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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~格闘編~
175/256

6、「俺、ちゃんとできてるか」

 全てを語り終え、サリアは同席する小竜たちを見回した。

 快く受け入れられないことを承知で、"闘神"との会見のあらましを伝えるべく、再び竜洞を訪れたわけ、なのだが。


「ぐは、ちょっとまって、腹いて……く、くるし……フヒ、グフッ」


 最初から最後まで、笑いっぱなしだったグラウムは、死にかけた魚のように全身の肉を波打たせてひっくり返っている。


「いや、実に興味深いね。興味深い。それ以上の言葉が見つからないよ」


 白い顔を完全に虚脱させ、同じことを繰り返すヴィト。そのしぐさからすれば、サリアと同じ気持ちを味わっているのではないかと思われた。つまり当惑を。


「――――」


 この集まりの中で、唯一何の感慨も示さない者である青竜メーレは、何かを探るようにこちらの顔を観察している。いつもの面子の中で、彼女のことだけは未だに推し量ることができていない。

 そして、彼らのリーダー格である赤竜ソールは、言った。


「帰ってください、もう」

「投げんな投げんな。気持ちは分かっけど、ここで投げたら負けるぞー、何かに」

「もういい。俺は疲れた。疲れ果てた。帰りたい、帰って寝たい」


 珍しく、黒い竜が同情の仕草で赤い肩を叩き、サリアへ問いかけた。


「で、その盟ってのは結ぶつもりなのか?」

「いくら私でも、その場で返答をする愚は犯すつもりはありませぬ。何より、盟を結ぶともなれば、皆さまにも波風が立つものと」

「今更だけどなー。波風ならもう立ってるし」


 グラウムの嫌味に恐縮しつつ、先ほどまでの顛末で、気になったところを洗い出すことにした。


「"闘神"殿が遊戯の謀略に関わっていない、という言質は、信用に足ると思われますか」

「それ俺らに聞く? アンタが一番、肌身に感じたと思うけど」

「自信がないのです。何しろその、くだんの御仁は……私を……」

「なるほど。惚れた弱みということを額面通りに信じるわけにはいかない。しかし、無視もできないというわけだね」

「第三者からの視点、検証は大事」


 おそらく、この集まりの中で最も冷静な青竜は、いくつかのデータを虚空に浮かべ、そこから類推を開始していく。

 そこには、天界における神々の交流、遊戯以降の領土拡大に関する知見があった。


「"闘神"、最上位の神で、勝率最も低い。"知見者"と同率。トップは"愛乱の君"」

「遊戯で最も勢力を伸ばしたのは彼女だろうね。そしておそらく、"始まりの遊戯"から最も遠いのも彼女だ」

「あの姐さん、気前いいからなー。"八瀬の踊鹿"みたいに、遊戯からあぶれた神を率先して庇護してるし。んでもって、遊戯の談合自体、滅茶苦茶嫌ってるぜ」


 小竜たちの結論と、こちらの肌感覚はそう違っていないらしい。身の潔白については断言できないが、彼女の遊戯カードたいかいで感じた快さを否定せずに済むのは、ありがたいと思えた。


