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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
199/256

エピローグ、「それが、私の願いです」

 ケデナ大陸の、中心から少し南方に位置するジェデイロ市。

 そこは、この地が『暗黒大陸』と呼び習わされるようになった契機の場所である。

 南西方向に広がる大森林フィーネと、南東に広がる大山脈連峰ジェ・グーダ、そして、それらのはるか南に高くそびえる『竜の頂』。

 それらに隣接するように建設された商業都市は、エルフ、ドワーフ、そしてドラゴンという、この世界における原住異民族たちとの、交流の玄関口だった。

 ジェデイロ市を築いた初代市長、ジェデイロ辺境伯は、この大陸を『人界の果て』と評し、人知の及ばぬ『闇の世界』と述懐した。

 だが、魔王軍の魔将"繰魔将"エメユギルの侵攻によって、その言葉は意味を変えた。

 あらゆる場所に跋扈ばっこする、魔物たち。

 すべてを操り疑心を蒔くと言われた知将、エメユギルによる離間、背信、内部分裂により、あらゆる団体、コミュニティが壊滅的な被害を負った。

 おそらく、最も魔王軍の中で『効果』を上げた侵略地。

 それはもはや、過去の話となった。


『見えたぞ! 勇者だ! 勇者たちが帰って来たぞ!』


 街を囲む胸壁に、鈴なりになった市民たち。

 老若男女の別を問わず、それどころか争いいがみ合っていたはずの森の民エルフ巌の民ドワーフでさえ、肩を並べて南へ続く街道を見つめている。

 ひるがえる無数の戦旗バナーは、"繰魔将"討伐に結成された義勇兵たちのものだ。

 騎士団の旗やエルフたちの吹き流し、ドワーフの織物など、特色あるものに混じって、目立つ意匠の旗がある。

 白地の布に黒々と、円の内側に六枚の葉を思わせる図柄が描かれた紋章。

 それこそが"英傑神"の勇者、岩倉悠里を示す『家紋』だった。 


「見ろよユーリ! あの連中をよ!」


 無骨な鉄鎧を身に付けた大男が、頭一つ背の低い青年を抱き寄せる。

 左肩に担いだ斧には無数の刃こぼれと、うっすら血脂の痕跡が残り、鎧にも焦げ跡や擦過痕が無数についていた。


「まったく現金な奴らだぜ。俺らが"繰魔将"の所へカチ込みに行くって聞いた時には、しかめっ面で反対しやがったくせに」

「そう言うな。いくらユーリが古今無双の勇者とはいえ、私たちだけで本陣を急襲するともなれば、不安になるなという方がおかしい」


 そう言ってたしなめるのは、栗色の髪をなびかせた鎧姿の女性。勇者とほとんど背丈は変わらず、男のものよりも細身の鎧で身を固めている。

 遠征の際には盾を所持していたのだが、最後の戦闘で砕けてしまい、左腕の籠手にベルトの擦れた跡が残るのみだ。


「だが、これでワシらの、いやユーリの実力証明は成った。都市連合の石頭も、頑固な鉄喰らいも、そして……森の大母様おたあさまたちも、勇者に帰順するじゃろうな」


 着けていたフードを下ろし、金色の髪を流す少女。その耳は鋭く長く、色濃いエルフの血を雄弁に語っていた。

 そして、壁の上で騒ぎ立てる同族たちの姿に、柔らかく微笑んだ。


「ああ、ああ、人共とは、全く面倒なものよ」


 少し離れてついてきていた、大柄な姿が仲間たちを押しのけ、黒髪の青年を背後から抱きすくめる。

 赤い長髪を揺らし、顔に残虐な笑みを浮かべた妙齢の女性。

 その胸は、豊満だった。


の武勇など、一目して瞭然であろうに。このような稀なる貴石を、あたら疎かにするとは……やはりそちは、人の世には過ぎたる至宝。このような芥共の巷など忘れ、吾が一竜ひとり永遠とわに番おうではないか。のう?」

「ダメ、です。行かせ、ない」


 真っ黒なローブに身を包んだ姿が、豊満な美女の袖を引く。顔どころか手足さえ見えないように着込み、正体も分からない。

 ただ、その声だけは、女性を思わせるものがあった。


「ユーリさんは、わたしの、いのち、ですから。この身を、かけても」

「……」


 いら立ちと呆れがまじりあった吐息が、巨大な美女から漏れる。炎と硫黄を思わせる、きな臭さが周囲に漂った時。


「ごめんシャーナ、頭が重いんで、ちょっとどけて」


 頬を染めた青年は優しく抱擁を解いて、それからローブ姿に向き直った。


「前も言ったけど、君の命は君のものだから。その」

「ユーリさんは、わたしに、イフという名を、くれました。なまえ、それは、いのち」

「虚仮なる混ざり者めが! 吾を差し置いて、背より賜った名を誇るなど、全くもってうらやま度し難い!」

 

