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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
185/256

16、「貴方のお話を、お聞かせください」

 五日目は、"闘神"の治める星の一つに出向くことになった。

 サリアにしても異論はなく、青と白の竜を伴って、招かれた地へと降り立つ。土地の神殿で一渡り歓待された後、二人はそのまま何をするでもなく星を経巡ることにした。


「遊戯の折、俺の主星は賭けの代にしているからな。そなたを招くわけにはいかなかったのだ。すまんな」

「いいえ。星の方々には快く迎えていただき、感謝してもしきれぬほどです」


 彼の治める星は、思う以上に生気にあふれ、民の顔には笑顔があった。もちろんそれだけではすまぬところもあったが、日々を生きていた。

 本来、神のしろしめす地というものは、こうあるべきなのだ。

 湧き上がるのは、羨望だった。


「あちらの方に手つかずの草原があるとか。この時期であれば、草花の類も生い茂っていると聞いたな」

「この逢瀬が始まってより、私の都合ばかりを立てていただきましたね。"闘神"殿であれば、どのような場所で楽しみを得られましょうか?」

「闘争の場、だな。俺の神殿、武術や剣術の道場、あるいは賭けの闘技場か。時には正体を隠し、良さそうな相手とじゃれ合うこともある」


 その答えは予想していたが、伝わる言葉は快い。楽しみ自体の良さは分からずとも、相手の嬉し気な仕草を、愛でることはできる。

 彼の心は童子のようで、それでいて道を探る賢人のようでもあった。


「そなたの義父、バルフィクード殿にも、折を見て修行をつけてもらったものだ」

「不思議なのですが、神にも鍛錬が必要なのですか?」

「むしろ神なればこそだ。人の身では分からぬ理合いを知り得たと思えば、さらにその先がある。まこと武術とは、終わらぬ求道よ」


 兄との違いは、こういう面にも表れていた。

 単なる剣技だけでは飽き足らず、魔術や神威を利用して強さを追い求めたゼーファレスだったが、その実は、いかに『強く成るか』というものだった。

 ルシャーバは、きっと楽しいのだ。

 武術の秘密を、妙味を感得し、それを楽しむことを善しとした。

 だからこそ、貪欲にその先を求め、習熟が進んだ。

 その結果『強く成った』のだ。


「貴方の強さは、自らの強さを超えていくことにあるのですね」

「……なるほど。我が想い人は大変、聡明だ」


 照れくさそうに笑うと、彼はたどり着いた草原に腰を下ろす。

 その周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、赤銅色の巌を飾るように、花弁が舞い散る。

 その姿を目に留めながらサリアは歌い、草原の赤い花を、少しずつ集めていった。

 材が整うと、"闘神"の正面に座り、手の中の草を編んでいく。そういえば、こうした所作も神には本来不要だ。

 だが、こうして自らの心を凝らし、一つの形を作り上げていくことで、自分の中の何が変わる気がしていた。


「草花も同じです。同じように見えながら、一つとして同じものはない。永劫に生きる神が、定命の者たちと心を通わす上で、忘れてはいけないことを、思い出させてくれます」

「そうだな。手折り、ほしいままにできるからこそ、その命を疎かにしてはならない」

「……はい、本当に、そうです」


 作る手を止め、サリアはまじまじと、彼の顔を見た。

 彫も深く、いかつい顔立ちだ。優しさとは無縁の、豪胆で意志の強い武人の顔だ。

 それでもこの方は、私の言葉を聞いてくれる。


「戦を良しとなさる方が、そのようなことを仰るのですね」

「昔からこうだったわけではない。長く生き、長く戦ってきて、時折、寂しくなるのだ」


 その言葉は落ち付き、優しさに満ちていた。


「俺と競り合い、俺の命に一度ならず迫った者。その研鑽と命を絶ったのは俺だ。だが、そんな奴らに、もう一度出逢えたら、とな」

「憎しみや怒りはないと?」

「相手を殺すと思いながらも、その手筋を凌がれ、こちらが脅かされるとき、恐怖や戦慄と共に、歓喜が走るのだ。俺の意図を理解してくれる者が、現れたと」


 籠を編み終えると、サリアはそれを腕の中に抱えたままにした。

 それから頷いて、彼の言葉に寄り添う。


「……対話を重ねて相手の意を酌めた時、また我が意を酌んでくれた者に、そのような快さを覚えることがありますね」

「確かに武術は、殺しの技だ。だが、武術で通じ合えることも、あるのだ」


 想像もつかない境地だが、彼の顔はひどくまじめで、愛おしさにあふれていた。