「"闘神"って言えば、確かに"始まりの遊戯"で名声は高まったな。それこそ、誰よりも真っ先に、アンタの星に勇者をやって、魔族の首級を上げさせまくってる」

「ただ、武勲の評定、顔出さなかった。闘い、勝った。その誉れ、みな捨てている」

「遊戯の栄耀には、興味がなかったのですか?」

「当初は意見が真っ二つに分かれたようだね。謙虚で道理を弁えた武人、あるいは強さに執心する乱暴者という感じで」


 武の神であれば戦果は何よりも誇るべきもの、その栄誉が信仰の源となるなら、なおさらだ。それすらも慮外として、行動したというなら。


「私の……私の星を開放するためだけに、戦ったゆえ、という事でしょうか」

「アイツに直接聞きなよ。オレらが邪推したって野暮なだけだ。聞かれても言わねーだろうけどさ」

「その後、遊戯に出ては負け勝ちを繰り返し、それでも"四柱神"などという尊称を頂くようになった……純粋に武が強いと言うのは、これだから困るね」

「見解を統合。"闘神"の謀略関与、可能性は低い。ただし、今後の評価と切り離し推奨」


 冷静で妥当な判断。冷たい水のような言葉に安堵すると、サリアは考えをまとめ、自らの方針を口にした。


「とりあえず、盟への回答は留保を貫きます。今後しばらくは、"闘神"殿につき、その真意と心根を確かめるつもりです」

「心根って、もう分かってんじゃん。アンタにぞっこんLOVEなんだろー?」

「なんだいその表現は。グラウムも相当おかしくなってるんじゃないか?」

「しゃーねーだろ。さすがのオレも、真面目に受け取る限度、ってもんがあるっての」

「今後の女神、内偵、諜報、美人局つつもたせを遂行。その認識で正しい?」


 意外な指摘をした青竜は、不思議な表情でこちらを見ている。というより、彼女がこちらに注目してくるのは、これまでになかったことだ。


「はい。恋情とはすなわち弱み、それを見せていただけるというのであれば、付け込む以外の選択肢はないかと」

「うわ怖っ。良心の呵責とかないんかー?」

「一度は実の兄にしてみせたことです。今更、何をためらうことがありましょう。そも、私は恋情に思い入れはないので」


 微妙な半笑いで黙りこくった白と黒とは裏腹に、いつにない熱を込めて、メーレはこちらに近づき、頷いた。


「"闘神"内偵中、貴方のバックアップ、担当したい。許可を」

「それは願ってもないことなれど……フィアクゥルはよろしいので?」

「配置転換。本人の回復を兼ね、ソールを交代要員に」


 それまでの物静かさから一転、青い小竜はきびきびと指示を飛ばしていく。


「以後、"闘神"との渉外担当、メーレ、およびヴィトに変更。ソール、グラウム、内部勤務。フィアクゥルの調整・・と現地の哨戒を補助」

「りょーかい。こっから先、オレら・・・じゃ役に立たねーだろうしな」

「女神は"闘神"に集中してもらうべきだし、妥当な判断だね」

「……了解した」


 完全に現場の指揮権を掌握したメーレに、それぞれが肯定を示した。

 どうやら竜洞の仕組みは、見かけ通りの上意下達ではなく、中心となる四竜たちが状況に応じて、独自に機能するよう設計されているらしい。


「では、女神サリア―シェ。以後よろしく」

「ありがとうございます。まずは何から着手するべきでしょうか?」

「"闘神"の篭絡、敵勇者の情報収集、シェートに有利な戦闘地の策定、これらを努力目標としたい」


 あくまで竜洞側は"闘神"との対戦を前提に、策を講じるつもりらしい。その判断に逆らう気はないが、わずかながら彼に向けての憐憫が湧く。

 だが、そんな逡巡も、一瞬のこと。


「では、参りましょうか」

「了解」


 水と風の竜を伴い、女神は再び、"闘神"のもとへと向かった。 



 泥炭の湿原を歩き続けて三日、シェートは伝えられていた山脈が視界に収められる場所までたどり着いていた。


「これでようやく、ジメジメした場所も終わりかあ。そういや山もちょっと、秋っぽくなってるな」

「そうだな。冬越し、考える時期」


 生まれ故郷のモラニアを出て、そろそろ一年近くが過ぎようとしている。本来なら、冬越しの準備にかかってもいい時期だ。


「肉、どんぐり、干し果物、たくさんいる。薪集め、冬小屋造り、いろいろある」

「そもそも、冬の間ずっとここにいるのかって問題もあるぜ」

「……勇者、戦う、少し待ちたい」


 神の勇者たちなら、町や村を使える分、冬の行動も自由になるだろう。しかし、ただのコボルトにとって、冬はひたすら耐えるための時期でしかない。


「食いものと火なら、俺が何とでもできる。むしろ、冬に入る前に、この大陸の勇者を倒しちまった方がいいと思うぜ」

「なおさら寝るとこ、飯、用意してから。戦う、冬超す、その後考える」

『現実に即した、建設的な意見ですね。心に染みます』


 フィーの胸元から竜の声が届く。そう言えば、最近サリアからの連絡がないことに気づき、空を見上げた。


『女神は別件で手が離せません。お前たちの相手は、しばらく私たちが勤めます』

『つーことで、よろしくな―』

「珍しいな。ソールはともかく、グラウムもかよ」

『色々あんだよ。適材適所って奴で、女神様にはメーレとヴィトが付いた』


 その名前には覚えがあった。確か蛇のように長いドラゴンと、白くて印象の薄い鳥のようなドラゴンだったはずだ。

 あまり話す機会もなかったが、有能であることは間違いない。今はサリアのことより、自分たちをどうにかを考える時だ。


「敵勇者、どこいる、分かるか。野営地、そいつ、なるべく近く、作る」

『ええ。その情報はこちらから出せます。目の前に広がるゴルグール山地の北部、放棄された杣小屋そまごやを改修して住んでいると』

「もうそんなことまで調べたんか。あの二竜ふたり、めちゃくちゃ有能だな」

『言われてやんの。オマエ、知恵熱出して寝込んでる場合じゃねーぞ?』


 いつもの口喧嘩やりとりもそこそこに、ソールはこちらが欲しがっている情報を伝えるべく、言葉を重ねた。


『シェートの懸念はもっともですが、この土地は吸血王の支配域となった影響で、動植物に大きな被害が出ている。可能であれば冬越しを考えず、敵勇者をせん滅後、南のケデナに移動することを提案します』

