12、大乱戦
行商を終えた後の同定というのは、身も心も軽く感じるものだ。それでいて懐は重たいし、家路を辿る脚も自然と早くなる。なだらかな斜面になった森の街道を下りながら、初夏の風に目を細める。
だが、今日の街道は雰囲気がおかしかった。エレファス山脈の辺りは比較的魔物の侵攻も少なく、時折、近くの村から山菜取りに来る人間や猟師ともすれ違うことが多いのに、未だに誰の姿も見ていない。
「……なんら?」
視界に入り込む、ふもとからこちら向かってくる影。それも一つや二つではない、鎧やローブに身を包んだ、派手な格好をした数十人の群れ。
「あらぁ……まさか……」
先頭に立つのは巨大な剣を背負った少年と、それに付き従うローブに杖の少女。
勇者の、集団。
「こんにちは……この辺りの方ですか?」
少女は微笑み、挨拶をしてくれる。こちらも会釈を返すと、そのかわいらしい顔に陰りを作り、ふもとを指差した。
「もうしわけありません。この辺りは戦場になります。早く避難して下さい」
「せ、戦場!? な、なんら、魔物の軍でもくるらか!?」
「違うよオッサン。魔物討伐やるんだ、俺達」
砕けた口調で少年は言うと、背後の隊列を確かめ、片手を挙げる。付き従っていた集団はいくつかの塊を作り、道を外れて森に入っていく。
「討伐……て、この辺りさ、そったら恐ろしげな魔物、いたらすか?」
「どうだろうな。少なくとも油断は出来ない相手、らしいぜ」
真剣な表情でそう言うと大剣を背中から外し、準備を始める。その傍らに居る少女も杖を構え、付き従った他の勇者達と一言二言、声を交わした。
「反対の人たちも、準備できたそうです」
「分った。それじゃ……行こうか」
少年の号令に、全員が街道を登っていく。その姿を呆然と見送りながら、商人はふと思い出していた。
『それが傑作なんだ! そいつらが狙ってるってのがな、一匹のコボルトなんだとさ』
まさか、そんなバカな。
コボルト一匹を狩るのにこんな大所帯で、しかも神の遣わした勇者が。
「はぁ、世の中、わけ分からんことばかりらすなぁ……」
ため息をつき、山道を下る。確かに世の中は魔王だ勇者だと騒がしいが、自分達のような人間には、直接被害が無ければ遠い世界の話だ。
「んえ?」
そんなことを考えていた彼の目は、もう一つおかしなモノを捉えた。
勇者達の後を追うように、斜面を駆け抜けて森に入っていく白い毛皮。長く太い尾を振りたてたそれ。
「あれ、ほしのがみ、けぇ?」
おそらく間違いない、街道守の星狼は何かを求めるように茂みに消えていく。
すっかりついていけなくなった事態に首を振りつつ、商人は道を下った。
その後に起こる、戦禍の果てにある結末を、知ることもなく。
「さすがに、これからコボルト狩りですよ、なんていえねーよなぁ」
文則のぼやきに、隣を進む綾乃も苦笑しつつ頷く。
「そのコボルトさんて、どんな人なんでしょうね」
「え? あ、いや、人っつーか、コボルトですよ?」
「……そう、ですよね」
綾乃は結構不思議な感じの子だった。もちろん言動はちゃんとしているし、かわいくて頭も良くて、いつも笑顔で。
ただ、なぜか自分の倒した魔物のこととか、これから対峙するはずのコボルトについて気に掛けている雰囲気があった。
「聞いた話なんですけど、そのコボルトさんって、家族を殺された恨みを果たすために、勇者さんと戦ったらしいんです」
「……マジで?」
「詳しくは分からないですけど……」
モジャ髭はその辺りのことを一切語らず、単に兄神の勇者を倒した魔物、とだけしか説明しなかった。詳しい事情を聞いてこっちの気勢がそがれるのを嫌ったのか、それとも単に興味がなかったか。
「それって、そのコウジとか言うのがコボルトの村を突付かなきゃ、こんなことにはならなかったってこと?」
「どうでしょう……コボルトさんたちは、魔物からもいじめられる存在みたいですから」
「もしかして、綾乃さんて、こういうの苦手?」
言いにくそうにしながら、彼女はこくりと頷いた。
「その、私、ゲーム的なっていうか、そういうファンタジーって、苦手で」
「……あ、もしかして『指輪』とかあっち系好きな人?」
「シディアさまに誘われたときは、『はてしない物語』とか、想像してたんですけど」
なるほど、彼女はファンタジーはファンタジーでも、俗っぽくない方が好きだったらしい。多分、イメージと違うことが多すぎて戸惑ったに違いない。
思わず文則は天を仰ぎ、それから何とか笑顔を作った。
「嫌だったら、下がっちゃってもいいと思うよ。そういう拒否権とか、あるわけだし」
