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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~ReBirth編~
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4、神々の『きょうそう』

 目の前で語らっていた竜神が、ふと何かに気が付いたように視線を上げる。

 嵐の神ガルデキエは、自然と彼の見ているものを目にした。

 南の扉に去っていく女神と、その足元でこそこそと動き回る獣の姿に、思わず笑みが浮かんだ。

「どうかしたか"覇者の威風"よ」

「いえ、なにやら御方様が眺めておられたようなので、つい」

「さて……もうそろそろよいな」

 いかにもうんざりした、という口調で竜神が腰を上げる。そのいかつい口吻に、かすかに焔が香り立っているように感じられて、思わず身が引き締まる。

「別にそなたらが何をしようと、儂には関係ない。好きなように騒ぎ、己の身を削っておればいい。だが……」

 黄色い竜眼が、きつく鋭く、周囲の神々を睨みすえた。

「この儂を、何度もさえぎられると考えるな。稚気じみた振る舞いを赦すは此度のみ。そう心得よ」

 全身が永久凍土の氷にでもなったかのような怖気が走る。目の前の巨竜は、星を砕くといわれたその怒りを、隠すことなく発散させていた。

「……まったく、ゆっくり鱗を干すこともできんとは、面倒な事だ」

 ふわりと中空に舞い上がると、彼はそのまま自らの神座に姿を消した。

「老いぼれの古蜥蜴めが……」

 思わず悪態が口を突く。生まれながらにして強力な力を統べ、その眷属もあまたの世界で畏れ敬われる竜神。遊戯の最上に座する神格と肩を並べる有力者にしてみれば、自分達の振る舞いなど見苦しいばかりだろう。

 とはいえ、彼もまた今の神界を変える力は持たない。遊戯が開かれて以降、神々の直接的対立は禁じられており、ああやって部外者を気取るのが関の山だ。

「そうやって大神の身に驕っているがいい。いずれは貴様も、あの見栄っ張りのゼーファレスのように落ちぶれさせてくれるわ」

 確かに遊戯は、一歩間違えば自らの存在をも失う危険なものだが、その勝者となれば限りない栄達を手にすることができる。

 大神は大神として、小神はいつまでも小神のままでという時代はすでに過ぎた。名を知られた神が一瞬で消滅し、最前まで名も知らぬものであった神が、あまたの世界で尊崇されることもありうるのだ。

 そして、皮肉なことに、その夢物語を体現した女神、サリアーシェを狩るのが目下の小神たちの目標だった。

「イヴーカス」

 蓄えた美髯を揺らし、ガルデキエは視界の端に映ったネズミに無造作に言い放つ。

「何か掴めたか」

「申し訳ございません。サリアーシェ様も中々に警戒なされている様子で、次にまたお話していただけることをお約束していただいたのみでして」

 そこでようやく、嵐の神はちっぽけなネズミをにらみつけた。

「"陰なる指"が聞いて呆れる。盗賊の守護者だのと吹聴しているが、所詮はその程度か」

「いや、これは手厳しい。ですが、何とか食い下がれはしましたので、今後は何事か耳寄りなお話をお伝えできましょう」

「疫風が耳元に囁くなど、ぞっとせんがな」

 この小さな神は、自分の周りをうろちょろしている屑拾いの類だ。神格は低いが、名だけはそれなりに通っている。

「そうそう、そろそろ我が所領でも、我が神意を示す時期が来たようだ」

「また、お仕事を頂戴できますか」

「痴れ者」

 言い捨てると、ガルデキエはネズミに近づき、その体を蹴り倒す。

「――――っ」

「そろそろ"穢闇えやみの運び手"が、我が所領を荒らしに来る。我の申したきことはそれだけぞ」

「し、失礼を……いたしまして」

 ネズミに触れた衣の裾を引き、軽く手で打ち払う。相手は立ち上がり、畏まった姿勢で突っ立った。

「追って沙汰を申し伝える。もう下がってよいぞ」

「は、はいっ」

 転がるようにその場を退散するイヴーカス、その背中が別の神の足元に這いつくばったのを見て、思わず口元が緩んだ。

 魔族との暫定的な休戦が結ばれたことにより、世界は一応の平穏を見せた。しかし、その結果として『悪に対抗する至善』という、神の役割を演じる機会もまた激減していた。

 その問題を解決するべく行われたのが『疫神えきがみ』という慣例。

 神々の間で取り決めを行い、別の世界で悪の役割を演じる。その悪神を祓う姿を見せることにより、信仰を強く太くする。神同士での取り決めであるから、その被害は限りなく小さく、穏健に勢力を強めることができた。

