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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~挿話編・その参~

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Transition

 最後を入力し終えると、赤竜ソールは腕を組み、モニターを眺めた。

 いすに背中を預け、こりをほぐすように、軽く翼を広げる。これに取り組んでから、実感で百時間は経っている。

 何か見落としはないか、長い尻尾をゆるゆると動かし、これまでの作業を思い返す。

 そして、尻尾の先端でキーを叩き、画面をスクロールさせた。

 組み上げたプログラムが、高速で流れ始める。

 感情の冷めた竜眼が、膨大な量の記号の軌跡を、片っ端からむさぼった。

「またやってんのかよ。コンパイルなんて、そのまま機械にやらせりゃいいのに」

 黒く、厚みのある肉の塊が、視界の端を占有する。

 手にした鳥の腿肉を、むしゃりと食いちぎり、同僚のグラウムが皮肉を漏らした。

「実装する前のエミュレーションも込みでやっているんだ。自分の頭でできるのに、いちいちサーバに入れて対照実験までやるのは、無駄に過ぎる」

「そんなら、最初から全部、頭の中でやりゃいいじゃん。それをみんなで"回し読み"すりゃいいんだし」

「お前の様な食い気一辺倒なヤツに、内心の自由まで食い荒らされるのはごめんだ」

「俺だって、お前みたいな石頭、頼まれたって食いたかねーよ」

 軽口を叩く間に、プログラムの読み込みが終了する。

 参照するべき値はすでに入力済みだ。後は、それに変数を加えて、どういう挙動をするかを確認するだけでいい。

「それで、何か用か。お前には情報収集の仕事を与えていたはずだが」

「んなもん、とっくに終わったよ。つーか、こんな事、いまさら意味があんのか?」

 太鼓腹を揺らしながら、肉饅頭のようなドラゴンは、竜洞の外に繋がる扉を示した。

「"黄金の蔵守"の大番狂わせに、"愛乱の君"のデュエル大会のせいで、名のある神々は一柱残らず石化しちまった。探る相手もいねーのに、何を調べりゃいいんだよ」

「だからこそだ。この機を逃さず跳梁せんとするものもあるかもしれん」

「あるわけねーだろ。そんな気合入ったヤツなら、こんな事態になってまで、くすぶってねーっての」

 もちろん、言われるまでもないことだ。

 今回の"神々の遊戯"は、すでに例外を越えた例外の渦中にある。

 普段なら、序盤の立ち上がりは緩やかに、小さな神々の潰しあいが起こり、実力派の神の勇者が魔王を攻略するのを皮切りに、脱落者が目立ち始めるものだ。

「今の"合議の間"なんて、ひでーもんだぜ? いつもなら水鏡で勇者の活躍を観たり、誰が勝つかで賭け屋ブックメーカーが立つころなのに、誰もいやしねえ」

「観戦者となるはずの異形神や獣神が、"愛乱の君"の舞台に上がってしまったからな」

「マジでおもしれーよな。こんなの、誰も想像しなかったぜ」

「――どうだろうな」

 いすを降りると、そのまま出口へと向かう。興が乗ったのか、黒い同僚も新たな軽食を手にしながら、後についてきた。

 薄暗い洞窟に光が差し、目の前に、天の神々に開かれた庭が現れる。

 そこは穏やかではあったが、薄ら寒い気配に満ちていた。

 緑に葺かれた芝の上にも、滾々こんこんと湧き出る泉のほとりにも、さやさやと鳴る林の木陰にも、あるいは白い石でできた東屋あずまやにも。

 誰一人としていない。

 神々の姿が、消え去っていた。

 まるで皆、忘れ去られてしまったかのように。

神々の黄昏ラグナロク、と言うには、少しばかり静寂が過ぎるか」

「せっかくだから、ここら辺丸ごと焼いちゃえよ。火の属だろ、お前」

「ああ。それもいいかもな」

 生返事をしつつ、静かな庭を歩き続ける。

 脳内のエミュレーションが進行し、必要な動作確認が完了していく。