「ケデナって、確か魔王の支配地で、一番ヤバいって話だろ? 大丈夫なのか?」

『……"英傑神"の勇者は、だいぶ有能らしい。ケデナ全土の反抗勢力をまとめ、"操魔将"と呼ばれる魔将を打倒する直前とのことだ』


 初めて聞く勇者の情報に、シェートは眉間にしわを寄せた。これまで、たくさんの勇者と戦ってきたが、どうやら強さに関しては、ドラゴンたちも一目置いているようだ。


「ってことは、俺たちが"闘神"の勇者を倒したら」

『目算通りに魔将が倒されていれば、この星の敵は魔王の城のみ。慣例では、勇者が最後の二人なった場合「共闘」が提案されます』

「勇者、潰しあう。魔王、隙突く、両方殺す。それ防ぐか」

『理解が早くて助かります。女神がどう反応するかは分かりませんが、我々は同盟案を提出し、必ず・・認めさせる』


 妙に力の入った宣言。いつもは淡々としている感じの声が、ふいごを使った時の炉のような、しゅうしゅうと燃える怒りを感じる気がした。

 その気負いをなだめるように、太い声が先を続ける。


『ただ、状況次第じゃ、共闘相手が"闘神"に変わるかもしんねーんだ。だから、シェートが言う冬ごもりの準備も、考えといてくれ』

「なんかふわっとした指示だな。まだ何か揉めてんのか?」

『先ほどの情報は、"平和の女神"が"闘神"経由で入手したものです』

「サリアの奴、もしかして"闘神"と交渉中?」


 向こう側にいる黒竜が盛大に爆笑し、赤竜の盛大な歯ぎしりが耳をやする。こちらには分からない何かが、小竜たちの調子をおかしくさせているらしい。


『そんなところだよ。あと、しばらくの間、そのネタには触れないでやってくれ。ソールがまた寝込んじまうから』

『と、に、か、く。山中入った後、見つかりにくい場所に宿営地を設営しなさい。食料備蓄や道具制作に関してはシェートに任せます。フィアクゥルは周囲の警戒と索敵を』


 シェートは目の前の山々を見渡した。

 茂っている木は、モラニアのそれと変わりないように見える。寒い土地のせいか、枝に残っているどんぐりは少なめだが、二人分なら十分な量が用意できるだろう。

 日の陰り方や峰の形から見て、いくつか宿営地にできそうなところはある。見つかりにくい場所を探すことも、そう難しくはない。

 なにしろ、隠れ住むのは、コボルトが最も得意とするところだからだ。


「一冬超す、そういう準備する。少ないより多い、大事」

『ええ、それで構いません』

「索敵ってことは、"闘神"の勇者も、ってことだよな?」

『もちろん。ただ、相手の索敵能力は未知数です。偵察する時間や方角の吟味、姿消しの神器を併用することも忘れないように』

「フィー、ウサギ、地ネズミ、狩るやり方、教えた。人間、同じする、間違い、少ない」


 ドラゴンに、コボルトの狩りを教えるというのも妙な話だが、返ってきたソールの反応は、思う以上に上機嫌なものだった。


『ああ……打てば響く相手というのは、本当にありがたい』

「お、おう。お前、体、だいじょぶか?」

『その調子で働いていてくれることが、私の癒しとなる。シェート、今後もフィアクゥルをよろしく頼みます』


 よく分からないが、相手はこちらへの態度をだいぶ変えてきている。少なくとも、いつも通りの自分で機嫌がよくなるというなら、こっちも気が楽だ。

 少し考えて、シェートはフィーに指示を飛ばした。


「俺、山歩く。お前、どんぐり林、食えそうな実、川、そういうの、調べろ」

「山越えしない範囲でいいな?」

「ああ」


 フィーは、これまで組んだ、どんなコボルトよりも優秀だ。

 こちらの言ったことを素直に覚え、ドラゴンの感覚と知識で望む以上の返答をくれる。

 山越えをしないと言ったのも、こちらが斥候する範囲を飛び越えて、相手の勇者へ見つかることへの用心だ。


「日沈む、焚火、起す。そのくらい、戻れ」

「分かった。気をつけてな、ガナリ」


 振り返りもせず、フィーは山の中へ飛び去っていく。

 合流場所は特に指定しない。昔の仲間ならシェートの癖から、フィーなら目と鼻で野営地を探り出すだろう。 


「ガナリ……か」


 そういえば、フィーは自分のことを時々、ガナリと呼んでいる。

 昔の仲間から、そんな風に言われることはあった。だが、それは遊びの範囲か、いずれルーと結ばれることを、からかい交じりに当てこすられただけだ。

 仔竜の言葉は、そのいずれでもない。

 このとても奇妙な猟行のガナリとして、自分を認めている言葉だった。


「なあ、グート。俺、ちゃんとできてるか」


 隣でじっと、待ちの姿勢を取っている狼を撫で、問いかける。


「ガナリ、むつかしい。勇者、大きい獲物。むつかしい狩りだ」


 単独の狩りなら、結果がどうだろうと自分の命ひとつで済む。でも、ガナリとして群れを率いるなら、その一言が皆の命を左右してしまう。

 星狼は鼻息を漏らすと、こちらの頬を、ゆっくりと舐めた。


「……そうだな。すまん、もう平気」


 ガナリに弱音を吐く資格はない。

 必ず狩れる方法を、常に考えて指示を出し続けるだけだ。そうすることで、一人でも生きのびさせ、群れを生かし続ける。


「行くぞ」


 グートにまたがり、山へと進路を取る。

 今考えるべきは俺の群れ・・・・を、誰一人欠けることなく生かすことだけだ。

 そのために、自分の命を賭す・・・・・・・ことになっても。

  


