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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
195/256

26、『挑みたくなったんだよ』

 神々の庭に、巌のような男が立っていた。

 脇時に四竜を伴ったサリアは、座卓の対面につく。"闘神"の顔に険は無く、凪いだ視線をこちらに浴びせるばかりだ。

 戦いへの喜びも、こちらへのいかなる情念も見せない、抑制された闘志だけが伝わってくる。

 杖を掲げた"刻の女神"が座卓を打つと、その形が巨大な闘技場へと姿を変える。その広がった空間に、水鏡が現れる。


「それでは、改めて。"闘神"の勇者、辻隆健様」

『ああ』


 水鏡の向こうで、静かに立ち尽くす男。崩れた杣小屋の前で、崖の下を見つめている姿には、疲労も憔悴もない。


「"平和の女神"の勇者、シェート様」

『おう』


 シェートの方は、温泉のあった場所の近くにある草原。遮るもの一つない場所は、普段の戦い方からすれば不利な立地だ。

 それでも、そこを選んだのは、軍師たるフィーの計画によるもの。

 腰には木の弓と矢筒、なめし皮のマントに山刀と、初めて勇者を狩った時の姿を思い出させるいでたちだ。


「決闘の前に、双方、何かございますか?」

「私からは何も」

「俺も問題ない」


 イェスタは頷き、杖で闘技場の床を打った。巨大な光の壁が、二人の勇者が存在する谷間を、外界から切り離していく。

 決闘の空間。久しぶりの光景に、シェートが目を細めて彼方を眺めた。


「それでは――決闘、開始」


 弓を取り、身構えるシェート。

 対する勇者は、走り出したりはしなかった。

 右手に握っていた硬貨を取り出し、指ではじく。


乱入対戦エントリー。対象、コボルトのシェート』


 一瞬で姿が消え、草原に降り立つ。両者の間に一枚の金貨が放り出され、それを見たシェートは、矢を番えないまま相対する。

 特に構えることもなく男は笑い、両手を挙げた。


『やる前に、ちょっとだけいいかい?』

『ああ』

『今回ばかりは、イレギュラーはない。正真正銘、どっちかが死ぬまでやる。その前に言いたいことは?』


 コボルトは呆れ、苦笑し、それから首を振った。


『ない。お前、聞きたいこと、あるか?』

『なんでそう思う?』

『敵、話したい、言う。死んだら、できない。だから』


 勇者の男は目を見開き、感嘆したようにため息を吐いた。そして、染み入るような笑顔で頷いた。


『悪かったな、不意打ちなんかして。ああでもしなきゃ、お前らに勝つ目がなかった』

『お前、強い。それでもか』

『武術の強さなんざ、個人のもんだ。二人以上は負け戦、覆すなら戦略でってな』

『それでも、今、やるか?』


 鮮やかに、男の気配が変わった。

 幕を開けるように、深い宵闇が、紅の朝焼けに染まるように。

 柔和さは消え、強烈な闘志が漲った。


『こっからは勝ち負けじゃない、挑みたくなったんだよ。お前に』

『……分かった』


 その火が燃え移ったように、コボルトの瞳に凛とした輝きが灯る。


『――"闘神"ルシャーバの勇者、辻隆健』

『サリア―シェの狩人ガナリ、シェート』


 名乗り合い、矢が番えられ、構えが取られる。

 後はシェート達に任せるほかはない。


「思いつめるより、やるべきことがあるはず」


 赤い指がシェート達を差し、注意するべき点に触れていく。


「闘者というものは、いかに心がけても視界が狭くなるもの。その意識を平衡に保たせることが、貴方の仕事です」

「しかし、的外れな言葉で、集中を乱してしまっては……」

「息遣い、目配せ、足腰、手の動きに注目しなさい。そこに普段ではない動き、萎えや衰えが見えるなら、声を掛けて賦活ふかつする」


 向かい合ったまま、二人は動かない。シェートの弓は相手の胴体に鏃を合わせ、その延長線上に伸ばされた勇者の手がある。

 最悪、腕の一本を犠牲にしてでも、踏み込み殴りつける構えだ

 

「それだけじゃないぜ。相手のつまらねー仕掛けとか、そういうのを見つけるのもアンタの仕事だ。フィーが出張ってっから忘れがちだけど、アイツだって完璧じゃねーからな」

「貴方が気にするべきは『場』です。瞬間の動きではない。相手の創るであろう『罠』を見切ること」

「……はい」


 その時、サリアの目が勇者の突き出した腕に収束する。

 正確には腕ではなく、下向きの矢印のようになった肘の部分。

 たっぷりした袖口の服。だが、不自然な垂れ下がりが存在している。いや、ほんの数舜前から存在した『重み』を感じた。


「お二方、あの袖は!?」

「気をつけろシェート! 来るぞ!」


 すとん、と片手が落ち、疾風の速度で振り上げる。

 だが間合いは遠い。大気を裂くほどの威力でもない。

 

