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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
162/256

38、悪意ある占有

 物音に、一瞬で意識が覚醒する。

 眠っていても、物音で目を覚ますようになったのは、熟練の狩人の仕込みのおかげだ。

 ましてや、どれほど静かに動こうとも、ドラゴンの感覚はごまかせない。

「……起こしたか」

「当たり前だろ」

 肺一杯に息を吸い、押し出した空気と一緒にけだるさを払うと、フィアクゥルは体を起こした。

「カードはできた。使い方は――」

「問題ありません。女神にはあの後すぐに伝えましたので」

 本当にソールは仕事が速い。

 これなら、竜神が抜けた穴など、気にすることもないだろう。

「ああ……そうか」

 おっさんは、ここにはいない。

 いずことも知れない場所で、遊戯が終わるまで封印されている。いくら作戦のためとはいえ、自分が手にかけたような、そんな気分だった。

「フィー」

「大丈夫だよ。俺のことより……」

「こっち見ろ」

 シェートは握りこぶしを作って、こちらに向けていた。

 それは、あの鳥の勇者がやっていた、出発前の挨拶。

「分かるか、これ?」

「……どこで覚えたんだよ、そんなもん」

「レイヤ、やってた。ちょっと、面白い」

 負けた相手とやった挨拶なんて。

 そんなことを思いながら、それでも軽く体を浮かせて、拳を打ち合わせた。

 感じる衝撃に、笑みがこぼれる。

 軽い気恥ずかしさと、あいつと同じことができたという、子供っぽい満足感が湧いた。

「行ってくる」

「気をつけてな」

 言葉は要らない。後は、勝つだけだ。

 振り返らずに去っていく背中を見送り、フィアクゥルはただ静かに思い描いた。

 シェートが勝利を掴んで、帰ってくるビジョンを。



 ゆっくりと歩いていく、暗い通路の向こうに、差し込む光が見えた。

 陽光と共に洩れてくるのは、聞きなれた大観衆の歓声と、独特の節回しをつけた黒竜のがなる声だ。

『wizdom;the glorious、ディメンショナルカップ"エファレア杯"、決勝戦――』

 四肢にかすかな、しびれるような緊張がある。呼吸を整え、歩調を整え、大物を狩るときの心身に、己を整えていく。

『――長いようで短かったこの戦いも、泣いても笑ってもこれで最後!』

 本当に、ここにたどり着くまで、いろんなことがあった。

 これまでの戦いとは、まったく違う戦場。

 その一つ一つを潜り抜け、自分は今、ここに立っている。

『さあ、おまえら、いよいよ選手の入場だ。盛大に出迎えてやってくれ!』

 シェートが一歩踏み出した途端、大嵐のような音の波が、世界を揺るがせた。

 おそらく初日以上に、人々が詰め掛けているだろう。

 あらゆる年齢、性別、身分を越えて、ここで繰り広げられる戦いを一目見ようと、集まってきているのだ。

『最初に姿を現したのは、この大会の注目株にしてダークホース、いやダークドッグか? "平和の女神"サリアーシェと、そのガナリ、コボルトのシェート!』

 声援と言うよりは、やや怒号に近い声がほとんどだ。

 そのひとりひとりを見ることは難しいが、おおよそ自分が魔物であることに、未だに納得していない人間なのかもしれない。

 あるいは、手にした賭けの半券を、この三日間の間にすり続けた連中か。

『そして、彼らに対するは、この大会の主催者たち。"愛乱の君"マクマトゥーナと、その勇者、三条日美香!』

 すでに準備万端といった顔で、歓声を浴びながらやってくる二人。

 勇者の少女は帽子のつばを背中側に回している。おそらくあれが、彼女の戦化粧の代わりなのだろう。

 そのまま開始線へと歩み寄り、互いに顔を合わせる。

「できたの? 秘策の一枚とやらは」

「すでに。審判殿にも申請済みです」

「それは結構。ところで、その功労者は……あそこか」

 自分達がこれまで試合を見てきた貴賓席。その窓際に張り付くようにして、青い仔竜がこちらに叫んでいる姿があった。

「試合中の関与を禁じたいと仰せでしたので、フィーはあそこで観戦してもらうことにしております。知恵袋は抜きでお相手いたしますので、どうかご安心を」

「それはご親切にどーも。別にあれ、ただの冗談だったのよ? 今からでも遅くないわ、こっちに呼んできなさいよ」

 華やかな女神は、薄く笑って鷹揚に片手を上げた。

「そうでもなきゃ、貴方達がヒミちゃんに勝てる道理、ないものね」

「お忘れでしょうか、此度は大物食いの一番。"青天の霹靂"に打たれ、完膚無きままに翻弄されるお姿など、えんたーていめんと、とやらには程遠い一幕となりましょう」

