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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
193/256

24、『勝ちましょうよ。折角だし』

 朝日が昇りかけていた。コボルトの背で、空が紫に染まっていく。

 引き絞られた弓に、冴え冴えと光る金属の鏃。その先端が、わずかに震えていた。


「無茶すんなよ。死にかけてたんだろ」

「いや、俺、死んだ。生き返り、二度目」


 それでも、凄惨な笑みを浮かべて、犬顔の魔物は意思を叩きつけてきた。


「最初の勇者、殺し返した。お前、同じ、なるか?」

「そいつは、ご遠慮願いたいな」


 相手の呼吸は浅い。ああして弓を構えているだけでも、体力は削れていく。

 時間を稼げば、こちらに。


『気を抜くな隆健!』


 素早く身をかわし、コボルトを視界の左に収める。

 右側には、牙をむきだしてうなる狼。

 冗談だろ、こいつだって毒喰らって、くたばったんじゃないのか。

 すでに仔竜からは、引き離されてしまっている。あれを殺しておかなければ、こいつらはまた復活しかねない。

 とはいえ、不意を打つには距離が遠すぎる。たとえコボルトに迫れても、狼に背中から食い付かれれば、後に待つのは悲惨な死だ。


「…………」


 お互いににらみ合い、状況が動かない。

 さっきの攻勢も、自分の神規『幻想闘技ファンタズム・アーツ』の効果で、成立していたようなものだ。

 体力が削られ、劣勢になった時、特定のゲージ技を無償で使えるというルールで、いわゆる『超必殺技』が連発できただけだ。

 裏を返せば、こっちも限界ギリギリ。毒の不調は体の芯を弱らせ、火傷に右腕切断、右目を潰された時の衝撃が、疲労感としてのしかかっていた。

 だが、もっと逼迫した事実が、脳裏にひらめく。


(……これじゃ、逆光喰らうじゃねえか!)


 コボルトの背から、朝日が昇ってくる。体感であと二分、奴のほうから、強烈な光が来ることになる。

 はめられた、時間がないのはこっちの方だ。

 一瞬でも視線を逸らせば、連中が襲い掛かってくる。

 さすがは手練れの狩人、歴戦の勇者狩り。痛み分けなんて考えていない、この場でこっちを狩り込める気だ。


(感心してる場合かよ! こうなったら)


 足元に転がっている仔竜は、まだ本調子じゃない。朝日が俺の目を奪う寸前、あいつに駆けよって拘束、状況を膠着させる。

 問題は、暴れる仔竜を殺さず、制圧できるか。もみ合って、万が一殺してしまったら。


(やるしか、ねえ)