「でも、ちゃんと傷を治したり出来るの、私くらいしか居ないみたいですし」
パーティのメンバーをチェックしたとき、そのことがはっきりと分った。自己再生や簡単な治療は出来る人間はいたが、毒消しや状態異常回復を完璧にこなせるのは彼女だけしかいない。
誰にも聞こえないよう、文則は吐き捨てた。
「せめて僧侶系の仲間ぐらい認めろってんだよ! クソが!」
実際、そのバランスの悪さを指摘されたガルデキエは、そっけなくこう言っただけだった。他の勇者の回復役には戦闘能力を持つものも少なくない、うっかり助太刀などされては経験点の分配に齟齬が生じると。
要するに、天界の権力闘争で、現場の混乱が生じているわけだ。コボルトの持つ大量の経験点と女神の持つ加護、それをあわよくば独り占めするために。
独り占め、その言葉に背筋がぞくっと凍る。
考えてみれば、この寄せ集めの勇者の集団は、いつかはお互いを倒し、ただ一人の存在になるように定められている。
この戦いも、いつコボルトが倒れ、そのままバトルロワイヤルになだれ込むか分からない。
もし、もしもこの戦闘の最中に、あのモジャ髭から、綾乃を殺せと言われたら。
「綾乃さん」
「はい?」
「綾乃さんは俺は守ります。何があっても、絶対」
きょとんとした綾乃は、少し悲しそうな顔をして、それから笑った。
「分かりました。私も文則さんを、皆さんを、全力で支えますね」
正直、嘘みたいだ。こんな会って間もない、いつかは敵同士になるかもしれない女の子に、こんな気持ちになるなんて。
こういうのを、なんていうんだっけ。ストックホルム症候群だっけ? フィラデルフィア・エクスペリメントだっけ?
「おいリーダー、爆発しちまえ的リア充中に申し訳ないんですがね」
背中から掛けられる余計者の声に苦笑いしつつ、片手を挙げる。
「爆発させるのはマジ勘弁。で?」
「ちゃんと前見てますかー」
「ああ……見えてるよ」
剣を構えなおし、街道の先を見る。
そこに、そいつは居た。
木漏れ日を浴びてたたずむ、小さな犬めいた姿。
額には幅広の布を巻き、肩から腰辺りまでを覆うマントをつけている。両腕と両足には毛皮で補強された篭手と脛当て、背中にくくりつけられた矢筒と左手の弓。
腰にちらっと見えるのは多分ショートソードくらいの刃物。そしてロープのようなものを結わえて下げている。
口を結び、意思に耀く瞳でこちらを見下ろす姿は、旅の途中で倒してきたコボルトとは規格が完全に違っていることを示していた。
「お前が、例のコボルトか」
「そうだ」
子供のようにも聞こえる声、それでも篭った力強さは隠しようが無い。
最初は、どこかで侮っていた。あの神様連中じゃないけど、コボルト一匹になにを大げさな、と。
そういう気分が完全に消し飛んだ。
「こういうときは、ちゃんと筋を通すべきだよな」
大剣を構え、腹に力を込めて、名乗る。
「"覇者の威風"ガルデキエの勇者、遠山文則。推して参る」
「女神サリアの"ガナリ"、シェート」
矢を番えると、コボルトは宣戦を布告した。
「勇者、狩る!」
三段重ねの加護の矢を、シェートは名乗りを上げた勇者に叩き込んだ。
「んなもん喰らうかっ!」
構えていた剣が正面に立てられ、幅広の刀身に当たって火花を散らす。その音を合図に勇者達が動き始めた。
『これからは絶対に足を止めるな! 少しでも動きが鈍れば押し包まれて殺されるぞ!』
「ああ!」
背を向けて一気に走り出す。サリアの目を信じて、一切後ろは振り返らない。なだらかな街道は脇にいくつか茂みがあるが、身を隠すには頼りない。
『シェート! 大剣の一撃が来る!』
警告と一緒に背筋が凍り、同時に勢いよく体を右に飛ばす。
「くらえっ!」
腹に響く破裂音と共に衝撃が今まで自分の居た場所を深々とえぐった。むき出しになった黒土を見れば、下手な防御なとがまったく無意味だと分かる。
『ガルデキエ殿の勇者は大剣より衝撃波を飛ばし、鎧にも強力な防御を掛けてある。単純だが相対しにくい存在だ』
「衝撃、どこまで届く!?」
斜面を駆け上がりながら視線を走らせる、山の上からの増援は無い。斜面から人の帯を作りながら、ジグザグに駆け上がってくる色とりどりの勇者の群れ。
『距離は刀身の三倍程度、下がれば下がるほど威力も抑えられる! それに密集した隊形では使いにくい能力だ!』
「ああ!」
下から迫る一団の中から一歩下がっていく姿。その片手に握られたモノを見て、シェートはすばやく弓をしまいマントのすそを掴む。
「いけっ! 【梓弓】!」
射手の身長ほどもある長弓から放たれた光の矢。全身の加護をマントに集約、勢い良く射線に振り立てる。