 もちろん、疫神などという役割は誰もやりたがるものがおらず、イヴーカスのような位も低く、取り立てて力無い存在が行うような流れができあがっている。

 そうした疫神を崇める愚かな人間もあり、それなりに信仰も集めるようだが、結局は汚名でしかない。

「こそこそと、いじましい事よな」

「ガルデキエ殿、こちらにおられましたか」

「シディア殿か」

 同輩の一つ柱、海洋神である青い肌の神は、隣に立つと同じくネズミを見て笑った。

「なるほど、確かにいじましい」

「ああ。何かと使えるが、所詮は廃神一歩手前の浅ましいごみ漁り、そばにも置きたくないものよ」

「聞きましたぞ、彼の邪神めにあれを近づけたとか」

 あごひげを扱きつつ、ガルデキエは頷いた。

「かたや神界のごみ漁り、かたや兄神をその手に掛けた嫌われ者の邪神。よい組み合わせであろうが」

「まことに。ですが、もし彼の女神と結託するようなことがあれば」

「その時はその時よ。あやつの勇者など、一息に捻り潰せよう。そもそも奴は疫神として我らに仕えるもの、裏切れようはずも無い」

「確かに。先だって我の元に参じた折には、いずれの時にもお呼びくだされと、平伏して訴えてきましてな」

「節操なしか。全く、かわいいものよ」

 喉の奥を鳴らして笑い、それからガルデキエは顔を引き締めて同輩を見やった。

「ムロアーブは功を焦りすぎたな」

「脇を固める傭兵は、どうにかよいものをそろえたようですが、勇者があれでは」

「とはいえ、あの小ざかしい女神と魔物も、なんともうまく立ち回るものだ」

「破術とは驚きました。ちと厄介ですな」

 うっかりと重要な話を漏らす『同輩』に、あごひげの奥の口が緩む。厄介、つまり彼の勇者は魔法か神器中心で構成されているのだろう。

「だが、あの女神め。贄の加護は使っておらぬ様子」

「おそらく蘇生のために残しておるのでしょう。あるいは、どうしても切り抜けられぬ敵を打ち倒すために」

「下手に追い詰め、加護を絞りだされては厄介だ。なるべく早いうちに吐き出させたいものだがな」

「いっそのこと、イヴーカスめをけしかけては?」

 まるで自分の配下でも使うように言い放つシディアに、少しばかり苛立ちが募る。この口の軽い海洋神も、機会を見て吹き散らすことにしよう。

「その判断はまたいずれな。さて、そろそろ勇者を見に行かねば」

「はい。ではまた後ほど」

 海洋神を後に残し、嵐の神は自らの神座へと歩き出す。最後にちらとネズミの姿を眼の端に止め、ゆっくりとあごひげを扱いた。

「せいぜい働くがよい、俺のためにな」


 肩をいからせて嵐の神が歩み去ると、シディアは衣の内側でそっと、忌まわしい者を弾く印を指で結び上げた。

「せいぜい舞い上がるがいい。頭の中まで空気で一杯の嵐の神よ」

 一応、自分と同輩であり、小神では上位に位置する者ではあるが、いかにも武辺者な格好と、自らを省みない大言壮語にはうんざりさせられていた。

 海洋神は周囲を見回し、ちょうど別の神と話を終えたイヴーカスに近づいた。

「これはこれは。"波濤の織り手"シディア様」

「精が出るな"爛れ呼びの東風"よ」

 すでにイヴーカスには、自分のところでも疫神に就いてもらっている。自分の一族でもない彼を使うのは抵抗感もあったが、見事に嫌われ役を演じてくれるため、幾度と無く疫神として招いていた。