 なるべく、早めに上げる必要がある。

 自分の主の命令は絶対であり、その計画進行に必要なタスクは――。

「おお、久しいな赤いの! 洞の中でとぐろを巻くのに飽きたか!」

 目の前を、山のような影がふさぐ。

 赤銅の肌に、頭の脇から生えた双つの大角。そして、ドラゴンを思わせる太くたくましい尻尾。

 筋骨の塊のような、武辺の気配を漂わせる男。

「お久しぶりです"闘神"、ルシャーバ殿」

「聞いたぞ! 貴様の親分が、とうとう遊戯に手を出して敗退したとな!」

「――計画的な撤退・・です。腕力一辺倒の御仁には、機略など思いもよらないことと存じ上げますが」

「ふはははは! そうすねるな! この俺とて、口惜しい思いをしておるのだ!」

 相変わらず声がでかい。

 角にびりびりと響き、うっとうしい事この上ない。

 こいつがここにいたと知っていたら、本当に『終末を導く炎剣レーヴァテイン』でも叩き込んでやったのに。

「毎度毎度、のらりくらりと俺との対決を避けおって。あんな小ざかしい札遊びでさえなければ、俺も乗り込んでいって一当てしてやったものを」

「主様いわく『アンタとの"ど突き合い"はカロリーの無駄』だってさ。俺も同感、暴力なんてくだらねーよ」

「出たな潰れ肉饅頭。たらふく食わせてやるから、俺と殺し合えつきあえ

「だからやんねーって言ってんだろ! アンタの権能は面倒なんだよ!」

 ルシャーバは、最強の"闘神"である。

 それが、今の天界の共通認識だ。

 普通、天界の神々は、地方の小神のように『権能』を二つ名に選ばない。

 我、知恵の神なり、と名乗れば、その上位互換が掃いて捨てるほど出てくるからだ。

 だが、こいつは平然と『我、闘いの神なり』と名乗り、それを認めさせた。


『儂、アレとは絶対直接戦わないから。武力だけだと向こうが勝つし』


 竜神も冗談交じりに、そう宣言していたし、ソール自身もその事実を理解している。

 だからこそ。

「そちらの勇者はいかがですか、どうやら順調に生き残っておられるようですが」

 有利を得る機を、逃すつもりもなかった。

「腹芸抜きの切り口上とは痛み入る。その通り、ヘデギアスを支配していた吸血の王は、うちの勇者、辻隆健つじたかやすが討ち取った」

「相変わらず、勇者一人での攻略ですか。仲間も連れずに?」

「ああとも。そもそもそういう勇者しか選ばんのは、貴様もよく知っているだろう」

 このあたりの事情は、遊戯に参加している神なら周知の事実だ。

 ただ一人の豪傑による魔王の単騎討伐、それがルシャーバの戦略。

 もちろん、勇者の武に惹かれて供回りを申し出る者も出てくるから、明確に単騎とは言いがたいが。

 最終的には魔王の城に一人で乗り込み、その首級を上げるのが常だった。

「今回の魔王は天空の城で待っております。その辺りの対策は?」

「そりゃあほれ、ちゃんとレベルアップのポイントをためさせているからなぁ。それを浮遊や飛行の加護に突っ込めばいいだけだ」

 つまり、それさえ満たしてしまえば、いつでもあの城に乗り込んでいくだけの、実力があるということになる。

 魔王の城を守る障壁や、防御手段を突破する手管も勘定に入れてだ。

「やはりいつも通り、剣士ですか。それとも格闘の使い手でも?」

「貴様は竜族のせいか、その辺りの認識が甘いな。俺が召抱える勇者に、武技の得手不得手はない。確かに得物を限定した者もいたが、基本は無手も武器も使うものばかりだ」

「なるほど。そうなればいよいよ、魔術魔法の心配はなさそうですね」

 そう言った瞬間、異形の神は目線をわずかに揺らした。

 姿かたちは変じているが、この男は元々『人間』由来の神格だ。だからこそ、所作に生前の反射作用が伴ってしまう。

 おそらく、隠し玉があるはずだ。

 勇者の進言に従って、魔法ではないものの、それに近い能力を取らせているだろう。

 後は、現地の者フィアクゥルに調べさせればいい。

 うかつな駆け引きで憶測を深めるなど、愚の骨頂だ。