「あーらら、煽り文句も一丁前だこと。そういえば、ゼーファレスを翻弄したのも、その立派に回る喧嘩口上うりことばだったわね」

 女神達の鞘当てが終わり、わずかに沈黙が流れる。

 目の前の少女は、そっと息を吐いてシェートに片手を差し出してきた。

 無言でそれを握り返すと、彼女は告げた。

「いい試合を、しましょう」

「……ああ。お前も」

 そして互いにゆっくりと後ずさり、静かにデッキの上に手を置く。

 黒い姿の審判が進み出、その手にした異国の硬貨を構える。

「"愛乱の君"の勇者――いいえ、決闘者デュエリスト、三条日美香!」

「"平和の女神"の――決闘者デュエリスト、シェート」

 少女が目を見開き、その顔に静かな喜びを咲かせた。

 だが、それも一瞬のこと。

 燃える闘志が、瞳に鋭い輝きを宿らせる。

「コールは、シェート様で。それでは"エファレア杯"最終試合――」

 鮮やかな手指の動きが、虚空へコインを打ち放つ。

「――始め!」

 その軌跡を追いながら、シェートは願った。

 どうか後攻・・が取れるようにと。

「表!」

 澄んだ音色と共に、天を向いたのは異界の花びらの模様。


『宣言むなしく、先手番を取ったのは三条選手! いきなり必殺の即死コンボの準備が整ってしまったがー!?』

『すでに観客にはお気づきの方もおられるでしょう。これは、最初の山場です。ここからは瞬きする余裕もありませんよ』


 最初の運はあった。

 と言うより、この場にある運と呼べるものは、全てがこちらの敵だ。己の実力を極限まで振り絞り、幸運の女神の授ける"悪運"を、すり抜けなくてはならない。

「私のターンです!」

 日美香の指が必殺の武器を抜き放ち、地面へと放る。

「《錬金術の金屑》を詠唱キャストします! 対応は!?」

「俺、何もない。ヒミカ、お前、昨日と同じ、しろ」


『シェート選手、ここで必殺コンボを出せと挑発! さすがにこの決勝まで勝ち上がった決闘者デュエリスト、勝負どころがきっちり分かってやがるぜ!』

『彼のアルコン能力は、設置型の能力にアドバンテージを取れます。【民衆は浴す糧と享楽ブレッド・アンド・サーカス】にレスポンスして、《剽窃の秘本》を破壊する構えですね』


 その全てを分かっていながら、日美香は淡々と、四枚のカードをその場に出した。

「サリア……あれ」

「一筋縄でいくとは思わなかったが……やはり、もう一手あったか」

 おそらく、あれを破られても第二の罠が待ち受けているだろう。だからこそ、挑発に乗ってくる構えを取った。

 それでもこちらには、相手の行動に対応する以外、方法はない。

「アルコン能力、起動。【終幕無き神が饗宴ショー・マスト・ゴー・オン】!」

 宣言に従って、場に出たカードがデッキに戻る。

 そして、昨日のフィーが喰らったのと同じカードが、顔を出していく。

「一枚目、《秘儀の失伝》。指定は《友なる星狼 グート》」

 思わず自分の手札に目を落とす。そこには、緊張を知らない白い狼の顔が、こちらをいさめるように睨んでいた。

「二枚目、《落丁》」

 そのカードはすぐに脅威にはならない。最悪、他のカードと一緒に壊せばいい。

「三枚目、《知恵の毒》、対象はシェート君に」

 その宣言に、悪寒が背中を駆け上がった。

 何かがおかしい。昨日のでは確か、あのカードはもう少し早めに出していたはず。

 その疑念を裏付けるように、少女は最後の一枚を、ゆっくりと繰り出した。

「四枚目、私は――《The Eon tales/終わりなき物語》を場に出します!」

 全身を不快な感覚がなぶる。昨日と同じく本のカード、だがその表紙は赤く、絡み合う金色の蛇が二匹、輪となって飾っていた。

 だが、何も起こらない。

 相手の場からは、たった一冊の本を残して、すべてのカードが消えていた。

「一体……なにが?」

「三条日美香様のカードの効果を処理。これよりサブゲームを開始します」

 耳慣れない言葉に、シェートは手元を見た。

 手札の内容が変わっている。さっきまでいたグートの姿が、どこにもない。


『……こいつは驚いた! いくらこのエファレア杯がなんでもありとはいえ、いざ決勝戦って場面で、そんなカードを使うとはな!』


 いつの間にか七枚の手札を手にした日美香は、虚空に浮かぶ本を手に、語りだした。

「《The Eon tales/終わりなき物語》は、場に出たとき、そのゲームとは別の、『もう一つのゲーム』を開始するものです。ライフは十点でスタート。このゲームに敗北したものは、本来のゲームの場のカード、手札をすべて、ゲームから取り除いてもらいます」

