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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
190/256

21、「それで、現状は?」

 ほぼ静止した時間の中で、状況を解説するメーレの聲が、陰々と響き渡った。


『患者一、シェート。コボルト族。胸部骨折、内臓の挫傷。心肺停止状態。約四分経過』

「だったら、さっさと心臓マッサージとかで生き返らせて――」

『患者二、グート。星狼。ワイバーン毒、口内粘膜接触、並びに誤飲、細胞壊死と神経麻痺、発症。数分後、多臓器不全により死亡』


 絶望することも忘れるような、行き詰まりの状態。

 シェートの蘇生は一刻を争う。確か、心停止の時間が長くなるほど、蘇生の可能性は低くなると――――で、言っていたはずだ。

 グートの方は同じか、それ以上に悪い。処置が遅れれば確実に死ぬ。


『選べ、フィアクゥル』

「――は?」

『どちらを治療するか、選べ』


 いや、待ってくれ。

 なんでそんな話になる。だって、俺はドラゴンで、なんでもできるはずで。


『シェート、救う術式、複雑。骨折、内蔵の整復、脳への酸素供給。心臓への電気刺激カウンターショック、並列処理』

『ワイバーン毒は、汎世界でも屈指の厄介もんだ。無毒化する方法は、ほぼない。大量の輸液投与か、回復魔法の重ね掛けで、毒素が排泄されるのを待つしかねえ』


 つまり、どちらかについたら、もう片方は見捨てるほかはない。


「サ、サリアの奇跡は」

『サリア―シェは、すでに石像と化している。我々には神威を贈与する資格がない』

『もたもたしてる時間はねーぞ。これだって時を止めてるわけじゃない。百万分の一に遅くしてるだけだ』

『三十秒、猶予時間。決断、迅速を求む』


 考えるまでもない、シェートを救うんだ。

 こいつと一緒に生きていくと約束した。こんなところで死なせるわけにはいかない。

 だが、今も肺を動かし、心臓を拍動させているのはグートだ。

 見ず知らずの俺たちを助けてくれた。さっきだって、命がけであいつを止めてくれなかったら、こんなことさえ考えられなかった。


「――嫌だ」

『フィー』

「こんなの絶対嫌だ! 二者択一!? そんなもん、絶対に認めてなんかやるかよ!」

『フィアクゥル!』

「そうだ! 俺はフィアクゥルだ! 竜神の仔竜で、こいつらの仲間なんだよ!」


 自分の中に、さらに深く聲を打ち込む。

 もっと心を加速させろ。時間を引き伸ばし、自分の中にある知識を、洗いざらい全部全部全部、何もかも吐き出せ。

 加速に耐え切れなくなった部分が悲鳴を上げ、鼻と目から、どろりと血が流れた。


「じんこう、しんぱい、そうち」

『は?』

「つく、れないか、今、すぐ」

『無茶言うな! お前構造だって知らねーだろ!?』

「なら、AED、とか」

『だからそんな――!』

『分かった』


 諦めたような、決意したような聲が、議論を打ち切った。


『第三の選択。フィアクゥル、貴方の命、捧げる』

『メーレ!?』

「どう、すればいい」


 その問いに、聲がすぐに答えた。

 頭の中に複雑な韻律が流れ込んでくる。それは加速した世界の中でさえ、高密度に圧縮された情報の塊だった。


「う、ぐ、なんだ、これ」

『シェートとグート、共に救う複合術式オペレーション

『馬鹿野郎! そんなもん仔竜に耐えられるわけ』

『そう。だから三番目の取捨選択トリアージ


 なんだ、そんなことか。

 流れ込んでくる情報を一粒残さず、かみ砕いて飲み込む。心臓の鼓動が激しく高鳴り、折れた翼が激痛に捻じ曲がる。

 だが、この術式を使ったところで、誰も助けられないかもしれない。

 コボルトの拍動が戻るかは分からない、星狼の体はどこまで持つ?

