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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
182/256

13、「欲に曇った拳が届くほど、僕も勇者も甘くはないので」

 神の庭についた時、女神は東屋で花籠を編んでいた。

 水と風の竜はすぐ側にたたずみ、行儀よく供周りを勤めている。

 周囲は静かで、梢の鳴る音だけがある。今までの遊戯において、これほどの寂寥を覚える光景が顕れたことは、ついぞなかった。

 そんな物思いをもてあそびつつ、"闘神"は東屋に近づいた。


「今日は青の花か」

「そうですね。青は、旅人の安全を願う、餞の色です」


 サリアの声は落ち着いていて、昨日ほどの動揺はなかった。

 こちらが逢瀬を重ねていた時、地上では血で血を洗う争いが起こっていた。

 その事実に、生真面目な女神はひどくうろたえ、言葉もおぼつかないありさまだった。


「勇者の加減はどうだった」

「体は、どうにか無事です……気持ちの整理は、まだ付かぬようですが」

「そのようなことは、往々にしてある。急かさず、相手が物語る時を待つことだ」


 女神は黙って頷き、籠を編み上げた。

 これで今日も終わりだ。

 小さな成果に手を伸ばし、掌に乗せて眺める。

 そんなこちらをちらりと眺めやり、女神は新しく籠を編み始めていた。


「なるほど。手すきの時にすべて仕上げてしまえば、いちいち顔を突き合わせる必要もない、ということか?」

「……いいえ。これは、逢瀬の最初の日の分です」


 白の花が編みこまれ、雲海のような柔らかな塊が生み出されていく。

 確かに、花籠を編むように頼んだのは二日目のことだが、過去にまでさかのぼって約定を結んだ覚えはない。

 そんな疑問を察したのか、サリアは少し、はにかんだ。


「考えてみれば、こちらは我を通すばかりで、御身の心を図る気持ちも持ち合わせておりませんでした。そのお詫びと考えていただければ」

「それに、こうして数を揃えておけば、足りない日の分をねだられることもないわけだ」


 こちらとしては冗談のつもりだったが、女神は手を止め、返事をのどに詰まらせた。


「いや、すまん。やはり焦らされるというのは、思いのほか堪えるものらしい」

「嫌味を言われるだけのことをしたのは、私の方です。責められて、当然かと」


 なにか思うところがあったのだろうか。

 以前とは違う気配を感じ、"闘神"は黙ってその場に座り込んだ。

 編み上がっていく籠へ織り込むように、彼女はつぶやき、ささやきかける。


「恋情は我執から離れることが肝要と告げながら、私は貴方を嫌悪と偏見でしか見なかった。お心を受け入れるかは別として、それは、卑劣な事でした」

「構わんさ。俺とて卑劣であることに変わりはない。事態に窮したそなたの立場に、これ幸いと付け込んだのだからな」

「――そういうことでは、ないのですが。いいえ、よしましょう」


 白い籠を取ると、サリアは自らの手でこちらに渡してきた。


「これで三日。約定はあと四日ですね」

「明日は赤の花を頼めるか。戦場と王と、情熱の色だ」

「はい」


 お辞儀をして、女神は去っていく。

 二つの籠を手の中に収めて、その色と香りを楽しむ。甘く、香辛料のような匂い、それは今の自分にしっくりとくるものだ。

 そうだ、自分は何をやればいいだろう。

 自然とそんな思いが浮かぶ。