 こちらの気配を察して、コボルトが半歩、こちらに近づく。読み切られている、あるいは、仔竜を押さえるという思考も敵の罠か。

 誰だこいつを最弱とか言った奴、全員ボコボコにしてやりてえ。

 日が昇る、あと少しで、こちらが閃光を浴びてしまう。

 ままよと息を呑み、姿勢を傾けた時。


『双方、構えを解かれよ』


 知らない誰かの声が、緊迫に割り込みを掛けていた。



 神座の扉を開け、入ってくるものがあった。

 案内も請わず、その神威だけでここまで押し入ってきたのは、女神だった。


「逃げ隠れした上、無様に負けた分際で、めもせず、俺の前に顔を出せたな」


 絞り出した罵声に臆することもなく、サリア―シェは透徹した瞳で、こちらをじっと見つめている。


「御身の計らいにより、恥ずかしながら、盤上に戻らせていただきました」

「貴様などはどうでもいい。敵を殺しそこなって勝つなど、"闘神"の名折れゆえだ」

「では、次こそ、その刃を存分に奮っていただければと」


 気配が違っている。

 闘志とは違うが、自棄になっているのでもない。思うところがあるのか、女神は自分の胸に手を当てて、思いを口にした。


「"闘神"殿、私は、御身に懸想を致しました」

「――――は?」

「わずか七日、星々の生涯と比せば、取るに足らぬほどの間に、育んだものですが」


 何を言っている、こいつは。

 それはつまり、俺を。


「貴方に、恋をしたのです。貴方であれば、私を、私の全てを捧げてもいいと」

「たわけが! 恋情をガキの戯言と罵倒したのは貴様だろうが! 今更!」

「はい。今更です。挙句、貴方の心を、踏みにじりました」


 いったい、これはどういう事態だ。

 これではあべこべだ。

 最初の立場と、逆転してしまっている。


「愚かなことです。貴方を、その慈しみを、ほしいままにしようとした。最も唾棄すべき、恥ずかしき行いでした」

「だからなんだ! 貴様など、俺は!」

「はい。ですから、これはけじめなのです。始めたものは、終わらせねばならない」


 サリア―シェは手にしていた、二つの花籠を足元に置いた。

 そして、悲し気に微笑み、一礼する。


「もっと早く、貴方とお会いしたかった。貴方を、知りたかった」

「やめろ……」

「ありがとう。私の星の民を、看取ってくださった、優しい方」

「やめろ!」


 なぜだ、どうしてこうなってしまう。

 どうして今になって、こんな不器用な形でしか、お前を生かそうと思えなかった俺に、お前はそんな。


「決闘の約定は、結ばれた。たとえ愚かであれ、過ちであれ、互いの尊厳と願いを、俎上に載せたのです」

「……サリア―シェ」

「決着を、つけましょう。如何なる結果になろうとも、私はそれを受け入れます」


 口が開かない、何も答えられない。

 そんなこちらから、柔らかく視線を逸らすと、水鏡の向こうに語り掛ける。


「双方、構えを解かれよ」


 水鏡の向こうで、拮抗していた者たちが、声を見上げる。

 女神はその姿を彼の地に投影し、戦人たちを見かわした。


「私はサリア―シェと申します。お初にお目にかかる、"闘神"の勇者、辻隆健殿」

『……あんたか。うちの神様を盛大に振ってくれたのは』

「その節は、御身にも不本意を味わわせてしまい、申し訳ない」


 毒気を抜かれた隆健が構えを解き、コボルトも弓を降ろす。

 狼が仔竜を拾い上げて下がり、状況は完全に、仕切り直しとなった。


『で、アンタが出てきたってことは、状況が変わったってことか?』

「いいえ。決闘は行います。"闘神"殿は私を求め、私は……私の愚かな願いを掛けてしまった。今ここで、すべての遺恨を水になどと言っても、虚言にしかならぬでしょう」

『どうあれ、オレはアンタらに一回勝ってる。リベンジマッチがしたけりゃ、それなりの掛け金を積み増しするのが、挑戦者の筋だぜ?』


 隆健の言葉に、ルシャーバは眉をひそめた。どういう意図かは分からないが、向こうにも考えがあるらしい。


「今の私には、なにひとつ差し出せるものはありません。此度の決闘、負ければ身も心も"闘神"殿に差し上げますので」

『そういうことなら、よそから借金でもしてくるんだな。こちとら、勇者仕事とは関係ない、惚れた腫れたに巻き込まれて、迷惑してんだよ』

「それは、勇者殿個人の益になることでも構いませぬか?」

『買い叩くのはやめてくれ。俺は誠意を見せろって言ってんだ』


 物言いは、ごろつきの因縁そのもの。結論も落としどころも見えない『要求』を突きつけることで、女神の判断を狂わそうというわけだ。

 こんな腹芸が出来る男とは思わなかったが、おそらく半分は本音だろう。

 つまり、痴話喧嘩に巻き込まれた意趣返し。

 不敵な笑みを浮かべながら、隆健は相手を煽り立てた。


『そもそも、俺は一人。そっちは三人だ。どう考えても不公平だろ』

「つまり、フィーやグートを抜きで、戦えと?」