 聲を限りに魂をすり減らしても、何の意味もないかもしれない。


「知った、ことかよぉっ!」


 時間の凍結が、ほどけた。

 体の熱を背中に通して、拍動一つで折れた翼を再構築する。

 そのまま、大気、大地、身体を構成する分子レベルまで認識可能なレベルへ感覚をへシフトする。

 血中の酸素濃度は限界に近い、一秒でも早く心肺蘇生しないと。


『しょーがねえ! オレらも腹くくったかんな! 最後までやり切れアホ仔竜!』

『先行し、風の聲で酸素吸入。酸素と窒素、割合調整、こちらでサポート。カウンターショック、開胸と同時』

『グートは低体温状態で維持しろ。毒の進行を低減するんだ』


 川から引き込んだ水たまりに狼を漬け、半分凍らせる。目に見えて呼吸が浅くなるが、信じるしかない。

 

『手術用に水幕、半球で維持。内部、オゾンとマイクロウェーブで殺菌』


 川の水から蒸気を作り、水幕の手術空間を確保。言われた通りに殺菌を行う。荒っぽいやり方だが、これで最低限の清潔は確保できた。

 ミスリルの刀身を赤熱させ、シェートを見下ろす。

 丁寧な仕事はできないが、心臓は止まっているから、出血は最低限しか起こらない、はずだ。


「サポート頼むぜ、みんな」

『了解。術式開始オペレーションスタート


 そして、傷痕の残るコボルトの胸が、新たに切り開かれた。



 決闘の間で釘付けになりながら、ヴィトは"闘神"をひたすらに『見て』いた。

 地上で行われた戦いは、痛み分けだ。星狼の捨て身のおかげで、わずかな隙をこじ開けることができた。

 それでも、勇者はまだ生きている。


「いい加減、諦めたらどうだ。貴様では俺に抗することもできん」


 豪胆に笑いながら、"闘神"はこちらを釘づけにしている。

 いや、釘付けにしなくてはならない。

 勇者は生きている。生きているが、無事ではないからだ。


『ぐえ、げおぉっ、ぐふ、がはあっ!』


 呻き、反吐をぶちまけ、獣道をふらつきながら歩いていく。解毒は行われたが、それでも身体の影響までは消去していない。

 不完全な回復だ。最後に加えられたフィーのブレス、無視できないほどの火傷も、同時に癒したせいだろう。 

 水鏡を消せば、こんな姿を見られることもなかった。だが、勇者の容態を確認し、周囲の警戒をしなければ、別の要因で死ぬ可能性がある。

 つまり、相手の加護も限界が近いのだ。


「それはこちらの台詞ですよ。不毛なやり取りを、いつまで続けるおつもりですか」


 すでに、自分は億の単位で『殺されて』いる。

 それでも存在の核を守り、ここで得た情報を、消されずに持ち帰らなければならない。

 相手の権能は、こちらの記憶さえ『断つ』ことができるのだから。


「女神は石となり、コボルトは死んだ。貴様が足を踏ん張る必要は、どこにもない」

「ありますよ。私はここを任された。であれば、いいと言われるまで、墨守するのみ」

「実のない、吹き流しの類かと思ったが、中々の気骨よな」

「それはどうも」


 相手の刃が、芯をかすめる音する。命無き理、命を奪うために発生した自分の根源を、滅びがかすめて通る。

 その全てを『見る』。

 竜神に与えられた存在意義を、堅く守り続ける。


「なるほど。庭でソールの言葉に口ごもったのは、こういうわけでしたか」

「知った風な口をきくな、小賢しい小竜じゅそ風情が」

「魔王の城にも同じ手段で侵入できる。勇者は、飛行の魔法など覚える必要もなかった」


 右目が潰れ、左腕が吹き飛ぶ。

 この反応が見られただけで十分だ。

 だが、立て続けに、尻尾と角が打ち砕かれる。さすがに、これ以上は耐えられない。


「良く持たせた。だが、これで終いだ」

「ええ。これで終わりです」


 目を閉じ、その一瞬を待つ。

 そして神の庭に、二条の閃光が交錯した。


「待たせてすまん。無事か」


 すでに"闘神"は、席を立っていた。

 巨大な剣を振り下ろし、その中途で止まっている。

 その刃を受け止めているのは、真紅の髪をなびかせた、騎士鎧の青年。


「やはり、貴様はその姿が似合っているぞ、"誄刀るいとうのソーライア"」