 財貨や宝飾は、受け取りはしても喜ばないだろう。武具などは持てあますだろうし、獣の躯を捧げて、無粋を極めるのはこりごりだ。


「なぁ色男よ。貴様なら、こういう時、何を贈る?」


 近づいてくる影に語り掛ける。

 祝福された白金の髪も鮮やかな大神、"英傑神"シアルカは、困ったように笑った。 


「もしわけありません。僕も色恋には奥手な方でして」

「あまたの善男善女に目引き袖引きされる、"英傑神"殿とは思えん答えだ」

「僕が愛したのは、ただ一人の妻だけです。それ以外は、懇意にさせていただいているだけですよ」


 実際、この細面の美形は、天にあって浮名一つも流れてこない。礼儀正しく、互いの仲を深めながらも、誰かを娶ることはなかった。

 それが、人であったときに番い、戦乱の中で失った妻に操を立てた結果だと、誰もが知るところだ。


「その妻を問う時には、何を?」

「言葉と時を掛けました。語り合い、睦み合い、折々に小さな贈り物をしたくらいで」

「まったく、参考にならんな。これなら小竜どもから知恵を借りたほうが、まだましだ」

「はい。面目次第もありません」


 笑う青年神は、すこし表情を引き締めて、女神の去った方を見た。

 それから、こちらを見ずに、問いかける。


「僕たちの盟は、未だに健在と信じていいのですか?」

「どうだろうな」


 振り返ったとき、相手の目にあったのは、意志だけだった。

 敵意はなく、当惑もない。こちらを確かめるために、言葉を重ねてきた。


「かの女神を想う心は存じ上げていました。そして、貴方が奔放な方であるとも」

「色には惚けたが、志までは捨てておらん。かの女神を傷つけた一つ柱として、あの誓いはより強く、俺の胸に宿った」

「貴方も、それ・・を知るに至ったのですね」


 そこでようやく、ルシャーバは納得した。

 あの時、あの星で、あの誓いを口にできるということは。

 この神は、神々の遊戯における『欺瞞』を、全て知っていたということだ。


「なるほど。あの宴席に来る直前に、貴様は己の勇者、いやさ裏切りの小神から、すべてを聞いていたわけだ」

「僕も罠にはめられた、愚かな神だった。だからこそ遊戯に乗るしかなかった」

「そして、誓いを果たすときは今と、思い定めたのだな」


 不思議なものだ。

 事ここに至り、"神々の遊戯"はいよいよ、究極の終わりに近づこうとしている。

 だが、その最後に集ったどの神も、遊戯の破却を望んでいた。

 まるで――あつらえたかのように。


「よもや、遊戯に関わるすべてが貴様の謀、ということはあるまいな」

「貴方の目から見れば、そう思えるのも致し方ないかと」

「だとすれば、これほど迂遠なこともないだろうよ」


 確かに、これまでの天界の動きだけをみれば、英傑神が全ての黒幕、ということも考えらえただろう。

 だが、もしもそうならば、サリア―シェという異物を認める意味がない。

 そして唐突に、ルシャーバは閃いた。


「決めたぞ」

「決まりましたか」

「貴様の首を取り、それを以て、女神への贈り物とする」


 驚きに目を見張り、青年は笑った。


「やはり、そうなりますか」

「貴様を討ち、魔王を討ち、俺の首を差し出す。女神は遊戯を破却し、丸く収まろう」

「その後の天界は、どうなりましょうか」

「サリア―シェがどうにかするだろう。出来なければ、貴様がなんとかせよ」

「まさしく、恋は盲目、ですね」


 笑みは崩れない。その代わり、温度が下がる。

