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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
184/256

15、「ごめん、フィー」

 まだ、夜明けにも遠い午前三時。

 フィアクゥルは目を覚まし、足音一つ立てずに天幕を出た。最近はシェートに気づかせることもなく、こうやって移動することができる。

 そんな自分を、グートの黄色い瞳が茂みの中から見つめてきた。

 さすがに星狼をごまかすのは、簡単ではないらしい。近づくと、頬を撫でて囁いた。


「シェートを頼むな」


 食事は昨日の晩に用意してある。鍋の煮込みとどんぐりの焼き菓子、小麦がないから百合に近い草の地下茎を練り込んで作ってみた。

 自分の弁当は、焼き菓子と燻製魚だ。それと、チコリで作ったコーヒー。

 そのまま舞い上がると、目的地へ向かう。野営地から少し離れた、なだらかな斜面の草原だ。そこが自分が手に掛けている『作業場』がある。

 深めに掘られた、小さなくぼ地。底の部分は平らにならされている。


「おーい、こんなもんでどうだ?」


 きめの細かい土でできた、土壁のような質感。ソールたちに教わって作った下地は、期待通りに仕上がっているようだ。


『問題ないかと。急ごしらえですが、漏水が止まればいいので』

『しっかし、いきなり露天風呂作るって言いだした時は、どうすっかと思ったぜ』

「この半年、ずっと水浴びばっかだったからさ。ここらで久しぶりに、ゆっくり浸かるのもいいかと思って」


 そう言いつつ、昨日のうちに集めておいた石の山に近づくと、改めて『風呂場』を確かめる。昨日は地面を掘り、石を集め、水が抜けないように整地するまでで終わった。

 今日は大きめの石で囲い、地面を丸石で敷き詰めるまでやるつもりだ。


「意外と面倒だよな。温泉はあるから、穴掘ってお湯入れて終わりかと思ってた」

『それでも構いませんよ。暖かい泥浴びがしたいのであれば』

『ローマンコンクリート使って、ガチのテルマエ造ってもよかったんだぜ?』

「休日終わるだろ、そんなん。まあ、これも今日中に終わるかどうか、だけど」


 自分の体の倍はある岩を、フィーは聲を使って持ち上げる。筋力を増強し、岩の位置エネルギーを絶妙に操作しながら、適切な位置に設置していく。

 囲いが済んでしまうと、今度は中ぐらいの角の取れた石を岩の下に宛がっていく。

 倒れないように支えるのと、底に敷き詰める石の起点にするためだ。


『聲の切り替えがうまくなって来たなー。その調子なら、喉を使わずに謳うのも、すぐできるようになるぜ』

「そういや、おっさんと空飛んだ時、そんなことやってたっけ。不思議だったんだよ。鱗が聲出してたから」

『ドラゴンの鱗は、それ自体が聲を発する器官でもある。とはいえ、幼いお前が無理にすることでもないですが』


 ソールの言葉を聞き流しながら、フィーは口を閉じたまま、腹の奥で聲を放つ。

