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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~ReBirth編~
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6、ほしのがみ

 両手に持った草の塊を、シェートは目の前に上げてみた。細い繊維を織って作られたそれは、自分が身につけていた上着だったもの。

 元々は縦横に糸目が走った、しっかりとした布地だったのだが、ほつれちぎれて、まともな衣類としては着られそうも無かった。

「だめ。ほぐして使える、思ったけど……」

『そうか……』

 あきらめて地面に投げ捨てる。ごろごろと大振りの石が転がる川原、水浴びをするついでに確かめてみたのだが、結局自分の持ち物が、また一つ無くなったことを理解したに留まった。

「しばらく、上着ない。時間あれば、蔦、木の皮で服作る」

『……その上、矢を初めとした生活の道具も作らねばならんのだろうが』

 サリアの指摘にシェートは力なく、その場に座り込んだ。

「サリア、他の勇者、どこいるか分かるか」

『分からぬのだ。聞けば教えてくれるというわけでもなし、そなたに探知の能力を授けようにも、必要な加護が不足している』

「それ分からない、すごく困る」

 自分の使っているものはすべて森から取れる。とはいえ、取ってすぐ使えるわけではなく、材料の選別、乾燥や煮沸などの下ごしらえを経て、ようやくといった具合だ。

 本来なら集落で仲間と分担し、時間を掛けてやるべきこと。それをすべて自分だけで賄わなければならない。

 その上、日々の食料集めも切実な問題だ。いざという時に保存食の類も持っておきたいし、それだって作るのには時間が掛かる。

「鍋、壷、篭、なめし台、砥石、そういうの、何もかも足りない」

『あったとしても、持ち歩くわけにもいかんしな……』

 旅に出たとき、仲間たちとの別離は感傷的な意味のみだった。しかし今は、生活の面で仲間が居ない辛さが身に染みていた。

『拠点でも作れればまた違うのだろうが、そこに定住していると分かれば、また勇者が襲い掛かってこようからな』

「サリア、勇者、あと何人いる?」

『聞きたいか?』

 疲れたような、半笑いの声。その中にこもった疲労感を嗅ぎ取ってうんざりするが、それでも手を振って、その先を続けてもらう。

『百人を越える勇者が、今回の遊戯に参加している』

「……え?」

『大半は兄上の勇者ほどの力も持っておらぬがな。そして、このモラニアでそのほとんどが行動している』

「ちょっと待て! 勇者そんな居て、なんで散らばらない!」

『弱いからだ』

 すでにあきらめの境地に達したのか、サリアは淡々と解説をつけてくれる。

『小神の使う勇者は、ろくに加護も与えられず、レベルアップ後の増強を頼みに行動している。だからこそ、魔物の侵攻が比較的緩やかな場所に投入されていく。そして、その魔物の弱い地域が』

「俺、居るところか」

『いくら強くなったとはいえ、味方もないコボルトのお前だ。うまくすれば討ち取れる、そう考えても不思議ではないのだ』

 そこでようやく、シェートにも事態が飲み込めた。なぜ勇者達が躍起になって自分を狙おうとするのかを。

 要するに、どこも台所は火の車、ということなのだ。

『とはいえ、その全てを一度に相手取ることは無いのが、唯一の救いだ』

「……ああ。獲物取り合うからか」

 そう口にしてから、コボルトの口が事態の皮肉さに歪む。

 いつの間にか自分は狩りの獲物になっていた、森を我が物顔でのし歩く、凶暴な熊か何かのように、目の敵にされて。

『誰かが先に我らを討ち果たすのは困るが、迂闊に手を出すこともできんというわけだ。我々は逃げ回り、居場所を悟られぬようにする。そして、襲い掛かるものだけを狩ればいいのだ』