「まあ、そんなものはまやかし事だ、という奴も多いがな。俺とて、詰まらぬ相手なら、さっさと『話を打ち切る』ことも多い」

「それでも、信じておられるのでしょう?」

「死んでしまった相手の心を、確かめるすべもないがな」


 殺すために身に着けた技の先に、命の愛おしさと、通じ合う喜びを語るというのは、ひどく奇矯な思考だろう。

 サリア自身、人づてに聞かされれば、愚かなことだと呆れたかもしれない。

 それでも、彼の言葉であれば、不思議と信じられた。

 ここまで至誠を尽くす姿を、見てきたから。


「……籠も編み終わったようだ。今日も終わりか」

「いましばらく」

「ん?」

「いましばらく、貴方のお話を、お聞かせください」


 たちまち、"闘神"は相好を崩した。どっと息を吐き、そのまま地面に寝そべって、笑い声をあげた。


「俺の話は戦しかないぞ! 女どもはたちまち眉根を寄せ、ねやの外に逃げ出したものだ。それとて、早晩、話の種は尽きよう!」

「それでも私には面白いものです。貴方が武術を愛するように、私は言葉を愛します」

「よかろう。次は口上の戦だな。受けて立つ」


 彼の傍らに座りなおし、共に空を見上げた。

 どこかちぐはぐで、かみ合わないような、それでいて通じ合うやり取りを続けながら。



 メーレが任務を終えて帰還すると、モニターの前に座る赤い小竜が、嫌そうな顔でこちらに振り返った。

 その一切を受け流し、定例報告を告げる。


「女神サリア―シェ、五日目の逢瀬、終了。今日の話題、"闘神"の戦働きについて」

「なぁ~、それ、毎回聞かなきゃだめかぁ?」


 シナモンロールをやけ食いしつつ、渋い顔でグラウムがぼやく。とはいえ、これも大事な経過観察であり、報告すべき義務でもある。


「サリア―シェ様より、時間延長を申請。合意に基づき、歓談を継続」

「……親密さが、以前より上がっている?」

「肯定。心情の変化を確認」

「女神様も、ようやく美人局の自覚が出たって? ま、良かったんじゃね?」


 食い気の黒竜はともかく、智謀の赤竜はいくらか興味をそそられたらしい。すこし考えてから、今後の同盟相手について、情報を修正した。

 それから、別件を虚空に映し出す。


「現地のフィアクゥルとシェートのデータだ。こちらは平穏そのもの、仔竜の索敵がアップグレードされたおかげで、魔王軍の監視網が、さらに距離を取るようになった」

「アイツ、ホントに腕が上がってるぜ。並の地竜なら、聲だけで圧倒できるんじゃねーかな?」

「他に変化は?」


 そこに微妙な間が開いた。二竜ふたりは、自らの言動で解説する愚を避けて、録音した音声データを流し始める。


『大丈夫、親公認だよ』

『そう、なのか?』

『俺の親は竜神のおっさんだ。だから、何の問題もない』


 メーレは素早く自分の端末に就いて、フィーのスマホ経由で記録されたデータを確認していく。魂の侵蝕率自体はそれほど変動はない。

 だが、脳波の安定度が良好すぎる・・・・・。仔竜に変わってから、常に微妙なストレスがかかっていなければ、おかしいはずなのに。


「自我境界線の融解、その兆候と判断する」

「だろうな。オレらも同意見だよ」

「どうする?」


 フィアクゥルの『治療』に関しては、自分に一任されている。この動きをどう見るか、そしてどうケアしていくか。


「経過観察に留める」

「過去の想起や自己認識の刷新は?」

「むしろ逆効果。侵蝕率も安定している。フィアクゥルという『被膜』で保護を」


 現在のフィアクゥルは、シェートという存在への好意と共感で自我を確立している。

 仔竜とは思えない能力も、そうした彼の『ロールプレイ』に即したものであり、安定性に貢献していた。

 今の彼にとって『元の姿』は、夢中の人物に等しいものだろう。下手に現在の肉体と結びつけない方がいい。


「とはいえ、ずーっと『ケン』ばっかで気疲れしちまうぜ。またド派手なトラブルでも起きねーかな」

「大丈夫だよ、グラウム。あと二日の辛抱さ」


 そんな同僚たちのぼやきを聞き流し、メーレは別のデータにアクセスしていた。

 就寝中の音声記録、ただし仔竜のものではない。


『――――』


 コボルトの息遣いと反応は、苦痛と懊悩の兆候を示していた。自分の体を十全に使えるフィアクゥルに対して、シェートの肉体は限界に近い。

 むしろ、ここまでよく持ったというべきだろう。

 脆弱なコボルトの体に様々なテコ入れを繰り返し、寿命を削るような無茶を強いた。

 その上、精神的な負荷は計り知れない。仲間や家族を殺された時のトラウマさえ、まともな治療を施していないのだ。


「最低百日、カウンセリング必要。および肉体の療養」


 それが最低限度の見積もりだ。戦闘どころか、一年は絶対安静を強要したい。

 もちろん、現状それが不可能なこともわかっている。


