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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
165/256

エピローグ、无二打

 玉座の主は、瞳を開いた。

 背を預けていた玉座から体を起こし、視線を上げる。

 彼は静寂を良しとしていた。

 吸精吸魂の徒となってより、身体は拍動を止めて久しく、吐息を漏らすことさえ稀となっている。

 それは夜の一族が身に宿す性業であり、氏族クランに組み込まれる栄耀に預かったコクトゥスへの祝福でもあった。

 だが、そんな主の威光に逆らうように、城内は騒乱を響かせていた。

 凍りつく寸前の水面は、わずかな振動で凝結を引き起こす。

 彼の研ぎ澄まされた感覚にとって、この騒ぎは立腹を喚起するのに十分なものだ。

 無礼な侵入者、部下に任せておけば問題が無いはずのもの。

 だが、その全ての物音は、たった一つに絞られた。

 足音がやってくる。

 聞きなれない歩調だ。おそらく木と皮で造った靴だろう。鈍いものなら聞き逃してしまうくらいの、わずかな振動に過ぎない。

 この城において、足音を立てる者は断頭騎士デュラハン骸骨剣士スケルトン位であり、導き出される結論は、一つだった。

 扉を開け放つと、無礼者はぞんざいに言い放った。

「こんばんわ。お邪魔しますよっと」

 汚らしい声だ。

 野太く、品が無く、いかにも野暮ったい。

 背丈は高くはないが、低くもない。顔は平板で、黄ばんだ印象の皮膚には、壮年を示す肌の荒れがあった

 黒い髪の毛も伸び放題で、無造作に襟足で束ねている。

 ただ、身に付けた衣装は、近隣に住む下郎のものではない。上着の前後が長く、膝丈まで伸びており、見たこともない刺繍で飾られている。

 意外だったのは、一切の寸鉄を帯びていないことだった。

 剣もない、槍も無い、肩に汚らしい物入れを掛けている以外は、荷物らしいものは何一つ持ち合わせていない。

「えっと……アンタがその、吸血鬼の親分、でいいのかな?」

「そういう貴様は、異世界からの招かれざる客。下郎の類か」 

 失望と共に、コクトゥスは嫌悪を顕にした。

「異世界の奴腹やつばらは、神の権勢を嵩に着た柔弱な若造だと聞いていたが、こんな喰う気も失せるような、中年がやってくるとは」

「悪かったな、マズそうなおっさんで」

 男は肩にかけた荷物を、部屋の隅に放り出す。

 その腕の動きに、コクトゥスはわずかに目を細めた。ほとんど力を込めず、ただ腕の所作だけで行う身ごなし。

「なるほど、素手での格闘を能くするか」

「そりゃそうだろ。だって俺、武器なんて持ってないし」

 腰の辺りに落とした手を、おどけた調子で開いてみせる。そういう仕草も、こちらを油断させるための手練だろう。

「生憎だったな。私とて武術の嗜みくらいはある。例え異界の技であろうと、闇の一族数千年の研鑽に並ぶものは無し」

「一応、俺も四千年ぐらいの歴史を持った国の武術、かじってんだけどね」

「良かろう」

 音もなく立ち上がり、腰から細身の剣を抜き放つ。

 おどけた表情を引き締め、男は右半身をこちらに向けた。

「死出の手向けに見知りおけ、我は"古き夜の血に清められし者"、"絶影"のコクトゥス」

「"闘神"ルシャーバの勇者、辻隆健つじたかやす

 丁寧な名乗り、痛み入る。

 そして、さらば。

 音もなく突き出した刃が虚空を渡り、男の背後・・に殺到する。

「――っ!」

 鮮血が飛び散り、男の首が血の赤にまみれた。

 素早く引き戻した剣と右腕が、コクトゥスの体に収まる。

「明晰なる感覚、敏活なる挙動、そのいずれかが欠けておれば、頚骨深くまで、この刃を差し込めたものを」

「なんだよそりゃ。異次元ロケットパンチか?」

「"絶影"」

 突き出す一撃、次は下腹部をえぐる様に。

 男が飛び退り、腹の皮をわずかに切り裂いた。

「距離をとろうと、無駄だ」

 続いて三連撃の刺突。

 背面、右足、左肩を、呵成に切り穿つ。

 全てが紙一重に避けられた。

 だが、それぞれの部位に浅くない傷を刻んでいる。

「夜の一族において、霧と化す技は陰形の折に用いられた。だが、我が氏族クランはそれを武技の域へと昇華せしめたのだ」

「体の一部を武器と一緒に霧にして、死角からばっさり、ってか」