「そうだな……」

 だが、それは長期戦を強いられるということでもある。長く、厳しい、待つ戦いが。

 不毛な事実を確認したところで、シェートの腹の虫が、食事を催促し始めた。

「飯、取ってくる」

『今日は魚ではないのか?』

「気、変わった。肉食って、精つける」

 矢筒と弓を腰につけ、歩き出す。上着が無いせいで胸元の石と、その下の無毛の部分がはっきり見える。勇者の剣で裂かれた傷痕は、再生の力を持った今でも消えていない。

 それだけではなく、割と大きな怪我を負った部分はひっつれた肉の盛り上がりになり、腕や太股にも、毛の生えない部分ができていた。

 進めば進むほど傷は増え、生きれば生きるほど、それが難しくなっていく。

 自分もいつか、脱ぎ捨てた上着のように擦り切れ、大地に打ち捨てられる時が来るのだろうか。

 暗い考えを振り払うように、緩やかな丘を登り、そのまま森の中に踏み込んでいく。

 初夏の風に揺れる梢に青い葉の匂いをかぐと、少しだけ気分が落ち着いてきた。狩人として森に入る、そのことが無性に嬉しかった。

 数日前に降った雨のせいか、地面の土にはきのこが群れ固まって生えている。胞子も大分撒き散らしているせいか、匂いで獲物の足跡を辿るのは少し難しそうだった。

 反対に、こういう柔らかくなった地面に足跡はくっきりと残る。腐りかけた枯葉を踏みしめたウサギの足跡を見つけて、シェートはほくそえんだ。

「サリア、ちょっと黙ってろ」

 一応声を掛け、獲物を辿る。弓を引き抜き、矢を番え、じりじりと足を進める。

 密生した枝で日もほとんど差さない森、その中で耳をそばだて、歩み進む。

 無意識のうちに、弓が引き絞られた。

 走れば二十歩の距離、前足を上げ、鼻をひくひくと落ちつかなげに動かすウサギ。鏃が頭から首筋へ、それから腰と足の付け根辺りにぴたりと合わさる。

 何を警戒しているのか、ちらりとそんな思いが頭を掠めた瞬間、獲物がバネを溜める。

 ふつ、と矢が空を切り、獲物に喰らいついた。

「なに!?」

 喰らいついた、その言葉を思い浮かべたのは、文字通り"それ"がウサギの首筋に深々と牙を突きたてたから。

『狼だと!?』

 自分の弓とほぼ同時に飛び出したそいつは、がっぶりと獲物を銜え、黄色に輝く瞳でこちらをにらんだ。

「まて! それ俺仕留めた獲物!」

「……ぐる……るる……」

 狼はすぐには立ち去ろうとせず、不満そうな顔で見つめてくる。毛に纏わりついた枝葉から、自分の正面にある茂みからウサギを狙っていたらしい。

「矢、刺さってる! 俺、それ仕留めた!」

「るるる……るる……」

『見たところ、彼も同じ気分らしいぞ。追い詰めたのは自分だ、といったところか』

「ぐ……」

 とはいえ、自分の矢もウサギの足を完全に殺している。狼の牙が間に合ったのは、多分自分の弓のおかげだ。

「分けっこ、するか」

「ぐる……るる……」

 全部取られるわけではないと分ったのか、狼は地面に獲物を横たえ、それでも不満そうな顔を崩さない。

「半身、どうだ?」

「…………」

「わたもつける」

「…………」

「皮と片腿くれ! これ以上、ダメ!」

 それで満足したらしい狼は、獲物の前に座り込み、緊張を解いた。

「……お前、がめつい」

「うぉふっ」

 当然だ、といわんばかりの顔で吼えると、あくびを一つ。そこでシェートは、狼の額に銀に輝く星のような毛が生えていることに気がついた。

星狼ほしのがみか』

「こいつら、頭いい。昔、村の猟師、飼ってたことある」

 そろそろと獲物に近づくと、山刀で身を裂いていく。その様子を真剣な顔で見つめる星狼に、シェートは皮と片腿を除く部位を、折り取った木の枝に載せて差し出した。

「これでいいか」

「うぉん」

「狩り、邪魔して悪かった」

 一つの獲物を取り合った場合、狩人は互いの落としどころを決め、その後互いの非礼を詫びる。どちらかの権利のみを主張することはしない、それが山の取り決めだ。

 それを理解しているかのように、星狼は鼻面を近づけ、こちらの手の甲を舐めた。

「俺、もう行く。肉ありがとな」

「うふぅっ」

 言いながらシェートは立ち上がり、

「避けろ!」

 絶叫よりも早く狼が飛び、シェートの体が地面を転がる。その影を焼くように銀光が虚空を走った。

「勇者か!? サリア!」

『すまん! ここからは"見えぬ"!』

 素早く弓を構えたものの、どうすることも出来ない。周囲には木々が立ち並び、見通しは余り良くない。だが、そういう遮蔽物に隠れての狙撃、というわけではないこともシェートには分っていた。

「また姿消しか!」

『多分、完全透明化だろうな。足跡は見えるか?』

 姿を見えなくする透明化の能力を持つ勇者、あるいはそうした魔法を使える仲間に頼った奇襲は、すでに経験している。自然に溶け込んで見えにくくするものや、本当に姿が見えなくなるものまで、その手段は千差万別。