『そこまでは言ってないさ。とはいえ、アンタから被った迷惑を考えれば、どっちかを使わないくらいは、譲歩してくれてもいいんじゃないか?』


 無理筋の提案だが、悪くない。サリアの性格は実直で、仔竜も狼もひどく傷ついてるのを知っている。

 仔竜は無理でも、狼ぐらいは下げられるかもしれない。


『飲めないってんなら、この交渉は――』

『――アンタが勝ったら、竜洞の四竜、ソール、グラウム、メーレ、ヴィトを、"闘神"の部下にする。さらに竜神、エルム・オゥドの財産を全掛けだ』


 その場にいた誰もが、発言者に振り返った。

 狼の背中に寄りかかったまま、悪辣な笑みを浮かべ、仔竜が勇者の目論見を食い破る。


『あとは、俺も掛けとくか。アンタが勝って、万が一俺が生き残ってたら、奴隷にでも何でもなってやるよ。俺の力は、良く知ってんだろ?』

『子供は黙ってろ。これは大人同士の交渉だ』

『俺は"青天の霹靂"フィアクゥル。"斯界の彷徨者"にして"万涯の瞥見者"、竜神エルム・オゥドの仔だ。そっちこそ、雇われ勇者の分際で、デカイ面すんなよ』


 饒舌だった隆健も、その言葉にいったん舌鋒を引かせる。

 そんな勇者の肩越しから、仔竜はこちらを睨み据えた。


『それと"闘神"さんよ。アンタの勇者、ずいぶん色々、やらかしてくれたな』

「夜討ち朝駆けは戦の常道。そも、貴様らが言えた義理でもあるまい」

『確かにね。ただ、一戦交える前に、言っときたくてさ』


 それは、青く燃え上がる劫火の怒り。

 たとえ如何なるものであろうとも、決して許すことはないという、意志と殺意をあふれさせていた。


『死ぬほど後悔させてやる。こんなことなら、まともにやっときゃ良かったってな』 

「よかろう。やれるものなら、やってみせよ」


 交渉が終わり、沈黙が訪れる。

 にらみ合いを続けている勇者たちの顔を見回し、女神は静かに告げた。


「決闘は、明後日の正午。互いが顔を見合わせた時点としましょう。当方は、シェート、フィアクゥル、グートの三名」

「こちらは辻隆健一名、異存はない」

「神規、神器の使用も無制限。その他、起用できるものも、すべて可ということで」

「承知」


 そして、地上の勇者たちは振り返りもせずに去っていく。

 状況をまとめ終えた女神も、こちらに礼をし、無言のまま神座を出て行った。

 残されたのは、紫と桃色の花籠。


『すんません、やっぱダメでした。慣れないことするもんじゃないな』

「いいや。むしろ、貴様を後押しできなかった、俺の不明を笑え」

『失恋した傷口に塩塗るほど、薄情じゃないっすよ、俺』

「抜かせ、青二才が」


 花籠を拾い上げ、卓上に並べる。

 七つ揃ったそれを、つくづくと眺めた。

 それから、何気ない調子で語る。


「あの女神は、不幸な者でな。ろくでなしの兄に懸想され、神々の陰謀に巻き込まれ、あげく己の星の民を、皆殺しにされている」

『……さらっと、クッソ重い話が出ましたね。それで、何とかしてやりたかったって?』

「やることなすこと、的外れの当てずっぽうだったがな。だが、まぐれの一撃が、入ってしまった」


 破れかぶれの行為が、かっちりとはまってしまった。

 女神の悲しみをすくい上げ、その願いを吐き出させてしまった。


「死にたいと言った。死んで、民たちの沈んだ忘我に浸りたいと」

『ああ、そういうことか。だからアンタは、あの女神を』

「この願いさえ、的外れの当てずっぽうだ」

 

 本当に望むものを与えるのが愛なら、これは明らかに己の自己満足、ガキの戯言だ。

 だからといって、


「だからといって、あんな願い、誰が飲めるものか」

『……そっすか』


 その場に寝転がり、陽光を浴びる勇者。頷きながら静かに笑う顔は、何の憂いも感じなかった。

 それから、こちらに見せつけるように拳を向ける。


『んじゃ、勝ちましょうよ。折角だし』

「折角だからか」

『ただ、俺も死ぬ気でやるんで。今度こそ、殺すことになりますけど』

「元より、恨まれるのを承知でやったことだ。しがらみなく、戦うがいい」


 しがらみなくか。

 考えてみれば、俺の方はしがらみばかりだ。たった一つの願いのために己を縛り、律し、不自由に甘んじてきた。

 神としてあるという事、願い続けるということは、なんとままならぬものか。


「ともあれ、今日はゆっくり休め」

『寝る場所も、無くなっちまいましたけどね』


 互いに笑い、続く沈黙に浸る。

 今しばらくは、憂いも忘れて憩う事だけを、望みながら。

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― 新着の感想 ―
[良い点] つくづく、シェートもフィーもサリアも強くなったなあ(初期の頃を思い出しながら) [気になる点] グートって何者なんだろう。もう「ついでだから面倒見てやるか」の域は超えてるよね
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