「しかも、針で穿つがごとき刺突の技だ。いかな目端の利く武芸の者とて、かわし続けるのは容易ではないぞ」

 影より出でて影にて絶つ。

 これこそが"絶影"と呼ばれた、必殺の技だ。

「とはいえ、我が城を護る者どもを、傷一つ無く潜り抜けた貴様だ。この程度で死ぬわけもなし、殺せるわけもなし」

 これを使うのはいつ以来だろう。

 いずれはあの、天上にはべった愚かな魔王気取りを、微塵に裂いてやるために使うつもりだった。

 身腰を整え、刃を整え、静謐に魂を沈める。

「"絶影――無形千蜂殺"」

 一つや二つではしのがれる、十や二十では万が一もあろう。

 ならば千の一撃を、一気に喰らえばどうなろうか。

 それは無数の刃。天地の全てを覆い尽くす、刃の包囲陣。

「散れ」

 手ごたえが、重く刃に掛かった。

 高位の魔術にも等しい、身体の多重投影だ。

 当たらぬはずがない、殺せぬはずが無い。

 だが――。

「きっついなぁ。こういうの」

 男は血にまみれていた。命を削られ、浅くない痛手を負っていた。

 だが――それでもなお。

「しのいだ、だと?」

「ま、そりゃあ、しのげるでしょうよ」

 苦しげに息を吐き、それでも男は笑った。

 いつの間にか折り砕けていた、こちらの剣を指差しながら。

「い、いつの間に!?」

「千の刃、確かに痛かったけどさぁ。同時にやっちゃ、ダメでしょ。タイミング、ずらすとかしないとさ」

 男の頬に付いた傷が、細かな煙を上げて癒えていく。

 自動再生。使わせれば戦いが長引くだけだ。

「だが、完全にかわせるわけも、なし!」

 再び千の蜂が男を包む。

 鮮血を散らせながら、それでも男は呟く。

貪狼とんろう

 軽い足の一蹴りが、かつ、と響いた。

 何かが来る。

 連中ゆうしゃには奥の手がある。それを使わせてはならない。

 折られた刃を再生させ、再び突く。

巨門こもん

 密集した刃が男の肩を削る。それでも死を与えるには至らない。 

禄存ろくそん

 男が刻んだ足跡に光が宿っている。

 気が付けば、呟きと共に光の印章が、床に描かれていた。

「その動きを、止めろ!」

 千の刃では決め手にならない。

 だが、その動きに慣らされた目に、一本の刃が避けられるか。

 すべらかな刃が、まっすぐ男の右目に向けて射込まれる。目に頼る生き物は、反射によって瞬きを強要される、はずだった。

文曲もんごく

 踊るように動かされた両手が、剣を折り飛ばす。

 偶然ではない、この男はこちらの動きを読みきっている。

廉貞れんちょう武曲むごく――破軍はぐん!」

 最後の一足が、まるで楔を打ち込むように、高々と鳴り響いた。

 床に刻まれたのは、輝く七つの光。

返閇七足へんばいななそく、結印」

 その宣言に、コクトゥスは、異様を感じた。

 何かがおかしい、何か決定的な変事が、己に起こっている。

 そして、愕然とした気持ちで、吸血鬼であった者は、己の胸に手を当てた。

「……鼓動が、戻って、いる、だと?」

 忘れ果ていたはずの働きが戻っていた。

 不浄な内腑の脈動が、静寂に包まれていたはずの魂をかき乱していく。

「天地万物、氣によりて生ぜずもの無き也。それめるを陽、にごるるを陰と謂う」

 まるで呪言のように、男は異界の理を請じる。

 それがコクトゥスの身に起きた現象の、全てだと言うように。

「陽極まれば陰を生じ、陰極まれば陽を生ず。生滅流転が世の理。なれば、今ここに、極まりし陰を、陽へと還さん」

「ほざくな! この下郎が!」

 これはあいつの神規だ。

 その効果は、あらゆる奇跡の破却。だかららこそ、夜の祝福が打ち消され、忌まわしい命の鼓動が戻ったのだ。

 だが、それはあいつも同じことだ。

 自動回復の加護は消え、血液が流れ出し、癒えぬ傷に苛まれている。

 夜の種族となって培われた神秘は消えても、備わった肉体の頑健は消えていない。

「しゃあっ!」

 一足飛びに襲い掛かり、するりと男の首に両手を食い込ませた。

 どれほど素早く動こうとも、こうして捕まえてしまえば問題はない。

 親指を喉仏にめり込ませ、握力で押し込む。

「このまま、絞め殺して……っ」

 押し込むはず、だった。

 まるで首自体が、内側から張るような、異様な反発に満ちている。

 筋肉の働きではない。

 肉厚な壁がみっしりと集まったかのような感触に、コクトゥスの意識は混乱した。