 冴え冴えとした敵意が、大気を支配する。"闘神"の肌目がざわつき、目に険が宿った。

 この優男もまた、天にその者ありと謳われた戦の神だ。

 なにより、その神威は――。


「僕の勇者は、最後の魔将を討ち果たす目前です。おそらく、十日の内には鎮定が成るでしょう」

「殺し合いはその後で、ということか」

「それまでに、話をまとめておいてください」


 爽やかに笑いながら、"英傑神"は滾る声を放った。


「欲に曇った拳が届くほど、僕も勇者も甘くはないので」



 水鏡の向こうで、シェートは呆然と空を見ていた。

 いつもの忙しく立ち働く姿ではない、村を焼け出された時と同じ、悄然とした顔だ。

 相手から物語る時を待て、と助言された以上、こちらかも話しかける気はない。呼べば必ず反応できるよう、神威を掛けたとは言ってある。

 そんなサリアに向けて、助言が告げられた。


「過労の兆候を確認。健康状態に問題あり」

「本来、こんな戦いができる者ではないのです。これ以上の無理は、させたくはない」

「であれば、作戦変更を進言」


 神座の中には、自分とメーレの二人しかいない。

 ヴィトは姿を消したまま、こまごまとした差配をしているようだ。行き届いた伴神振りを発揮する水の竜は、ためらいもなく進言を告げた。


「"闘神"と盟約し、"英傑神"討伐ならびに、魔王の排除に尽力するべき」

「偽りのまま恋人の契りを交わせと?」

「現状、"闘神"への好感度、高水準を維持。推察に異議は?」


 サリアは苦く笑った。

 彼女の言葉は、怜悧れいりそのものだ。見たままを受け入れ、分析し、正しく順路をたどろうとする。

 きわめて正しい分析。だが、それでも。


「それを成せば、私もまた恋の愚かさに取り付かれた者となりましょう。もし、本当に恋する者となったなら、私から想いを告げます」

「了解。ただし、契約関係の締結、一考の余地あり」

「そうだとしても」


 それもまた正しい。おそらく彼は、一時的な休戦協定を結び、"英傑神"と魔王をともに滅ぼすことを善しとするだろう。

 でも、その後は。


「もしあの方が、私への恋情に誓って、自らの首を差し出した時」


 体が震えた。

 そんなことは、考えてもみなかったことだ。

 これまで自分に言い寄ってきた誰もが、そこまでを支払おうとはしなかった。

 だって、神だとて、わが身は大事だから。

 死んでしまえば、掛けた恋情など砂漠の水滴のように消えてなくなる。

 結ばれることを望みながら、それを果たすことなく、死ぬことを選べるなんて。


「きっと私は、正気ではいられない」

「あれは物の例え。遊戯での敗北、真実の死では――」


 聡い竜の娘は、言葉の無意味さに気が付き、押し黙った。

 戦人には、ある種の狂気がある。

 何かを得る為なら、何もかもを犠牲にしてもいい、そういう信念きょうきが。

 彼の信念を確かめるのは簡単だ。

 ただ、ねだればいい。わが愛がほしければ、即刻死ねと。

 そして彼は、笑って首を差し出すだろう。そういう確信がある。


「あの方の願いに応えるのは、なまなかな事ではありません。なぜなら、すべてにおいて真剣であるから。それほどに思い、定めているのです」


 己の死をも厭わない誠実さと、飽く事なき欲と生存の追求。

 そのすべてを掛けて、彼は私を願っている。

 恋という戦場で。

 まさしく彼は、戦の神だった。

 ならばそれに応ずるべく、自分も全力で戦うしかない。

 