「試してみたんだけどさ」


 どんぐりらしい物が、びっしりついた木を見上げながら、フィアクゥルは問いかけた。


「口に銅貨咥えて、雷の聲で吐き出したら、目の前の地面がえぐれたんだよ。で、銅貨は消えて無くなってた」

『バカなのお前。牙とか舌とか消し飛ばなかった?』

「ちょっと牙が欠けた。すぐ生やしたよ」


 苦笑いと呆れの吐息を返事として受け取り、そのまま周囲の光景を軽く意識に留める。

 どうやら目の前の大木から、周囲の林が出来上がったらしい。特徴を同じにする木々は同じように実を付け、鳥や獣たちの気配と、残していった糞などの痕跡を感じた。


『癒しの聲が使えて良かったなー。そうでなくても、下手すりゃ大惨事だぜ』

「加減はしたし。あと、口の中もにょもにょっといじって、雷の通り道っぽくしたり」

『聲で磁場の形成? ホント、アホみたいに勘がいいなー。下地・・があるから、並の仔竜より伸びが早いんかね』

『とりあえず、お前の使ったものに関して解説しておこう。それは『粒子ビーム』です』


 拾い上げたどんぐりを、思わず取り落としそうになる。

 今更だが、ドラゴンというファンタジーの化身のような存在がビームとか言うのは、違和感が半端ない。


「ビームって、あの目とか口から出る?」

『そうそう。ちなみに、原理上ドラゴンは目からビームは出ねーぞ。出るとしたらレーザーだなー』

「え、出るの、目からレーザー?」

『出しません。可能ではあるが、そんなことをすれば、眼球が焼けて失明するだけだ』

「可能ではあるんだ……」


 どうやら、この辺りのどんぐりは今が最盛期らしい。今日明日中には鳥たちや動物がこれを奪い合い、自分たちの分は無くなってしまうだろう。

 素早く周囲を見渡すと、フィーは根元にしるし・・・を掛けた。


『おっ、いっちょ前にマーキングかぁ。とはいえ、仔竜のじゃあんまり効果はねーな。グートに頼んどけ』

『そもそも、この山ではお前が新参者。分からせてやるために、猪や熊と取っ組みあいでもするつもりですか?』

「う、うるさいなあ。ちょうど出したかったから試しだよ、試し。それより、レーザーとビームって何が違うんだ?」


 そそくさとその場を離れながら、フィーは別の場所を目指す。少し離れた斜面にベリーの低木があり、その付近に川もあるからだ。

 シェートも猟はするだろうが、偵察と寝床探しのついでだろう。こちらで負担を減らすのも悪くはない。


『クッソ大雑把に言えば、レーザーは虫眼鏡で黒い紙を焼くやつ、ビームはめっちゃスゲースピードで砂をぶつけるやつって感じだな』

『大雑把に過ぎる! 正しい知識を持たなければ、命がいくつあっても足りんぞ!?』

「でも、なんとなくわかったわ。アレだろ、レーザーってルビーに光を通すと使えるんだったっけ?」

『そっちも同程度の大雑把か。仕方ない、概略を説明します』


 ベリーの茂みは、先ほどの林と同じようにかなりの数が生い茂っていた。動物が食べこぼしたというのもあるだろうが、土壌がよほどよかったのだろう。

 だいぶ食べ散らかされているので収穫は期待できないが、持ってきていた袋の中に、可能な切り詰め込んでいく。


『レーザーとは、光線から使用したい波長を取り出して収束させ、エネルギーとして投射する技術のことです』

「じゃあ、俺も口にルビー咥えて光を通せばいいのか?」

『固体系より気体系の方が、オレらは扱いやすいかね。腹ん中にアルゴンやヨウ素を発生させるの、鉱物抽出するよりかは楽だし』

『とはいえ、いずれの方法せよ、お前には使えません』


 ベリーの収穫を終えると、今度は川へ向かう。ヘデギアスの水は低地では泥炭を通したせいで濁っており、山間は透明だがミネラルが多く、だいぶ硬質だ。

 とはいえ、この辺りの水は比較的『軟らかい』。これなら飲み水にしても平気だろう。

 一口すくって味を確かめ、渇いた体に水分を取り込む。


『レーザー発振は切削加工のような小さな作業か、宇宙開発のような大規模使用に適しています。お前が望む攻撃に使う場合、莫大で継続的な発電はもちろん、蓄積される熱を廃棄する方法が必要です』