「貴様は……一体!?」

 次の瞬間、何かが視界を塞ぐ。

 それが上に伸ばした男の両腕だと気づいた時には、掴んでいた腕は外されていた。

 そして掌が、落ちてきた。

 殴りつける拳ではない、叩きつける手刀でもない。

 ただ、胸に掌が振り落とされた。

 それだけ、なのに。

「ぱ……は……ぁっ!?」

 世界そのものの如き重さが、胸を押しつぶしていた。

 肉となった身体が、絶叫する。

 脳が白濁し、視界がぼやけ、ぞっとするような激痛と共に、内臓に悪寒が走り回る。

 たった一撃。

 奇跡などない、神秘も宿らない、ただの掌の一撃で。

 今まで脈を打っていた心の蔵が、砕けていた。

水剋火みずよくひにかつ……なんてな」

 男の声が遠ざかっていく。

 齢千年を越えて生を永らえ、栄え続けるはずの夜の一族が。

 その自分が、ただの人間に滅ぼされるなど。

「あっては……なら……」

 言えたのはそれだけだった。

 目から、鼻から、口から、そして下の穴から、あらゆる体液が流れ出て行く。

 とてつもなく理不尽に、あっけないほど唐突に。

 コクトゥスの存在は、完全に停止した。



「うぇ……ひでえ臭いだ」

 目の前の惨状に、隆健たかやすはしかめ面をしてうめいた。

 広間の中心に膝を突いて絶命した吸血鬼、そこから血がほとばしり続けている。まるで血液の噴水だ。

『これが吸血鬼退治の厄介なところよ。年を経たヤツはこういう死に様をする。蓄えた命の量だけ流れ続けるぞ』

「勘弁してくださいよ。これ、触れたら吸血鬼になるとかないっすよね?」

『安心しろ! バイオなんちゃらとかいうのは起こらん。さっきの一撃で、きちんと核を砕いたからな!』

 とはいえ、このままだと、玉座の間一杯に血が広がるかもしれない。

 いくら大丈夫だと言われても、触れるのはごめんだ。

「結界、もう解いてもいいっすかね。さっきから痛みがひどくて……」

『軟弱者め。この血がすべて流れ出るまで我慢しろ』

「はいはい、分かりましたよ」

 壁に背を当て、隆康はどっと息を吐く。

 さっきのはかなり危なかった。単調な攻撃とはいえ、全方位からの一撃だ。

 当たる面を極端に狭め、守りの加護を全開に、直接の一撃を徹底的に避けた結果、何とか命は拾えた。

「ファンタジー世界で徒手の格闘技って、やっぱシビアだなぁ」

『何を今更。そんな体たらくでは、あっという間に狩り込められるぞ』

 天上からの揶揄に、隆健は目を見開いた。

「じゃ、勝ったのは例のコボルト、でいいんすね?」

『その通りだ。良かったな、面倒なゲームに巻き込まれずにすんで』

「ウィズなんてガキの頃にやったっきりっすから。いやあ、マジでよかった」

 あふれる血の噴水は、ようやくそのほとばしりを止めた。

 この大半が、これまであのバケモノが吸ってきた、犠牲者のものだろう。

「『おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか? 』ってか」

『そこまでおびただしい犠牲ではないだろうよ。この手の貴族どもは美食家でな。数十年に一度、極上の獲物を喰らって満足するものだ』

「まあ……俺らも動物とか食いますからね。あいこってことで」

 命を枯らした死体が、細かな塵になって消えていく。

 これでもう、復活はないだろう。

 結界を解くと、隆健は吐息をついた。

「で、連中は今どこに?」

『"愛乱の君"が粋な計らいをしてくれてな。すでにこの大陸の、どこかに居るそうだ』

「なるほど、そりゃ話が早い」

 これで残る勇者は、自分を含めて三人だ。

 例のコボルト、シェートというのはどんな奴だろう。

 ここまで勝ち残ったのなら、弱いということは絶対にない。

 むしろ――。

「俺より強い奴に、会いに行く、だな」

 そう言って微笑むと、男は歩き出した。

 やがて来る、次の激闘を予感しながら。

これにてかみがみ第六章、完結です。次回第七章の公開時期は未定ですが、六章ほどにはお待たせしないと思います。第一章RPG、第二章MMO、第三・四章RTS、第五章脱出系ADV、第六章TCGときて、第七章は格闘ゲーム編です。では、またの再開をお待ちください。

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