 二互いの視線がぶつかり合い、緊張が走る。

 青年が助けを求めるように投げた視線を、他の仲間たちはやんわりと、あるいは露骨にやり過ごす。

 意を決すると表情を引き締め、この場を取りまとめるために声を掛けようとした。


「勇者殿、並びに従者の方々、無事の御帰還をお喜び申し上げます」


 礼服を身に付けた壮年の男性が、空気をあえて読まずに割って入る。

 ジェデイロの市長、ツブヤの『心遣い』に、青年は安堵した顔で片手を差し出した。


「ありがとうございます。義勇兵の皆さんのおかげで、助かりました」

「百名足らずの小勢でしたが、お役に立てたようで何よりです」

「重傷を負った人もいますけど、全員無事です」


 実のところ、"繰魔将"を討伐した段階で、義勇兵の中から伝達を飛ばしており、戦果の報告は終わっている。

 仲間内のいさかいを、うやむやにしてくれたのはありがたいが、本来はこんな風に直接出向くべき人ではないはずだ。

 肩越しに市長の背後を見ると、微妙な距離を保ちながら立つ人影がある。

 こちらの視線を察したのか、市長は声を潜め、忠告した。


「勇者殿に目通りを願う者です。数日前より街に逗留しております」

「どういう人、なんでしょうか?」

「遠国よりいらした貴族の令嬢、とのことですが……あの風体ですから。勇者殿もお疲れでしょうし、面倒であれば追い払いますが」


 実際、彼の言葉はかなり言葉を控えたものだ。

 短く切りそろえた髪は、長旅と疲労のせいであせてパサつき、身に着けた皮の鎧も、闘争の痕跡で擦り切れている。

 顔に目立った傷はないが、荒れてこわばった両手は、見ていて痛々しい。

 令嬢というより、駆け出しの傭兵と言った方がふさわしい姿だ。

 もしかすると、剣を握って日が浅いのかもしれない。


「いいですよ、俺なら大丈夫です」

「……厄介事であれば、すぐにお声がけを」

「いらぬ心配ぞ、背には吾がついておる」


 市長が女性を呼びに行く間、仲間たちはその女性を、それぞれの言葉で評した。


「なんか、きったねえ格好だな。貴族の娘とかフカしだろ、ぜったい」

「斯様なみすぼらしさで、吾が背に近づこうとは。身の程知らずめ。不埒を働かば、即座に燃え散らして進ぜよう」

「大方、ユーリの評判にあやかろうという傭兵じゃろうて。適当にあしらって、魔王との戦いで使い倒してやればよかろうよ」

「旅装も兼ねているのだろうが、何やら鬼気迫るものを感じるな……くれぐれも、油断はしないでくれ」

「だいじょうぶ、です。ユーリさんは、わたしが、まもります」


 市長に導かれ、やってきた彼女は、青年を無遠慮に睨みつけた。

 色めき立つ仲間たちを片手で制すると、真正面から向き合う。

 値踏みされている、こちらの何かを確かめるように、上から下までをじっくりと眺めまわしていた。


「……無礼を、お許しください。"英傑神"の勇者、岩倉悠里殿」


 思ったよりも声が若かった。目の下に疲労の影が浮かび、日焼けと土ぼこりで薄汚れてはいたが、その下に気品と物軟らかさの残り香を感じる。

 だが、語る言葉は冷たく、厳しかった。


「神の使徒、世に平和をもたらす勇者、とは名ばかりのしるしを、余りに多く見すぎて参りましたので」

「無礼者! なれが如き薄汚れた下女風情が! 吾が背を値踏みなど、恥じ入ってその場で燃え散れ!」

「シャーナ、駄目だよ。この人にも事情があるんだから」

「吾が背よ……そちは甘すぎる。そんなところがまた、いのだが」


 何を思ったのか、目の前の女性は腰に吊っていた剣を引き抜き、掲げて見せた。

 それは、彼女と同じぐらい、薄汚れたみすぼらしい代物だった。

 血溝の部分に彫金と象眼の飾りがあったが、その大半がはげ落ちて、元の意匠さえ分からないほど、無惨なありさま。

 刃こぼれもひどく、このまま鋳つぶして打ち直したほうがましなレベルだ。

 それでも繰り返し補修し、ここまで扱ってきたのが分かる。


「お願いがございます」

「……俺で、聞けることなら」

「ユーリ! お前またかよ!」

「軽率じゃぞ、馬鹿者!」


 その場でひざまずき、手にした剣を青年に捧げると、腹の底から振り絞るような声で、叫んだ。