 その震えを肌の方へ回すと、四肢の筋肉に力が満ちるのが分かった。試しに岩を持ち上げ、さっきと変わらない出力があることを確かめた。


「よし、できたっと。これでいいんだろ?」

『マジでスゲーなオマエ。でも、あんまり無茶すんなよ。成長途中の鱗だからな』

『鱗もそうだが、肉体への負担も大きい。身体能力増強はほどほどにしなさい』

「あとは細かい作業だけだから、平気だって」


 この前ソールが言っていた、ネズミの慎重さと蛇の狡猾さというのも、身体操作に聲を使った結果なのだろう。数トンの重さの肉体を敏捷に動かす、種と仕掛けというわけだ。

 それから、フィーは丁寧に石を並べ、隙間なく敷き詰めていく。本来なら図面か何かを書くところだが、ドラゴンにそんなものは必要ない。

 集めた石の形を覚えておき、ジグソーパズルの要領で当てはめていけばいい。

 三分の一ほど敷き詰めたところで、山の端から朝日が昇り始めた。


「あー……腹減ったな」


 持ってきた朝食の包みを開くと、燻製魚を軽く熱する。火はもう使わない、電気の力を使って温めてやればいい。

 ついでに、水筒の中のコーヒーも同じように――。


「うわああああっ!?」


 突然、ばふんっ、という音と共に手の中の水筒が吹き飛んでいた。正確には、注ぎ口のプラスチックパーツが破裂してしいた。


『バカ! なにやってんだオマエ! いい加減死ぬぞマジで!?』

『大方、コーヒーの温め直しに、マイクロウェーブでも使ったのだろう。内容物の急激な体積膨張による破裂。下手したら顔が吹き飛んでいたな』

「お……おお……ご、ごめん」


 聲でいろいろできるようになったのはいいが、こういう意外な反作用まで考えないとならないのが問題だ。

 特に電気関連は難しい。この前から何かと、うっかり死にそうになってる気がする。


「折角、執事さんから貰ったのになぁ……」

『修繕は……難しそうだな。本体のクラックは何とかなりそうだが』

『注ぎ口とゴムパッキンの部分は別途調達だなー。それも、なんとかできるだろ』

「聲で作れるのか?」

『どっちも樹脂だからな。似たような組成の物質があれば、組み替えでいけるぜー』


 仕方なく、残骸になった部分を拾い集め、元の形状を思い返しておく。ここまで完全に壊れたものは、聲だけで修復するのは難しいようだった。

 それでも、物質の変換までやれる、という発言には驚く。


『フィアクゥル、改めて言っておきますが、お前は仔供です。その能力も経験もまだまだ未発達だ』

『オレたちは、主様からオマエの身柄を預かってんだ。放任はしてるけど、命の保障には気を使ってるんだからな?』

「調子に乗って、変に先走るな、ってことか」

『ほら、さっさと飯食っちまえ。反省なら仕事しながらでもできるぜ』


 残った食事を口に放り込み、丁寧に石を並べては土の部分に埋め込んでいく。この基礎の部分は三和土たたきと呼ばれる建築の様式の転用らしい。生乾きのそれに石を敷き詰めて、土自体が染み出さないようにするということのようだ。