「ガルデキエ殿から聞いたぞ。彼の女神と交誼を結んだとか」

「はい。とはいえ、毒にも薬にもならぬことを、お話できるのがせいぜいと申し上げたところ、だらしのない奴めとお叱りを受けた次第で」

「くくく。まぁ、あのお方ならば、言いそうなことではあるな」

 実に愚かな存在だ。イヴーカスの腹芸の巧緻を見抜けない分際で、自らは大神に上りつめるなどと駄法螺を吐くのだから、まったくもって度し難い。

 そろそろ追い落とす潮目か、そう心の中に刻み込む。

「そのことだがな、ガルデキエ殿の後でよいゆえ、我にも少しばかり、話を聞かせぬか」

「ですが、ガルデキエ様には常からご温情を賜っており」

「田舎芝居は止せ。あのような風船頭に付いたところで、そなたの未来は無いぞ。我の所領は奴より少ないかもしれんが、我ならそなたを使いこなしてやれる」

 イヴーカスはその顔を少し引き締め、小さな顎を押さえた。

「申し訳ございません。疫神とて矜持がございます」

「ふん……」

 王様気取りの嵐の神なら、ここで大声を上げて怒り狂っただろう。だが、シディアは顔をしかめたまま、イヴーカスを見下ろした。

「……ですが、私は少々、うっかりしたところがございます。それゆえ何かの折に、何かよからぬことを、うっかり漏らしてしまうこともありましょうな」

「うっかりか、んふふふ。うっかりな」

「はい。できればそのような粗相をしたこと、他の神々には、ご内密に」

 海洋神は黙って頷き、イヴーカスは暇乞いをして立ち去っていく。

 小ざかしいネズミだ。ああやって数多あまたの神に媚を売り、いずれかの陣営について自らを生かそうと考えているのだろう。

 だが、所詮はその程度、嵐の神のような力ばかりが先行する愚神ならともかく、イヴーカスを使っている神々なら、その程度の二つ心など見抜いているはず。

「そろそろネズミ臭さも鼻についてきた。彼の女神を討ち果たせし後には、そなたのちっぽけな所領も、我が喰らってくれよう」

 そう独りごちると、シディアは歩き出した。


 扉を抜け、自らの神座に入ると、イヴーカスは長く深いため息をついた。

「ああ、忌々しい」

 言った端からぼろぼろだった服が見事な法衣に変わり、薄汚れた毛並みも清潔そうな小麦色に戻っていく。

 神座の中は、部屋というよりはどこかの蔵のように見えた。足元にはいくつもの財宝や宝飾品、壁際にはうずたかく積みあがった食料や酒の樽、あらゆる富と栄光を象徴する品々が収められていた。

 まるでドラゴンの住まう洞窟のように見える世界の奥、そこに作られた玉座に腰掛けると、彼は虚空に水鏡を浮かばせた。

「どうだいさとる、調子の方は」

『うん。言われた通り、みんなには戻って来てもらったよ』

 まだ幼さの残る声は淀みなく、こちらの言葉に答えてくれる。

『もう、あのコボルトの見張りはいいの?』

「後はガルデキエ様の勇者殿に任せよう。そう遠くないところにいるんだろう?」

『そうだね。なんか、近くの村がモンスターに襲われて大変だからって、まずはそっちにいくみたい』

 勇者の報告に頭の中に地図を思い描き、それぞれの動きを確認する。事態は遅滞無く進んでいる、そのことを頷くと言葉を継ぐ。

「そうか。また力を貸してあげることになると思うから、その時はよろしくね」

『でもいいのかな、僕、手伝わなくて』

「君のレベルはまだ高くない。かえって足手まといになるなら、行かないほうが良いさ」

 水鏡の向こうを見つめながら、イヴーカスは口元を歪めて、笑った。

『そうだね。じゃあ、これからどうする?』

「そこから西の方に良さそうなダンジョンがある。そこでトレーニングするといいよ」

『分った。ありがとう』

「それじゃ、私は仕事があるから、何かあったら呼んでくれ」

 勇者と繋がった水鏡を消し、ネズミは玉座に背を預けた。

「さて……」

 腹の上で指を組んで瞑目する。今までのこと、そして今後の行動、その一つ一つにどのような対応を取るべきか。

 しばらくの間、そのままの姿勢を保っていた体が、不意に崩れる。

「ふ……」

 喉の奥から吐息が漏れた。

「くふふ……」

 今までに無い興奮、先を思うだけでこれほど心躍ることが、ついぞあったろうか。

「ふは……ふはははははははは」

 イヴーカスは、湧き上がる思いをとどめられず、遠慮ない笑いを上げた。

 その顔には、誰も見せたことのない剥き出しの感情が、ありありと表れている。自らの野望を為そうとする、つややかとも言える輝きが。

「……さて、それでは大仕事に取り掛かろうか」

 顔を厳かなものに改め、目の前に小さな水鏡を浮かばせる。それは、彼の小さな目にあてがえるぐらいの、遠眼鏡のような代物。

 映し出されたものを見て、満足した吐息を漏らす。

 そこは、文字通りの雲壌の世界だった。


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