『その上、ガスレーザーに使うのは、ほとんどが希ガスか有毒ガスだ。仔竜の体と聲で扱いきれる代物じゃねえよ』

「つまり『子供おれにはまだ早い』ってことか。ビームの方は?」

『理由は多少違うが、そちらも似たり寄ったりですね』


 持ってきた小銭に雷をまとわせ、流れに放り込む。漁場の地形を問わず、手軽に魚が取れるこの方法は、今回の実験で一番の収穫だろう。

 あらかじめ作っておいた魚籠びくにすべて放り込んで、仕事は完了だ。


『粒子ビームとは、電荷を持った粒子を加速させ、対象に投射する兵器のこと。最初の段階でお前がはじけさせたのも、同じ原理です。荷電粒子砲とも呼称されますね』

「マジで!? たしかそれ、レールガンよりスゲーやつだよな!?」

『スゲ―かどうかはわかんねーけど、使い物にならんのは変わんねーぞ』


 無情にもバッサリと切り捨てられる可能性。口調の違いはあるが、解説役に回るとグラウムもかなりまじめだ。

 とりあえず、川のほとりに腰を下ろすと、摘んできていたベリーを口に含んだ。赤黒い見た目のそれは、口に含むと酸味と苦みが先に立つ。

 まずくはないが、ジャムなどに加工する必要があるだろう。


『レーザーよりも使う聲の種類は少ないが、物質をプラズマ化させ、加速させるための電力量は、レーザーの比ではないでしょう』

『しかも、大気減衰があるからなー。それを破って遠くに飛ばすにも電力がいるんだよ』

「放熱問題もあるし、結局ダメってことか……」


 聲の限界とはすなわち、仔竜としての肉体の限界でもある。成長しなければやれることは少なく、小手先の工夫では限界がある。

 それでも、自分はもっと強くなりたい。


『向上心があるのは結構だが、無理な成長を高望みするなら、イカロスのように天から堕ちるだけと知りなさい』

「イカロス?」

『身の程知らずに対する神話おせっきょうだよ。与えられた能力を、自分のものと勘違いして、くたばったワカゾーの話さ』

「…………」


 言葉に込められた辛辣さを、フィーは酸っぱい果実とともに飲み込む。

 そんなつもりはなかったが、一度はその過ちを犯した自分だ。言い訳したって、見透かされるだろう。

 でも、


「高望みがなんだってんだ、身の程なんて知ったことか。シェートを勝たせるためなら、なんだってやってやる」

『まったく……女神の前のめりが伝染でもしたのか。そういう思い込みは、自分の首を絞めるだけです』

『そうかぁ? オレはおもしれ―と思うけどな。少なくとも、できねーことを分かってくのも成長ってヤツだろ?』


 ビームにしろレーザーにしろ、今の自分には使えない。

 雷と炎を扱うのは慣れたが、遠くへ攻撃する方法としては足りないのも事実。であれば別のなにかを考える必要がある。

 その理由を、フィアクゥルは決意と確信を込めて、告げた。


「おっさんが言ってたぜ。軍師ってのは、どんな状況・・・・・も想定して、策を考えるんだってさ」

『……つまり、お前はこう言いたいのか。魔王どころか"闘神"や、"英傑神"さえも、お前たちの敵になる可能性があると』

「俺は間違ってるか? ソール」


 先輩の竜たちが沈黙し、フィーはその場から立ち上がる。

 日は暮れかけ、そろそろシェートが野営地を決めている頃だろう。帰り支度を始めた仔竜の背に、意外な声が降った。