『終わったら、あとは適度に水気を飛ばしなさい。乾燥まではしなくていいので』

「火でやる? それとも電気で?」

『レンジの要領でいいだろ。今度は失敗すんなよー』


 フィーは地面に手を当て、慎重に聲を使う。むらむらと湯気が石の間から立ち上り、ある程度のところで止めた。

 どうやら体裁を整えた浴場を見て、頷く。


『しっかし、その辺りは火山帯でもねーのに、よく温泉なんてあったな?』

『フィーの聲を分析してみたが、この辺りも元は泥炭地だったらしい。土地の隆起や陥没の影響で山ができ、その時に圧をかけられた地下水脈が、熱を持ったようだ』


 フィーはもう一度、地下に聲を放つ。温泉の位置はすでに計測済みで、あとはどこから湧き出るようにするかだ。

 一番掘り出しやすく、土の柔らかいところへ立つと、上から指示が降った。


『一度出してしまえば湧出は止まらないでしょう。残り湯は近くに縦穴を掘って、そこにたまるようにしなさい』

『気にすることでもねーけど、垂れ流しじゃ見栄えが悪いからな』

「めんどくさいから指示頼むわ。現場写真送る」


 軽くあたりを写し、それから湧き出し口の辺りを岩で囲む。

 お湯はどうやって流そうか、そう考えた時だった。


「おい、フィー」

「え?」


 グートに乗ったシェートが笑いながら近くに立っていた。作業に集中したせいか、周囲の警戒を怠っていたらしい。驚きながら、それでも出来上がっている風呂場を示した。


「一日掛かりだったけど、何とかできそうだぜ。今夜にでも入れるよ」

「これ……風呂か?」

「すげーだろ」


 半笑いになったコボルトは、持ってきた包みを差し出した。


「昼飯。一緒、食おう。それで、休め」

「あー……うん」


 根っこの団子を焼いたものと燻製の肉、それからベリーを煮たもの。隣り合って座りながら、のんびりと食べる。


「これ、大仕事。手伝い、俺呼べ」

「そっちを休ませるために造ってんだぞ。土木作業とかやらせるかよ」

「フィー、無茶するな、言った。お前、無茶するな、同じだ」


 やはり、仕事が生きがいの相手に、何もせずに休めというのは無理だったらしい。

 苦笑しつつ、今の仕事の話を伝えることにした。

 少し考えてシェートは、温泉の出口にといをつける、と言った。


「水場、遠いとき、木の樋、使う」

「なんか見たことあるわ、源泉かけ流しとかって奴」

「うん? うん、まあ、そうだ」


 そのまま、二人で近くの林に行き、木を伐り倒して持ってくると、適当に組み合わせて温泉までの道を作った。

 あとは、源泉までの穴を掘るだけだ。


「んじゃ、ちょっと離れててくれよ」


 ソールの指摘によると、地下の温泉は圧力が掛かっているために、軽く刺激してやれば筋道にしたがって湧き上がってくるらしい。

 うっかり暴発しないよう、慎重に聲を使って、掘り進めていく。

 そして――


「お、おおっ!?」


 ――どっと、湯気の立つ液体があふれ出す。

 それは澄んだ水の色ではなく、濃い泥のような、それでいてさらっとしたお湯だった。


「え、マジかよ!? これ黒いぞ、色が!」

『モール泉と言います。泥炭地特有の温泉、別に害はありませんよ』


 シェートとグートは鼻をうごめかせ、珍しそうに温泉を眺める。どんどんあふれてくるお湯は、あっという間に湯舟を満たし、そのまま下に掘っておいたため池にたまった。


「うわぁ、環境破壊感ハンパないなぁ」

『気にする必要はない。ドラゴンのやったこと、誰が咎められますか?』

『ドラゴン温泉、フィアクゥルの湯だな』


 楽しげな命名に思わず笑みがこぼれる。張ったお湯の方は土にしみこんでいる様子もないので、どうやらうまくいったようだ。


「よし、これでいつでも風呂に入れるぞ」

「……ドラゴン、ほんと、すごいな」

「今日はここで一晩過ごそうぜ。飯もここで食べよう」

「分かった。食い物、持ってくる」


 それからは、手分けしてそれぞれ準備を始めた。フィーは余った石でかまどと掛け小屋を作り、シェートたちは野営地の食料を取りに戻る。

 やがて、日の暮れるころには、温泉の側にもう一つの野営地ができあがっていた。


「マジで温泉宿みたくなったな。いい感じだ」

「フィー、飯食おう。そのあと、風呂だ」


 どうやら途中で山鳥を取ってきたらしく、丸焼きが二羽並ぶ。それから鍋には団子の鍋と、久しぶりの弱い果実酒が添えられていた。


「あの実、ちょっと酸っぱい。はちみつ、なかった」

「この辺り、蜂見なかったもんな。ほかに甘くするの、なんかあったっけ」

『樹液とかどうだ。この辺りは寒そうだから、探せばメープルくらいあるかもなー』

「なんで寒いとメープルなんだよ」

『天然の不凍液です。水分が凍結して幹が破砕されないよう、樹液の糖度を高めて対応するのです』


 ゆっくりと食事をしながら、湯気の立つ風呂を眺める。行儀が悪いと思いつつも、鳥の腿肉とカップを片手に湯船に足を踏み入れた。

 暖かい、というよりは少し熱い。源泉は五十度ぐらいで、樋を流したおかげで十度前後は下がっているはずだ。

 