『うがっ!?』


 察したシェートが弓を目の前にかざし、何かを受け止める。そこに突き刺さっているのは、数枚の銅貨。

 それを確認することもなく、勇者が一気に間合いを詰めた。


羅漢銭らかんせんかよ! 渋い技カマしやがって!」


 遅滞のない勇者の接近。弓を放り捨てたシェートは、左前の姿勢を取りながら、素早く距離を取っていく。

 その間合いを食いつぶす、地面をこするような右脚の足払い。


「かわし過ぎるな! 左に注意!」


 紙一重で飛び離れたシェートに、左の足払いが襲い掛かる。だが、勇者はその中途で体を引き下げ、その影を縫うように数本の矢が突き刺さった。

 手投げ矢で追撃を封じたシェートと、引いた左足を抱えて、ふらふらとゆする勇者。

 最初の手合いは、それぞれの手筋を一つ潰して止まった。


「先ほどの警告、見事でした」

「いえ、すべては竜洞のご指導の賜物」

「言ってる場合か。次、来るぜ」


 飛鳥の敏捷さで、勇者が再び、シェートに迫った。



(やりにくいったらねえぜ、まったく)


 踏み込み、リードジャブ気味に左の縦拳で突く。

 こちらから視線をそらさず、コボルトが右側に避ける。

 それに合わせ、右腕を体に巻き込むように裏拳。鼻先にかすらせながら、後ろに下がって間合いを取った。

 単なる遠距離の巧者かと思えば、近距離の打撃戦にも対応してくる。

 動きが素早い上に、的が低い。どうしても打ち下ろし気味の軌道になるから、コンマ秒単位で、相手に届かない。


(さっきの『掃腿』への対応。こっちの手筋は筒抜けか)


 中華圏の武術は、異様な身体運用を揶揄されがちだ。意味不明な踊りのような型稽古、速度とは無縁の、健康体操めいた動き。

 だが、それを実戦で体験すれば、いかに合理かということを思い知る。

 緊張感の支配する戦闘で、唐突に『しゃがまれ』て『足元を掬われる』恐怖。

 息のかかるほどの間合いで、視界外から襲い掛かる、遠心力の加わった『裏拳』。

 すべては相手を凌ぎ、奇襲を成立させるため。人体の構造と性質を理解し、利用した結果の産物。

 それが中華武術の『理合い』だ。


(付け焼刃の対策で何とかなるほど、甘くはねえぞ、と言いたいところだが)


 コボルトの動きには、律され仕込まれた者の匂いがある。

 肩幅ほどに開かれた脚、軽い前傾。単なる狩人のそれだけでなく、武術としての動きが加わって、独特の流儀さえ感じた。

 つまりコイツも、一端の武術家ということだ。


(じゃあ、こういうのはどうだ?)


 息を整え、ゆったりと構える。

 左右の手は手刀にして、左は肘を落として、指先を相手の眉間に照準。

 右手は左肘に触れるくらいにして添わせる。

 両足はわずかかに屈曲させ、限りなく自然体に。

 そして、ぴたりと、動きを止めた。


「…………」


 こちらの動きに戸惑ったコボルトが、腕を垂らしてこちらをうかがう。何をしてくるか分からない以上、向こうも待ちになるのは当然だ。

 というか、ここまでの動きで分かった。

 コボルトには徒手空拳で攻めた経験が、ほとんどない。

 常に武器を持った手で戦ってきたせいで、素手の攻撃が考慮にないのだ。

 つまり、常に攻撃側はこちらということ。


(その体格じゃ、しょうがねえだろうがな)


 筋肉はついているが、小学校高学年ぐらいの背丈ではそうならざるを得ない。まして、本来は最弱の存在、格闘技など発生しようもないだろう。

 相手の口元に意識を集める。

 そのまま相手の呼吸に合わせて・・・・やる。

 吸うタイミングと、吐くタイミング、その見かけを合わせる。

 コボルトの目が何を見ているか、それは俺の手先だ。

 その動きが、自分の呼吸と同じ律動をする。知らずのうちに、互いのリズムが同調していく。

 なるほど、確かにこいつは、武術向きじゃない。

 隆健は笑い、突き進んだ。


「あ……っ!」


 避けようと下がり、その足が驚きでわずかにもつれる。

 そりゃそうだ。

 いつの間にか互いの距離が、十センチ近く『狭まってる』んだからな。

 呼吸を合わせて相手の意識を盗み、足だけで数ミリづつ進む。どんな武術にもある『無足の歩法』だが、上手く嵌った。

 左手を肩口へ伸ばし、つかまれるのを嫌ったコボルトが右に体を寄せる。


「せいっ!」


 右足で一歩踏み込み、突きあげた肘が、相手のみぞおちに突き刺さった。

 何かがへし折れ、骨を軋ませる鈍い音が、こちらの脳に伝わる。


「な、に?」


 折れたのは、コイツのあばらじゃない。

 肘から不快な激痛が伝わり、素早く身を引くと、転がりながら逃げる背中が見えた。 

 同時に、異様な感覚に気づく。

 肘の痛みが消えていく。自分に掛けられた自動回復が『効いている』証拠だ。

 ということは、つまり。


(まさかアイツ、神秘封じを使ってない・・・・・!?)


 何かを思うより先に、両手を腰だめに構え、


「破皇――」

「"コボルトの布告"!」


 攻撃を遮り、すべてを無効化したのは、青い姿。

 後ろ手に粗製の槍を構えた仔竜は、胸元で輝く宝石を見せつけるように笑った。


「今度は俺の番だ。この前のお返し、たっぷりさせてもらうぜ」

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