「え……? な、なに?」

 言われている事が、良く分からない。

 さっきまでやっていたゲームがいきなりなくなり、別のゲームを強制される。その上、元のゲームにも影響があるという。


『ウィズ最初期、いくつかの出版社とタイアップ企画を行っていた時に作られた、特殊なプロモーションカード"Tales"の一枚ですね。そのルールの煩雑さから、一度の再録もなく、同系のカードも創られていません。文字通り、唯一無二のカードです』


 戸惑うシェートの肩を、女神が叩く。その顔は緊張していたが、それでも冷静に状況を把握してくれた。

「難しく考える必要はない。ただ目の前の敵に勝てばいいのだ。負ければ、さっきの手札に残っていたグートが、ゲームから取り除かれる」

「……わかった」

「では、再び先行を決めさせていただきます。コールはやはりシェート様で」

 さっき行った先行決めを、また行わなければならない。

 この場合はどちらを取ればいい。再び後攻か、それとも一気に先行を狙うか。

「どちらでも問題ない。この場合は、一手ごとに相手の力を把握する必要がある」

「ああ。相手の見分け、任せた!」

 そしてコインが再び宙を舞う。

 吼えるように、シェートは宣言した。

「裏だ!」

 今度は、運命がはっきりと裏切りを見せた。

 先手番は、三条日美香だ。



 こちらの動きに合わせるように、コボルトが構えを取る。ここから先は、きわめて高度な読み合いになるだろう。

 日美香は己の手札をチェックすると、なすべきことを思い描く。

「私は《白》をセット。次に、《錬金術の金屑》をセット」

「……それ《北風の狼》、捨てて壊す」

 ガラスの割れるような音を立て、カードが砕け散る。

「《芳しき聖餅》をセット」

「《群れ成す狼》で、壊す」

 まるで同じ動作を繰り返すように、シェートが淡々とカードを切る。

「《妖精境の辰砂》を」

「《盲目的な大鹿》で壊す」

「《常闇の結晶》を」

「《渡り隼》だ」

 立て続けに砕かれるコンストラクトが、塵になって消えていく。こちらの動きを完全に読みきり、何かに変換される前に、砕くつもりなのだ。

 それでも、シェートの顔は緊張したままこちらを睨む。


『シェート選手、あえてカウンターではなく破壊を選んで三条選手のカードを除外! ソールさん、こいつはどう見る?』

『最初の一手で、手札に何があるかを確かめるつもりだったのでしょう。破壊にレスポンスしてマナを出すようであれば、マナが必要なカードがあると判断できますから』

『とはいえ、三条選手もそこは読んでいるはずだ。あえてマナを出さないのは、判断を狂わせるブラフか、それともゆるぎない勝利への確信があるからか!』


 そんな確信、あるはずもない。

 勝負は何が起こるかわからないからこそ、試行錯誤の余地があるのだから。

「それにしても、小面憎いほどのカードの切り方ね。あれが、ルールの把握もおぼつかなかった子とは、思えないほどだわ」

「……そうだね」

 だが、それは彼だけの功績ではないだろう。

 後ろの女神が、適切にカード運用のための知識を授けている。でなければ、始めてから一月にも満たない初心者が、ここまでの読みあいをできるはずはなかった。

 しかし、カードパワーの差というものは、小手先の読み合いを消し飛ばす威力を持つ。

「アルコン能力、【終幕無き神が饗宴ショー・マスト・ゴー・オン】、起動」


『なんとなんと! 今回二度目のアルコン能力起動! 一応反則じゃないぜ! 何しろこれは別のゲーム、サブゲームは一つ目のゲームに換算されないからな!』


 あかがね色の本がデッキに納まり、再びシャッフルされる。

 思い描くのは、この場にあるべき切り札の一つ。

「絡み合う双蛇の門より、断章は零れ落ちぬ。果てなき物語よ、今こそ語れ――《Guardian of the Day/真昼の守護者》!」

 あやまたず、それは来た。

 決闘者の立つ地面が、複雑な色糸で織られたような色砂によって敷き詰められていく。

 それはじわじわと文様を描き、油膜のように日差しを照り返し、七色に輝いた。

 大地の変化と同じくして、巨大な石造りの神殿がそそり立ち、奥の暗がりから光がゆっくりと、歩み出た。

 それは炎のたてがみを持つ、燃え立つような一頭の獅子だった。