「あぁ……黒いお湯ってのも、いいもんだなぁ。なんか効能とかあるのかなー」

『炭化した木とか草が溶けてるだけだぞ。せいぜいお湯が冷めにくい、ぐらいか?』

「……うん。少し、熱い」


 片手で具合を確かめ、そのままシェートもお湯に入る。以前、川岸に作った風呂と違って、今回は腰かけても首までしか出ないぐらい、深く造ってある。

 手足を伸ばし、顔をお湯で洗うと、シェートは息を吐いた。


「ああ、しみるな」

「……そうだな」


 それほど意識していなかったが、こうしてお湯に浸かると、思うよりも体が疲れていたことに気づく。おそらく、聲で酷使した全身の筋肉がこわばっていたのだろう。

 こりをほぐすように首を傾け、肩を回していると、シェートは気づかわしそうに、こちらを見ていた。


「風呂、気に入ってくれたか?」

「……うん。でもフィー、一人、これやった」

「モラニアでは、なんでもシェートがやってくれたじゃんか」


 食事の用意から日用品の制作、偵察や戦闘に使う物資など、旅のほとんどはシェートがまかなってきた。

 勇者を狩るという目的のために、こいつが背負ってきた苦労は計り知れない。


「今までのお返し、ってことで納得できないか?」

「でも……落ち付かない」


 苦労性で面倒見のいいコボルトは、困った顔でうつむいた。自分より年下の弟に仕事をやらせて、自分だけが楽をするのは嫌だ、という気持ちなんだろう。


「分かったよ」


 翼を軽く広げると、フィーは後ろ足で岩を蹴って、お湯の上を滑る。お湯は空気よりも重かったが、その感覚は飛ぶ時のそれに似ていた。

 そのまま中央でくるりと回り、シェートと向き合った。


「それでも、今日と明日ぐらいは、ゆっくりしてくれないか」

「……俺、疲れてる、見えるか」

「それもあるけど。それだけじゃない」


 尻尾に聲を通してお湯を動かし、水流を作って進む。ゆっくりと近づき、シェートの驚く顔を見ながら、笑った。


「ちょっとでも、楽しいことがあったらいいなって」

「楽しい?」

「遊ぶのは難しいけど、こうやって風呂入ったりとか」


 もちろん、楽しんでいられるような状況じゃないのは分かってる。それでも、全てが戦いのために費やされるのは、なにか嫌だ。

 シェートには――


「シェートには、笑ってて欲しいんだ」

「フィー?」

「ずっと、大変な思いしてきて。それは、まだ続くんだろうけど」


 そんな中でも、楽しいことが一つでもあったなら。

 そして俺が、それを創り出せたなら。


「無理に、笑わなくてもいいけど、そんでもさ」

「……うん」


 見上げると、空には星があった。

 白い湯気から透かして見える、色とりどりの輝き。そのまま、シェートの隣に落ち着くと、掌でお湯をもてあそんだ。


「コモス、言った。俺、もう、仲間、作れない」

「どういう意味だ?」


 お湯をすくい、顔を洗うと、コボルトは夜空を見た。


「俺、たくさん殺した。それ、新しい敵、呼ぶ」

「……戦いの連鎖、って奴か」

「遊戯、終わる。でも、残った魔物、人間、ずっと追われる」


 その言葉は諦めたような、疲れ果てたように聞こえた。

 確かにシェートは、ただの魔物には収まらない存在になった。殺して名声を上げたがるやつも少なくないだろう。


「コボルトの群れ、入れない。みんな、俺、怖がるから」


 そんなことは、と言おうとして、一匹のコボルトの顔が浮かぶ。シェートを恐れ、神の力に怯え、死んでいった者の顔を。

 何よりシェート自身が、コボルトたちを危険にさらしたくないと考えていた。

 群れにも入らず、孤独に戦い続ける。

 その未来を、コモスは呪いとして残していったのだ。


「でも、それでいい。俺、もう、一人だから」

「俺がそばにいるよ」


 フィーは隣に座るシェートを見た。

 濡れた毛皮の顔を、目に焼き付けるように、じっと。

 お湯で温まった体温を感じ、心臓の鼓動を聴き、癖のある体臭を嗅ぎ、それから筋肉の付いた肩を、そっと掴んだ。

 コボルトの中で脈打つ、命の全てを、仔竜は貪るように感じ取った。


「……フィー?」

「遊戯が終わっても、一緒にいる」


 言葉を、はっきりと誓いに変えて、フィーは告げた。


「お前を守るよ。最後まで」

「死ぬまで……?」

「忘れないって約束したろ。だったら、最後まで一緒の方が、もっといい」


 困惑した顔でシェートはうつむく。

 たぶん、こんな誓いに意味はないだろう。こいつが欲しいのは力じゃなく、昔のように群れで穏やかに過ごすことだ。

 それでも、自分に差し出せるのは、このぐらいしかないから。


「お前、家、帰らないか?」

「……え?」

「フィー、子供、父っちゃ、母っちゃ、いないか?」


 なんだ、そんなことか。

 その問いかけにフィアクゥルは安堵した。


「大丈夫、親公認だよ」

「そう、なのか?」

「俺の親は竜神のおっさんだ。だから、何の問題もない」

 