ぎうんっ。
甲高い音ともにマントが矢を叩き落し、二射目を撃とうとするそいつに向けてお返しの一矢を叩き込む。
「うがあっ!」
『ミジブーニ殿の勇者は絶対必中の弓の持ち主。それ以外の能力は無いが、矢に特殊な効果を持たせ、遠距離の狙撃で敵を倒すそうだ!』
「楽しすぎだ勇者! 道具頼るやつ、道具、裏切られるぞ!」
こちらの矢を喰らってもんどりうっている姿。その脇を抜けて杖を構える魔法使い。構わずさらに走り、森を駆け抜ける。
「"凍月箭"バースト!」
魔法使いの周囲に踊る光の球、それが十、二十、百と恐ろしい勢いで増え、一気に解き放たれる。
「くっ!」
『シェート! どんぐり!』
空気を引き裂いて飛来する銀の流星群、その威力が自分に殺到する瞬間。
シェートの右手が放った、一掴みの加護付きどんぐりが全ての威力を叩き落す。
「な、なんだよあれっ!? 木の実!?」
『フェリマイナ殿の勇者は小さな魔法を強化できる。だが、凍月箭ごとき、こうして加護を付与した礫で当たる寸前に迎撃してしまえば問題ない!』
「やる俺大変! すごく怖い! マント使わせろ!」
『マントも篭手も消耗させるわけにはいかん! 度胸を見せろ!』
手厳しいサリアの声に閉口しながら、それでも斜面を駆け上がる。次第に勇者の隊伍が乱れ、あからさまに疲れて動きが鈍っているものも見えた。
『自動回復持ちと、そうではないものの差が出たな。スタミナの減少を止める方法としては有効だが、加護を食うので余裕が出たときにつける神々も多いと聞く』
「どうする!? 反撃するか!?」
『まだだ! 隙を見て射掛ける場合のみ、後はひたすら逃げよ!』
「分った!」
流れるように一矢を放ち、上がってきた炎の剣を手にした勇者を転倒させると、シェートは山腹を横切る軌道を描きながら駆け抜けた。
「おのれ、ちょこまかと!」
水鏡の向こうで繰り広げられる戦いに、ガルデキエはぎりぎりと歯噛みをするしかなかった。こちらの勇者側にたいした損耗は無いが、コボルトの方はいまだに健在で、傷一つ負っていない。
「イヴーカス! これはどういうことだ!」
神座の中を見せぬように、蓋付きのつぼに入れておいた小ネズミをつまみあげる。
『どういうこと、と申されますと?』
「奴の動きだ! ああも正鵠を射るが如く、勇者の攻撃を見切れるものか!? よもや貴様、サリアーシェに我らの情報を流したのではあるまいな!」
『はい。そのとおりでございます』
あっけなく言い放たれた裏切りに、一瞬、二の句が告げなくなる。
「き、貴様ぁっ!」
『勘違いなさらないでくださいませ。これも策でございます』
「なんだと!? 我らの勇者の能力をあやつに明かして、何が策だ!」
『ではもう一度、水鏡をご覧ください』
水鏡の中では斜面を必死に登り、やや平坦な森の中に入ったコボルトの姿。相変わらず必死に勇者の攻撃をかわし、打ち落とし、また逃げていく。
「これがどうした! 奴は我らの攻撃を完全に……」
防いでいる、しかし、そこから反撃の一矢が入ることは極まれだ。しかも、森の中には得意の罠の様子も無い。
「まさかこやつ」
『はい。こちらの情報に基づき、逃げ、攻撃をかわす算段をしているのみです』
「なるほど。こちらの勝負を受けると見せて、何らかの方法で包囲を抜ける腹積もりか」
『正確には、そう仕向けたのですがね。おそらくころあいを見て、西の滝の辺りから逃れるつもりでしょう』
イヴーカスの指摘に、改めて山の地形を確認する。
中央を貫く街道を挟み、現在コボルトが逃げている側には複雑な地形になった山肌、下栄えも少なく、見通しは比較的良い。
反対に街道から西には、崖や岩肌が多いエリアが広がり、その先には山腹から流れ落ちる滝と、それを源にするエレイン川の急流がある。
「夜半まで、この下らぬ鬼ごっこを続け、闇の中を一気に西まで行く腹積もりか」
『いかなサリアーシェ様とて、これだけの勇者を討ち滅ぼすは至難。いまだ使われざる加護も、おそらくこちらの勇者の力を防ぐために温存なされるでしょう。生き延びれば勇者の力を理解したコボルトが一層有利になるかと』
「……竜神はまだ戻らぬか?」
現在唯一の懸念を口にすると、ネズミの分け身は首を横に降った。
『いまだお戻りになったという報は。ですが、すでに急使は立ったでしょう。あまり時間もありませぬ』
「イヴーカス、神々に触れを。他の勇者をこの場に集めよ。奴の足を止めさせるのだ」
『かしこまりました』
ネズミを壷に戻し、ガルデキエは髭を撫でながら戦況を見守る。
