叫ぶ。

『気持ちは分かる! 分かるがバカだ! お前は! なぜに私を頼らない! そんなに神の力が嫌いか! 私が頼りないか!』

「ちがう……おれ、よわい、だから、たよりっぱなし、なるの、いやだ」

『そんなことあるか! お前は十分強い! だから頼む! 私にも何かさせよ!』

「だいじょうぶ、サリア、こいつ、連れてきてくれた、ちがうか?」

 問いかけに、サリアはため息で否定した。

『私にも分からぬのだ。おそらく、あの時出会った星狼だろうが、なぜこんなところにおるのだ?』

 言葉が届いたのか、星狼は走るのを止め、シェートをその場に下ろす。そこには山の斜面を流れる小さな沢があった。

「あ……」

 礼を言うことも忘れ、その流れに顔を突っ込む。口いっぱいに広がった甘い水を飲んでいくと、疲れきった体に活力が注がれていく気がした。

『やはり、通りすがりらしい』

 ようやく顔を上げたシェートに、サリアはあくまで要約に過ぎないが、と但し書きをつけて会話の中身を語った。

『始めは関わるつもりはなかったようだが、見ていられなかったのだそうだ』

「お前……変な奴」

「うおうっ!」

「あ、ご、ごめん」

 気分を害したのか、星狼は尾を振りたて、その場に座り込む。それをとりなすように、サリアが注釈をつける。

『獲物を分け合った仲が、一人で敵の群れと戦っているのを見るのは、忍びないとな』

「そうか。それでお前、ここへ何……」

 閃光が打ち込まれ、一瞬早くシェートと星狼が飛び退る。飛行勇者の一撃を見た勇者達が、こちらに向かって来る。

「お、鬼ごっこは、もう、終わりだぜ」

 なぜか胡乱な表情をしたまま、空から勇者が声を掛けてきた。その声に、シェートはそっと口元を緩めた。

「なあ、お前、もう少し、付き合えるか?」

「……うふぅっ」

『仕方ないから付き合ってやる、だそうだ』

「ありがとな」

 傷によってリタイアしていた勇者達も復帰し、まだまだその数は多い。

 腰には山刀一振り、味方は得体の知れない狼一頭。

 それでもシェートは武器を構えて身構える。

 まるでその仕草にあわせるように、高みにあったはずの勇者がふらつき、

「あ、れ?」

 ぐしゃりと地面に叩きつけられた。


 水鏡の向こうで、地に落ちた勇者が金の光を撒きながら砕けていく。

「な、なぜだあっ!? あのコボルトの毒はきちんと加護で消して、あっ、そんな、ばかな、あ……」

 あっという間に石と化した同輩に、他の神々が声を失う。ガルデキエは震える声で、虚空に呼ばわった。

「イェスタ、これはどういうことだ」

「はい。あれは病毒です」

 朗らかに言い放つ黒い女神は、水鏡の中の勇者達を指差した。矢傷を受けた者達が、悪寒や体の痛みを訴え、皮膚を赤く腫らし、水泡を沸き立たせて苦しんでいく。

「ば、バカな! こんな短時間に病毒だと!?」

「魔物の中には屍毒を強め、強力な病毒を作り出すものがいるとか。かのコボルトも、その知恵を持っていたのでしょう」

「だが! 確かに毒は消えたと!」

「毒と病毒は別のもの。加護を『一切の異常を消す』ではなく『毒を消す』でお願いされましたので」

「ならば、毒ではないと願いが却下され……」

 そこまで言って、ガルデキエはコボルトの矢を思い出していた。

 最初は乾いた矢、その後に放たれた矢には、あからさまな毒の塗布。

「病毒は遅く効き、草木や獣の毒は早く効く、おそらくあの矢には元々、病毒をなじませておいたのでしょうね」

「おのれえええええっ!」

「シディア殿! そなたの勇者で、わ、私の勇者の病毒を! もう加護を使いきっておるのだ!」

「あわてるな! とにかく体制を……!?」

 そこまで言ったところで、ガルデキエの声が詰まる。

 森の中は次第に暗くなりつつあった。その木々の陰を縫うように、何かが唐突に立ち現れていた。

 まるで鐘楼のような、天へ伸びるその姿は、巨大な人型。

「バカな、こんなところに、巨人だと!?」

「違う……あれは……」

 のっぺりとした無表情は肉ではなく、不思議な色合いを湛えた銀で造られている。デフォルメされた筋肉質の体に腰布を巻いた姿を彫られた、金属の巨像。

「それだけでは無いぞ! あれを!」

 更にその上、木々を押しのけるようにして飛ぶのは、幅広の皮翼を持つ巨大な爬虫類。

 棘の生えた尾を持ち、獰猛な牙が涎と毒液を垂らし、貪欲な悪相が勇者を睨む。

「バカな、なぜ、こんなものがここに現れるのだ!」

『それは、私の勇者が呼んだからですよ』

「イヴーカス!?」

 いつの間にか車座の中央に立った小ネズミは、その口元をにぃいっと、捻り上げた。


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