《Guardian of the Day/真昼の守護者》 クリーチャー 英雄 猫 Tales

白赤3

5/5

先攻 保護

Guardian of the Dayが場にあるとき、対戦相手はクリーチャーを一体しか防御に参加させられない。このカードが場にある間、全てのクリーチャーは飛行を失う。

あなたのターン終了時に、対戦相手は場のカードを一つ生贄に捧げる。

Guardian of Dayとの戦闘によってクリーチャーが破壊されたとき、墓地に落ちる代わりにゲームから取り除く。

あなたのターン終了時に、このカードを変身させる。


『これを呼ぶのは確定事項とでも言いたげな召喚口上! そして現れたのは再びのTalesカードだ!』

『Talesセットの中でも、実際のトーナメントでの使用実績があるカードですね。あの獅子の制圧能力は、それだけの性能を秘めているということです』


「私はこれで、ターンを終了します。そして、ターン終了時に、《Guardian of the Day/真昼の守護者》の効果を解決」

 終了の宣言と共に、炎の獅子が幻のように掻き消える。

 その変化を待っていたかのように、周囲の光が変化を始めた。

 太陽が姿を消して闇が訪れ、一面の砂が、命あるものように動いてゆく。

「昼守るもの眠りしとき、揺籃たる宵闇は来たれり。繁茂せよ《Cradle of the night/夜に育む者》」

 それは無数の色に輝く、幾本もの大樹だった。

 音もなく空へと伸びゆき、シェートと自分を別つように、輝く密林が姿を現した。


《Cradle of the night/夜に育む者》

(このカードは変身のみによって使用できる)

リチュアル(場) 神話 Tales


このカードは呪文と効果の対象にならない。

Cradle of the nightが場に出たとき、あなたが出すことができるマナの色の種類と同数のfeeding treeトークンを場に出す。このトークンは0/1であり、迎撃と"生贄に捧げる:ライフを1点回復する"の能力を持つ。

あなたのターン開始時にfeeding treeトークンを全てゲームから取り除き、このカードを変身させる。


「このカードは二つで一つ。自分のターンには絶対の攻撃を、相手のターンには癒しと守りの力を与えてくれます」

「しかも、さっきのライオンちゃんの攻撃力は五。何もしなければ、二回殴って貴方達の敗北ってこと」

 マクマトゥーナの注釈で、ようやく彼らは事態を理解したようだった。

 自分達の手札と、こちらの場を眺め、緊張と焦りをにじませる。

「つまり、日美香殿。貴方のデッキの勝ち筋とは」

「メインのゲームとサブゲームを使い分け、貴方達の抵抗力を、すべてそぎ落とします」


『なんつーえげつない発言! 昨日のインチキコンボに勝るとも劣らない、めんどくさいことこの上ないデッキだ!』

『それだけではありません。あの動きは、女神の幸運によってシェートの手札に来ているであろうキーカードを消し去る算段です』

『とはいえ、ちょーっと時期尚早だったかもな。あれじゃせいぜい相手の手札を消すのが関の山だぜ』


 その通りだ。

 本来なら《The Eon tales/終わりなき物語》はゲーム中盤、両者のカードが程よく出尽くしたところで使うべきものだ。

 博打要素はあるものの、相手の手札と場のカードを、すべて消し去ることができる。

 だが、それでは遅すぎる。

 なぜならシェートは、例の切り札を『罠』として設定しているはずだからだ。

 罠カードはその性質上、場に残らないカードだ。特殊な呪文を除き、普通の方法での干渉はできない。

 だからこそ、手札かデッキにあるうちに、使わせないまま消す。

「処理終了です。シェート君、そちらの番です」

 手番を回しながら、日美香はひそかに自嘲していた。

 結局自分も、勝つために死力を尽くすものでしかなく、本当の意味での競り勝ちなどは望んでいないのかもしれない。

 それでも、今は何も考えずに、戦うだけだ。

 対戦相手のコボルトは、ひるむことなく、自分のターンを開始した。

「俺の、ターンだ!」

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