確実にイヴーカスは自分を裏切っているだろう。サリアーシェに肩入れをしているそぶりも感じた。だが、戦況を見れば、確かにコボルトの行動は防戦一方で、手にした装備を徒に消費しているようにも見える。
「読めた」
この討伐に、イヴーカスの勇者の姿は無かった。そして、サリアーシェに最大限利するような動きをしつつ、こちらへの決定的な誤報は行わない。
つまり、二つの勢力の疲弊した時点で、どちらも喰らおうというのだ。
「くっくっくっ。浅い浅い、ネズミごときが俺を出し抜こうとするとは」
モンスター召喚の能力を持つ勇者は、本体の勇者が脆弱であることが多い。無論、それなりの強さを持つ者もあるが、所詮はちっぽけな疫神の使役する勇者だ。
「しかし、どうする?」
こうなってはイヴーカスの存在も常に認識しておかなくてはならない。乱戦のさなかに勇者を狙われれば万が一の可能性もある。
「ふん」
ガルデキエは立ち上がり、神座を出る。そして、少々の驚きをもって、シディアを初めとする神々が広場に出ているのを眺めた。
「"覇者の威風"よ、貴方もネズミ臭さに嫌気が差した口か」
「"波濤の織り手"よ、そなたはもう少し、頭の回転が鈍いと思っておったぞ」
こちらのやり取りに、気持ちを同じくした神々が笑いあう。考えることは皆同じ、いやこの場に現れぬものこそ、愚か者の証拠だ。
「これより我らで盟を結ぼう。かの邪神と、無知蒙昧な疫神を叩きのめしてくれん」
ガルデキエの言葉に、他の神も納得づくといった風情で頷く。
「よかろう。我が勇者に"覇者""波濤"の勇者に従うよう申し伝える」
「我もそうしよう」
「勝利の暁には、平等な割譲を願いたいものだな」
ちらりと周囲を見回し、ネズミの視線が無いのを確かめる。とはいえ、知られていたとて、これだけの神々が盟に参ずるなら、レベルの低い魔物使い程度どうとでもなろう。
憂いの無くなったガルデキエは、どっかりと腰を下ろし、水鏡を映し出す。周囲に車座になった神々も、それを眺め始めた。
コボルトは必死に攻撃を避けながら、幾人かの剣士系勇者に矢をいかけ、矢傷を負わせただけで下がっていく。
その無様な逃げ振りを見て、ガルデキエは満足そうに髭をしごいた。
「さて、ネズミよ、どう出るかな?」
薄暗い神蔵の中、玉座に背をもたせたイヴーカスは、音を伝えなくなった水鏡のいくつかに視線を向け、そっと肩をすくめた。
「なるほど、意外に早かったな」
ガルデキエ、シディアの両名はもとより、何柱かの神がつながりを絶ってくるのは分っていた。こちらの動きがあからさま過ぎるのだ、当然といえば当然だ。
しかも、水鏡を通して声を掛けてくる神々の数も激減している。おそらく、こちらの意図に気がついたは良いものの、外に出て他の神との直接交渉まで踏み切れないか、あるいは独自で何とかできると考えているものだろう。
「ここまでは計画通り」
元々、自分の分け身による通信など、どこまで信用されるかは分からない代物だったのだ。本来狙っていた効果は、すでに達成されている。
権益の拡大を狙いコボルトを追う神々に、共同戦線など張り切れるわけは無い。ガルデキエを旗印に、一瞬でも全ての小神を一つところに集める、それさえ済めばいい。
しかも、自分の分け身を使うことで、情報のコントロールと寸断が一瞬でも行えた事が大きい。もし、これ以前に自分のたくらみに誰かが気づき、神々に流布していたら、自分はこの場に無かったろう。
「バカどもめ。すでに計画は八割方終わっているとも知らずに」
サリアーシェが他の神との交流を断ち、肥え太った羊のようなその身をさらしていたときから、この計画は始まっていた。
いや、本来の計画を更に大きなものにする餌として、彼女の存在はうってつけだった。
その時、水鏡が浮かび上がり、勇者の不安そうな顔が映し出される。
『ねえ、僕、まだ出ちゃいけないの?』
「……ごめんね。出番はまだ先なんだ、もう少し待っててくれるかな?」
絶対にお前を出すわけには行かないんだ、なぜならこの仕掛けは、たった一度見られただけで終わってしまうから。
しかし、一度でも大きな成果を上げたなら、あとはもう誰も自分を止められない。
『分ったよ……』
「ごめんね。でも、この戦いが終わったら、必ず君はスゴイ勇者になるよ」
『うん』
それきり黙った勇者に満足すると、たった一つ繋がったままの水鏡に顔を向けた。
「サリアーシェ様、もうしわけありません。どうやら、繋がりは気づかれたようです」
ネズミの口から語られる言葉を聞き、それでもサリアは水鏡から目を逸らさない。