「フィー、今、通話可能?」


 だからこそ、やれることはやっておくべきだ。

 必要なデータを圧縮ファイルに変換すると、メーレは地上へと指示を送った。



「と、言うわけで」


 なにが、というわけで、なのかはさっぱりわからないが、シェートの目の前で仔竜は無い袖を腕まくりした。


「これより、シェートの疲労回復治療を、開始する」

「え……いや、なに?」

「いいから、そこにうつぶせで寝っ転がれって!」


 地面には青草で編んだ敷物があり、そこから薬草らしい匂いが漂ってくる。言われた通りにすると、仔竜はこちらの背中に手を当てた。

 それからゆっくりと、聲を上げる。


「う……っ!? な、なんだ、これ」

『現在治療中。力を抜き、心を安らげて』


 話せないフィーの代わりに、メーレがこちらに指示を出してくる。仕方なく、緊張した体からこわばりを抜き、目を閉じる。

 当てられた手が熱い。さらに細かな震えが波になって伝わり、腹の奥へ沁みていく。


「へ……へんだ、体、きつ……い?」

『慢性疲労の顕在化。シェート、貴方の体、想像以上、ボロボロ』


 仔竜の両手が、首筋や腰を撫でさすり、不思議な振動を伝えていく。宛がわれた部分からこわばりやだるさ、筋の痛みが浮き上がってくる。

 やがて、全身が火の塊になったような、熱さが満ちわたった。


「や、やめ……ろ、熱いっ、熱くて……っ」

『心配ない。もう終わる』


 変化は一瞬だった。

 フィーの聲が止むと同時に、熱が引いていく。同時に、体の重さが取れたような、心地よい感覚が満ちわたった。


「あ、あれ?」

「……ったく、シェートお前、こんな体でよく『だいじょぶだ』なんて言えたな」


 一仕事を終えたとばかりに息を吐くと、だいぶ険しい顔で仔竜はこちらを小突いた。

 それから、冷ましておいた薬湯をこちらに差し出す。

 

「自動再生が効いてるから問題ないかと思ったけど、筋肉に骨に内臓、どっかしか痛んでんじゃねーか。なんで言わなかったんだ?」

「体、少しきつい。ずっと、そうだった……から」

「なんだそれ。どんだけポンコツなんだよ、サリアの加護」

『認識を修正。シェートの傷、いわばHP上限ダメージ』


 手を握り、腕を振るう。少し前から感じていた筋肉や筋の痛みも消え、意識しなくてもすいすいと動かせる。立ち上がると、背中や腰にあっただるさも感じなくなっていた。


『コボルトという種族の規格フレーム、度外視した戦闘活動、シェートの根源を衰弱。神の自動回復、適用範囲外』

「パッシブスキルじゃ無理なレベルだったのか。ここで手当てできて良かったなぁ」

「フィー、お前、なにやった?」


 まだ何か用があるらしく、再び敷物に横たわるように指示が来る。フィーは小壺に入れた何かを、こちらの毛皮奥深くに塗り始めた。


「うえ、変な臭い、なんだ、それ?」

「なんだっけ、インドメタシン? とかそういうの。ちょっと作ってきた」

『消炎鎮痛の医薬。聲による急速治療、副反応、懸念。通常治療と併用』


 もうどうにでもしてくれ、そんな気持ちで目を閉じる。

 とはいえ、体の方は驚くほど、疲れも痛みも取れていた。このところの鬱屈した気分さえ、きれいに拭われていくようだ。


「フィー、お前、薬師できる、なったか」

「つい最近な。なんだっけ、怪我の功名ってやつ」

「……お前、最近、無茶しすぎ。水筒、壊してた」

「あれ見てたのかよ!?」


 小さな薬師は苦笑いし、それでも嬉し気にこちらの頭を撫でた。それから、深々とため息を吐いた。


「ようやくだ。仲間が傷ついても、俺が治せるようになったんだ」

「……ドラゴン、仲間、助けるか?」

「ああ。って言っても、そんな目にあう奴なんて――いた――んだっけ?」

『フィアクゥル』


 胸に下がった板が、声を掛けた。


『貴方、他者の治療、まだ不慣れ。いったん休憩を』

「ん……そうだな。ちょっとがんばりすぎたかな」

「フィー……お前」

「分かってるって、無茶しないから! それよりシェート、今度何かあったら、遠慮せずに言えよ?」


 その頼もしい声に、静かに頷く。

 コモスの予言のことも、心なしか重さが薄れていた。きっと、フィーと一緒なら、どんなことでも大丈夫だ。


「んじゃ、次は飯か。特性のドラゴン薬膳、食わせてやるからな!」

「……いや、俺、普通の飯、食いたい」

「なんで食う前から嫌そうなんだよ!」

「あそこの鍋、変な匂いする。薬臭い飯、嫌だ」

「だ……大丈夫だって! 確かにちょっと、匂いはあれかもしんないけど!」


 結局、その日はフィーの治療に付き合わされて終わった。

 薬臭い飯は、それなりに美味かった。

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