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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
181/256

12、「フィー、来ない。よかった」

 息を詰めて、フィーはまっしぐらに野営地へ飛んでいた。

 歯を食いしばり、不安に高鳴る心臓を抑えて。

 最初に、そのことへ思い至ったのはグラウムだった。


『あれ……これ、ヤバくねーか』


 凄惨な戦い、蜥蜴人の剣士と格闘家の戦い。わずか数分の攻防に、フィーも竜洞の小竜も釘付けになっていた。

 それは恐ろしくも美しいやり取りであり、最後の交錯は脳内に焼き付いている。

 だが、決着がついた瞬間、不穏が投げ出された。


『もしかして、シェートの所にも、誰か行ってんじゃね?』

『――念のため、女神を確認してきます』


 なぜそう思ったのかは問題じゃない。その指摘は胸をざわめかせた。

 そもそも魔王は俺たちを監視している。その目が、今に限って止まっているなんてことがあるだろうか。

 万が一、こちらが偵察に出ていることを知って、蜥蜴人との戦いを『囮』に使ったとすれば。


『落ち付けバカ! そんなデカい聲じゃ、敵に悟られんぞ!』

「シェートの安全が先だ!」


 最短最速のルートをたどり、フィーは六識を全開にした。

 野営地に近づくにつれ、不穏な情報が飛び込んでくる。

 何かが焦げる匂い、はるか遠くの森や茂みで血が流されている。へし折れ、砕かれた木々や地面。シェートがいるはずの場所を中心に、破壊と不穏が刻まれていた。

 そして、大木のある広場にたどり着く。


「シェート!?」


 コボルトは、こちらを見て安堵の表情を浮かべた。だが、声もなく片手を挙げたきり、ぐったりと木の根方に寄りかかってしまう。

 匂いから感じるのは、軽くはない傷と打撲。おそらく戦い終えて間もないのだろう、吐き出される息に疲れが漂っていた。


「大丈夫か! 何があった! 誰に襲われた!?」

「いや……もう、終わった」


 周りを見回せば、壊れた燻製窯や天幕、放たれた木矢が散らばっている。戦闘の痕跡はそのまま森の中へ向かっていた。

 その方向は、いざという時のための罠を施しておいたエリアだ。


「グートは?」

「見回り、行った。でも、魔王の見張り、もういない、言った」

「誰が?」


 それには答えず、ただシェートは森の奥を指さしただけだった。その態度に不審なものを覚えながら、森の方へ向かった。


「……なんだ、これ」


 そこにあったのは、死闘の痕跡。いくつかの大木が折れて、打撃痕が刻まれている。

 罠は大半が壊されるか解除されて、機能した様子はない。シェートの光弾が焦げ跡を残し、いたるところで血が飛び散っていた。

 ほど近い場所に、胸を酷く裂かれ、あばらどころか肺さえはみ出た、一匹のホブゴブリンの死体がある。

 

『コモス、つったっけ。"魔将"の元部下』

「魔王城でも見たよ。格闘タイプ、だったみたいだな」


 その目は見開かれ、生気なくこちらを睨んでいた。背中を木に預け、半ば飛び掛かろうという姿勢で、口や胸から漏れ出た赤い液体が、膝頭と地面を濡らしている。


『交差法がうまく決まってら。相手の拳を避けながら、斜めの斬り下ろし。そのままコモスが後ろへよろめいて、そこでちょっと間があって、死んだって感じか』

「分かるのか?」

『まーな。大体の流れくらいは』


 先ほどの蜥蜴人との戦いと違い、こちらはひたすら激しいやり取りだったらしい。

 それでも、シェートが生きていて良かった。

 大体を理解し終えて、フィーは問いかけた。

 