無数の銀光をどんぐりで叩き落し、弓で勇者達をけん制し、マントを翻して攻撃を避け続けていくシェート。
「そうですか。それなら思う存分、他の勇者の能力と弱点をお教えいただけますね」
『たいした胆ですな。ようやく百の神を捌く労から放たれたと思えば、恐ろしい女神殿の補佐役とは』
「存分に働いていただきますよ。というより、そろそろ本当の指示をお出しください」
逃げ続けているシェートの顔には、疲労が漂っている。歯噛みを抑えきれず、それでも声だけは不敵に平静を保つ。
『そのようなお言葉をいただけるとは、ですが、よろしいのですか?』
分っている、これを告げるということは、獅子身中の虫にどうぞ内臓を食い荒らしてくださいと頼むようなものだ。
それでもこれが唯一の、そして絶対の突破口。
「貴方の勇者の害になる者をお教えください、"黄金の蔵守"イヴーカスよ」
『ならば……イェスタ!』
その声に従い、時の女神が現れる。
おそらく同じようにかの神の元にも彼女は現れているだろう。その瞳は静かにこちらを見つめ続けている。
『宣言を。我が勇者と決闘を行うとき、新たな加護を与えぬことを。その代わり、それが始まるまで、偽り無く力を貸しましょう』
「ではこちらも同じ誓いと、決闘を行う前に半時の休息をお約束ください」
『イェスタ、宣言を受けてもらいましょうか』
「承りました」
時が刻まれ、約定が結ばれる。これでこちらの勝ち目はせいぜい三割、準備万端の罠を仕掛けている相手は、これで九割方準備を終えたというところだろうか。
シェートの動きはまだ衰えていない、それでも勇者の数は増え、すでに麓への道は完全に絶たれている。
「ここからは伸るか反るかです。少しでも楽をして勝利したいのなら、使いこなして御覧なさい、この愚かな女神を」
『貴方はこれまで見たどんな神よりも聡明で、気の狂ったお方ですよ。サリアーシェ様』
賞賛を受け、サリアは水鏡の向こうのシェートを見つめた。考えてみればひどい話だ、いくら相談しているとはいえ、こちらの都合で彼を動かしているのだから。結局自分はシェートを手玉に取り、楽しい遊戯に興じているだけなのかもしれない。
それでも、百人の勇者を相手にする労より、たった一人と戦うほうが、まだしも生き抜く可能性はある。
「もうよいぞ、シェート」
『やっていいのか』
「守りの時間は終わりだ。ここからは、攻める!」
サリアの宣言にシェートは息をついた。この辺りは背の高い木々が生えた土地で、岩や低木樹などの遮蔽物もほとんど無い。
「仕掛けどうする!?」
『そなたに任せる。ただ、こちらが指定するものを優先で頼む!』
「分った!」
打ち合わせはすでに済んでいる。協力者を得るまで時間を稼ぎ、それが完了したら一気に攻勢に転じる。しかも、協力者の望む標的を中心にだ。
これは罠であり、こちらに不利になるともサリアは話していた。
だが、それでも構わない、自分はそう言った。
『いいのか』
『サリア、それで俺、生きられる思った。そう考えた、ならいい』
攻勢、コボルトの脳裏にその言葉が閃いた途端、全てが別の意味を持って、立ち現れてゆく。
包囲は狭まっている、下から上がってきた勇者達は半円に自分を囲い、前線に近接型の武装を持った者を、その壁で魔法や弓を使うものを守りつつ、攻撃する構えだ。
陣が形成され、こちらを包囲する網が出来つつある。大剣を持った勇者はあえて後ろに下がってこちら見ている。隣の杖を持った女を守るように。
自分の周囲にある地形を確認し、すばやく弓を収め、逃げ足を遅める。
「サリア、山から勇者は?」
『まだだ。だがそう遠く無い位置に居るはず……ああ、もうすぐ山を越えるそうだ』
「それ、協力者が?」
『そうだ。心強い敵からの助言だ』
サリアの笑いは炭火のような熱い香りを伴っていた。焦燥と高揚の臭い。
彼女の熱を感じ、シェートも笑う。その顔に、囲みを狭めようとしていた勇者達の動きが一瞬止まる。
シェートは右手を伸ばし、綱の結び目を解いた。
「っおおおおおおおおおっ!」
先端を地に垂らして一気に反転、勇者へ接近する。
「なんだ!? 武器を変えてきた!?」
驚く勇者たちを一瞥、狙うは大剣使い、ではなくその手前に居る火の剣を携えた剣士。
「しっ!」
綱を肩に担ぎ、急ブレーキを掛けた勢いで、肩掛けの袋を振り落とすようにして一気に引き抜く。
「があああああっ!?」
頬を掠めた先端の石が風を切り、剣士の顔面に赤い花が咲く。そのまま体を旋回させ、綱の先端で、隣に立っていた勇者の群れに向けて振う。
「うわあああっ!」
「ひあああっ!」