「あと四日、私はあの方と向き合おうと思います」


 盟を結ぶか、戦いを選ぶか、全てはその後だ。

 なにより今は、時を稼ぎたい。


「フィアクゥルに伝言を願えますか。あと四日、勇者とは戦わないと」

「了解した。勇者索敵、解除を提案。シェートの警護と慰安に注力させる」

「どうかお願いいたします。こればかりは、現地の者が頼りです」


 その時、サリアは自らの神座を見回した。

 自生するに任せた草木の中に、赤い花が咲いている。

 血のような深紅。輪郭のしっかりした、厚みのある花弁へと歩み寄り、指でたどった。

 そっと摘み取り、髪に差す。


「シェート、一つ、伝えておくことがある」


 女神は、水鏡の向こうへと、語りかけた。



「ただいま」


 フィーが帰って来た時、シェートはいつもの調子で仕事をしていた。無理をさせたくはないが、何もしないでいろというのも、酷な話だろう。


「おかえり。聞いたか?」

「うん。四日はお休み、って話な」

「ああ」


 見るからに、ほっとした様子で頷く。やはり、敵に備えるという考え自体、コボルトにとっては負担になるのだろう。

 自分はと言えば、敵という言葉自体に、高揚感を覚えていた。


「保存食、どのぐらい進んだ?」

「どんぐり、選り分け、済んだ。肉、魚、いぶした。少しずつ、作り足す」


 冬の保存食は、一度に作ろうとすると手間も人手もいる。

 何より、乾燥や燻製は時間をかけて行うものだ。本来なら薪集めや防寒着、冬狩の道具や小屋の断熱処理などもするのだが、今回はそこまで大がかりではないと聞いた。


「明日からは窯の番もするよ。そっちは気晴らしに、狩りにでも行ってくればいいから」

「……そうか」

「ずっと頑張りっぱなしだったもんな。ちょっとぐらい休んでも、大丈夫さ」


 シェートは撚り終わった弓弦を片付け、鍋代わりの兜を炉に掛けた。そのまま食事の支度を始めるのを、フィーはやんわりと遠ざける。


「おい?」

「今日から四日、家事禁止。全部俺がやる」

「俺、病人違う。そういうの、なんか嫌だ」

「旅の最初は、任せっきりだったろ。そのお返しだよ」


 シェートは目を丸くして、驚きと笑いの半々の顔になる。

 ぽすっと、手が頭に乗せられ、ゆっくりとこちらを撫でた。


「分かった。ちゃんと休む」


 もう少し揉めるかと思ったが、それ以上なにも言わず、木切れを積んだ場所から太い枝を選びだし、小刀で削り始める。

 おそらく匙か何かだろう。

 こちらは鍋に水を入れ、山菜や干し肉の余りを切り入れていく。


「フィー、そこの水袋、中身使え」

「ん? これか?」


 見慣れない袋を開けてみると、中身は殻をむかれたどんぐりが入っている。一つ口に入れてかみしめると、青臭さと、栗ともナッツとも言えない味を感じた。


「軽く砕く。鍋、入れる。味しみて、うまい」

「そっか。んじゃ、やってみるか」

「冬、最後の方、どんぐりだけ、なる」


 懐かし気に口元を緩め、告げた。

 おそらく、美味さだけではなく、見た目の量を増すためにも使うんだろう。シェートの笑いには、厳しい山の生活と思い出の匂いがした。


「そういや、冬の小屋支度って、どうやるんだ?」

「泥、土、そういうの、隙間詰める。あと、屋根、煙突、空ける」

「普段の小屋にはついてないのか?」

「コボルトの家、すきまだらけ。煙、外出る。寝る時、地面転がる。冬以外、過ごせる」

「で、春になったら、自然と泥も土も落ちるのか」


 シェートは頷くと、削り終わった木切れが差し出した。どうやら、鍋をかき混ぜるおたまだったらしい。


「これ、仕事違う。木切れ削る、ただの遊び」

「分かってるよ」


 笑いながら言い訳を受け取ると、鍋の加減に振り返る。

 その時、枝を揺らしながら風が通り抜けた。

 染み入るような冷たさを含んだそれは、秋がもうじき終わり、冬が訪れることを明確に示す先ぶれだった。


「こりゃ、いよいよ備えないとだな」

「この辺り、冬早い、思う。薪、蓄えたい」

「いざとなったら、グートと一緒に泥炭、山ほど引っぺがしてくるよ。きっと冬の間、ずっとあったかいぜ」 


 嫌そうにグートが唸り、二人して笑う。

 何か暖かいものを用意してやったら、喜ぶかもしれないな。

 暖かいものといえば、昨日の夜に面白いものを見つけていたっけ。鍋の味見をしながら提案する。


「風呂、入りたくないか」

「……準備、お前、やるか?」

「任せとけ。たぶんビックリするぞ」


 そうと決まれば、ソールたちに相談したほうがいいだろう。

 温泉なんて造るの、生まれて初めてだし。

 せっかくだから、何かご馳走を作ってもいいな。いつものコボルト料理でもいいけど、――産のなにかができないだろうか。

 思いつくままにアイデアを検討しながら、フィーは鍋をかき混ぜる。

 ぬくい湯気を浴びる顔は、自然にほころんでいた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 神々の思惑だけでなく魔王の思惑もあり後々このとが本当に気になる。あとここしばらく姿を見せていない審判役の時の女神。何か企んでいるようで不気味…… [一言] フィー。日本由来のはやめた方…
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