「我が名はリィル・ユル・フリグリッド! リミリス王家に仕えし、フルグリッド伯爵家の第三王女にございます! どうか、この剣をお受けください!」

「今、リミリスと言ったか? フルグリッド家と?」


 女騎士が進み出て、ひざまずいた側に寄り添う。それから、抱き上げるようにして、その場に立たせた。


「フランバール・ミルザーヌと申します。当家は元々リミリス王家に所縁ある者、フルグリッド家も存じ上げている。そんな貴種である御身が、なぜこのような」

「……では、なおのこと。フランバール様、勇者殿に口添えをいただけないでしょうか」

「僭越ながら、承服いたしかねます。御身に戦働きは、荷が勝ちすぎていると見受けられますゆえ」

「悪いんだけど、そこを曲げて、何とか聞き入れちゃくれないかね」


 いつの間にか、新たに二人近づいてくるものがある。大柄な鎧姿の男と、赤毛で革鎧にマントを付けた女性。

 その姿を見たとき、意外な声が上がった。


「お……おぬしはエルカ!? エルカ・モーレッドか!」

「んー? なんだいなんだい、久しぶりだねぇ。元気してたかい、コスズ」


 金髪のエルフと親しく挨拶を交わした女性は、改めて青年に向き直った。


「別に、アンタのお仲間に入れてくれ、ってわけじゃないんだ。そういうのは、まにあってる・・・・・・んでね」

「我らが本懐に御助成いただきたく、その対価として、我らを存分にお使いいただければと、御願いに参上した次第」


 言い添えた偉丈夫の騎士、その片目は潰れている。痛々しい痕跡を隠しもせず、楚々とした風情で頭を下げた。


「話が見えねえぜ、おっさん。その本懐とやらの中味次第じゃ、うちのユーリは絶対に首を縦にゃふらねえよ」

「吾が背の心映えにそぐわぬ、不埒外道な頼みなら、誰に諮ることもなく、吾が燃え散らしてくれようぞ」


 仲間たちの疑問に答えるために、リィルという名の少女は、決意を口にする。


「我ら、"審美の断剣"の勇者、逸見浩二が遺臣。志半ばで倒れた彼の無念を晴らし、世に平穏をもたらす一助を成すべく、剣を取る者」

「平たく言えば、仇討ちさ」

「その仇、というのは」


 倦み疲れていたはずの彼女の瞳が、燃え上がった。


「コボルトのシェート」


 仲間たちは驚き、拍子抜けた顔をし、あるいは笑おうとした。

 その全ての言葉を、態度を、押しとどめる、強烈な憎悪。

 積み重ね、積み上げてきた意志を薪にして燃え上がるそれは、物理的な圧力さえともなって、小柄な少女からほとばしる。


「兄神殺しの邪神、女神サリア―シェの使役。モラニアにて百人の勇者を屠り、神の軍勢十万を滅ぼせし怪物を、この手で、殺すこと」


 語る彼女の姿に青年、"英傑神"の勇者、岩倉悠里は悟った。

 このみすぼらしい姿は、結果なのだと。

 汲めども尽きず、止まるところを知らない、強烈な怒りを灯す燈心と、成り果てたがゆえに。


「それが、私の願いです」


 恩讐が、楔のように、打ち込まれた。

 人界の果て、先も見通せぬ闇の大地に、陰々と。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。お待たせした七章も、何とか完結できました。

次はいよいよ最終章。すべての運命の綾に、決着がつきます。

公開はなるべく早めに、できれば今年中か、来年ぐらいにはと宣言しておきますね。

どうか、次回もお付き合いください。


ところで、まったく関係のない話なんですが「進撃の巨人」のライナー・ブラウンって、いいキャラですよね。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは……シェートとの再会よりフィーの反応のほうが気になる展開…… 仲間たちは自分の仕えた勇者がドラゴンになってシェートを守っていると知ったらどんな顔をするのか 追記: >前話の神規 なる…
[一言] 過去が復讐に来た、ってヤツですかね。 逸見浩二の仲間って存在すら忘れてたけど、そういえば死んではいなかったな。 人間に戻れるのか怪しくなってるけど、フィーはどんな反応しめすのだろうか。 そし…
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