「いいでええっ!」
先端に仕込まれた石に顔を切り裂かれ、肉をむしられた者がもんどりうって尻餅をつく。更に一歩踏み込み、一人の勇者の首に綱を撒きつけた。
「がああっ!」
こちらの引く力に抵抗して無意識に突っ張った脚が、綱を更に首に食い込ませる。
同時に、こちらも力を込めて、ぐいと引きつけた。
「がっ、げうっ!」
「ば……バカ! やめろおおっ!」
事態の恐ろしさに気がついた大剣使いが、綱を切ろうと駆け寄り、剣を振り上げる。
だが、二つの加護とシェートの反応が一瞬だけ早い。
びんっ、と綱が引かれ、
「おげえええあああああああっ!」
攻撃と防御の加護で鋼の硬さと焼き鏝の灼熱が加わった綱が、勇者の細い首をずたずたに裂き切り、その体が回りながら大地に叩きつけられる。
血にまみれ、仕込んだ石や木片に肉をこびりつかせた綱を手元に戻す。
地面へ投げ出され、全身をわななかせたまま失禁する勇者。それを見た一団の動きが完全に硬直した。
「て……めええっ! なんてことするんだよ!」
「勘違いするな」
血煙を上げて大きく綱を振り回し、シェートは得物の威力を高めていく。
「お前たち、これ、遊び思ってる。でも、俺、やってるの、遊び違う」
宣言と共に、シェートは綱で大気を切り裂いた。
大ぶりで誰に当てる気も無い一撃、それでも目の前の仲間が半死半生で転がる姿に、完全に腰が引けた一団が大きく間合いを取る。
『たくさん、敵いる。自分達、少ない。そういうとき、どう戦うか、わかるか?』
すばやく綱を手に戻すと、そのまま背を向けて走り出す。
脳裏に浮かぶ父親の言葉と、峻厳な顔。
『おびえさせる。こちら、手を出す。恐ろしい目、合う。そう思わせる』
さっきと変わらない速度で走るが、勇者達の動きは心なしか鈍い。右手でが大きく動かされるたびに、ぎゅっと身を縮こまらせる者さえいる。
「畜生っ! これでもくらえっ!」
再び降って来る矢、マントを掴み、同時に縄を地面に垂らす。
「うおおおおっ!」
全身を大きく回転させ、竜巻となったシェートの体が加護付きのマントで必中の一矢を叩き落し、引き裂きの縄が走りこんできた勇者の顔を抉る。
「うぎゃあああああっ!」
「うかつに近づくな! 全員顔と手を守れ! 長距離攻撃と魔法で釘付けにしろ!」
元は相手の肉を裂き、治りにくい傷を与える【荊】と呼ばれる拷問具。その弧を描く動きと忌まわしい威力に勇者達の動きが鈍る。
それでも血気に逸った勇者達が、武器を振りかざして迫る。
『次、敵、最後まで、殺さない、大事』
矢筒に仕込んでおいた一本の皮ひもを引き抜き、軽く揺さぶる。とぷり、と液体が中に染みていくのを感じ、一気に三本引き抜いて虚空に放る。
くるくると舞い上がる矢に数人の勇者の視線がひきつけられ、呼気を吐き出し弓の威力を解き放つ。
「ふっ!」
手の中に残した矢が剣士勇者の膝頭を、
「うあああっ!」
瞼の上辺りに上がった矢筈を掴んで打ち放った矢が、斧を構えた勇者の肩口を、
「いぐっ!」
落ちてきた一本が滑らかに装填され、ローブ姿の魔術師の杖を持った手を射抜いた。
「うわああっ!」
普段の狩りなら絶対に必要の無い、曲芸じみた射撃。弟達を楽しませるために磨いた技が、勇者達に叩き込まれる。
「くそおっ! 囲め囲めっ!」
誰かがそう叫び、一瞬のうちにシェートの周りに生まれる人垣。
手にしたのは炎を纏い、あるいは雷、はたまた光をほとばしらせた聖剣。胸当てに神器の武器を身に着けた、標準的な小神の勇者たち。
「くらえっ」
鋭く振り下ろされる一太刀をかわし、その体を盾にするようにコボルトが立ち回る。
「くそっ! 邪魔だよっ!」
「バカ、俺が先だっ!」
連携のおぼつかない群れを横目に、地面に落ちた小石でも拾うように、取り落としておいた綱に手を伸ばし、
「しぃっ!」
『わああああああああああっ!?』
シェートを起点に生み出された加護付き【荊】の暴力圏が、装甲の薄い勇者達の太ももやわき腹を切り裂いた。
「気をつけてください! コボルトさんの攻撃に毒が! それに傷も治りにくい形状になっています!」
ちらりと発言者に目を留め、崩れた囲みを背に逃げ出す。
「サリア、あれ傷治す奴だな!」
『イヴーカス殿によれば、完全に防御に特化したタイプだそうだ。我らが早めに落としておきたい存在でもある』
とはいえ、その女も一人の治療に掛かりきりになっているのが分かる。刺さった矢には返しがたっぷり付き、無理に引き抜こうとすれば肉がえぐれる。
さっき塗ったばかりのシブガミネとカズラダマの混合毒は、そう簡単には消すことは出来ないはずだ。
