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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
194/256

25、「お前、信じる。絶対に」

『勝手にナニしてくれてんだ、オマエはよー』

『図々しいにもほどがあります』

『当事者、同意なき契約、品性疑う』

『あきれてものが言えない、という奴だね』


 異口同音、四連続の罵倒に、青い仔竜は両手で虚空をかきまぜ、それから深く深く、五体投地で陳謝の土下座をかました。


「本当に、本当に、申し訳ございませんでしたぁっ!」

『誠意が足んねーぞ。まあ、主様の財貨なら、好きにしていいけどよ』

『後先考えぬ無謀、念入りな戒めが必要ですね。主様の財貨の扱いは、適切ですが』

『交渉術、基礎から再教育。主様の財貨利用、あれは高評価』

『さすがの私も、今回は見過ごせないね。主様の財貨云々は、特に問題ないかな』


 説教と主への塩対応を一致させた小竜たちは、それでも、と言い添えた。


『あのタイミングでの割り込みは、及第点です。今後も励みなさい』

『"闘神"相手の啖呵、マジよかったぜー。オレもスカッとしたしなー』

『軍師、自己肯定感、重要。貴方、竜洞の一員、忘れないように』

『大胆な発想と、失敗を恐れない行動は、君の美点だ。上手に生かすんだよ』


 一渡りの評価を聞き終えると、今度は焚火の向かい側に座る、笑顔のシェートへおずおずと笑いかけた。


「怒って、る?」

「怒ってないぞ」


 確実に怒っている。終始崩れない笑顔が、異様に怖い。シェートは胸に手を当て、まだ微妙に残る切開跡に触れた。


「助けてくれた。嬉しい。グート、助かった。嬉しい。フィー、その後、なにした?」

「だから、その……あいつ、何とかしないとだったから、分かるだろ?」

「うん。分かるぞ」


 それ以上、言葉が続けようがなかった。どう理由をつけたところで、先走って、無茶をして、死にかけたのは事実だ。

 そこで、シェートは天を仰いだ。

 満天の星空の下、悔し気につぶやく。


「俺、なさけない」


 それは的外れな気持ちだ。あんな神規ものに即時で対応できるものなど、全知全能でもなければ不可能。

 第一、シェート自身はそれを『直感』して、その後の行動を決めていたと聞いた。それだけでも超人的な行動だろう。


「もっと、俺、できること、あったら」

「大丈夫だよ。その気持ちだけで充分だって」

「ガナリ、みんなの命、預かる。充分、そんなの、ない」


 シェートの言葉に、身が引き締まる思いだった。

 何気なく口にしていたそれは、シェートに重い責任を負わせていたのだと。それを感じさせないよう、必死にガナリであろうとしてきた。

 何をやっているんだ、助けるつもりで肝心なところを、預けっぱなしにしている。


「ドラゴン、ほんとすごい。いっぱい、できる」

「……うん」

「俺、できること、すこしだ。絶対、同じ、できない」

「それでも、俺のガナリは、シェートだけだ」


 どうしたら伝わる、どうしたらいい。

 もどかしい気持ちを抱えたまま、じっと相手を見つめる。


『愚かであることを、忘れないこと』


 想いをすくい上げる言葉はサリアから、降りてきた。

 彼女ははにかみ、続けることをためらいながら、それでも言葉をつづけた。


『力があろうと、知恵があろうと、命に限りがあろうと、なかろうと。結局、心を持つ者は、どこか愚かなのだ。私は改めて、それを思い知った』


 その時、目の前に黒い羊の顔が浮かんだ。

 彼の語った言葉が、自然と胸に蘇る。


『竜とは『悟り得ざるもの』を意味するからです。その知恵と力によって、驕り昂ぶるがゆえに、大悟に至らぬ者』


 ああ、本当に自分は何も知らない。

 力があるから、知恵があるから、聲一つでなんでもできるから。できない者を、あっさり振り捨ててしまえる。

 本当に、大切にしたい者さえ、いつのまにか。


『良かれと思って害をなし、悪しきを成そうとした者に善を見る。そんな我らにできるのは、きっと語らう事だけなのだ』


 語り合うこと、話すこと、伝えること。

 フィーは立ち上がり、コボルトの隣に座る。肌身を寄せ合い、感じる体温を味わいながら、想いを告げた。


「なんどでも言うよ。俺は、お前と一緒にいる。力になりたいし、なんでもしたい」

「俺、お前、好きだ。だから、無理、するな」

「約束は、できないよ」

「そうか」


 納得はしたくない、でも仕方ない。

 そんな笑いが、お互いから漏れた。

 