『私の不明でした。お前は竜の仔にして、あり得ざる、まれ人の心を宿す者。なにより我が主、黄金神竜が認めた『いとし子』だ』

「な、なんだよ急に」

『オレらにも制約がある。だから直接、答をやるわけにはいかねーんだ。でも、今のお前は、いい線行ってるぜ』


 いい線行っている、ということは自分の持っている知識を使って、ドラゴンの力で確立させるやり方は間違っていない。

 もっと別の方法か、見落としている知識があるか、もしくは聲の習熟を上げるか。


『とりあえず、しばらくは偵察に集中しなさい。"闘神"と戦うにせよ、明確な開戦が伝えられる形をとるでしょうから』

『正々堂々、ってのがあのおっさんは好きだからな。こっちが付き合う必要もないけど』

「交渉決裂したら、即座に食い殺せるようにしとけ、ってことか」


 進んでいく森の中、かすかに煙の香りが漂う。

 木の茂り方と風向きを確認し、おそらくシェートは視線の通りにくい、大木の根方で野営しているだろうと当たりをつけた。

 後は、地面に残された、わずかな痕跡をたどれば――


「おかえり。大量だな」

「そっちも獲ってたのか。なら、明日から別の仕事だな」


 焚火を木の枝で覆い、大木を背にしてこちらに笑うシェートの姿。途中で狩ったウサギやネズミが、すでに皮を剥がれ、保存のための処理が済ませてあった。

 こちらも魚籠と木の実を差し出し、成果を確かめ合う。


「どんぐりはこんなのが多かった。行けそうか?」

「ああ。これ、渋取り、いらない。良く見つけた」

「一日掛けて集め切っちゃおうぜ。この山、意外と動物多いし」

「うん。あした、籠、むしろ、作る。手伝え」


 シェートのそばには、薪と一緒に長めの草や、つたが束になっておかれていた。こちらの動きを期待していなければ、今日のうちに用意する必要のない代物だ。

 焼けた肉を受け取り、ついでにつたを手元に引き寄せる。


「寝る前に編んじゃおうぜ。籠だけならなんとかなるだろ」

「お前、籠編み、いつ覚えた?」

「ユネリの母さんがやってるのを見たよ。たぶん行けると思う」


 底の部分に結び目を造り、二本のつたを円形に組むように編み上げていく。だが、手持ちの分では半分も行かないうちに、長さが尽きてしまった。


「あれ、えーっと……」

「貸してみろ。そこ、別のつた、足す」


 肩を寄せ合いながら、小さな火灯りを頼りに籠を編んでいく。今この時だけは、殺伐とした陰謀も、未来の憂いもない。

 漂ってくるシェートの匂いと、焚火に腹を温めるグートを眺め、フィーは笑った。


「どうした」

「なんか、嬉しくて」

「なにがだ?」

「何もないことが」


 驚いたように目を見開いたコボルトは、全てを察して、頷く。


「そうか。なにもない、いいな」

「うん」


 それ以上何も言わず、籠を編んでいく。

 何事もない今日を喜び、明日もそうであるとようにと、祈りながら。

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[一言] >目からビーム どっかの吸血鬼が怪力と再生力を使って眼圧上げまくって目からウォーターカッター出す技使ってたの思い出した
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