『傷負わせる、毒使う、でも、絶対殺さない。敵、弱らせる。殺すの、その後』
恐怖と、傷と、毒。
徹底的に敵の気力をくじき、抵抗しようとする動きを奪う。死者に必要なのは墓だけだが、傷病者には薬と、安静と、看護者が要る。
それが魔の者の、心を砕く戦。
長い疾走と恐怖による鈍足、そしてこちらの攻撃で、整然とした包囲が崩れていく。
これでまた距離を稼ぐ、コボルトは綱を引き戻し、再び駆け抜けようとした。
『シェート! 上に大鷲!』
声と同時に両腕を振り上げる。
次の瞬間、木々の間を抜いて、一条の魔力光がコボルトの陰影を完全に焼き尽くした。
「よっし! あったりぃ!」
閃光が収まり、文則の視界が戻ると同時に、光の翼をはためかせた勇者が、梢の辺りに下りてくる。普通のローブと長い杖のそいつは、足元に転がるコボルトの姿を見て、軽く舌打ちした。
「く……ぅっ」
「さすがにバリアが硬いなぁ。一撃じゃ無理か」
さすがにマントは全て焼け落ちたが、コボルトの装備に欠けたところは無い。
「おいおいリーダーさん、かなりやばそうなんじゃないの?」
「……悪かったな。そいつ意外と強いぞ」
「だろうねー。でもさ」
すうっとそいつは空に舞い上がる。銀色の翼を広げて、杖を構えた。
「こうしちゃえば攻撃も届か、っとお!?」
そいつの頬を切り裂いて矢が虚空を貫く。その硬直を狙ってコボルトは走り出した。
「ってぇ! もうちょっと高度取らないとダメか」
ふわっとした動きで体が上昇していく。始めは驚いた飛行能力持ちの勇者だが、自由自在に飛ぶにはレベルが足りないらしい。それでも加速は効くので、山という地形を無視して移動できる数少ないユニットだ。
「綾乃さん、治療の方は?」
「……とりあえず、応急処置は終わりました」
「応急処置って……」
「矢傷が深すぎるんです。返しもすごく付いているし、無理に抜くと、その……肉が……」
「うわ! ごめんっ、変なこと言わせて」
通常、魔法を使った治療では聞けない言葉。確かに綾乃の能力は高位の僧侶と遜色ない力があるが、それでも治すべき人間が多すぎる。
ここまで来る間に死人はゼロ、だが負傷者は多数だった。あの、痛そうな鞭で首を切り裂かれた勇者も加護を使って回復したが、すっかりおびえて木陰にうずくまっている。
「おいリーダー、どうするんだよ、追うのか?」
そういうメンバーの一人も、あまり乗り気な顔ではない。その頬には醜くくひっつれた傷が残っている。
「決まってるだろ! このままだと他の連中に出し抜かれて終わるぞ!」
「傷を負った方はどうするんですか?」
「じゃあ、綾乃さんは残って……」
『ならんぞ』
モジャ髭の一言にいらっとくるが、なるべく冷静に言葉を返す。
「怪我してんのをほっておけないだろ!?」
『そやつらも勇者よ。一応、自己治癒や他者を癒せる人間も混じっているから、そのままおいても問題は無かろう。何か異常が起こっても加護を使えばすむことだ』
「……綾乃さん?」
綾乃の方はいくらか強く言い争いをしていたが、結局うなだれた。
「すみません、皆さん。終わったらすぐに戻ってきますから」
「……行こう。怪我してない奴は俺の後ろへ。あと装甲に自信のある奴は綾乃さんを囲ってやってくれ」
「文則さん?」
口を結び、文則は走り出す。去り際に見せたコボルトの視線、綾乃を見る底冷えするような酷薄さを思い出して。
「冗談じゃねぇぞ、クソ犬」
治療者を狙うのはRPGの常識で基本戦略。汚いとはいえないだろう、だが。
「俺の綾乃を傷つけたら、ばらばらに引き裂いてやっからな!」
凶暴になる心をむき出しにして、文則は走る。
その視界の向こうで、無数の爆発が花開いた。
「うああああああっ!」
篭手を構えて体をかわすが、更なる爆圧がシェートの体を大きく吹き飛ばす。
「ひゃはははははっ! ほらほら逃げネーとどんどん爆破しちゃうよォ~」
勇者の様相が変わっている。さっきまでの真っ当な加護の掛け方ではない、自分には想像も付かない発想を源にした加護が。
『ディーザ殿の勇者かっ! 彼は自動人形を使い、それを爆破する加護を使う!』
「なんだそれ!? 意味分からない!」
茂みの中からひょいひょいと飛んでくるのは、たっぷりとした衣装をつけさせた人形達、甲高い声を上げて襲い掛かってくる。
「アソボ、アソボウ」
「くうっ!」
加護付きの【茨】が振われ、同時に爆発が花開く。
「うがあっ!」
「バーカバーカ、俺の人形は、攻撃されてもバ・ク・ハ・ツ、だぜェ~」
「よっしゃ、そこだああっ!」