「周り、それらしいの無い」

 そう言った途端、森の奥が光る。

「くっ!」

 ギリギリでかわした顔が燃えるように熱くなり、きな臭さが鼻を突く。高い熱量を持った魔力光の攻撃は、凍月箭のように見てからは防御できない。

『木を背にしてやり過ごせ!』

「だめだ! こいつ、多分位置変えてくる!」

『遠距離攻撃特化か……厄介な』

 身を低く、木の間を縫うようにして走る。自分と相手の位置を固定せず、相手がぼろを出す瞬間を待つしかない。

「どこだ、どこに居る!」

『もう一度撃ってくれば、そこから位置を割り出せる! おそらく敵は透明化と攻撃魔法で加護を使い果たしているはずだ!』

「分った! もう一度だな!」

 弓をしまい、両腕で顔を守ると、シェートは一気に走り出した。

『無茶だ! いくら守りを重ねても腕が壊れるぞ! それに、側面から狙われたら』

「いいから敵探せ!」

 こちらの突進に驚いた射手が正面の虚空から光を放つ。真紅の光が魔力とぶつかり、すさまじい反発がコボルトの体を吹き飛ばした。

「くあああっ!」

『シェート!』

 素早く起き上がり、焼け焦げた腕を顔の前に重ね、全神経を耳に集中する。

 隠れ撃つのを主眼とする敵なら位置を気取られるのを嫌い、正面から二度目の射撃は避けるはず。右か左、どちらからに移動して撃つ可能性が高い。

 足音さえ聞こえれば、衣摺れだけでもいい、みぞおちに冷たいしこりが積もる。

 辺りに静寂が満ち、シェートが、そろりと息を吐いた瞬間。

「うがうううううっ!」

「うおおおおっ!?」

 左の茂みからすさまじい絶叫が響き渡り、中から転がり出てくるそれ。真っ白な塊に絡みつかれた狙撃手は、長い杖を放り出して悲鳴を上げた。

「ぎゃあああああっ! いぎゃああっ! あああああああっ!」

「ごるるるるるるるうっ!」

 めきめきと鎖骨が噛み砕かれ、肩口の肉が引きむしられる。びくり、と体を緊張させたそいつは、大量の血を溢れかえらせて、身動き一つしなくなった。

「お、お前……」

「ぐるるるるるるるる」

 未だに興奮が収まらない顔で、星狼は倒れ伏した勇者を睨んだ。軽い旅装だけを身につけた体にはマントが掛かり、それが当たっている場所だけ地面が透けて見えていた。

『透明化を掛けた神器。それと、"陽穿衝"の魔法を込めた杖といったところか』

「……助けてくれた、のか」

「うふぅ……」

 名も知らない異世界の勇者が、光の粒子になって消えていく。その光景を見て狼は少し驚いたようだったが、気遣うようにこちらの腕に鼻面を近づけた。

「うるる……」

「大丈夫だ。すぐ治る」

 焦げた腕もどうにか動かせるようになってきた。軽い痛みを吐息と共に吐き出し、シェートは腰に下げた腿肉を地面に置いた。

「うふっ」

「いいんだ。これ、礼な」

 少し迷うそぶりを見せた後、狼は興味を失ったように背を向けて去っていく。

『勝手に助けただけだから、気にするな。といったところか』

「ああ」

 余りに人間臭い行動に口元が緩む。もしかしたら、以前誰かに飼われていたのかもしれない。そんな感慨にふけっていたシェートに、女神が笑いを含んだ声を掛けた。

『折角だ、勇者殿の残していったものも使わせてもらおう』

「え、神器、つかえるのか?」

『いや、すでにそのマントはただの布切れに過ぎん。だが、上着の代わりに使うことはできよう。それに、水袋と保存食もな』

 たしかに、血で汚れている部分を切ってしまえば、服としても利用できるだろう。山刀で真ん中辺りに穴を開け、貫頭衣のようにして被る。

 近くに転がっていた背負い袋には、サリアの指摘どおり、水と食料がいくらか入っている。中身をあらため、焼き締めたパンや干し肉に毒が無いのを確かめる。

「これで、少し楽だ」

『この調子なら、勇者の持ち物を奪って生き抜けるかもしれんな』

「勘弁しろ、そのうち俺、全身黒焦げだ」

 軽口を叩きながらも、シェートはさっきの戦いを思い返していた。

 単なる透明化だけなら対処のしようもあるが、ああした遠距離からの攻撃を組み合わされては、こっちには手の出しようが無い。

 状況は、徐々に不利になっている。武器が欠乏し、食料が欠乏し、反対に敵には自分達の情報が蓄積されていく。

 もし、星狼の不意打ちが無かったら。 

「……サリア」

「どうした?」

 喉まで出かかった言葉を飲み込み、シェートは勤めて明るく振舞った。

「腹減った、そろそろ飯にするぞ」

 自分の誓いを、自ら破らないために。


 森に囲まれた街道に、夕日が生み出す濃い影が差す頃。

 いつものように脇の茂みに座りながら、星狼は落ち着かない気分を味わっていた。

 理由は、多分さっきの狩人だ。いや、厳密にはそうではない。

 す、と立ち上がり、もう一度さっきの場所に走っていく。

 さっき食い殺した不思議な人間の匂いと、ちぎられた布切れの残骸、それから長い棒っきれが転がっていた。

 丹念に棒を嗅ぎ、それから地面を、そして布地を嗅ぐ。

 何かに気がついたように、狼は執拗に布を確かめた。何度も、何度も。

「……うおおおおおおおおおぉおおおお」

 気がつくと、長い吼え声を上げていた。湧き上がる気持ちを抑えられず、森の中に自分の想いを迸らせる。

 やがて、星狼は街道を背に、森の奥へと歩んでいく。

 この日を境に、街道を守る星狼は永久に姿を消した。


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