「ゴブリンの墓って、どんなだ?」

『奴らに弔いなんて高尚な概念はねーよ。同族食いをやらかさない貞淑はあるけど』

「……そっか」


 フィーは聲を編み、地面を掘ると、その中に死体を横たえる。目を閉じさせようとしたが勝手がわからず、諦めて土をかぶせた。

 かなり深めに掘ったから、動物に荒らされることもないだろう。

 気が付くと、背後にシェートが立っていた。


「勝手に埋めちゃったけど、良かったか?」

「……ああ。俺、やるつもりだった。すまん」

「いいって。こっちも間に合わなくて――」

「――いや」


 驚くほど冷たい声で、シェートは首を振った。


「フィー、来ない。よかった」

「……は?」


 それきり口を閉じると、コボルトは天幕に戻って後片付けを始めた。その背中にあるのは、質問を許さない堅い沈黙だけだった。


『そっとしとけ』

「でも」

『なるほど、そういう状況か』


 割り込んできたソールは、いかにも面倒といった感じで吐き捨てた。


『女神に対しても、似たような反応だった。おそらく、敵と余計なやり取りをしてしまったのだろう』

「……恨みでも、言われたのかな」

『詮索すんなって。オマエだって、言えないこと・・・・・・くらいあるだろ』 


 結局、フィーも同じように黙ったまま、戦いの後始末に集中した。

 収穫した食料は無事で、言葉を交わさなくても、夕食はいつも通りに出来上がる。

 そうしてようやく、シェートは煮込みの椀と一緒に、声を掛けてきた。


「すまん。調子、良くない。話、できない」

「……分かった。話したくなったらでいいから」

「ありがとな」


 気が付くと、シェートの背後にはクッションのようにグートが寄り添っていた。

 普段なら、火のそばか森の影に近い所でくつろいでいる。白い鼻づらが、時々ぴすぴすと音を立てていた。

 あとは、あいつに任せておこう。


「寝とけよ。今日は俺が番するから」

「……すまん」


 食事の始末もそこそこに、シェートはグートを伴って寝床に入ってしまい、フィーは何をするでもなく火の前の座っていた。

 改めて意識を伸ばせば、戦闘があった範囲の外で、肉食の獣がなにかの残渣を漁っているのが感じられる。

 シェートは『もう監視はない』と言っていた。現状はともかく、昨日までは確実に、しかもこちらに気づかれない位置で、索敵が続けられていたことになる。


「あいつら、俺の識の範囲も把握してたのか?」

『今頃気づいたのかよ。おせーぞ』

『そういう意味でも、今回の一件は収穫だったな。こちらの指摘だけでは、危機感が足りなかっただろう』

「な……!?」


 なぜと言いかけて、思い直す。

 こいつらは竜神の代役で、簡単に答えを教えてくれる連中でもない。今回のことがなければ、気づくまで黙っているつもりだったわけだ。

 それなら、今後のためにも、索敵範囲を伸ばす方法を考えないと。


「野営地の巡回したほうがいいか。グートにも手伝って貰って」

『言ったろ、見張りはバレない位置で交代制がデフォだって。探すだけ労力のムダ』

「だからって、何もしないわけにはいかないだろ?」

『コウモリが夜でも飛べる理由を、知っていますか』

「……なんか超音波とか出して、それで地形とかが分かる……って」


 つまり、自分もそうしろという事だろうか。

 超音波なんて出したことはない。でも、聲自体がそういうものの一種なわけで。

 フィーはそろそろと、喉の奥で調子を整え――


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ……ゥ」

「うわぁっ!?」


 ――いきなり遠吠えをあげたグートと、飛び起きるシェート。

 驚いてこちらを見るコボルトと、咎めるような顔で睨む星狼。


『バーカ。早合点すっからそうなるんだよ』


 何でもないと二人を寝床に戻すと、早速グラウムがあざ笑うように声を掛けた。その隣で、半笑いにソールが相槌を打つ。


『確かに、ドラゴンならエコロケーションもお手の物です。が、そんな捻りもない方法での索敵など、愚の骨頂』

『音に敏感な魔族も多いぜ。探るつもりで敵に気づかれたら、意味ねーだろ』

「つまり、超音波そのものじゃなくて、やり方を真似ろってことか……ったく」


 考えてみれば、特殊な波長を使わなくても、自分は遠くの音を聞き、裸眼でも超望遠を見ることができる。

 それでも、コウモリのやり方を真似る理由はなにか。

 今度は、口を押し開くようにして、静かに風の聲を放つ。それは自分が起こしたものであり、空気の塊が木の幹や枝にぶつかっていくのが分かる。

 同じように、強度を変えて風を起こし、その距離と範囲を広げていく。

 そして、自分の識のわずかな外側に、死体を貪るイヌ科生物の輪郭が『視えた』。


「こっから東、木と岩で囲われた場所。そこにゴブリンぽい死体がある。狼じゃないけど犬みたいなのが食ってるな」

『おー、そこまで分かったか。ひとまずは合格だ』

『それが六識のもう一つの使い方。というより、それを合わせてようやく六識です』


 外界から伝わってくる刺激だけでなく、自分から世界を刺激して、その反応を理解する方法。むしろ、今まで思いつかなかった方が不思議な気がする。


『ところがどっこい。オレらはとにかく感度が高いからさ、こっちから世界へ干渉する意味がねーんだわ。普通は』

「仔竜だからこそ、って奴か」

『それを覚えたなら、索敵の精度と範囲は格段に上がる。心得て、磨きなさい』


 それからフィーは、様々な聲を放って、その『反響』を聞き続けた。

 風は視覚の代わりになるし、地面を広がる波を起こせば、起伏や材質、その上を通過する生物の重さや種類まで感覚できる。

 おぼろげだった世界の形が、より一層、正確に脳裏に浮かんでいた。


『陸上生物で"ピンガーを打つ"のは、一部のワームか歳食ったドラゴンくらいだ。勘のいい奴には怪しまれるかもだが、慎重にやれば、まずバレねーよ』

『今後の偵察は、それを含めて行いなさい。視覚情報だけではない、色々なものが理解できるはずです』

「シェート達の安否も、すぐに察知できるしな」


 とはいえ、フィーは疑問と不満を空に投げた。


「サリアの方はどうしてんだよ。シェートが死んだら、"闘神"をどうにかしたって意味ないだろ?」

『そちらは、少々複雑です。おそらく今回、女神はまともに運用できません』

『襲撃の一件で、ちょっとは正気を取り戻してくれるだろーけどな。期待はすんな』

「そっちの内輪揉めで死ぬとか、二度とごめんだからな。頼むぜ」


 意外なことに、二竜は短く承諾を返しただけだった。

 小竜の気配が離れていき、再びフィーは満天の星空の下で、静かに世界を聴き始めた。

 それから、本当にわずかずつ、聲で世界を『磨く』。

 自我を溶かさないように、謳い続ける。

 まるで、この世の全てを味わい尽くそうとするように。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とても魔王らしいネチっこい攻め方だと思った。精神面での。 [気になる点] コモスを差し向けたのもフィーやシェート、下手したらサリアへの影響も計算していそう [一言] いつも楽しく読ませても…
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