爆発の空隙を縫い、空を切って何かが飛来する音が響く。射掛けられる矢を意識したシェートは大きく背面に飛び、絶叫した。
「なんだあれっ!?」
無数の剣が、自分のいた場所を貫く。意匠も長さも形状もまちまちのそれが、雨の後のきのこのように大地に突き立った。
『ホルベアス殿の勇者、その加護は無数の剣を生み出し、相手に投射する力だ!』
「なんで!? なんでわざわざ剣飛ばす!」
『知らん! 勇者殿のこだわりだそうだ! ちなみにお前と同じ"射手"だそうだぞ!』
「矢の代わり、剣飛ばすバカ狩人! どこにいる!」
とはいえ当たれば致命傷になるのは間違いない、岩と背の高い樹木の間を必死に逃げ出した先に立ちふさがる影。
「くっ!」
すばやく射掛けた矢に、革鎧をつけた少女は、笑って巨大な布の塊を突き出す。
それは、極端にデフォルメされた何かの動物のぬいぐるみ。
「はいっ、お返しだよっ!」
その表面に光の幕が展開、射た筈の矢が、まっすぐシェートに跳ね返る。
「うわああああっ!」
何とか傷を負わずに避けられたが、ぬいぐるみを持った少女は、笑いながら木陰を逃げていく。
「な、な、な」
『エンザルテ殿の勇者だ……相手から掛けられた攻撃を完璧に防ぎ、それを同じ威力で相手に返すぬいぐるみを使う……そうだ』
「う……うがあああああっ!」
絶叫しながら追いすがる人形をかわし、降り注ぐ剣を避けまくる。
意味が分からない。というか分かりたくない。
こっちが必死で生き抜こうとしている反対側で、こんなバカみたいな加護を願った勇者が、それを授けている神がいる。
しかも、そのどれもが決して侮れないレベルなのが余計に腹立たしい。
『もう一つ言うておこう、彼ら特殊な加護を持つものを、真っ先に落として欲しいというのがイヴーカス殿の申し出だ』
「いい加減にしろ!」
どいつもこいつも勝手なことばかり、こっちの気持ちなんてお構いなしだ。
自分が弱い魔物だからといって、この仕打ちはあんまりすぎる。激情に任せて【荊】を握り締め、大きく頭上の枝に振う。
「おおおおおおっ!」
撒きついた【荊】にぐっと引き寄せ大地を蹴る。枝のしなりが体重を受け止め、大きくしなって振り子の要領で自分をはるか前方へとはじき出した。
「うわっ! なんだあれっ!」
こちらの動きに驚くおかしな加護の連中を一気に引き離すと、さっき戦っていた一団が数を減らしながらも右手から迫るのを確認する。シェートは加護で【荊】の掛かった枝を焼ききり、体を虚空へ放り出した。
飛び降りた先にあった森は再びならだかな土地に変わる、背の高い立ち木と見晴らしのいい空間。
『人数が減っている、どうやらこちらの足止めが効いているな』
「でなきゃ困る!」
距離が開いたことによる一瞬の空白。その間に、シェートは必死に頭をめぐらせる。
「バカ加護勇者、後回ししたい! 普通勇者、まだ楽!」
『……とはいえ、あの変則的な加護をどうにかせんと、うっかり射た矢が返されたり、足元で人形が爆発するはめになるな』
「人形、爆発?」
癇に障る笑い声と、勇者の操る人形。そのイメージが、なぜか大剣使いの存在と重なり合う。どちらも威力が高いが、決して同じ隊にはおらず、片方は徒党を組まずにいるその理由。
「あ……」
爆発も剣投射も攻撃範囲が広すぎ、乱戦状態になったときの被害が大きすぎるのだ。
あれを何とか利用できれば。
『シェート! 大鷲!』
梢のはるか彼方から降り注ぐ銀光を、飛んでかわす。傍らの木が黒焦げになり、あたりにきな臭さが立ち込める。
「あれすごく邪魔!」
『しかも弓の射程を外して――シェート!』
ありえないものが木々を縫って来る。それは金属片を連ねた平べったい蛇、とっさに繰り出した【荊】が、その鎌首に絡み合う。
「同キャラ対戦かよ。せっかく俺だけだと思ったんだけどな、こういう武器」
小柄な体に革鎧、そして右手に構えた剣の柄。そこから伸びるのは、剣を輪切りにして小さな鉄片にしたものを繋いだ代物。
『ウリウナイ殿の勇者か! 蛇咬剣という武器を使い手足のように扱う!』
「鞭、剣、どっちかにしろ!」
『とにかく何とか引き剥がせ! 足を止めてはならん!』
設計思想はおそらく【荊】と同じ、敵を絡めて酷い手傷を負わせるもの。ただ、材質が金属である以上、こちらより強度は上になる。しかも自由に操作が可能で、遠距離から相手を絡めて動きを止める。
それは他者の攻撃範囲に巻き込まれず、遠く離れて敵を束縛できるということ。
つまり――
『シェート! 足元!』
サリアの絶叫に視線が落ち、
「アソボウ?」
足に取り付いた人形が、爆発四散した。