「もういいでしょう。今回は我々も遊戯に参加する者。あなたもこれ以上の利敵行為をするつもりはないでしょうから」

「それはそうだ。ついでに、この情報の対価として、そちらの話も聞かせてくれんか」

「すでに、かのコボルトは四度、己の決闘を公開しております。それ以上に雄弁な情報はありますまい」

「そうではない。もっと単純な話よ」

 心底楽しそうに、目を細めた"闘神"は、問いかけた。


「かのコボルトは――何処だ」


 威圧はない、恫喝もない、身じろぎすらない。

 手を差し出し、それをくれと、願うだけの所作だ。

 だが、その働きの内に、強烈な威があった。

 言わなければ、もぎとって・・・・・いくだけだ、と。

 神格を得たドラゴンに向かって、なんの衒いもなく、男は言外に、言ってのけた。

「――ヘデギアスに。今は、土地の水に体を慣らしている最中です」

「あい分かった。"平和の女神"に伝えてくれ。目通り適うときを、楽しみにしていると」

 山が去り、その影が光さす庭から消える。

 ややあって、ソールはどっと、息を吐いた。

「おー、おっかねぇ。危うく戦争でいりになるとこだったぞ。闘神とこの英雄って、そろいもそろって"竜殺しドラゴンスレイヤー"だから、事を構えるとめんどくせーし」

「まったくな。どうやらシェートも、いよいよ進退窮まったようだぞ」

「――シェート、ね」

 手にしたチーズケーキをホールごともりもり食いながら、黒い竜はにたにたと笑う。

「フィーはともかく、お前が下々を名前呼びとか」

「今後、直接交流することも増えるだろうからな。主様が認めた以上、扱いを変えるのは当然だ」

「はっは、めんどくせーなー。別にいいじゃん、身分なんてよ。どうせ、食っちまえばみんな同じなんだし」

「お前はそれでいいかもしれんが……っと、そろそろ行くか」

 データの対照が完了し、すでにコンパイルの済んだプログラムをかみ締める。

 あとは、これを転送するだけだ。

「俺はフィーのバックアップに戻る。そっちは引き続き、例の調査と監視を頼む」

「りょーかい。てきとーにやってメシ食ってっから、なんかあったら言うわ」

 黒い姿が掻き消え、残されたソールは虚空からスマートフォンを取り出した。

「……ああ、フィアクゥルか。今、問題はないな? そうか。ではこれから、そちらに新しいアプリを送る。数分ほど通話のままにしておいてくれ」

 言い終えると、ソールは"聲"を放つ。 

 脳内に構築された新しいアプリケーションが、音声の形として送信されていく。

 "神去"の文明を模倣するなど、ドラゴンにとっては児戯に等しい。それを応用して、仔竜の補正プログラムをアップデートすることも同様だ。

「それは、お前の能力を制御するためのもの。寝る前に起動しておきなさい。何かあればこちらに連絡を。それでは」

 簡単に指示を済ませ、連絡を切る。

 おそらく明日には、『効果』が発揮されるだろう。 

 想定される事案を脳裏に描きながら、赤い小竜は竜洞へと帰っていく。

 こちらをずっと見つめていた一人の青年、"英傑神"の視線を、あえて無視したまま。


お久しぶりです。いきなりの短編挿入ですが、実はこの続き、ここで読むことはできません。この世界のどこかに、続きに当たる物語が投稿されています。明日という日にちなんだ、ちょっとした仕掛けです。暇でしたら探してみてください。あるいは私のツイッターアドレス(@plumpdog)にてご確認ください。それでは。


4/2追記。エイプリルフールの企画でした。この話の後に当たるのは、

超楽勝、チートな勇者が異世界攻略?(ALL LIE) - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054889075095

です。

内容と続かないですか? それは今日の六時までお待ちください。そこで挿入される新たな物語で、ワンセットです。


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