 ここにいるのは、竜神エルム・オゥドの仔竜、フィアクゥルだ。

 おっさんも言ってたじゃないか、『汝の欲するところを成せ』って。なら、俺のやりたいことは決まっている。


「もちろん、お前が嫌なら、やらないけど」


 シェートは、ゆっくりとお湯で顔を洗い、ため息をついた。

 それから、空を仰いで告げた。


「遊戯、全部終わる。その時、答え、言う」

「……分かった」


 それで十分だ。

 少なくとも、シェートの孤独に少しでも手当てができたなら、それでいい。

 湯にとっぷりとつかると、青い仔竜は、息を吐いた。



 夜が更けて、寝床に入っても、シェートは眠らなかった。

 仮の小屋に扉や覆いは無く、未だに湯気を立ち昇らせる温泉の光景がみえる。

 仔竜は翼の中に頭を突っ込み、星狼は枕元近くで寝そべっていた。


『予言、してやる』


 おびただしい血にまみれて、息も絶え絶えになりながら、それでもコモスはこちらを憐れみ、さげすんでいた。


『貴様は、破滅する』


 強かった。

 その一撃は鋭く、ただの拳が大岩の衝撃となって、何度もこちらの体を撃ち貫いた。

 戦いは拮抗し、拮抗したがゆえに、コモスの意志が理解できた。

 今日の今日まで、ベルガンダの仇を討ちたいと願っていたことを。

 それでも、負ける気はなかった。


『戦いの果て、全てものに、叛かれる』


 最後の一撃を喰らった時、コモスは驚愕し、笑っていた。

 主であった魔将の教えが、自分の命を打ち砕いたという事実に。繰り返し習い覚え、敵の動きを見極め、確実に反撃を取ること。

 小兵のシェートに、ベルガンダが授けた技だ。

 

『信じたもの、願ったもの、仲間、すべてを失いながら』


 呪いを口にしながら、コモスは立ち上がろうとしていた。命が尽きるまで、復讐を果たすために動き続けようと。


『最も弱き叛逆者、勇者殺しの魔物ゆうしゃ、己の毒で最後に破滅するのは――お前だ』


 コモスは死んだ。

 結局、その拳が自分に致命を与えることはなかった。その代わり、全身を痺れさせるような、暗い呪詛を残していった。

 死ではなく、シェートの破滅という予言を。


「…………」


 これまで死ぬような目には、何度もあってきた。むしろ、勇者と魔王の軍勢を敵に回したのだから、己の死を思わないことはなかった。

 それを知っているコモスが、魔王の側近が、こちら死ではなく、破滅を予言した。

 こけおどしでも、死に際の捨て台詞ではない。

 それは間違いなく、あの魔王の意図を含んでの言葉だ。


「ごめん、フィー」


 聞こえないように小さく、仔竜へ謝罪する。

 嘘をついた。あの不吉な予言に、フィーを巻き込みたくないから。

 だが、そんな嘘は別の痛みを、自分に残した。

 その小さな命を、いくらドラゴンとは言え、こちらの命に時間を割くという約束を、させてしまった。

 もちろん、そんな申し出は受け入れられない。

 破滅するというなら、一人でするべきだ。その時が来たら、フィーとは別れよう。


「――――」


 そうするべき、なのだ。

 むしろ今すぐに、コモスの言葉を告げて、フィーを帰すべきだ。

 そうするべき、なのに。


『それなら、俺がずっとそばにいるよ』


 嬉しいと思ってしまった。

 群れのみんなが死んで、ずっと一人で、たくさんの敵に囲まれた。そんな自分の元へやってきた、青い霹靂。

 手のかかる弟で、心強い仲間で、苦労を分かち合える友達。


「……いやだ」


 別れたくない、離れたくない、いつかはその時が来るとしても、今はまだ。

 息を殺し、瞼を固く閉じながら、シェートは堪える。それでも想いは荒れた川の水のように、溢れて止まることはなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コモスの呪い。敢えてこっちに書く。シェートが他のコボルトと比べ『規格外』になってしまった事を端的に言い表したと思った。 コモスにとっては『呪い』でも明示したことでそれは『越えるべき課題』に…
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