「次、なにかやる。ちゃんと言え」

「うん」

「俺、むつかしいこと、わからない。でも聞く」

「うん」

「言ってくれ。お前、信じる。絶対に」

「……うん」


 愚かなら、愚かなりに、できることを。

 今はそれでいい。

 そこまで考えて、フィーはふと、別の問題点を思い出した。


「そういや、お前らもそうだぞ。ソール」

『え、なんですか、いきなり』

「今回、全体的に連絡悪すぎ! 何でもかんでも、そっちで勝手に進めやがって!」

『それは、その、前線の兵に、余計な負担を掛けまいという』

『なに言ってんだか。さっさとオーバーヒートしやがったクセに』


 いつものやり取りへフェードアウトしていった二竜の代わりに、メーレのしおらしい声が謝罪を引き取った。


『竜洞、ならびに、サリア―シェ、意見調整、失敗。不徳、不明、陳謝する』

『今回は女神様の言う通りだね。私たちも所詮は、有能で愚かなドラゴンということさ』

「傲慢が隠しきれてないぜ。ヴィトってそういうキャラだっけ?」

『たまにはね。ともあれ、以後は気を付けるよ、約束しよう』


 これで、反省は済んだ。

 あと、するべきことと言えば、


「んじゃ、もう寝ようぜ。すこしでも休んどかないと」

「……俺、サリア、話ある」

「お小言もほどほどにな」


 幸い、森の火事はすでに収まっていて、こちらの拠点はどちらも無事だった。

 今はその中間くらいにある小さな空き地に、掛け小屋を作っていた。あっちは寝床を失って困っているだろうが、気にすることもないだろう。

 小屋の中ですでに丸くなっているグートに寄り添い、その鼓動を確かめる。

 そのまま、なにを考えることもなく、眠りについた。



 話がある、と言っておきながら、コボルトは黙ったまま火を見つめている。

 フィーは彼の態度を、怒っていると評したが、基本シェートは怒ったりしない。

 憤っているのだ、状況と自分の至らなさに。

 それをずっと続けてきた。どんな時でも、どんな相手でも。


「私はどれだけ、こんな愚かさを続ければいいのだろうな」

「サリア、愚かな女神、ずっと同じ」

「だが、今回ばかりはな」


 戒めを解かれ、最初に顔を合わせたのは、赤い小竜だった。

 罵倒と譴責の嵐を想像して身構えたが、帰ってきたのは悲し気な自嘲だけだった。


『結局、私は水鏡に映った姿に吼える、犬程度だったということです』


 理由は告げられなかったが、本人にとってはそれで十分だったらしい。その後の経緯を知らされ、己がいかに盛大な過失を行ったかが理解できた。

 満身創痍の星狼、死から引き戻されたコボルト。

 そして、その敵討ちと、二人の安全を図るため、飛び出していった仔竜。

 仔竜の能力が生み出す暴威は驚くべきものだったが、それを凌駕する"闘神"の勇者が繰り出す神規には、言葉を失った。


『貴方の願い、その想い、そしること、しない』


 癒し手の青い竜は、それでも、と付け加えた。


『貴方、消える。彼もまた、消える。忘れないで』


 思い出すに、恥じ入って石に戻りたくなるほどの愚かさだ。

 本当に、どこまで甘えていたのだ。

 

「シェートなら、許してくれると。すべて終われば、私など忘れて生きてくれると」

「お前、バカ。お前、消える。悲しい、すごく嫌だ」

「分かっている。それよりも大事なのは、そなたのことを、本当に覚えていられるのは、私だけだということだ」


 コボルトの寿命などは、三十年ほどもない。こうして戦いに身を置いたシェートは、長寿も期待できないだろう。

 これほど心を交わし、言葉を交えた者は、久しぶりだというのに。

 自分が死んでしまえば、思い出も、何もかも消えてしまう。


「私はもう死ねない。消えられない。私と契ったお前を、忘れるなど許されない。私の愛する、新しい民のことを」

「お前、やっぱりバカ」

「……分かってはいるが、そう何度も言わないでくれ。心魂に染みて」

「違う。むつかしく言うな」


 こちらの物思いを笑い飛ばし、シェートは告げた。


「好きな奴、ずっといる。嬉しい。好きだから。それでいい」

「それを願うなど、おこがましい場合でもか?」

「俺、お前好き。生きろ、ずっと。俺、生きる、ずっと。お前、好きだ」


 素朴で、単純で、朴訥で、簡潔な結論。

 何もかも、儚く消えてしまう事を、誰よりも強く知っているから。

 だからシェートは言うのだ。

 難しいことはなにもない、ただ好きと、言えばいいと。


「もう二度と、お前を忘れようなどと言わない。ありがとう、私の勇者ガナリ

「ああ」


 今日、語るべきは語った。

 また明日、語るべきことが生まれるだろう。

 そんなサリアの気持ちを裏付けるように、シェートはまた一本、薪を火にくべた。

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