「御冗談を。貴方の一撃を受けるのに、都合がよかっただけのこと」


 その身体が炎に変わり、巨大な赤竜へと転じる。無数の燐火をまとい、ソールの体が灼熱を放っていく。


「やる気になったのは好都合だ。腑抜けた遊戯ではなく、骨身と魂を削る戦こそ本望!」

『だからぁ、そんなもん、どっかヨソでやってろっての』


 真っ黒な顎が、闘技場の下から吹き上がり、すべてを飲み込む。

 それは巨大な肉塊。歪み、たわみ、膨れ上がりながら、表面に浮かぶ無数の『口』が、裂けて笑う。

 飛びすさった"闘神"の顔には、余裕をかなぐり捨てた、闘争心の笑いがあった。


『女に振られたぐらいでウジウジしやがって。テメーみたいな食いでのねえおっさん、これ以上、付き合いきれっか』

「言いおったな肉饅頭。ならばその惨めな男の刃で、ひき肉になって喰われるがいい」

「非推奨。グラウム、可食部分、少ない」


 涼やかな声とともに、神の庭が青い水で洗われる。その水面の下を、素早く泳ぎ回る竜蛇の影。


「ずぇえいっ!」


 闘いの神の一刀は、間違いなく命を絶った。水を斬り、その在り方を否定したはずだ。

 それでも、水の竜はつややかな鱗をひらめかせ、長い首を掲げて"闘神"を見下ろす。

 同時に、青い水の触れた部分から、ヴィトの体が急速に再生していく。


「現戦力、貴方に拮抗。ヴィトの情報。収集完了」

「…………」

「別にこちらは構いませんよ。ただ、場外乱闘がこれ以上認められるかは、黒き女神の機嫌次第ですが」


 ソールの視線が示す先に、黒い杖をかざした女神が微笑んでいる。

 状況の変化を鑑みて、それでも"闘神"は笑った。


「その様子なら、一命をとりとめた、ということだな?」

「だからと言って、遊戯を続行するかは不明ですが」

「おい、"刻の女神"よ」


 笑顔のまま、男は黒い姿に歩み寄る。闘気の冷めやらない背中に、燃え立つような激情を背負って。


「"平和の女神"を、場に戻せ」

「承服いたしか」

「場に、戻せ」


 いつもの薄い笑いは消え、イェスタはつくづくとため息を吐いた。おそらく、場外乱闘が自分に飛び火することを理解したのだろう。


「勇者が目を覚まし、戦いに臨む意思をみせたなら、場に戻ることを許可しましょう」

「よかろう」


 後を振り返ることもせず、"闘神"の巨体が庭を去っていく。

 残されたこちらを見つめて、"刻の女神"は、あいまいな笑みを浮かべていた。

 憐憫とも、嘲笑ともつかない表情に、ヴィトは誘い水を向けた。


「道化の仮面も、そろそろ品切れ、というところかな?」

「そちらは風狂の態を、早くもかなぐり捨てられたようですが」

「"刻の女神"、君は何を望む?」


 浮かべた笑いは、嗜虐だった。

 こちらの様を、心から楽しむように、ころころ笑う。


「そのまま、皆様が踊り狂うことを」


 杖を一振りし、黒い姿が消える。

 そして、最初に口を開いたのは。


「あああああああああっ! クッソ腹減ったぁああああっ!」


 小さな黒い塊が、その場にひっくり返る。短い手足を振り回して、グラウムは悲鳴と泣き言の混ざった叫びをあげた。


「ガラじゃねーんだよこんなん! 腹いっぱい食うまでぜってー動かねーからな! 何でもいいからジャンジャンもってこい! 星丸ごとだ!」

「心的負担、過負荷。命の水、要求」


 打ち上げられた魚のように、メーレも長い体を伸ばして、うなだれている。

 それを眺めるソールは、竜洞から小竜たちを呼び、同僚の望むものを手配していた。


「君は存外、元気だね。ひと暴れして気分も晴れたかな?」

「そちらこそ、珍しく張り切ったようだな」

「全くだよ。私だって、こんなのガラじゃないんだ」


 宛がわれた水煙草を一吸いすると、白い小竜は問いかけた。


「それで、現状は?」

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― 新着の感想 ―
[一言] お、得体の知れなかった刻の女神もそろそろ舞台に上がる頃合いか
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