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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~挿話編・その参~
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双つ心、添う心

 その日は、朝からよく晴れていた。

 ヘデギアス大陸の中央部、大森林と呼ばれる広大な森の中、一筋の煙が朝食の支度のために焚かれていた。

「鍋があったらよかったのにな」

 燃え上がる炎の上に木の串をかざし、フィアクゥルは呟いた。

 串の先には、よく太った百合の塊根が刺してある。遠火であぶりながら、その表面が次第に黒ずんでいくのを、何とはなしに眺めた。

「食いたいか、団子」

 その向かいで、同じように塊根をあぶるシェートが、顔を上げる。

「うん。うまかったし、あれ」

「フィー、鍋、作れるか。あれば作るぞ、根っこ団子」

「さすがに、ちょっと難しいかなぁ。少なくとも実物を研究しないと」

「そうか」

 そのまま、コボルトは木の串を口元に引き寄せ、こげた皮をむしって、湯気の立つ根っこにかぶりつく。

「んっ……ふ、ほっ、や、やけへるぞ、フィー」

「ああ」

 同じようにこげた皮をむいて、現れた根っこにかぶりつく。甘みとねっとりとした食感が伝わって、もりもりと食べ進める。

「それで、今日はどうする?」

「……食料集め、する。道具作る」

「あの森と同じか」

「そうだ。俺たち、もう店、使えない。全部、自分で作る」

 告げるコボルトの顔は、なんとも言えずうれしそうだった。

 考えてみれば、こいつにとっては久しぶりの本領発揮だ。

 魔王の城を出てから、"愛乱の君"のデュエル神規に付き合うまでの二ヶ月あまり、不慣れな環境で翻弄される姿を、ずっと見てきた。

「……このままさ」

「ん?」

「ずっと、旅ができたら、いいかもな。シェートと、俺と、グートで」

 驚いたように、シェートは顔を上げた。

 それから、やわらかく笑った。

「そうだな。そうできたら、いいな」

 ああ。

 本当に、そうできたらいいのに。

「お、俺、ちょっと上に連絡入れてくる。そのまま木の実でも集めてくるから」

「そうか。頼む」

 もう、以前のようにグートはついてこない。

 自分は一人でも、森を歩けるようになったし、食料集めでも、道具作りでも、なんでもできるようになった。

 シェートと一緒に、どこまでも、旅できるようになった。

 でも――。

「もしもし、ソールか」

 森の奥、野営地から離れた場所で、相手を呼び出す。

『送信したアプリは起動させましたね』

「ああ。だから連絡したんだよ」

 声をわずかに上ずらせ、フィアクゥルは天界にいる赤い竜に、怒りを吐き出した。

「あんなもの見せやがって・・・・・・、どういうつもりだ」

『言ったでしょう、あなたの調整・・のためです』

「今更、あんなもの見せられなくたってな! 俺だって分かってんだよ!」

 昨日の晩、フィーは夢を見た。

 自分の過去、自分の罪、自分が一体何者であるか、その全て。

 俺がシェートの家族を、仲間を殺したこと。

 そして、自分があいつに殺されたという事実を。

『この前のデュエルで、あなたの魂は半ばドラゴンの肉体に癒着しました。例の"ドラゴン化"のカードによって』

「それで……俺の魂を、切り離すためにやったってのか」

『その様子なら、特に精神への不調があるわけでもなさそうですね。安心しました』

 握り締めた手の中で、スマートフォンがめりめりと音を立てた。

 しらずの内にこめた"聲"が、鉄壁のはずの物理防御を、押しやっていく。

『それの保護効果も少し上げる必要がありそうですね。"刻の女神"に申請しておきます』

「言いたいことは、それだけかよ」

『私はあくまで、主様に言われたことを完遂するのみ。あの方に命じられたのは、お前を元の世界へ、無事に返すために尽力すること、それだけです』

「――そうか、分かったよ」

 そのまま通話を切り、仔竜は、空を見上げた。

 口を開き、両手を握り締める。

 それでも、声は上げない。

 叫びだしたかった、何もかもを、この場にぶちまけてしまいたかった。

 だが、そうしてしまえば声は"聲"になってしまう。

 ドラゴンの"聲"は、全てを従えるものだ。

 その怒りで辺りは火の海に変わり、その叫びで天から雷を降らせてしまうだろう。

「そういうことかよ、おっさん」

 昔、竜神と話したことを思い出し、青い仔竜は苦く笑った。

「ドラゴンの万能なんて、こんなもんなんだな」



 野営地に帰ってみると、もうシェートは帰ってきていた。

 煮炊きに使う石積みの炉には、半円形の鍋のようなものがかかっている。

「どうしたんだ、それ」

「森の中、転がってた。鉄兜、煮炊きできる」

 そういえば、あの時も残された勇者の兜をつかって、鍋代わりに使っていたっけ。

 かなり錆が浮いているのは、長期にわたって放置されていたせいだろう。

「それ、ちょっと水漏ってるな。修理するわ」

 すでに鼻と角が、鉄から錆を抜くために必要な韻を読み取っている。そのまま軽く喉を震わせて、錆とりの"聲"を紡いだ。

 ぱらりと、薄皮のように赤い塊が落ちて、黒々とした鉄の地肌が浮かび上がる。

「ありがとな。メシ、もうすぐできる」

「もしかして団子か?」

「ああ。鹿肉、山菜、いっぱい入れた。うまいぞ」

 鍋の様子を見ながら、器用に木椀をシェートが彫っていく。

 その傍らに置かれていた板をもらい、自分も黙って、木のさじを削り始めた。

「フィー、だいじょぶか」

「ああ、別にどうともないけど」

「……そうか」

 それきり、コボルトは何も語らず、鍋をかき混ぜて料理の面倒を見ていた。

 やがて、煮上がった中身を、静かによそって差し出す。

「食え。食って、寝ろ」

「……俺、昨日、何か言ってたか」

「知らない。でも、うなってた。朝、元気なかった」

 木椀を受け取って、その中身を見つめる。

 もうすっかり食べなれた、コボルトの素朴な鍋料理だ。

「うまいもの、食う。それで寝る。元気出るぞ」

「……ありがとな」

 何も言わず、料理に手をつける。

 言う必要なない、言う意味もない。

 自分はこのままでいいと、あの夕日の中で誓ったから。

「うまいな」

 仔竜は、嘘をついた。

 隠し事と悲しみで、すっぱくなった口では、何も分かるはずがない。

「また作ってくれよな、これ」

「ああ」

 夕食の席を囲いながら、元勇者の仔竜と勇者を殺す魔物は、ただ静かに、憩っていた。

 森は静かに、夕闇を深めていく。


エイプリルフール企画の結びです。カクヨムのほうに投稿した短編とセットで楽しめるようになっていますが、いずれあちらの原稿もここに持ってくる予定です。それでは、次回の更新をお楽しみ。

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